249 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:48:07 ID:7xVAQ1Ld
ピピッ…

渇いた電子音が室内に響く。
音の出所には、ベッドの上に四肢を力なく投げ出した女。
泣く子も黙る女海賊。
今、そんな彼女がするべきこと。
右手を上げ、自らの口に突っ込まれた機械を引き抜き、目を開けてそこに記された数字を読む…。
それだけ。
要は「体温の確認」だ。
どんな脳タリンにも容易に出来るどうということは無い作業。
なのに、それが今の彼女には億劫で仕方ない。
そして何よりも、この体たらくではどうせロクでも無い体温だ。
それこそ、見るだけで具合が悪くなるような…。
(いいや、このまま放っときゃアイツが勝手に読むだろ…。)
自らの任務を向こうで何やら作業している男に託してさっさと放棄し、睡眠という従来任務に戻ることをあっさり決断する女。
どうせすぐにこちらに来る。
額のタオルが温くて気持ち悪い。
頭痛が酷くて吐きそうだ。
畜生。早く戻って来い、糞ロック。

レヴィが無断欠勤した。
別に出勤時間が決まっているワケでも無く、事務作業を請け負うワケでも無いレヴィが二日酔いで自主的に自宅待機することは極稀にあるのであるが、
昨日から全く顔を見せない。
今日、昼を過ぎても出勤しない彼女を訝しみ、ボスの意向込みで部屋を訪ねた。
死体になっているのではないか…そんな事務所での軽口を思い出しながらドアを開けると、床で死体よろしく横たわる部屋の主の姿。
(うわ。本当に死んでる…)
自分でも驚くほど冷静に彼女に近づいて肌に触れると、…とりあえず生きてはいた。
だが、冗談では無く熱い身体。
「…馬鹿は風邪ひかないんじゃないのかよ…??」
レヴィが聞けば風穴をプレゼントされそうな母国の格言を母国の言葉で呟き、取り敢えず目の前の死体もどきをベッドに寝かし付けるべく声を掛ける。
薄く眼を開けたレヴィに起きられるか尋ねるも、荒い息を返すだけで反応が芳しくない。
仕方なしに両腕で抱え上げる。
それにしても。
弛緩しきった身体というのはどうしてこうも重いのか…。
落とさないよう強く抱き締めると、むずがるように呻く声。
そして、首筋に掛かる熱い吐息。
静かに頭を擡げる劣情に気付かない振りをしてベッドに横たえ顔を見ると、こちらを見るレヴィと目が合う。
「……のど、かわいた…みず…」
礼や謝罪より先に、要求。
元よりレヴィからの殊勝な言葉など期待してはいないとは言え、そのあまりの「らしさ」に苦笑せざるを得ない。
ロックは冷蔵庫を物色し、レヴィを抱き起こして水を飲ませると、腕の中の彼女にダメ元で尋ねる。
薬と体温計の有無を。
薬は昨晩呑み尽くしたそうだ。何でも、アスピリン1シートを蒸留酒で流しこんだそうで。
今の状態の遠因はそれにもあるのでは無いかと邪推するも、今更それを言っても仕方が無い。黙っていることにした。
しかし、何故か体温計はあった、封を切っていない状態で。
1年程前に常備薬を纏め買いした際について来たのだとか…。
が、単位が何故か華氏温度…しかも旧式なので測定に15分かかるが…この際あるだけ上等というものだ
(タイで使いモノにならないために、アメリカ人であるレヴィに不良在庫を押し付けたのだろうが)。
そんな奇跡的なシロモノを半死人の口に突っ込み何をしようか考える。

250 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:48:41 ID:7xVAQ1Ld
ここ1ヶ月で東南アジア一円でウィルス性の熱病が猛威を奮っている。
影響は過小評価されるようなものではなく、体力の無い幼児や高齢者、貧困層を中心に命すら奪って広がりを見せている。
とは言え、彼女のように標準かそれ以上の体力のあるものにとっては過大評価するようなものでもない。
数日の発熱と悪寒と頭痛と倦怠感さえガマンすれば、心配するようなことは何も無いのだ。
そんなワケでロックは特別慌てるワケでも無く、彼女をスウェットへ着替えさせ、表の電話からボスに連絡を取り事情を説明、買い物リストも纏めた。
そして目の前でぐったりと横たわる女を見下ろし、口から体温計を引っこ抜く。
体温計が知らせる彼女の体温は【102.1゚F】。
摂氏にすると何度なんだよ…だからアメリカ人は嫌いなんだ…自分たちがスタンダードだと信じて世界標準に合わせようとしやがらない。
彼女に全く以って罪が無いのは知っているが、愚痴くらい零したくもなる。
やはり後で新しい体温計を買おう、買い物リストに体温計を追加することを決定しつつ紙にペンを走らせ計算をする。
はじき出された温度は約39℃。
体温計を信頼するならば…まだ死ぬまい。多分。
苦しそうに眠りこける女の額に即席の氷嚢を置き、髪を梳きながら声を掛けると、甘えるような目で見返して、「つめてぇ」と氷で冷えた彼の手に顔を擦り寄せる。
いつになく殊勝で子供っぽい様子に、彼は少し気を良くし、殊更優しい声で冷たいものなら食べられるかと尋ねた。
レヴィは少し考えると、照れを隠すように目を閉じ眉を寄せ一言、「食わせろ。それなら食ってやる…」と呟いた。
そんな彼女の様子に彼が更に気を良くしたのは言うまでも無い。


「…はぁ…」
買出しを終えて足早に女の部屋へと戻った男は、荷物を眺め盛大にため息を吐く。
中身は、アイスクリームやヨーグルト、ゼリー、フルーツなどの高カロリーかつ冷たいもの。
そして電解質飲料と氷とビタミン剤と体温計と…。
解熱薬。

「…無いの?」
この街では珍しく合法的な薬 も 扱う雑貨店の店先で、彼は老齢の女店主に呆然と問いかける。
「ああ、売り切れだよ」
彼女は事も無げに言い放つ。曰く、解熱薬は売り切れだと。
「何で…?」
「流行りだからねぇ…元々が売れないモンだから、在庫もそんなに無いんだわ。」
「この街の人間は普段熱を出すことも無ければ頭病みもしないのか?」
「合法なモン使おうという頭も無ければ、そんなモン効かない連中ばっかなだけさね」
「…なるほど」
悔しいが、妙に納得する。
「期限切れたのなら奥にあるよ」
「いつの?」
「んー…確か10年位前かね」
「冗談を…」
「多分大丈夫だと思うんだけどねぇ」
大丈夫じゃないだろ…全然。
ロックが顔を引き攣らせていると、店主は何かを思い出したのかのように立ち上がり、店の奥に向かう。
「あー、そうだそうだ。コレでよけりゃあるよ…病院の横流し。まぁこっちの方が効くさね」
そう言われて冷蔵庫から出されたのが…コレだった。


251 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:49:19 ID:7xVAQ1Ld
用意した薬を手に彼はため息をつく。
(とりあえず…、何か食わせるか…。)
レヴィに声をかけて起こすと、彼女も不機嫌そうにため息をついた。
「食欲は?」
「……あるように見えるなら医者行って来い」
「医者に行くべきは俺じゃないと思うよ。食欲無くても少しは食えよ。どうせ昨日も食ってないだろ」
「食ったけど吐いたんだよ。だから食いたくねぇ」。
「俺が食わせるなら食べるって言ったのはこの口だろ…」
鬱陶しそうに目を瞑るレヴィの頬を軽く摘み窘めながら、何を食べたのかと彼が尋ねると…一言、「……ピザ」との回答。
「………………。あー、アイス食べようか。ヨーグルトとゼリーもあるぞ、どれがいい?」
突っ込むのも馬鹿馬鹿しく、有無を言わせず彼女に選択を迫る。
「……アイス……」
少し尖らせた口から、一言返って来た。


果たして、腕の中でアイスをパクつくレヴィを見ていると、小動物の餌付けでもしているような気になって来た。
普段肉食獣のように凶暴な女に小動物の姿を見るのも可笑しな話だが、上目遣いで口を開けてスプーンを待ち受ける様も、
差し出されたそれを目を細めて頬張る様も、まるっきり小動物。
……百歩譲っても幼い子供の仕種だ。
そのクセ、気怠げな動作も潤んだ瞳も上気した頬も酷く扇情的で…そそられる。
ヤバいな。
そう思いながら彼女の口の端に付く溶けたアイスに手を遣り唇に塗りつけると、それをペロリと舐める赤い舌。
レヴィに他意なんか無い。
そんなコト彼にだって解っている。
だが…。

男の纏う空気が庇護者のものから、別の何かに換わったことにレヴィは気付いていた。
病気を理由に甘えられる今の状況そのものは好ましく思うが、これ以上はシャレにならない、本当に。ていうかふざけるな。
「…もういい…頭ん中で割れ鐘が鳴って辛抱ならねぇ…。横にならせてくれ」
目を反らし、身をよじって視線から逃れると、もう少し食べろと耳元で囁く声。
閉じた唇に押し付けられるスプーン。
顔を逸らすも尚もグイと押し付けられる。
溶けて皮膚を伝う甘く冷たい乳液が気持ち悪い。
ダラダラと流れるそれに根負けし、渋々口を開いてスプーンの上の氷菓子を飲み込むと、男は嬉しそうに「なんかヤらしい」と笑う。
「ザケんな、死ね」
そう睨みつけるレヴィを尚も嬉しそうに見つめる男にこの上ないタチの悪さを感じ、苛々する。
だが…今は言い争うのすら億劫で仕方ない。
「……吐きそうなんだよ、アタマ痛くて。」
だから寝かせてくれと頼む彼女をシーツに押し倒し、唇から首筋へと伝う甘い汁に沿ってねっとりと舌を這わせる男。
「…ヤだ…今は……」
のしかかる男の身体を押し返しながら自分でも信じられない程に怯えたか細い声で拒絶の意志を伝えるが、男はピチャピチャと皮膚を舐め続ける。
「…ヤメ…頼むから…ヤメろよぉ……」
心なしか、皮膚に当たる彼の息も熱く速くなっている。
一方のレヴィの鼓動は恐怖心からか強く速くなり、その度頭の痛みは酷くなる。
「頭が痛いって言ってるだろ、聞いてんのか…?」
目の前の肩を掴んで抗議するが全く聞き入れて貰えない。
それどころか、シャツの上から胸に手を這わせている。
「…………何でだよ…ヤだって…ヤだぁ……やめて……」
次第に懇願に変わる拒絶の声。
こんなにイヤなのに。
イヤだと言っているのに何故男は聞きいれてくれないのかと、レヴィは絶望にも似た気持ちで唇を噛み目を閉じた。
自分に馬乗りで覆いかぶさる男が目に入らなければ、相手がただの他人だと思えば諦めがつく。
そうだ、どうせならこのまま眠ってしまえないだろうか、寝ている間に全て終わってしまえば多分彼を許せる。
相手を許すことを前提の思考に自分らしくもないと自嘲しながらも、眠りにつくべく目下の懸案から意識をそらして睡魔に集中し、ゆっくりと息をついた。
だが。
諦める決意をしたはずなのに何故だか目の裏が熱い。
どうしたってロックにだけは最後まで抗うことの出来ないコトがレヴィには悔しくて仕方なかった。


252 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:50:03 ID:7xVAQ1Ld
「レヴィ…いくら何でも今はシないって」
そう言う男の声と共に目尻を拭われる。
目を開けると涙で霞む視界の先に彼女を窺うように覗き込むロックの顔。
彼女が事態を飲み込めずに呆然としていると、相変わらず馬乗りの男は身体を伸ばして枕元のタオルと汗をかいた氷嚢を手に取り額に乗せる。
「……嘘だ、あたしのことレイプする気満々だったろ…」
「レっ…!?…いや………その…冗談のつも――」
「どう見たって発情してたじゃねーか」
「……発情は…してたかも…」
ただの戯れで始めた行為に弱々しく抵抗を見せた女の姿と、病人独特の酸いた汗の匂いに倒錯した興奮を覚えたのは確かだった。
やめなければと頭の片隅で思っておきながら、その実離れ難くて仕方なかったのだ。
正直、彼女の耐えるような泣き顔にすら興奮した。
「…ヤりてぇんだろ?」
「…………うん、流れによっては…したくて仕方ない…かな…ごめん」
「流れによってはじゃねーよボケ。
 頭イテぇつってんだろ…てめーが頭痛の種を増やしやがったお陰で、あたしのアタマはハンマーでぶん殴られたみてーに割れそうだ。
 だからさっさと薬寄越せ…。」
「それなんだけど――」
力なく捲くし立てる彼女に、返事をしようとする彼の言葉を遮り彼女はとんでもない言葉を口にする。
「薬で眠りこけてる間なら余程手酷くヤらねぇ限りは犯そうと何しようと気付きゃしないぜ」
何を思ったか、自分に跨がったままの男に薬を要求するついでに意識が無ければ好きにしてもいいとのお墨付きを与える女。
結局のところ、ロックが望むのであればレヴィにNOという選択肢が残ることは無い、紆余曲折の後にYESのみが残る。
だが。
「…何馬鹿言ってんだよ…、さっきは悪かったって。」
一度煮えた彼の思考は、とっくに本来あるべき温度であるべきところに戻っていた。
「…薬はさ、あるんだけど、ちょっと強いからもう一回熱測ってからな」
「ザケんな、強くたって死にゃしねーよ。さっさと寄越せ」
「昨日みたいに熱を下げすぎてウィルスに蜂の巣にされた揚句に長引いてもいいならね。痛みが我慢出来ないなら他の薬探すけど…?」
病気が彼に甘える口実となるのなら、長引くのも悪くない。
だが、そう言っていられる程彼等の職場は人材に富んでいるワケでもない。
とは言え、強情に薬を要求して彼がまた出掛けてしまうのも面白くはない。
痛む頭でそれだけ考え、結論を出す。
「……此処にいろよ」
熱で赤らむ顔を更に朱に染め、ボソっと呟くと、
「オーライ。熱測りながら添い寝してやろうか?」と調子に乗って笑う男。
「…イラネ…。てめぇこそ下らねぇこと抜かしてねぇでさっさと降りろ、重いんだよ。この強姦魔」
「…………………………ハイ…。」
まだ根に持っているらしき彼女に言い返すのは当分控えて、ベッドから下りる彼の背中に続けざまにまた一言。
「あー、あと水寄越せ、このままじゃ干からびちまう」


253 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:50:48 ID:7xVAQ1Ld
日本式の腋下で熱を測っていると口が開いているためかレヴィは彼に矢鱈と絡んで来た。
アイスを食べたせいで寒い(寒くなる程食べてもいない上に熱いスープなんか食べないクセに)だの、
お前のせいで頭が痛い(悪かったとは思うが因果関係など分かったモノではない)だの。
子供のようなその様子に、風邪をひいたときだけは母親が我が侭を聞いてくたこと。
何となく独占出来た気になって少しだけ嬉しかったこと…そんな昔話を聞かせた。
そんな彼に「ママが恋しいか?」といつもの軽口を叩きつつ、「そんな思い出なんざ一つも無い」と口元だけで笑う彼女。
だから今、こうして自分が世話を焼いているのだとロックが笑う。
「テメェがあたしのママってか?一体何の冗談だ。それともついに玉無しになっちまったか?」
彼女はそう憎まれ口を叩くも、その顔は少しだけはにかんでいてどこと無く嬉しそうだった。
「ママにはなれないけど、パパにならなれるかな。今だけ、だけど」
誰に聞かれるワケでも無いそんな会話を、頬を合わせて密やかに交わす。
「……あたしのオヤジはロクでも無かった。毎日殴られて何度も殺されかけた」
父親の話題が出た瞬間、彼女の纏う空気が凍る。
「怖かった?」
体温計が計測の終了を告げる。
「…忘れた」
数字を確認すべく身体を起こす男。
レヴィは朦朧とする意識を繋ぎ止めながらロックに伝える。
「親父に…その日殺されねぇようにって以上の何かを望んだことなんざ一度も無ぇんだ。…だからお前はお前でいいや」
「…そう。俺には何か望んでくれるのかい?」
考え込む様子の彼女を横目に体温計を手に取り表示に目を遣ると41℃を超えている。流石にこれ以上は可哀相だ。
労るように親指の腹で汗を拭いてやると、「…たくさんあるけど、いまのまんまでいい…」と譫言のような声。
矛盾してるがそれを言うのも野暮であろう。
それに、話し込み過ぎた。
早く寝かせてやらなければ。
だが、その前に…薬だ。
「レヴィ?辛いだろ、薬使おうな?」
朦朧とするレヴィの意識の外でそんな声がする。
返事が面倒で軽く頷くことで是との意思を伝えると、一瞬の沈黙の後「あー…その…座薬、自分で入れられる?」と問う声。
(座薬?座薬買って来たのか?最悪だ…)
レヴィは今、指の一本たりとも動かしたくはない。
だが、出来ないと言えば、彼が入れるのだろう…と思い到る。
全く以って冗談ではない。
「……自分でやる…」
掠れる声でそれだけ伝えた。
だが。
レヴィは知らなかった。
この手の薬が一定以上の熱で容易に溶けてしまうことを。


254 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:52:15 ID:7xVAQ1Ld
彼に手渡された薬をしっかりと握り締めたまま、酷くだるい身体を動かすべく何度も逡巡した。
そして、いざ銀色の外装を破るとそこにあったのは原型を留めぬほどにドロドロに溶けた残骸。
そういえば彼はこれを冷蔵庫から取り出していた。
「ちゃんと言えよな、糞ロック」
こんなこともまともに出来ない自分が赦せない。
ドロドロのそれを外装ごと床に放り投げると掛布を頭まで引き上げてふて寝を決め込む。
程なくして外をフラついていたロックが帰って来ると、床の残骸を拾い「あーぁ…」と零している。
彼女が無性な悔しさに唇を噛むと、傍らに腰掛けた男に名前を呼ばれた。
「溶けるなんて言わなかった」
不機嫌丸だしで呟くと「全くだ、ごめんな。まだ2つあるから…」 と謝罪の声。
そして、躊躇いがちに手伝いを申し出る。
「わざと言わなかったワケじゃねぇだろーな」
「まさか、信用出来ないのも解るけど…」
「………………」
ガキや片輪でもあるまいし、何が悲しくて惚れた男に尻の面倒まで見てもらわないといけないのかと情けなくて涙が込み上げる。
病気になると気が滅入って良くない。込み上げる涙を堪えて鼻を啜り上げると
「お前は悪くないよな。身体が楽になれば気も楽になるだろ?」
そう言って丸めた背中を撫でる彼の掌。
「……余計なコトすんなよ…」
「しないよ。……ねぇ、クリームか何か持ってる?身体に塗るヤツ」
「…クリーム?」
「その…滑りが…塗ったほうがすぐ終わるしね…」
「…箱…ベッドの下…」
レヴィに示された箱(随分と埃を被っていた)を空けるとクリームのみならず、様々な化粧の道具。
「こんなに色々持ってたの?」
「うっせ…昔バイトした時のだよ」
「SM?」
「………」
一番触れられたくない相手に、触れられたくない過去を口にされ、黙り込む。
「今度化粧してよ、俺のために」
そんなレヴィに気付いているのかいないのか、男は手を洗いながら脳天気にそんなことを語り出す。
「……ヤだ」
ロックのために何かをすること自体はやぶさかではないレヴィではあるが、何となくバツが悪くわざと拒否の言葉を口にする。
彼はクスリと笑いながら彼女の側へと戻ると、尻を出すように言いながら下半身に布をかけ直す。
尻の穴など何度も見ているだろうに、布の下手探りで作業するあたり、一応気を遣ってくれてはいるのだ。
箱で眠っていたシアバターを薄く塗ると「少し冷たいよ」と、薬ともに指を侵入させる。
異物感に顔をしかめると、穴に指を挿しいれたまま「両方メチャウマなんだっけ?」などと尚も無駄口を叩く。
「…………もう終わったなら指離せよ」
話を逸らすべく、剣呑に言う。
だが、何よりも恥ずかしくて仕方ない。
「いや、ヒクヒクしててカワイイな、と思って…」
なのに返って来るのはレヴィの羞恥を更に煽る言葉。
彼としても、滅多に見ることのできないレヴィの赤く恥らう顔を、少しでも楽しみたかった。
「っ……てめ…余計なコトすんなって言っただろ…が…」
「…冗談だよ、薬が出てこないように気をつけろよ?」
指を抜いた男はこれ見よがしにそれを舐める。
「…きったね…な…」
レヴィが嫌そうに顔を背けると「そう?」と悪びれもせず言い放つ。
「……ド変態」
「どーも…っとっ…」
苦笑いしながら着衣を整えられる、…完全に片輪の世話だ。
「そのうち少しは楽になるよ…そろそろ寝ろ」
「…ああ。頭が痛くて死にそうだ。……おぃ、あたしは寝るからよ、ヤリてぇなら勝手にヤってもいいんだぞ。」
「…まだ言うか…」
苦笑いながら彼の手がレヴィの眼を覆い隠す。
視界が閉ざされると同時に、彼の体温が氷で冷やされた眼に心地よく、一瞬で眠気が増す。
「帰んなよ」
「ああ」
「ここにいろよ」
「はいはい。おやすみ」

255 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:53:27 ID:7xVAQ1Ld
レヴィが眠ったのを確認するとレヴィの目から掌を離し、さてどうするかと思案する。
部屋の片付けなどを始めてみるが、本格的に掃除したのでは起こしてしまいかねず、すぐに手持ち無沙汰となる。
映画雑誌を見つけ、パラパラと捲ると美しく着飾った女優の写真が並ぶ。
いずれもが隙無く化粧を施されていた。
先程の箱を開け改めて覗き込むと、男の彼から見ても上等と思われる品々が一式揃っている。

悪戯心と嫉妬心。

何処の馬の骨とも知れぬ男共が彼の知らないレヴィを好色の眼で見ていたのだと思うと、酷く許せない。
女の化粧のことなど何一つわからないが、雑誌を参考に見よう見まねで目の前で眠る女の顔にそれを施す。
顔に粉を叩き、目尻にラインを引く。
薬が効いているのか一向に目覚める様子も無くスヤスヤと眠る女。
瞼に色を乗せ、頬と唇に紅を入れる。
上手とは言えないが、それなりにはなったと思う。
いつもと様子の違うレヴィに独占欲を少しばかり満足させ、顔を眺める。
薬が効いているのか先程までの苦しげな様子とは違う、安らかな表情。
客の前ではどんな顔をしていたのだろう。
加虐側の顔は他人の前でも容易に作ることが出来るのだろう。容易に想像が付く。
では被虐の顔は?
微笑んでいた?淫蕩に耽った顔?屈辱と苦痛に歪んだ顔?それとも泣いていた?
「彼」が望めばレヴィはどんな苦痛も甘受するであろう事には彼自身も気が付いている。
幼い頃からの虐待も影響しているのだろうか。彼に対する被支配願望を、最近では隠そうともしなくなった。
先程レヴィは、父親と彼は違うと主張したが、父親に愛されることを望まなかった筈が無い。
愛される手段が相手への服従だったとしたら、彼に服従したがるレヴィの振舞いも腑に落ちる。
無意識の自分を犯しても良いなどという提案だって、彼の期待に応えようとしてのことだろう。
どんな苦痛も羞恥も屈辱も、彼が望めば受け入れる筈だ。
だが、それは彼の前での話。


『シバくのもシバかれるのも二度とご免』
いつだかレヴィは確かこういった。
不特定の男の前で何をされて、どんな顔をしていた?
鞭で打たれただけ?あの店の客がそれだけで満足する輩とは思えない。
以前バイトでチェックしたビデオのSMでは、女は鞭で打たれるだけではなく同時に目隠しをされ道具で尻と性器を犯されていた。
あの女のように顔を歪ませ、あの女のような声で啼いていたのだろうか?
瞼の裏で妄想ばかりが膨らみ、一度小さくなった筈の独占欲の火が一気に燃え盛る。
この口はどのように啼いていたのだろう、そう思うと理由も無く怒りが湧いた。
衝動に逆らわず、レヴィの半開きの唇を塞ぐ。
いつもならば巻きついて来る腕も、誘うように開かれる唇も無反応だ。
つい先程は同じ事をされて泣き出したというのに。
レヴィの泣き顔を思い出す、客の前でもあんな風に泣いたのか?
両手でレヴィの頬を包み、自分のものであることを確かめるように何度も何度も指を這わす。
そう言えばあの店の女は皆胸を露出した半裸の姿で客の前に出ていた。
ということはレヴィも…?晒したのは胸だけ?それともやはり犯されたのだろうか。
起こさぬよう慎重にシャツをたくし上げ、胸を晒す。
この胸だって見られていたに違い無いのだ、自分のものだと胸の内で叫びながらいつもしているように顔を埋め頬擦りする。
レヴィの心臓は、情事の時に比べ穏やかなリズムを刻む。
レヴィに知られることなく密やかに進む彼の行為。
酷く卑劣な行いとの自覚はあるが、背徳感からの言いようの無い興奮を抑えきれなくなってきた。
本当にこのまま犯してしまおうか?
気付いた時、どのような顔をするだろう。
羞恥に顔を染めるだろうか、呆れ果てるだろうか、それとも怒り出すか。
だが……泣き顔が見たい。
レヴィの顔が羞恥と屈辱の涙で濡れる様を見たい。
レヴィの笑顔が見たい反面、そのような歪んだ願望を持っていたのだと初めて気付いたが、それを自覚した瞬間に彼の腹は決まった。
彼女の身体をうつ伏せに転がし、お互いの下半身を露わにすると彼女の尻に先程のクリームをたっぷりと塗りたくる。
そして、滑る彼女の肛門に自らを宛がうとゆっくりと身を沈めていった。


256 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:54:08 ID:7xVAQ1Ld
いつもと違う穴の感覚に初めは戸惑う。
膣と違い全体を締め付けるのではなく入り口がキュっと締まるのだ。
これはこれで悪くは無いが、感覚だけならば膣の方がいい。
彼個人としては、肉体的な快楽というよりも、『病』で『無意識』の『大切な女』を『屈辱的な方法』で犯しているという精神的な愉悦の方が魅力的だった。
彼女の背中に身体を密着させ、背後から胸を撫で回す。
熱を下げているとはいえ、いつもよりも随分と体温が高い。
静かにゆっくりと揺さぶられる彼女の体。
「…んっ…」
身じろぎと共に彼女の口からうめき声が漏れる。
そろそろ起きてしまうだろうか。
早く気付いて顔を見せて欲しい気もするが、今はまだこの言いようの無い背徳的な興奮を味わっていたい。
ロックは動きを止めて彼女の髪を優しく撫でる。
こうしてやると寝つきが良いのだ。
彼女の寝息が再度深いものとなったことを確認し、行為を再開する。
彼の中の冷静な自分が何度も何度も彼女に謝っている。
もう止めろと。
心の一部は罪悪感で一杯なのに止めることが出来ない。
されるがままの人形のような彼女に、彼のどす黒い支配欲が満たされていく。
そう、彼女は今、人ではなく意思を持たない人形…つまり「物」なのだ。
「物」「物体」、そして「道具」。
ThingでありObjectであり、…Toy…Doll…Tool…
思いつく単語を挙げる
総じて【 It 】という一語に収束する。
Sheではなく【 It 】…レヴィでも彼女でもなく【コレ】。
潜水艦で彼女に諭され、反発を覚えた思想。
まるっきり同じどころかそれよりも遥かに酷い歪んだ結論に満足感が一気に高まる。
こんなに屈辱的な扱いをされているのに、無防備な寝顔を晒しているレヴィ。
そんな彼女が心の底から愛おしい。
愛する【ソレ】を激しく揺さぶり、そして中に吐き出した。

257 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:54:44 ID:7xVAQ1Ld
彼一人の荒い息が部屋に響く中、彼の下の彼女は眉を寄せて身じろぎしている。
早く起きて。
顔を見せてくれ。
彼女の肩のトライバルにキスを落とす。
「ん…ぁ…ロック…?」
「レヴィ…」
意識を戻しつつある彼女の名前を呼びながらうなじを強く吸い、キスを繰り返すと、状況を認識したらしい彼女の呼吸が止まる。
驚いたように目を見開き、そして「ぁ…あ…ぇ…?…な、んで…」と真っ当な疑問符を搾り出す。
彼女が完全に覚醒したことを確認し、再び吐き出すべく律動を開始する。
もう起こさぬようにと気を遣う必要も無い。
彼の下から這い出そうともがく彼女を背後から押さえつけ乱暴に身体を打ち付ける。
「やめろ…イヤだ…何で…だよ…」
彼女の拒絶と疑問に応じることなく自分勝手に腰を振りながら、彼女に問いを返す。
「レヴィ?ローワンの店ではどんな風に啼いた?」
「何言って…」
「どんな風に客にサービスした?どんな顔で?」
「イヤ…だ…」
彼女は枕に顔を埋め、耳を塞ぐ。
何をしていたかなんて、彼に知られるのだけはイヤだった。
「ふ〜ん…そんな風に耳を塞いで怯えてたの?でもそれじゃぁ『メチャウマ』じゃないよね?」
彼女に聞こえるよう、耳元に口を寄せ尚も問いかける。
「犯されたの?沢山の男の前で…股を広げて…腰を振ったの?」
「……ちが…ぅっ…」
枕に突っ伏したまま首を振るレヴィ。
「なら何をしたんだよ!言えよ!!」
一際強く腰を打ちつけると、声を荒げて髪を引く。
「ゃあっ!!!!ぁ…はぁ…ゃだ…おぼえて…ねぇ…」
「さっき『違う』って言ったよね?」
「…………ぁ…ぁあ…どうして…?」
混乱し、顔を伏せたまま同じ疑問符を繰り返すレヴィ。
ああ、これでは泣き顔が見えないではないか、困った。
ロックは行為を中断し、髪にキスをしながら身体を優しく撫でる。
「レヴィ?大丈夫だよ。だから顔を見せて」
そっと彼女の上半身を捩じらせ上向かせると抵抗は無い。
だが、そこにあったのは涙で顔を濡らしたまま力なく彼を見つめる瞳。
否、焦点が定まっていないので彼を見ているわけでもあるまい。
身体はぐったりと弛緩して、まるで元の【 It 】だ。
そんな痛々しい様にすらゾクゾクとした興奮を覚えるロック。
いつか自分が彼女を殺してしまうのではないか、そんな危惧を覚えながらも止めることが出来ない。
「なぁ…レヴィ。聞いたからって嫌いになったりしないさ。嫉妬してるんだ、俺の知らないお前を知ってる客にな」
レヴィの意識に直接語りかけるよう耳に口を付けてゆっくりと言葉を紡ぐと、抱き締めながら涙に沿って優しげに頬に口付ける。
彼女は瞳を閉じて涙を流しながら、消え入りそうな声で告白を始めた。
「……目隠し…して天井から…つるされて………」
「どんな風に?」
「客に…股が…見えるように…開いて…」
「ふ〜ん……で?」
「ぁ…アスに…ローター…突っ込んで……金を払った客がスイッチを弄るんだ…」
「へぇ…それで?」
「…客が…ッシー…に、…あ…グラスの…氷や…食い物を入れて直接食ったり…コック以外なら何を突っ込んでもいいんだ……」
「それだけ?」
「水が…垂れると…シバかれ…て…、けどボタボタ垂れて…また入れられて…」
「うん。ソレで、レヴィはそれで感じてたの?どんな顔してたの?」
「だんだん…寒くなって…震えが止まらなくて…許して…頼む…許して…」
何に対して許しを乞うているのか、彼女自身も解っていないに違いない。
体力を消耗した様子の彼女を揺さぶりながら唇にキスをする。
続きを強請るように伸ばされる舌に自らのそれを絡めて最後へと向かう。
一度も触っていない彼女の性器から体液が溢れシーツを濡らしているのに気付き、それを伝える。
羞恥からか、叱られた子供のように指を咥えて彼を見上げる彼女。
新しい顔だ…ようやく独占欲から解放された彼は同時に彼女の尻の中へと自身を解放する。

258 :名無しさん@ピンキー:2008/04/30(水) 02:59:53 ID:7xVAQ1Ld
嗚咽が止まらぬ彼女を宥めながら後始末をし、抱き締めて眠る。
果たして、次起きたときには何を言われるだろう、蹴りと銃弾の何発か貰うことになるかと彼は覚悟を決める、
夜中に目覚めた彼女は、暫く彼とは目も合わさず天井を眺めていたが、突然彼を側へ呼びつけると
「ド変態、ファザーファッカー!尻が好きならバンコクでオカマのケツ掘って来い、アホンダラ」
「怒ってる?」
「寝惚けたコト抜かすんじゃねぇ、何が『怒ってる?』だ!怒ってねぇ筈ねぇだろ!」
相変らず目を合わせずに捲くし立てる。
「何をすれば許してくれるかな…?」
恐る恐る聞いてみる。彼の思い上がった予想に反し、このままでは当分怒りは収まりそうにない。
「………尻でしてもいいけどよ、それだけじゃイヤだ…」
「…了解」
そう。結局彼女は彼への服従を選ぶ。


「ああ、それと。お前それ何年前の化粧品だと思う?尻の周りがかぶれて痒くて仕方ネェ…自分だけシャワー浴びやがって。
 あたしがシャワー浴びてる間に塗り薬買って来い。それとマンゴーが食いたい。ココナッツミルク掛けたヤツな」
「シャワーはまだ止めた方が…フラついてるし。それに買って来いって言っても今、夜中…マンゴーはともかく薬は…」
「 買 っ て キ ヤ ガ レ 」
「……ハイ…」
彼もまた、然り。



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