泣いて怒って笑って幸せ
休日の正午といったら、のんびりと出来る最高の時間だ。
大抵はお気に入りのソファーでごろ寝をして過ごすのだが、今日ばかりはそうもいかなかった。
何故かといえば、既に先客がいたからである。
「おいコラ! いつまでそこで眠ってんだ、睦月はッ」
いくら付き合っているからといって、我が物顔で家で過ごされてはたまったものではない。
くーくー気持ち良さそうに寝息を立ててくれやがっている睦月を、ソファーから蹴り落とす。
しかし睦月は起きずに僅かに眉を寄せるだけだ。
「この馬鹿は……! 殴られなきゃ分からないのか!?」
グイッと胸倉を掴んで、自分の方へと引き寄せる。
何度か揺さぶると、睦月は薄っすらと瞼を開いた。
「んぅ……? た、つみ?」
「そーだよ、俺だよっ。お前はどーして休日に! 人の家にまでやって来て!? 眠ってるんだ!?」
「辰巳ぃー。大好きぃ……」
「うをっ!?」
寝ぼけているらしい睦月は、俺の胸に頬を擦り付けてきた。
全く俺の話を聞いていないな、こいつはっ。
フツフツと湧き上がってきた怒りに思いっきり頬を抓ってやると、睦月はそれで目が覚めたらしく、イテェだの文句を言いながら睨みつけてきた。
「あのなぁー。睦月が俺に対してここで怒るのは可笑しいだろ!? お前が家に来るっていうから、俺が一体どんだけ期待して……」
「え? 期待って、何の」
首を傾げる睦月に、俺はしまったと舌を打つ。
抱くつもりでした、などと本人に堂々と言える勇気を俺は生憎と持ち合わていない。
どう応えるべきか焦る俺の心を全く察していないのだろう睦月は、パチクリと瞳を瞬かせていた。
あぁ、可愛いな今畜生。
絶対言ってなんてやらないが。
「辰巳〜。黙り込むなってば。俺に何かして欲しいことがあったわけ? あ、家事とか? ……それはさすがにないか。うーん」
「……俺が望むこと、するつもりあんのか?」
「あ、ああ。俺に出来ることなら……ん」
睦月は恥ずかしそうに視線を逸らすと、きゅっと俺の洋服を引っ張った。
「エッチなこと以外なら、するから」
――そんな馬鹿な。
「うぅっ、うぅ……ッ!」
「たた、辰巳!? どうしたんだよ、泣くほど嬉しかったのか!?」
「何でお前はそうなんだ、どこまでいっても馬鹿なのか……!!」
「なっ、ど…どういう意味だよそれ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴ってくる睦月の相手をしてやれる余裕など俺にはない。
だってもう、三ヶ月だぜ?
付き合ってそれだけ経っているのに、未だに一度も抱き合えていないなんて……。
しかもこの状態がしばらくは続きそうだし。
「辰巳ー。俺、頑張るから。そんなに渇望していることがあるなら、遠慮なく言ってくれよ!」
「言ったところで無意味だから別にいい」
「はぁ!? 無意味? 何故、どうして!? そうやって人のこと見下すのもいい加減にしろよ!? 俺だってな、辰巳のために役立てることはきっとあるんだからっ。探せば!」
実に説得力がないんだが、どうしたらいいだろうなコレは。
「あぁー!? お前、疑ってるだろっ。だったら証明してやるから、早く願いを言えよ! 何をして欲しいんだよっ」
「セックス」
「――え…っ」
睦月は俺の顔を見つめたまま、硬直してしまった。
まさか俺の願いが本当にエッチなことだったとは思わなかったのだろう。
「ほらな、やっぱり無理じゃねーか。ま、仕方ねぇか。睦月は中身も外見もガキだもんなー」
「ふざ…ふざけんなよっ。エッチくらい、してやるよ。辰巳が足腰立たなくなる程なっ」
睦月は俺の腕をむずっと掴むと、立ち上がって歩き出した。
「どこ行くんだよ?」
「辰巳の部屋に決まってるだろ。リビングでえ、え…エッチなんて出来るか!!」
「……本気でするのか?」
「じょじょっ、冗談でこんなこと言えるわけないだろ〜っ。辰巳に俺が何も出来ないガキじゃないこと、身をもって教えてやるんだからっ。覚悟しとけよ!」
睦月は俺の部屋に入ると、ご丁寧にも扉に鍵をかけた。
家には俺と睦月しかいないんだから、意味は全くないのにな…。
そんなことを思っていると、勢いよくベッドに押し倒されてしまった。
「ちょ、何だよ……?」
「大丈夫、大丈夫。恥ずかしくなんてない。これは普通。みんなシてること……っ。よしっ」
睦月は自分に言い聞かせるように呟くと、服を脱ぎにかかった。
躊躇いなく肌蹴られていく睦月の洋服に、俺は茫然とするしかない。
「ばか、あんまり見るなっ。辰巳も早く脱げってば!」
「……あ、ああ」
やっぱり完全に吹っ切るということは無理なようで、睦月は顔を真っ赤に染めていた。
すぐにでも押し倒してキスしてやりたくなったが、俺は何とか衝動を抑え込んで自らの服を脱ぎにかかった。
グッジョブ、俺の理性。
そしてグッバイ、俺の理性。
「睦月…!」
「へ? わ、わぁあああっ!?」
俺は着用していた服をベッドから床に放り投げると、睦月を組み敷いた。
そのまま、彼の白い首筋に顔を埋める。
「ちょ、だ…ダメ!」
「何がダメなんだよ。こーなること、分かってここに来たんじゃねぇのかよ?」
「だ、だって。俺がするんだもんっ。しなきゃダメなんだもんっ」
『もん』って何だよ、可愛いな……。
だなんて、ほんわかした気持ちになっている場合ではない!
睦月が俺のケツの穴に指を入れるべく、奮闘しているじゃないかっ。
「てめっ、何してんだコラァアッ!!」
「ぅわぁ!?」
睦月の身体を突き飛ばすと、彼は口をパクパクと開閉させた。
「なっ、な……何で邪魔するんだよ辰巳のアホ!!」
「んなもん邪魔するに決まってんだろーがぁッ!!」
「だって男同士ってソコ使うんじゃないのか!?」
「そりゃ、おまっ……は!? まさか、俺に挿れるつもりなのか!?」
睦月は目を丸くして俺を見てきた。
今更何を言ってるんだ、とでも言いたげに。
「どど、どう考えたって俺が挿入者だろ!?」
「えぇー!? 違うよ、俺でしょ? だって辰巳には、俺の有能っぷりを認めてもらわなきゃいけないんだからッ」
あー…確かそんなことが目的だったっけ?
だがそんなの、もう関係ねぇ!!
「俺は断固拒否するからなっ。第一、そんなちっこいモノ挿れられたところで悦くなるはずがねぇ!」
「ちっ……!? こ、これから大きくなるんだからッ。勃ったら絶対辰巳よりデカイぞっ」
「それじゃ身体との釣り合いが取れてなさ過ぎて、気持ち悪いだろうが!! えーい、うるさい奴めっ。諦めろ馬鹿が!!」
俺は睦月の両手首を彼の頭上で押さえ込みながら、唇を塞いだ。
こうやって拘束しながらプレイするの、何気に憧れてたりしたんだな俺は。
充足感を覚えていると、睦月に腹を蹴り上げられてしまった。
「うぐぁっ!? てめ……ッ」
「ずるいっ。辰巳は卑怯だ! 俺だって辰巳をアンアン言わせたいんだからっ。組み敷いて泣かせたいんだからッ」
「泣かせるんだったらもう十分だろ!? もう俺の心はズタズタだからッ。今だって腹部の鈍痛に視界が歪んで治ってないくらいだからっ。分かったら大人しく、俺に抱かれてろよ!!」
下から睨みつけてくる睦月の肌に、そっと手を這わす。
ゆっくり腹から胸にかけてを撫で上げていき、指先を乳頭に辿り着かせると、小さくだけど睦月の唇から吐息が漏れた。
「はっ。こーんなとこ触られて感じるような奴には、やっぱり主導権は握らせれないよなー」
「か、感じてないもんっ。辰巳のばかーっ」
「睦月って感情的になると、話し方がちょっとだけ可愛くなるのな。そーいや俺に告白してきたときもそうだったなぁ。ぽろっぽろ涙零して、ガキみたいに感情ぶちまけて」
「だ、黙れ! 手を離せぇっ」
いくら暴れたところで睦月が俺の力に敵うわけがない。
それを理解していても尚も抵抗し続ける睦月を服従させたいと思うのは、間違った感情ではないはずだ。
あぁ、やっぱり俺は抱かれる側よりも抱く側に向いてるらしいな。
疲れてきたのか抵抗が弱まってきている睦月に見せ付けるようにニヤリと不敵な笑みを浮かべると、俺は彼の屹立に手を触れさせた。
「んぁあぅ!? や……ど、どこ触って…」
「どこって…。言って欲しいのか?」
「い、いやだ。言わないでいい……! ん、んくっ…」
ふるふると首を横に振る睦月に、そっと口付けをする。
ちょっと吸い上げてやると、睦月はまるで誘うかのように唇を開いた。
キスするたびに、いつも思う。
何でこいつ、こんなに人を煽るのが上手いんだろう。
「ぁっ、ふぁ……!」
口腔をあますことなく舌で舐め上げていく。
重ねあっている唇から声や唾液が漏れることさえ、ひどくもったいなく感じて、俺はより深い絡みを求めて舌を激しく動かした。
キスを止めた頃には、すっかり睦月は大人しくなっていた。
はぁはぁと荒い呼気が耳に届いてくる。
俺を見上げる睦月の瞳はとっくに濡れきっており、目尻からは止め処なく涙が零れていた。
可愛いだとか綺麗だとかいやらしいだとか、そんなこの世に現存する言葉じゃ表し尽くせないその姿に、下半身がずっしりと重く熱くなる。
「睦月…。絶対、気持ちよくさせてやるからな」
「……うん」
こくっと頷いた睦月を一度だけ強く抱きしめると、俺は彼の屹立を握る手を動かし始めた。
上下に擦る度に、ぐちゃっと粘着質な音が鳴る。
睦月はもちろんのこと、掌に感じる粘つきや熱ささえも、俺は愛しくてたまらなかった。
「はぁぅ、んっ…た、つみぃ…っ」
「何だよ…?」
「気持ちいいよぉ……っ」
甘えるような掠れた声に、これ以上ないくらいに大きくなっていると思っていた下半身が、ぴくっと反応するのが分かった。
どこまで俺を興奮させれば気が済むんだ、こいつは…。
自分の息が乱れていることに気づいて、苦笑しつつ睦月の脚を開かせる。
「やぁ……っ」
「――あぁ、すげぇな」
「み、見ないでってば…!」
睾丸の下。
俺を受け入れる場所が、ひくんひくん、といやらしく縮小している。
それも、屹立から溢れたトロリとした蜜を、いっぱいに留めて。
俺はそこに、そっと舌を這わせた。
「ひぁんっ!?」
唐突な濡れた柔らかい感触に驚いたのだろう睦月が、腰を大きく跳ね上げさせた。
そのまま脚を閉じようとするものの、俺が間に入っているためにそれは叶わない。
睦月はどうしたらいいのか分からずに戸惑っているようだが、俺は気にしないことにした。
舌で窪みへの抜き差しを行うとちゅぷりと湿った音が立ち、睦月の身体が羞恥に震える。
「何ていうかさー。睦月って、本当にいやらしいよな」
「そ、んな…こと…」
「あるぜ? ほら、見てみろよ。今は前、触れてないのに…」
睦月は恐々と、視線を自身の股間へと向けた。
そこにある屹立は、今尚、震えながら蜜を零し続けている。
「や…っ!?」
「音で感じちゃうんだな、お前は。違うなんて言わせねぇぞ? 現にこれだけ、ぐしょぐしょに濡らしちゃってるんだから」
「あぅんっ! こ、擦っちゃ…ぁああっ!?」
亀頭を少しだけ強めに、親指で擦ってやる。
すると睦月は大きく身体を仰け反らせ、ビュクッと勢いよく射精をした。
あまり自慰をしないのか、吐き出された白濁の量は多く、濃い。
「はぁんっ…あ、ぁ…」
「俺を置いてイクなんて、ひどくねぇか?」
「だ、だってぇ……あっ!」
人差し指を窪みに触れさせると、何をされるのか覚ったらしい睦月が身体を強張らせた。
いくら鈍感でも、さすがに分かるか……。
俺は小さく笑みを零しながら、睦月の中に、指を挿入させた。
「ま……う、ぁあ…」
痛みはそれほどあるようではないが、違和感があるのだろう。
睦月は不快そうに眉間を寄せていた。
「辰巳ぃ、たつみぃ……っ」
「痛くないよう、解してやってるんだから。そんな泣きそうな声で呼ぶんじゃねぇ」
俺は安心させるように睦月の頬にキスをすると、彼が一番感じる場所を探し出すべく、指を蠢かせた。
不意に指先にしこりを感じてそこを突付くと、睦月が声を上げた。
それは明らかに不快感からとは違う、快感からくる声なわけで、俺は知らず唇を舐めた。
「睦月、ココが悦いいんだな?」
「や、だっ…。そこ、へ…ん……! あっ、だ…やだって言ってるの…にぃ…んあっ、ああっ!」
セックス中に感じちゃうからソコは嫌だと言われて、止める馬鹿がどこにいる。
俺は睦月がびくびく身体を震わすことに嬉しさを感じながら、彼のそこを少しずつ拡張していった。
三本までなら簡単に指が抜き差し出来るようになったので、俺はついに、昂ぶりを宛がってやることにした。
「ぁっ…た、つみの…が…ッ。はっ、熱いよ…?」
「そりゃそーだろ。今まで我慢してたんだからっ」
俺は挿入しやすいよう四つん這いになってくれた睦月を、背後から、一気に貫いた。
「んぅう―――ッ!!」
「……ッぁ」
メキッと肉が音を立てた気がした。
同時に襲ってくるのは強烈な圧迫感。
俺でさえ痛みを覚えるくらいだ、きっと受け入れる側である睦月はもっと、苦しいんだろう。
その証拠に、シーツを咥えて声を抑えている睦月の顔は、苦悶に歪んでいる。
「む、つき…。大丈夫か…!?」
「はっ、ぁ…い、たい…。痛いよぉ、辰巳ぃ…!」
懸命に痛みを堪えている睦月に罪悪感と愛しさを抱きつつ、腰をさらに押し進めていく。
全てが収まった頃には、俺も睦月も嫌な汗にまみれていた。
「はぁっ、は……」
「まだ痛むか?」
「も、へ……き。今はそんなに、じゃない…から」
動いて、と唇でだけ伝えてきた睦月の腰を、支えるように掴む。
それから、俺はゆっくりと腰を揺さぶった。
しかし、やはりまだ痛いだけなのか、睦月はくぐもった声を上げる。
俺は萎えてしまっている睦月の屹立を指で刺激しながら、慎重に、けれど突くように腰を動かした。
すると、彼の声に。
「あぁっ、あっ…ひぃん……!」
微かにだけれど、甘い響きが含まれた。
指を絡めている睦月の屹立も少しずつ元気を取り戻し、俺が再度彼を突き上げたときには、先端からぴゅるっと蜜を噴き出させた。
良かった、感じてくれている……っ。
「睦月、睦月…っ」
「ひぁっ、あ…やぁ、ん……!!」
調子に乗った俺は、何度も何度も、打ち付けるように腰を動かした。
俺のモノで睦月が感じてくれている。
俺のモノが、睦月の中に在る。
その認識だけで、イッてしまいそうなほどだった。
「あぁあっ、たっ…たつみぃ……あっ、はぁんっ、んぁああ…!!」
「はぁっ、ぁ…く、ぁ……!」
「い、イク…いっちゃ…イっひゃう、よぉ……!!」
睦月の太ももが、パンパンに張っている。
彼が訴える通り、もう限界なのだろう。
俺は睦月のことを抱きしめるようにしながら、強く、彼の中を穿った。
「ぁっ、あ…ひあぁああッ!?」
「ぁあ――ッ!!」
ぞくぞくぞくっと強烈な快感が背筋を駆け抜ける。
それとほぼ同時に俺は睦月の一番深い場所に、熱を溢れさせていた。
++++++
「結局、俺がイかされて終わっちゃったじゃないかぁっ」
「それのどこが悪いっていうんだ」
睦月はたいそう今回の初エッチにご立腹なさっている。
俺は相当気持ちよかったんだが……などと呟けば思い切り頬を叩かれてしまった。
やり返そうにも睦月の顔を叩くだなんてことはさすがの俺にも出来ないし、何より頬をそんなに真っ赤にされていては怒りは掻き消えて愛しさしか込み上げてこない。
どうしたものかと眉を寄せると、睦月が胸もとのネックレスを弄りだした。
その表情は、やはり不満げだ。
「何がそんなに気に食わないんだよ」
「全部っ。辰巳、俺のいろんなところ見た。舐めた。触った。でも俺は違う…。辰巳の感じてる顔とか、全然……涙に霞んでて見えなかった。見てる暇なんてなかったぁ。そんなの嫌だ嫌だ…!!」
ガキみたいに駄々をこね始めた睦月に、俺は深くため息をついた。
それからそっと、頭を撫でてやる。
「ばーか。そんなのいくらでも、これから見れるだろ」
「え? またエッチしてくれ…るのか?」
「は!? いや、むしろまたセックスする気がなかったのかと俺がお前に尋ねたいんだが!」
「だ、だって。……変なとこ、いっぱい見せちゃったから。それに有能さなんて、全く発揮出来なかったし。もう役立たない俺には嫌気がさしたりしてるんじゃないかって、思って……」
睦月の言葉には、本当に閉口させられてばかりだ。
怒りやら何やら、よく分からない感情が込み上げてくる。
「とりあえず言っておこう! そんなことあるわけがねぇだろうがぁあああッ!! 俺は何度だって抱くからなっ。睦月が嫌って言っても、確実に外とかでも抱くからなっ」
「そんなのダメ! 今度こそは俺が抱く側になるんだから!」
「突っ込みどころはそっちなのか!? ちょっと根本的にズレてないかお前!?」
俺の言葉に睦月はむむむ〜っと顔を険しくさせると、枕を引っ掴んで投げつけてきた。
「辰巳なんて大嫌いだ!」
「何で愛し合ったセックスの後に、好きの前に嫌いを言われなきゃならねぇんだよ。ふざけんなこのタコ!!」
「たこぉ!? よく見ろ俺のどこがタコだ! 手足含めて四つしかないじゃないか!! 軟体生物でもないしっ。何よりお前はタコの恋人ってことになるんだぞ!! いいのか!?」
「別に構わねぇよっ。たとえ睦月がタコだろうとも、俺がお前を好きなことに変わりはねぇんだからっ」
そこまで言い切って、自分の発した言葉に頬が急速に熱くなっていった。
睦月も同様に、真っ赤な顔を前髪で隠すように俯いてしまっている。
何だこれ。
罵り合っていたはずなのに、何でこんな鼓動が早まるんだよっ。
「うぅー。辰巳はどうして好きだとか、こういうときに言うんだよ…。言って欲しいときには、恥ずかしがってなかなか言ってくれないくせに」
「う、うるせぇな! それが嫌なら、とっとと自分の家に帰ればいいだろッ」
「嫌だ。今日は泊まってきたい」
「それこそ嫌だな、俺が! 帰れ」
「嫌だッ」
「帰れ!!」
強く言ったのがまずかったのか、睦月の瞳が潤みだす。
どうしてこいつはこんなにも涙腺が緩いのだろうかっ。
「泣くな、これくらいでっ」
「辰巳が意地悪だからだろっ。こんな……好きなのにぃ…っ」
ひくっと嗚咽を漏らし始める睦月に、表情には出さないものの、じっとりとした汗が吹き出てきていた。
柔らかな睦月の白い頬を、透き通った涙が伝い落ちていく。
「辰巳の馬鹿……! 俺にこのネックレスくれたときには、あんなに優しくっていい子だったのに、今じゃ見る影もないッ」
「せっ、性格ってのは月日で変わってくものなんだから仕方ねぇだろうがッ。つーか、分かったよ。泊めてやる! だから泣きやめよ、睦月っ」
俺は睦月の身体を、ぎゅっと抱きしめた。
睦月はそれだけでひどく幸せらしく、はにかむような笑みを浮かべた。
そのことに心底安堵してしまっている俺がいて、はぁっと思わずため息をついてしまう。
凄まじく情けないことだけれど……。
―――睦月の涙には、誰よりも弱い自信がある。
END