411 :寝苦しい夜 1/5:2007/09/17(月) 13:27:15 ID:zgZJMurw
「あれ?また…」
ソファの上から聞こえてきた寝息。レヴィがここで居眠りをしているのは珍しい事じゃ無かった。ダッチでさえたまにここを利用する。
ほんの少し違和感だったのは、寝相についてだ。いつもは手足を放り出して、見るからに爆睡なのに今日は違う。
両方の拳を額の前に置いて、横向きに寝ていた。膝も小さく折り畳んで、まるで、母親にすりよる子供の様な体勢。
だけどその表情はとても睡眠中と思えない険しさがあって、嫌な感じの汗も垣間見えた。
「うっ…ん」
時折呻く様な寝言を呟いて、寝苦しそうな素振りを見せても、起きる気配は見せなかった。



渇いてる。何もかも渇いてる。空気もアタシの喉も、地面だって渇いて見える。
この土地は何も与えない。恵んじゃくれない。だから解った。自分で動かない限りは何も手に入らないんだ。
何も恵んでくれないなら。
奪うしか無い。金を奪えば安心が出来る。食い物を奪えば生き延びる事が出来る。命を奪えば、黙らせる事が出来る。

アタシはそんな良いことを、小さい内から知る事が出来た。

だがメスガキなんざ、非力どころか無力同然で。足蹴にされても殴られても、泣き叫ぶ事しか出来ない。
転換させるには扱える力が要った。アタシの生まれた場所は、その力だけは簡単に手に入れられた。
引き金を引くだけで、良かった。
後は少しの運があれば生き延びられた。コソコソ逃げ回って、一瞬相手が隙を見せた時に決着をつける。

アタシの世界が、変わっていった。

412 :2/5:2007/09/17(月) 13:28:11 ID:zgZJMurw
やっている事が汚いなんて微塵も思わなかった。
食欲が足りれば、金が手に入れば、寝床があればそれでもう良い。生き延びるのに道徳やモラルなんて言葉は要らない。

暴力と執念、これさえあれば生きて行ける。

「退け、クソガキ」
歩いていた。見覚えのある道、もうアタシの記憶の中だけで良い道を歩いていた。
道路の真ん中に居た、薄汚れたガキ。
靴跡、泥、砂の混じった赤みの髪、火傷だらけの肌。
「…どうして誰も助けてくれないの?」
泣きながらそう呟いていた。が、今となっちゃどうでも良い。進むのに邪魔なだけだ。
「私…死にたくない」
「死にたくなかったらソコを退け。もう一つ良いことを教えてやる」
ソイツの髪をひっつかまえて、睨みつけてやる。
「ひっ…」
「此処じゃ誰も助けてくれねえよ!親だって我が身が一番可愛いさ!…生き延びたかったら自分でどうにかしな」

この後コイツは知る筈だ。世の理を。単純明快なこの街のルールを。

解ってた。あのガキはアタシだったと。あれが人の助けを求めた最後の瞬間。何もかも足りなくて、誰かに何かしてもらうのを待っていた子供。

もうあの頃に用はない。振り向く必要は無い。背を向けて、歩く。
「…っ!」
いきなり頭が痛くなった。今覗いた瞳を思い出すと、痛みが走る。
涙を流せる程度には澄んでいた瞳だった。アイツはこれから自分の手であの眼を濁らせて、相手を突き刺す視線を持つ様になる。
その内何も感じない深淵の心を持って、殺人に快楽を感じる異常者になって、腕だけを頼みに生きていく。
聖者の言う人間らしい感情は要らない。博愛、慈愛、自愛…愛があれば自分に向けて、憎しみ、苛立ち、殺意は自分以外の誰かに向ける。
感情があるとすればそれで良い。

やっぱり恐ろしく簡単だ。あの頃のアタシですら理解できたのだから。

…頭の痛みが酷くなってきた。いや、耳が痛い。何かが聞こえる。

…アイツの…泣き声だ。

413 :3/5:2007/09/17(月) 13:29:16 ID:zgZJMurw

「うっ…くうっ」
どんな夢を見ているのか。これほど険しい表情なのに涙の跡がある。
夢の中を覗けたら。始めて本気でそう思った。でも目の前には現実のレヴィしかいない。
俺が出来る事は…


「泣くんじゃねえ!」
「えっく…うっ…」
「泣いたってどうしようもねえんだよ!」
自分に説教なんざ前代未聞だ。アタシが幾ら声を張り上げても泣き止みはしなかった。

…コイツがアタシ自身なら、この頃のアタシが一番して欲しかった事をしてやれば。

それが今のアタシには解らない。この頃から時間が経って、アタシ自身何もかも変わり過ぎた。
「馬鹿かテメェ!その靴跡は誰につけられたか解ってるだろ?胃袋ぶっ潰す勢いで蹴った奴がいたからじゃねえか!なんでテメェは口を切ってる!?お前の頭蓋骨砕く勢いでぶん殴ったクソ野郎がいたからだ!」
「うっ…うっ…」
「なんで解らないんだよ!」
「…し、死ぬのはいやだ…」
なんて頭の悪いガキなんだと思った。いや、これほどの馬鹿さ加減があったから今のアタシがある。
ところが、目の前に居るもう一人のアタシは、いつまでも何かを待つみたく泣き続けた。
「畜生…泣き止め…泣き止めよ…」
頭を抱えてアタシが地面に顔を伏せた時、聞き慣れた声が聞こえた。

「あーあ。汚れちゃったね」
「え…」
「うわ、服もボロボロじゃないか」
「お兄さんだあれ?」
目の前に居る人影が二人になった。一人はさっきまでのメスガキと、もう一人は見慣れたホワイトカラー。

414 :4/5:2007/09/17(月) 13:30:49 ID:zgZJMurw
「僕かい?僕は…お兄さんで良いよ。君の名前は?」
「…レヴェッカ!」
「レヴェッカ?よしレヴェッカ、じっとしてるんだ」
ボロボロの服の汚れを手で払い、砂の混じった髪を撫でる様に梳いていく。
火傷まみれの手を両手で包み込んで、優しく揉みほぐした。

「お家はどこだい?」
「…」
首を振って、無言で帰宅の拒否を伝えていた。

「帰りたくないのか…お兄さんと一緒に来るかい?」
「お兄さんはどこへ行くの?」
「未来の君の所かな」
「未来のアタシは幸せなの?」
「…僕には良く解らないんだ。正直、僕が幸せなのかも解らないんだけど、ここよりはずっとマシだと思うよ?」
「…行く!」
さっきまでの涙が嘘の様にガキの瞳は輝いた。
立ち上がった瞬間、ホワイトカラーは気づく。
「あれ、足も怪我してるね」
「…うん」
「…よし」
細身の、栄養が充分に足りてない体を軽々と持ち上げて、そのまま抱きかかえて道へ向かう。

「お兄さんの服…真っ白だから汚れちゃうよ?」
「構わないよ。君の方が綺麗になる時が来るから」
「私、綺麗になるの?」
「ああ。僕なんか相手にしなくて良いぐらい綺麗になる」
「ふーん…」
いつの間にかアタシの視界が変わっていた。ホワイトカラーの背中を見ていた筈が、いつの間にかあのガキの視点に。
徐々に視界が白んでくる。

「眠くなっちゃった…」
「疲れてたんだよ」
「眠っても良い?」
「良いよ」

頭の中に一つ浮かんだ物があった。アタシに足りなかったのはこの安心なんだと。コイツの胸の中だけは無かった感覚だったんだ。
だから時々、この空間が恋しくなる。唯一心を無防備に出来た瞬間だった。

「おやすみ…」
「ああ。またね…」


415 :5/5:2007/09/17(月) 13:32:04 ID:zgZJMurw
「ん…んん」
なかなか爽快な寝覚めになっていた。少しずつリアルな視界が戻ってくる。目の前にロックの顔が…

…ん?

「だああぁっ!」
「ぐっ!?」
盛大に蹴っ飛ばしたロックの体は床に叩きつけられた。尋常じゃない音がした。
「お、おはよう…レヴィ」
「な、何してやがった!」
「ま、まあ添い寝かな…」
「…アタシの寝込みを襲うとは良い度胸だ」
「襲おうとしては無かったんだけど…ごめんなさい」
あまり弁解の言葉を吐いていない所を見ると、ロックなりに何かアタシに試みたのだろう。
敢えてこれ以上追求しない事にした。
「おはようって…まだ暗いな。何時だ?」
「三時位…」
「…寝直せるな」
「と、とにかく悪かった。俺は自分の部屋で寝るから。お休み、レヴィ」
「ああ。この暑っ苦しいのに添い寝なんざ、馬鹿しかやらねぇよ」
「ははは…」
落ち込みを目に見せてロックは引っ込んでいった。

一人になった部屋で冷静に考える。ロックは軽い事はしない質だ。アタシの寝相に何か、夢の影響らしい物が出ていたとしたら。
いや、きっとそうだっただろう。ロックの事を考えれば考える程、目が覚めてくる。
「…眠れねえ」

「…で?」
「甘えん坊のお前にアタシのプレゼントだ。この際寝苦しいのも我慢してやるよ」
「…本当に寝るだけなのか?」
「この胸に甘えてきても良いぜ?そん時は満足するまで寝かさねぇがな」

そう言ってしっかり心の準備をして、ベッドの中に潜り込んだ。







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