もてもて☆アティ先生 第七話(漁夫の利編)機界集落ラトリクス、中央管制室。 アティ、アルディラ、そしてベルフラウの揃った、楽しげな談笑の時。 常のように「お姉さま♪」と、じゃれつくベルフラウを片手間に仕事をこなしながら、アルディラもまんざらでも無さそうに構い。 アティは優しげな瞳のまま苦笑する。 ここ最近、急に人を迎え入れる回数が増えたこの部屋は、主共々、華やぐことでさりげない喜びを示していた。 ……暫しそんな、いつも通りの穏やかな流れ。 「……あ、その……お手洗い、お借りしてもよろしいですか?」 やがて、少し会話が途切れた沈黙に、僅かに腰をもぞもぞと揺すり、言うアティ。 アルディラはにっこり微笑むと、片手でコンソールを操ってモニターに地図を表示し、場所を説明する。 最後に「殆ど遣われていないから新品みたいなモノよ、ごゆっくりね」 などと言われて、アティは目を白黒させた。 (……そういえば、今のここの住人ってその必要無いひとばかりだものね) そんな思考と共に、それなりに切羽詰っているらしい、いそいそと去る。 ベルフラウはそれを目で追い、後姿が消えた管制室の入り口をぼんやりと見つめ…… 「……そ、そういえばお姉さま」 などと、思い出したように会話を再開しようとして……………凍る。 さっきまでの困ったような、それでも優しげな眼差しはそこに無く、あったのは、敵意と、冷ややかさに満ちた瞳。 「もう、やめましょう。ベルフラウ。」 「ぇ……なにを……仰ってるんですの?」 引き攣りながら『理解できない』とでも言いたげな表情に 「自分で気付いてないとは思えないけど……」 アルディラがすぅ……と目を細める。 「……ずっとあんな態度をとっておいて、今更、『貴女が好き』なんて言えない」 「……!?」 「だから他の女の子と仲良くしてるところを見せつけて嫉妬させる……」 「なっ!?なにをっ!?」 心外だ、と言わんばかりの様には構わず、続けるアルディラ。 「手としては悪くないわ、古典的だけどね。」 「……っ!」 「今のところ大して効果は無いみたいだけど……これからもそうだとは限らない」 「…………」 「もう……アテ馬にされるのは嫌だ。そう、言っているのよ。」 途中から、むすっ、として聞いていたベルフラウが顔をしかめ 「……そこまで……わかっているなら……協力してくださってもよいではないですか。」 目を逸らし言うのを、アルディラは鼻で笑った。 「敵に塩を送る趣味は無いわ。」 一瞬、わからないけれど。 「…………っ!」 すぐに理解及んで、弾かれたように向き直る。 「……そう……そういうことですの!!」 ぶつかる視線、鬼道の赤と機道の青が火花を散らす。 「……いつから。どうして。……ですの」 「……私とアティの大切な想い出を……貴女に話す義理はないわ。」 「…………」 「…………」 バチバチと戦う熱量のビジョンは、半透明に召喚獣さえ浮かばせる。 「……おあいにくですけどね、先生と私は既に契り交わしてるんですよ?」 「……どうせあの人の優しさを利用して押し倒したんでしょう……告白一つまともに出来ないお子様のしそうなことね。」 火炎とスパークが具現化する。 「わざわざ口にしなくても気持ちは伝わってるわ!想い乏しい機械仕掛けと一緒にしないでッ!」 「……言ってくれるわね。……じゃあ聞くけど……何故アティの嫉妬を煽るような真似するの?」 「っ!!!」 「……自信が無いからではないの?」 「……それはっ……」 「私は……貴女のようにはならない!きちんと想いを告げて、きちんと結ばれて見せるわッ!」 びしりと突きつけられた指先に、たじろぐベルフラウ。 荒れ狂う電流に圧されながら、アルディラの背後には爆炎すら見えて…… (って……そういえばここ、管制室なんでしたわね……操作盤ボンボンいってますわよ;) 悔し紛れにツッコんでやろうかとも思うが。 「ちょ……こ、これ、どうしたんです!?」 いつの間にか戻ってきていたアティの声、二人が一斉に振り向く。 「アティ!!」「先生!!」 揃った声に怒鳴られ、びくり、と硬直して目を丸くするアティ。 それを横目に捉えながら……なにかを感じて更に反転、振り返ったベルフラウがアルディラを見ると、彼女はアティを見詰めたまま 「アティ……」 今度は静かに、ありったけの愛おしさを込めて想い人の名前を呼ばう。 周囲から召喚獣が朧に、スパークが細く短く消えてゆく。 (………………これは、マズイ……) 認めたく無いが、ベルフラウの知るアティは、そーとー押しに弱かった。 (大体私が『上手いことやれた』のだってそのお蔭…………………あぁあっ!?どうしたらっ!?) 「……大事な話があるの……」 泡を喰ってるベルフラウは気付かないが、アルディラもそう言う前に一瞬ベルフラウを見て……ちいさく笑う。 「だ、大事な話、ですか?……で、でもその……それは……?」 アティが窺うように向ける目線の先には黒煙を上げるコンソール。 どうも今気付いたらしいアルディラは、背後に目をやり「あら」などと言っているが、さほど気にする様子も無く、すぐ真剣な顔に戻る。 「ううん。別になんてことはないの。それより……」 赤い服を翻し、ベルフラウが割り込む。 「っ先生!そろそろ授業の時間ですわ!!」 突然遮られて不機嫌さを隠そうともしないアルディラを傍目に、ベルフラウも必死だ。 「ごめんあそばせアルディラお姉さま!!私達これから授業がありますの、その大事なお話とやらは……」 「……ベルフラウ???今日の授業はもう……」 物凄い目で睨まれて、アティは途中でそれを飲み込む。 それでもしっかり理解したらしいアルディラは、座ったような目つきをベルフラウに向け 「……いいわ。隠すようなことでも、大して時間のかかることでもないしね。」 どこか危なげに、ふふ、と笑う。 「アティよく聞いて、今まで黙っていたけど……私……貴女のこと」 真っ直ぐ顔を見たまま、堂々とした中にも切なさを込め宣言しようとするアルディラに、追い詰められたベルフラウの取った行動もまた、あきらかに常軌を逸していた。 「くッ……させませんわッ!オニビッ!!!」 ……ズゴォオオォォォオオォォォーーーーーーーッッ!!!! 呼ばれ、床から立ち昇る業火が、アルディラ自身は燃えぬ距離で融機人を包む。 彼女からすれば理解し難い展開なのだろう、呆然と炎の壁を見遣るアティの顔は、朱色に照り返されている。 その腕をベルフラウがしがみつくようにして引っ張り「今の内に帰りますわよ!」と急かす。 一拍の自失後、我に返って、流石に黙っていられなかったのだろう、 「ベルフラウ貴女なんてコト……ッ!!!」 逆に詰め寄られ『この人には無理なんだ』とわかってはいても、裏切られたような気分にベルフラウはとらわれてしまう。 (この……鈍感!ニブチン!朴念仁!!) だが、今はそんな愚痴に時間を割いている暇はない。 そう長くは抑えておけないのだ、今にもアルディラが火の結界を 「おいで……ドリトル!!!」 ギュィィィィイィィィイィィッッッ!!!!! ……そんな懸念すら、遥か上方に裏切られる。 猛回転する鋼の尖鋭が炎を突き破り、自分に向かって一直線に迫る光景。 見ながら、ベルフラウの脳裏で (よくもまああの炎の向こうから正確に狙えたものね) などと、いやにゆっくりした思考が動く。 死の、スローモーション。よけられるタイミングでは、無かった。 しかし 「ベルフラウ!!」 声、そして軽い衝撃と共に時が動き出す。 支え無い後ろに仰向けに倒れながら、さっきまで自分の居た位置にアティが入れ替わるのを見て何故か冷静に見れた自分の死の予感など、比べ物にならない恐怖がベルフラウを襲う。 (先生ッ!?) 死際の超感覚は既に解かれ、まとまる時間を与えられない思考は、ただ、絶叫した。 アルディラはアルディラで、ベルフラウが避けれぬと知った時、既に後悔していた。 激昂してしまった、そうとしか言い様は無い。 一番大切なときを邪魔された灼熱の怒りは機械的に回路を辿り、一番効果的に『敵』を滅する方法を探る。 結果、三次元フレームで目標を補足することに集中してしまい、意識ごと視野を狭めたのが災いした。 放ち「当たる」と半ば確信した時、冷静さを取り戻して愕然となる。 ベルフラウが心配だったわけでは無い。 無論、心配でなかったわけでもないが。 だがそれよりなにより恐かったのは、アティがそれを決して許さないだろう、ということだ。 身を挺しても生徒が死ぬことを許さないだろうし、それが叶わねば……私が、許されないだろう。 いや、それでも二者択一なら、『ベルフラウが死んで一生許されない方がまだマシ』だったが。 制御を失して消える炎幕の向こう ……………最後の祈りも届かないことを知る。 『誤算』という言葉は当たらないだろう、その光景には既視感すらあった。 貧血のような眩暈。 世界を失う瞬間、刹那に飛び込む黒い影を見た気がしたが…… !!!!ッドゴォオォォオォオォオオォォォォンッ!!!! 爆発 両手を床に、くずおれる。 悪い夢のようだった。 いや、それならどれほど救われるか…… 呆然と見開かれる視野の上部に、もうもうと広がる余波の灰煙。 中心から少しずれた場所のそこから、ベルフラウが咳き込むのが聞こえた。 やがて「……先生ッ!先生ッ!!」と叫ぶように探す声を耳にしながら、この時ばかりは自分の検算能力が憎い。 アティが助かる確率は………… ………………零だった。 「……っ」 こみ上げた吐き気に、俯いたまま片手を口にあてる。 えずき、その拍子に髪が前に垂れ、数学の問題のように、最後の=(イコール)の後に無残な死骸さえリアルに浮かぶ。 ……………………唐突に、『嘘だ』と思う。 『そんな筈が無い、私の愛するあの人が、死ぬわけが無い』と。 自分が手をかけた、なんて、ある筈の無いことだ。 ぐらぐらと精神が分裂して、その数多の欠片から無くしてはいけない大事なものが抜け落ちてゆく感覚。 ああ……こうして人は壊れるのだな。そんなふうに最後の理性が囁いて……奇跡が、起こった。 「うぅ……」 「先生っ!?」 ベルフラウの声に、弾かれたように顔を上げる。 確かに今のうめきは、アティの声に聞こえた。 考えるより早く、駆け出そうとして……転ぶ。 いつの間にか、半分腰が抜けたような状態だったのだ。 それでもこけつまろびつ、四つん這いすら交えて到着すると、収まりだした煙幕の中に無事な彼女を見つける。 見れば、多少煤けてはいるが傷ひとつ無い。 嬉しくないわけはないが、逆に信じられなくて……夢でないことを確かめる為、飛び込むように抱きつく。 温もり、匂い、そして『手応え』とでもいうべき現実の重み。 先に抱きついていたベルフラウの存在はこの際無視してそれらを感じると、意識せぬ涙が零れた。 「ん……」 頭上で不可視のひよこが駆け回っていたらしい。 微妙に座らなかったアティの首が、その声と共にやっと芯を取り戻す。 一変した風景、腰のあたりにベルフラウ、首っ玉に私にかじりつかれ、状況が理解できないのか「あれ?」とか「ぇえっ?」とか言っている。 「「大丈夫?怪我は無い?意識は?」」 見事に台詞が被る。 二人とも抱きついたままなので視線が戦うことはないが、代わりに『この人は私のものだ!』と主張する為、腕に力込めて強く抱き締めると、ベルフラウも同時に同じことをしたらしい。 「ぅぇ」と耳元で潰れたうめきが聞こえた。 と、その拍子に首が仰け反り目線の角度が変わったせいだろうか アティがなにかを見つけたように「ハッ」と、息を呑む音。 「……二人ともっ!離して下さい!!」 振り払うようにもがくアティ。 互いに先に離れるのが嫌でぐずぐずと機を逃すと 「いい加減にしてください!!こんな時になにやってるの!?」 滅多に無い本気の怒声、慌てて同時に離れる。 「ッ……」 そのまま私達に振り返りもせず、床に刺さったドリトルに駆け寄るアティの行く手 ようやく、彼女の怒りの原因がなにか知る。 「ぁあ……酷い……クノン……」 弱々しく膝をつくアティの前にはクノンが居た。 人の三倍以上はあるだろう召喚獣の巨体に左足が完全に潰され、うつ伏せたまま身動きも取れない状態。 どこか虚ろな無機の目は、ここからでは表情の見えないアティを不思議そうに見上げている。 (そうか……クノンが) さっきの影、あれは見間違いではなかったのだ。 彼女がアティを、私の大切な人を守ってくれたのだ。 褒めてあげなくては、と近付くと 「早くどけてあげて!!」 半泣き顔で振り向き、アティが叫ぶ。 「そ、そうね……。ごめんなさい。」 片手で印を結び送還すると、床にぽっかりと大穴が開く。 両腕に力をこめたクノンが起き上がろうとして……かなわない。 引き摺り出された左足は、もう足としての体を成していなかった。 「ごめん……なさい……私の為に……」 泣きながらアティがそう頭を下げると、クノンは「お気になさらないでください」と首を振る。 優しく慰めるクノンと、涙をこらえて笑おうとするアティ。立場が逆転してしまっているが、そんな二人を見て、下敷きのクノンを無視する形になってしまったことが、今更ながら気まずい。 隣ではベルフラウが困ったような、傷ついたような顔をしていて、自分もおそらく似たような顔なのだろうと知れる。 支えあうように肩を貸し合い管制室を出て行く二人に続きながら、少しだけ羨ましい。 手を貸そうか、とも思うが、見た感じバランスをとる邪魔にしかならなそう。 二人は私達を責めることもなく、ただ、いたわりあっている。 最早私の告白どころの雰囲気ではない。 「……リペアセンターでいいんですよね?」 フラーゼンのクノンにとってはそれほどの傷ではないと、本人に説明されてようやく安心したらしい。 振り向いてそう聞くアティに「ええ」と答えながら、聞こえぬよう小さく溜息をついた。 悪いことをしたのに責められない、ということは、時としていたたまれない。 「私、スペアの足探してくるわね。……どこかにあったはずだし……」 お願いします、という返事を受けて道を別れる。と、「お手伝いしますわ」とベルフラウがついてきた。 見れば彼女、目に涙を溜めている。 ライバルとはいえ、そんな顔されては「一人で充分よ」などと無碍にもできない。 まあいい、武士の情けだ。 結局痛み分けた、ということがそんな風に思わせたのかもしれない。 ……だが後に、この時どれほどベルフラウに恨まれてもクノンとアティを二人きりにすべきではなかったと、おおいに悔やむことになる……。 手を貸しクノンを横たえたそこは、寝台、というには若干固い。 つややかな黒皮に似た不思議な材質、上部以外はメタリックな計器やら板やらに覆われている。 上半身を起こして足を投げ出すような格好になった彼女は傍らの台に並べられている、どこか禍禍しい印象すらある道具達に手を伸ばした。 そして『ナイフの刃部分を細い鉄棒状にして先っぽを平らに潰したようなモノ』と『はさみのように指を通してなにかを摘むような動きをするモノ』とを手に取りそれらを確かめるように手の中で動かす。 なにか手伝うべきなのだろうが、それらの道具に限らずロレイラルの技術はかなり私の理解に遠い。 結局、手持ちぶさたに作業台(という表現が一番近いイメージだと思う)の横にぼけっと立っていると 「アティさま、大変申し訳ないのですが、この足を持ち上げていてはいただけませんでしょうか?」 クノンに上目遣いに、そう頼まれて 「え、あ、うん」 あたふたと、ねじれひしゃげたそれに手をかける。 「えっと……こう?」 「あ」 持ち上げ方が急すぎて、ただでさえ歪んでおかしくなっていた関節の自由角度の限界を超えてしまいクノンの上半身まで押し倒しかける形になって 「わ」 慌てて今度は急に戻すと、がくん、と軌道を逆戻りしたクノンの顔が 「…………!」 私の顔の至近で止まる。 「……ご、ごめん」 作り物なのに作り物めいてはいない、クノンのびっくりしたような顔を間近に見て、何故か赤面してしまう。 距離をおいて、目線を合わせず、丁寧に指示されるままに持ち上げた足をキープする。 (多分私だけ)気まずい沈黙。 何事も無かったように、キコキコ、カチャカチャ、と自らの腿で忙しく手を動かすクノンの表情は俯き加減でよく見えない。 少しだけ覗きこむようにすると、影の若干濃い、全くの無表情が見えた。 同時に、目の端にクノンの純白のパンティが映って (わわっ) 女の子同士なのにまたも頬が熱くなってしまい、目を逸らす。 そういったことに無垢な相手であることが余計に後ろめたく、非常に……なんというか、困る。 暫くして、ごとり、という鈍い音と共に足が外れ 「とと」 支えをなくした、壊れた足の全重量が私の腕にかかる。 「……えーと……ど、どうしよう?」 釣り上げた大きめの魚のように抱いた足をどうしていいかわからず。 救いを求めてクノンを見ると、一瞬、彼女がくすりと笑ったように見える。 (え?) まばたき一つする間に消えてしまったそれは白昼夢のようで 「ありがとうございました、アティさま」 差し出された手に足を渡す間も、まじまじとクノンの顔を見てしまう。 どうかしました?、などとクノンは聞かない。結構乱暴に、鉄製のゴミ箱のようなものに足を捨て黙々と腿の断面に処置を施し始めた。 油だか燃料だかが漏れる管のようなものにガーゼを当て。 絡まったコードのようなものを解し。 壊れてぶら下がる部品や、歪んでしまった骨(に当たるものだと思う)を外す。 ……そんなことを幾許か続けると、やがて断面は包帯のようなものでグルグル巻きにされた。 ようやくひと心地ついたクノンの姿は、足が失われたことと、包帯のイメージで、先程より随分痛々しくなっている。 「……ごめんね」 また、言ってしまい、今度は間違いなく笑われてしまう。 「ふふ……アティさま、もうそれで本日謝られるのは十八回目です。」 「ご、ごめん」 「また。……お気になさらないでください。私は皆さんと違い完全な機械仕掛けです。特に足や腕なら、スペアの有る限り替えも効きますし」 何度もされた説明だけど、別の事実もある。 彼女が命懸けで私を助けてくれた、ということだ。 確かに『足や腕なら替えが効く』のかもしれないが、以前のアルディラの話では体、特に胸の中枢回路は『クノン自身』と言って差し支え無いものらしい。 そこが壊れて『今までの彼女』が失われてしまうことは死に等しいと思えたし、あのギリギリのタイミングで、彼女が自己の安全に確信を持って飛び込んだ筈も無い。 ……そうか。 「ありがとう。」 最初から、こう言えばよかったのだ。 満足して「えへへ」と笑いかけると、クノンは乏しい表情でなんともいえない顔をする。 「………………罪作り、ですね」 「え?」 ぼそりと呟かれた単語の意味がわからない。 「……いえ、お気になさらず」とすぐ耳に入るが、やはり思考は巡らしてしまう。 結局分からなくて、しつこいと思われるかもしれないけど尋ねようとするも 「ときにアティさま」 先を越される。 「……なに?」 「先程から、何度も謝罪の言葉はいただいておりますが……そもそも何故あのような事態に?」 ………………いけない。 そういえばクノンにかまけて、肝心のそれをすっかり忘れていた。 「……私さ、途中……その……トイレに行ってて……事情……よくわかんないんだ。」 正直に告白すると、クノンは案の定、といった風情。 そのまま少し考えるような間があって 「……アティさま、私は、所詮人ではありませんし、アティさまより更にあの場に居た時間は短い、けれど僭越ながら……多分、アティさまより事情を解していると思われます。」 言葉を選び、語るクノン、自分を卑下するような言い方がすこし気になる、でも…… 「ほんと!?」 それ以上にその内容は衝撃だった。 「はい。」 あっさりとされる肯定。 嘘を言ってる様子は無いし、意味も無い、ほんとうなのだろう。 とすると私は、私より遥かに推理材料の少ないクノンにすら分かることが分からないのか。 これがもう少し軽い問題ならいいが、仮にも人死が出る寸前までいったのだ 「気付いてあげられなくてごめんね」では済まない。 肩を落として消沈すると 「いえ、アティさま、これには事情がありまして……」 かけられたフォローに捨て犬の顔を上げる。 「説明させていただきますので……目を瞑ってくださいませんか?」 素直に目を閉じ…… (???なんで目瞑るの?) 遅まきとはいえ怪訝さに目を開くと、丁度そのタイミングで唇同士が出会う。 「………………っ!?」 ただ触れるだけのそれは、いやらしさを感じさせないけれど。 だからって離れた時に平静を保てる筈も無い。 「なっ…………き、キス……どどどどうしてっ!?!?」 「これが答えです、アティさま。」 さっぱりわからない、わかるわけもない。 真っ赤なままで「全然分かんないよ」と目を泳がせると、クノンが溜息を吐く。 「……好意です、アティさま。アルディラさま達は、貴女への好意が原因で諍っていたのです。」 「こ、コウイ?」 「好きだ、という想いです。……むろん、ライクではない方の。」 解説されてしまう。が、別に意味を知らないワケでは無い。 信じられなかったのだ。ベルフラウはともかくアルディラは…… いやいや、それより 「で、でもそんなのっ……貴女が私にキスする必要無いじゃないっ、ななななんでっ!?」 嫌がって、というより、不意打ちに対しての抗議に、クノンの雰囲気が衝かれたように変わり 「……そうですね、本来、必要ありません。」 どこか沈んだように同意されて、追求の手が緩む。 「クノン……?」 「……後付けの理由なら、あります。アティさまが、事情を察することが出来ないことを、たいそう気に病まれているようでしたので『私が、アルディラさま達と同じ気持ちを抱いているからこそ、わかったであって、貴女に落ち度はない』それを伝える為、という理由が。」 あまり似合わない、自虐的な笑み。混乱した頭は、言われていることの半分も理解できない。 「……心は、ほんとうに不思議です……必要か、必要でないかではなく、したいか、したくないかが真っ先に浮かぶ、そして……時として抑えきれない……」 きゅ、と胸で拳を握るクノン。そこにある何かを持て余すように。 「今も……そうです。何故私が……私の気持ちではなく……アルディラさまの気持ちを代弁しなくてはならないのか。……そう、考えたら……」 辛そうに、途切れ途切れに語られる本音、………………ようやく理解する、彼女の……想いを。 「……ご迷惑だということは、重々承知しております、叶うはずもないことも」 先手を打つように、顔を背けるクノン。 「私は……フラーゼンです、人を愛する資格も、機能もありません、ハード的にもそうですが……プログラムとして『人を縛る』ことができない。」 震える細い肩。 「……どんなに哀しくても……涙ひとつ、流せません。」 振り向いて綺麗に笑うその顔の奥に、どれほどの辛さを隠すのか。 見ているこっちの胸が痛いくらいの笑顔。 どうしてこの娘は……いつもいつも……こんな風に……。 「クノン」 ……いや、無理も無いのかもしれない。前もそうだった。 彼女は…………未知におびえているのだ。 芽生えたばかりの心は、不相応な経験や知識に振り回される。 彼女が恐れているのは、おそらく自分が機械人形であること、ではない。 恋、そのものなのだろう。 そんな彼女の、切ないほどの弱々しさがわかるにつれ、自分の気持ちが傾いてゆくのがわかる。 そして思考の半ば、最後に「お忘れください」と告げられた瞬間、何かが、はじけた。 「…………ッ!?」 細い胸囲を、腕ごと抱き締める。 冷たいというより、体温が無い体。一瞬の震えの後に弱々しい抵抗が感じられて本気で振り払ってみろ、とばかり、強く、拘束する。 やがて大人しくなるのを待って、少し離れると、おでことおでこを合わせるように、息のかかる距離で向かい合う。 「クノンは……忘れられるの?」 レンズの瞳が、隠すように閉じられた。 「私は、忘れられない。」 きつく鎖されたままの目、いやいやをするように、すぐ近くの顔がちいさく横にぶれる。 「相手を縛らなければ……繋がっていられない?」 瞼が、ぴくりと動く。 「そんなこと、ないよね……?」 髪の毛を梳くと、潤むこと無い目がおずおずと開いた。 「クノンが泣けなくても……私は、貴方が心を軋ませているのがわかる。……それじゃ……いけないの?」 教師の顔で諭しながら、私は、いつからか覚悟を決めていた。 「いいよ………」 両肩を掴んで、静かに押し倒す。 「私はクノンを……抱きたいけど、抱いてあげられない。……そう、造られたのなら、抱きしめることしか出来ない。……だけどね、クノンに抱かれたいって……思ってる。」 おろおろと、逃げ場を探すようにあちこちを向いていた彼女が横顔を見せて止まり、そしてそこから恐いものでも見るように、ぎこちなく私にスライドする。 宿るものは、とても饒舌だった。 嬉しさと、驚愕と、なにより色濃い不信。 これだけ言ってもまだ信じられないのか。と、苦笑と共に、ほんの少しのいらだちを感じ『しょうがない』から、私の方から唇を奪う。 「んっ……!」 強く、押し付けるわけではないけれど、気持ち伝われと、祈りながら目を閉じる。 やがて恐る恐る差し出した舌先が、堅かった蕾を綻ばせた彼女に迎えられた。 くちゅり、と触れ合う粘膜と粘膜、少なくともそこだけは、普通の女の子と何の変わりも無い。 気付けば互いの二の腕を、しがみつくように強く掴んでいて つづく 前へ | 目次 | 次へ |
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