俺はギャレオ俺はギャレオ。 名前はまだない。 ……ギャレオは確かに俺の名前だが、真の名前ではない。 俺は召喚獣なのだ。お香ランプをこすると出てくる。 だから、敬愛する隊長に誓約の名を付けてもらうまで俺の名前はない。 ないのだ。 納得しろ。 帝国軍人の朝は早い。その中でもアズリア隊長や副隊長である俺は寝坊を許されない立場といえる。 普段のように大胸筋の力だけで被さるシーツを弾き飛ばし、身体を起こす。ふむ、いい朝だ。 同室の部下はまだ寝ている。確か彼は昨夜見張りをしていて、ほとんど徹夜だったはずだ。起こすわけにはいくまい。 見ると、彼のシーツは随分とずれていて、身体の大部分が露出してしまっている。 朝の空気は冷たい。だが軍人の財産はその鍛え上げられた体力だ。心配せずともそう容易く風邪をひくことはあるまい。 とはいえ、副隊長として部下の体調を気にかけるのも重要な仕事の一つだ。 俺は先程弾き飛ばした自分のシーツを、そっと彼の上にかけてやる。これなら大丈夫だろう。また一ついいことをした。 清々しい気持ちで部屋を出る。 「ふ、副隊長が一人……二人……まだ増えるのか!? か、囲まれた!? だんだん輪が狭まって……!」 後ろからはそんな微笑ましい寝言が聞こえてくる。どうやらいい夢を見ているようだ。 いつもより30分ほど早い時間だが、日課の挨拶の為に隊長の部屋の前に立つ。 ノックをする。が、返事はない。まだ寝ているのだろうかと一瞬思ったが、隊長に限ってそれはないような気がした。 よく耳を澄ませ、中の様子を探る。なにやらゴソゴソと音がする。その瞬間、俺は直感した。 隊長は今着替え中に違いあるまい。ならば、今このドアを開けぬ道理はない。 偶然着替えに遭遇してしまうことは定番中の定番である。 『うっかりハプニング☆~返り鼻血に濡れた修羅~』とかいうイベントが発生し、ギャレオ×アズリアフラグの一つが立つだろう。 未来に待ち構える幸福のため、俺は今罪を負う。 「失礼します」 重要なのはあくまで普段通りの行動に徹することだ。無言で入りでもしたら間違いなく故意に狙ったとバレるだろう。 ドアを開けながら、こういった機転が利く己の思考回路の優秀さを誇らしく思った。 予想通り、中で行われていたのは着替えだった。 間違いなく着替えだった。だって肌色だった。 アズリア隊長は部屋の隅に座り込みながら、人形を弄くっていた。既にその上半身は裸にされている。 ということは、隊長の周囲に撒き散らされた布切れはその衣服だったものたちだろうか。 息を荒げ、男の姿を模したものらしい人形を舌先でなぞり上げたりしている隊長の顔はその人形の髪よりなお赤い。 俺には、気付いていないようだった。 隊長の行動はヒートアップする。 胸元に押し当ててハァハァハァハァ。 服の中に入れつつハァハァハァハァ。 もう辛抱堪らんといった勢いでベッドに飛び込み、全身を覆うようにしてシーツを被る。 妖しくも激しい動きがベッドを軋ませる様を、俺は呆然としながら見ていた。 色々と大切な何かが手遅れになっているような、そんな絶望感。 せめて錯覚であればと願った。 隊長の部屋、そのドアの内側に「人形の股間のガードを外すには伝説の7つの銃が必要ですよ」と張り紙をしておいた。 それを書く際に机とペンまで借りたのにも関わらず、隊長は俺に気付かぬまま妄想を全開にしていた。 どうやらいつも俺が行く時間までああして過ごしているらしい。 隊長の秘密の一つを知ることができたにも関わらず、俺の心は暗雲に包まれている。 朝飯をたらふく食って気を取り直すことにしよう。そう思い、隊長を放って食卓へ向かった。 食事担当の奴等は皆気を利かせて原始肉を俺にくれる。誰もが食べたがる有名なあの肉だ。 「副隊長なら電磁バーガーぐらい一口で食べそうですね」と、隣に座っている男が言った。 勿論だ。頷いてやると、チタンねじをくれた。どうやら三時のおやつらしい。有り難く頂くことにする。 食事を終えて、俺は見回りに出ることにした。 この島には原住民がおり、我々帝国軍とは敵対している。向こうから攻めてきたことはないが、油断は禁物だ。 あの隊長の知り合いらしい赤毛男、虫も殺さないような態度をとって周囲を欺いているが、俺にはわかる。 毎晩違う女性を呼び出して思うがままに全員食い漁ろうとするケダモノだ。いずれ男にも手を出すに違いない。 別に覗いていたわけではない。赤くて角がある奴は三倍手が早いのは世の摂理だ。 家庭教師と名乗っているが、一体ナニを教えていることやら。いつか赤裸々に暴いて出版してやる。 そうした思考に捕われながら歩いていると、自然豊かな集落に辿り着いた。 ここは確かメイトルパ出身の召喚獣達が暮らしている場所だったはず。俺の中に眠る獣属性が導いたのかもしれない。 住人の目に留まりやすい場所へ来てしまったことに若干の焦りを覚えながらも、気を引き締める。 上手くすれば敵の内情を知ることができる可能性もある。 身を潜めながら、足音を殺して周囲を探る。最初に目を引いたのは、小さな妖精だった。 確かマルルゥとかいったか。緑を基調とした簡素な衣服に身を包み、羽もないのに空を飛んでいる。 きっと後ろについてる黄色い花から何かを噴射して推進力を得ているのだろうと推測する。ほぼ間違いはあるまい。 「シマシマさーん、朝ですよぅ!」 妖精が一直線にとある住居の中に入り込み、中でそんな声を上げている。 「うるせえよ。ったく……朝っぱらからギャレつくんじゃねえ」 「ひどいですよぅ! マルルゥはあんな脳筋ワキガスプラッタじゃないです!」 「ああ……確かにアレは俺らの鼻にはキツイな。すまん、言い過ぎた」 耳朶を震わすショッキングな言葉はきっと空耳だろう。 大体ギャレつくってなんだ。最近の流行語か。そんなこと言うと夕陽を背にたそギャレるぞコノヤロウ。 逃げるようにその場を離れる。きっと朝陽に俺の涙が煌いている。悲劇のヒロイン(俺)は音速の壁を超えた。 視認できない勢いで疾っ走っていると、何かにつまづく。ずべし。盛大にすっ転び、大地に俺型クレーターが穿たれる。 足を取られたそれは水晶だった。地面から生えるようにして、そこかしこに同じものが見受けられる。 周囲を見回すと、そこは神秘的な雰囲気が漂う空間。どうやら今度はサプレスの集落に来てしまったらしい。 この場は夜に賑やかになると聞いたが、成程現在は寒気を覚えるくらいの静謐さ。傷心の俺には心地よい。 膝を抱えて座り込み、しばらくの間無言で過ごす。この時、この瞬間だけは任務も立場も忘れていたい。 だがしかし、突如耳に届いた物音が静寂を打ち破った。ガサガサと木々の擦れる音に混じり、男女の話し声も聞こえる。 焦った。周囲に隠れられるようなものはなく、見つかってしまえば戦闘になってしまう恐れがある。 その時突如、頭の中に一つのアイデアが閃く。 俺はポケットの中に手を差し入れ、その感触を確かめた。 俺は微動だにしない。 「あれ? ……なんだこれ」 男が俺を見ながら、不思議そうな声を漏らす。だが何故鼻を押さえる。 「珍しいですね。これ、フランケンですよ」 薄く透き通る身体を持つ幽霊の少女が、それに答える。 「なに、そのブタゴリラって」 「ラが使われてる以外全部間違ってるじゃないですか。……いえ、まああながち間違いではないのかもしれないけど」 目の前の男女が笑う。俺の存在を疑問に思うことすらしない。だから何故そこで鼻を押さえる。 「サプレスの住人なの? ……でも動かないな。人形かな?」 「きっとフレイズの趣味ですよ」 説明しよう。俺は朝食の際に貰ったチタンねじをこめかみに刺し、痛みに震えながらも我慢して立っている。 今の姿はまさにフランケンシュタイン。滴り落ちる赤い液体がリアリティを増している。 狙い通りに事は進み、男女はすぐに俺への興味を失った。少し寂しい。 「全くあのエロ天使め」 「女性だけでなくこんなものにまで興味を持つようになっちゃったんですねえ」 「……こんな可愛い女の子がすぐ傍にいるってのにね」 「あ……レックス、駄目ぇ……」 もはや俺のことなど眼中になし。今ならば逃げられる。ゆっくりと後ずさり、一気に森の奥まで跳んだ。 しかしかなりのスクープだ。これをネタに強請れるかもしれない。それともアズリア隊長に報告するべきか。 そんな考えを巡らせながら、俺は帰路につくことにした。 帝国軍の本拠地前で、ビジュが自分の得物の手入れをしていた。俺に気がつくと、気の乗らない風に挨拶をしてくる。 だが、俺のこめかみの傷を見て、その表情はニヤニヤと嘲るようなものに変わる。 「副隊長殿、その傷はどうしたんです? まさかとは思いますが、アイツラにヤられたんで? ヒヒッ」 「ふん……こんなもの傷ともいわん。少しばかり不意を突かれただけだ」 そう受け流し、ビジュの横を通り過ぎる。後ろからは小さく舌打ちが聞こえた。 「……ケッ。鼻につくヤロウだ」 瞬間、立ち止まる。独り言のつもりだったらしいビジュは、俺が反応したことにまた、舌打ちで返した。 「……ビジュ」 「ハイハイ。なんスか副隊長殿」 頭を掻き毟りながら、悪態をついている。軍人にあるまじき姿だが、そんなもの今は気にならない。 俺は静かに、だが確かな声で言った。 「……俺は、そんなに臭うか」 「……っ!!」 その瞬間のビジュの表情を、なんと表現すればよいものだったろうか。 図らずも相手の傷を抉ってしまったことに対する罪悪感。不用意な言動を恥じる自己嫌悪。 なんとか慰めようと頭を回転させるも思いつかず、一瞬顔を上げてもまた、一転して絶望的な様子になる。 結局ビジュはなにも言わなかった。だというのに、俺はその態度で全てを悟ってしまった。 俺はギャレオ。 別名タマヒポ。 今日からはお香ランプを焚く回数が増えることになりそうだ。 おわり 目次 |
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