シスコンの次は。工房の中は凄まじい熱気だ。 言葉はなく、ただ熱が滾る音と、金属を打つ音だけが響く。 金敷きの上におかれた、焼鏝のような刃状のものを工具でつまみ、水に沈める。 冷めたそれは、美しい翡翠の色をした槍の刃。 出来上がっていた柄に繋ぎ合せ、目の前にかざしてみる。 誰もが惚れ惚れしてしまうような美しい形状の槍は、業物の域を脱する、至高の武器。 だが、打った本人はどうも納得がいかない面持ちをしていた。 鍛えられているとは細身の体を持ったその武器の主は、金と黒の混じった髪の毛をかきあげ、ため息をついた。 翡翠の鍛聖、ウレクサ。一度は狂気に染まった、勇者にあこがれた者。 あれから数ヶ月経った今では、再び鍛聖の心を取り戻し、本来の仕事に没頭している。…はずだった。 その腕を見込まれ若くして鍛聖に選ばれた一人ではあるが、 どうも最近は不調のようだ。仕事はきちんとこなしはするものの、どこか武器に曇りがある。 鍛冶師として、心の曇りは武器に最も悪い作用を引き起こすものだ。 汗を拭い、椅子に座り込むと、もう一度ウレクサはため息をつく。 不調の原因はなんとなしにわかっている。自分の心の中にある靄。 シスコンと呼ばれた彼も色々吹っ切り、テュラムを義兄として見るようにはなった。 だが別の問題にぶちあたる。彼は時折、一人の少女の事を考えていた。 「――――プラティ、か」 自分を三度打ち倒した、馬鹿みたいに真っ直ぐな現・黒鉄の鍛聖。 若者にとっては当然の感情であるそれに、ウレクサは頭を抱える。 どこに惹かれたか…と言われれば、シンテツのような、真っ直ぐなところ。 女性として、一途だった姉と系統は違うものの、自分とは違うそこに、惹かれて行ったのだ。 だが。 変なところで真っ直ぐな自分ではあるが、間違いなく得られる称号がある。「ロリコン」だ。 彼女は最年少の鍛聖、13歳。自分のおよそ半分の年齢だ。 かなり重い、しかも不名誉な犯罪である。だけれど思い込んだらとまらない不器用な青年だ。 バレないように物事を遂行しなければいけない。勿論、やめるという選択肢は、ない。 やることはひとつしかなかった。 銀の匠合の鍛冶師に、「ウレクサさんのところに行くといい」とか、そんな事を告げるように手を回した。 セコい手だとは思うが、目的のために手段を選ばないのもまた戦士。 工房は片付けない。変に片付けると怪しまれるからだ。 ついでに、その鍛冶師には一切それをもらさないことを約束してもらった。。 もしバレたりしたら、金の匠合の神童、青玉の鍛聖、そして護衛獣の鬼王に総攻撃を受けてしまう。 そしてさらにロリコンの名前を貰ってしまう。それは何としても避けなければならない。 さて、準備は整った。 「ウレクサさーん?」 「…プラティ君?入ってくれ」 扉の向こうからの呼びかけに、余裕を見せながら白々しい芝居をする。 自分は恐らく、卑怯者、だろう。こんな卑怯な真似をした事は無い。 だが、罪悪感よりも、まずは達成しなければいけない。そう考えて、部屋に招きいれた。 「そこに座っていてくれないか。今、お茶をいれる」 「あ、あの…」 同じ鍛聖といえど、まだプラティは新米だ。緊張のためか微かに顔が赤く、扉の前でたちんぼうになっていた。 そんな様子が妙にかわいく思えて、今すぐにでも行動に起こしそうだったが、鋼のように硬い精神力で何とか自制した。 薦められた椅子にちょこん、と座る彼女はやはり、小さい。 姉のために淹れ鳴れた紅茶をふたつ、カップに注ぐと、プラティの前に置いた。 薬を使っては意味がない、何の変哲もないが、置かれた直後にカップに手をつけるプラティ。 混乱のためか思考が鈍っているのか、今度は苦笑が浮かんでくる。 「で、何の用だい?プラティ君…いや、黒鉄の」 「プラティでいいですって」 言われ慣れていない言葉に、更に頬を赤らめて両の手のひらをぱたぱたと振って見せた。 「銀の匠合の人に言われたんですけど…。ウレクサさんの所に行ってみたらどうだ、って。 サクロさんも旅に出ちゃったし、鍛聖の事色々聞きたいなぁ、とも思ってて…あの」 「いいんだよ、落ち着いて。俺は今暇だから、ゆっくり話をしよう」 テーブルの上に手を組み、優しく微笑んでみせると、緊張が和らいだのか、プラティも軽く笑んだ。 「基本的に会議には参加してもらうが、初席に意見を求めるわけじゃない。 何度かその場を見て、よく学ぶといい。勿論、意見があるんだったら言ってもらっても構わないが…」 詰らず、ゆっくり、わかりやすく。彼女の質問に応じた。 時間はたっぷりある。まだ正午を回ってすらいない。 いつもならサクロがカレーに誘ってくるところだが、今は不在。護衛獣も今はお留守番だろう。 そしてあの子供達も今は居ない…。好機だということを悟ったのか、ウレクサは行動に出る。 「そういえば、プラティ君」 「はい?」 「女鍛聖の新米の君に、通らなくちゃいけない道があるんだ。試験…みたいなものか」 温和な雰囲気がとたんに重くなり、プラティは思わず黙り込んだ。 真剣な顔で話し始めるウレクサに、とても重要なことなのだと、ごくりと唾を飲む。 鍛聖というものが積む経験とは武器を作るだけではない、ということを改めて意識して。 「…伽、というものを知っているかい?」 「トギ…?」 反復して、首を傾げた。こんな状況は前にもあった。 だが、今は「辞書で調べろ」と言う場合ではない、作戦はかなり順調にすすんでいる。 心の中からこみ上げてくる薄笑いを精一杯真顔を塗りこめて隠しながら、続けた。 「知らないのも無理はない。…そう、だな。時間もあることだし… これからレクチャーするとしようか」 「あ、は、はいっ!ありがとうございますっ!」 続 目次 | 次へ |
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