12 :名無しさん@ピンキー:2006/12/29(金) 16:19:33 ID:CLfp9Dry

「こういう時は、やっぱり皆人間なんだなと、変な話ほっとするよ。」

 体さえ黴びてしまいそうな蒸暑さの中、ネクタイを緩めた白いワイシャツの襟
首を綻ばせて、ロックは眼下に広がる昼の歓楽街に向て呟いた。全くだ、と苦笑
いを浮かべる黒人の大男が投げて寄越したハイネケンを受け取り、頸動脈を冷や
しながらホワイトボードに目をやる。
今日の業務は白紙。どの道、今の状況では大した仕事は出来ないだろうが。

 世界中のアウトサイダーの中でも別格に質の悪い連中が鎬を削る、法から見放
された危険地帯。背徳と硝煙に霞む街、ロアナプラ。
時に、『死人の歩く街』などと形容されるが、それはそれ、比喩であり、いくら
重火器を振回し、何の躊躇も無く他者の命を奪う冷徹さを持ち合わせていても、
やはり住まうのは生きた生身の人間だ。
人間である以上、たとえ銃弾の雨を掻潜れる力量があろうとも、回避出来ないト
ラブルに見舞われる事もある。正に今がその良い例だ。

 今、この小さな街を見えない勢力が制圧している。
米軍のデルタフォースを一個師団投入しても、決して成し得ないであろう偉業を
実現させた物。それはハリケーンに乗ってやって来た。
先日近くを通過した小型の暴風雨が熱帯雨林から運んで来たと思われる原因不明
の熱病が、このロアナプラで大流行してしまったのだ。
ベニーが拾って来た情報に依れば、感染力は強い物の、栄養を取って二日も安静
にしていれば治る様な物らしいが、酒ばかり飲み、不規則極まらない生活を皆が
皆送っている様な街である。瞬く間に蔓延する様は想像に難くない。

 実際、ここラグーン商会でも、情報を逸早く察知した筈のベニーが昨日倒れ、
本人は否定しているが、『二挺拳銃』と名高いレヴィも本調子では無い。病人を
引き連れて戦場をうろつく様な真似をするほど正気を失ってはいないし、それ程
までに経済的に切迫している訳でもない為、一応暖簾は上げている物の、実質的
な臨時休業を決め込む形となった。


13 :名無しさん@ピンキー:2006/12/29(金) 16:20:49 ID:CLfp9Dry

「ったくよ。あーーーもうウンザリだぜ。頭は痛てぇし体はダリぃ。おまけに鼻
水は止まらねぇ。クソったれ。」

「毎晩腹ほっぽり出して寝てるからだろ。」

ぼやくレヴィに正論を返したが、返事の変わりに殺気に満ちた唸りと金属が触れ
合う音が聞え、慌てて視線を窓の外へ戻す。静寂に包まれた町並は不気味な気配
を孕み、それが薄氷の上に有る事を物語っている様だった。

「静かな分には良い街なのになぁ。騒がしいのはやっぱり性に合わないよ。」

ソファの向こうから忍び笑いが聞こえる。

「阿呆抜かせ、あたしがこンな糞下らねぇ風邪なんか引いてなけりゃ、大喜びで
そこらの間抜けの口にドでかい体温計ぶち込ンでるのによ。」

 良い終わるが早いか先刻までの静けさが夢の様に、たちまち銃声が谺する。そ
れを皮切りにあちこちで窓ガラスの割れる音や女の悲鳴、遠くの方ではモーテル
の一室が火を吹いている。
まるで出来の悪いコメディの様な現実に、無性に泣きたい気持ちになって、ロッ
クは深々と溜め息を突いた。

「さっさと窓を閉めやがれロック。何の為に防弾ガラスを張っていると思う。」

 ダッチに促されて慌てて窓を閉める。前の通りでは覆面の暴漢と頭の禿げ上が
った中年の男がハリウッド映画さながらの銃撃戦を繰り広げていた。流れ弾が窓
の格子に当たってぞっとするような音を立てる。反射的にしゃがみ込んでしまい
、レヴィに笑われたが、見栄を張って死ぬのはごめんだ。

「全く、救いようが無いぜ。このままじゃあガラス代で倒産しちまう。まともな
仕事も出来ねぇってのによォ。」

深い皺を眉間に刻んでダッチが嘆いた。何となく澱んだ空気が室内を満たす。

PLLLL…………PLLLL…………PLLLL……………

 そこへ鳴り響く一本の電話。ただ,何となく出る気になれない。何故なら、こ
ういう時は大抵「良い知らせ」では無いし、この街に来てから悪い予感が外れた
例が無い。それはダッチも同じらしく、渋々といった感じが滲み出る緩慢な動作
で受話器を取った。


62 :看病物:2007/01/04(木) 01:04:24 ID:Eg8+G4ge

「……こちらラグーン……おぅ,ボリスか。」

 静寂の中に微かな緊張感が混じる。ボリスと言えば、このロアナプラの中心に
強力な勢力で座するロシアン・マフィア、「ホテル・モスクワ」。その女幹部こ
とバラライカの右腕たる男だ。電話口から彼の名前が出た以上、それは「ホテル
・モスクワ」からの依頼を意味している。
彼女達は大口の仕事をくれる上得意だが、金額が大きいと言う事はそれにに比例
して危険度も高いと言う事だ。お世辞にも万全の状態とはいえない現状である。
幾ら美味しい依頼だとしても、半死人を抱えて命の駆け引きはしたく無い。
その内ダッチがこう切り出すだろう。

『悪いなボリス。大間抜けが二人も腹抱えて寝込んじまってるもんでな。申し訳
ねぇが,今回は他所を当たってくれ。』

事実,午前中にもそう言って数件の依頼を断っている。その後はむすっと黙りこ
くるかゴミ箱でも蹴り飛ばすだろう。煙草の煙を視線で追いながら、ぼんやりと
そんな事を考えていたが、予想に反してダッチの口から漏れた声は明るいトーン
だった。それどころか含み笑いまで混じっている。

「あぁ、そうかい……。ククク。『鬼の霍乱』とは正にこの事だ。あぁ、構わね
ぇぜ。お互い様だ。いや、どうせやる事も無かったんだ。今回は報酬抜きの個人
的なおせっかいって事でいい。その代わりにこっちの間抜けを二人程、其処の物
置にでも放り込んでくれないか。ああ、馬鹿が多いんでな。ついでに店まで吹っ
飛ばされちゃ敵わねぇ。あぁ、直ぐ行くよ。おう、じゃあ後ほど。」

 どうも話が掴めない。何かトラブル、と言う事は間違いない様だが、ダッチの
にやにや顔がどうも引っかかる。違和感を感じてレヴィも体を起こし、ソファか
ら乗り出してきた。

「なんだよボス、随分と楽しそうなおしゃべりだったじゃねぇか。儲け話じゃね
ぇのか?」

「ククク。ロック、さっきの話だがな。全く持ってその通りだ。たまにチタン合
金で出来てるんじゃないかと思う様な奴もいるが、どうやら皆赤い血の通った人
間様の様だぜ。」

「ンだよ、気味が悪ィな。もったいぶってねェで、さっさと話しちまってくれよ
ダッチ。」

珍しく口元に笑みを残して、ダッチがようやく事の顛末を喋り出す。

「とある知り合いの組織もうちと同じ状態らしいぜレヴィ。この間の日本出張が
祟ってか、『ホテル・モスクワ』も過半数が寝込んじまった様でな。他のマフィ
アからの襲撃に備えて、助っ人に来て欲しいとの事だ。しかもここからが面白い 。
何とあの無く子も黙るミス・バラライカもぶっ倒れちまったって話だ。しかも
酷くこじらしているらしい。」






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