124 :Epitaph:2008/07/21(月) 05:00:38 ID:Iln0bMUl
「そいつ曰く、『とっかえひっかえ』って分けじゃ無ぇらしい。食堂の女も花屋の女も全員に本気で惚れて
たと言い張っていたらしいんだが、とにかく、そいつがくそ暑いバンコクの通りで心臓発作を起こし、天
国の門だか地獄の門だかをくぐったとき、そいつには六人の女がいた。女房の他に六人だ。いい女もブ
スも、ババァからガキみたいなのまで色とりどり。まあ、そんな男と二十年も連れ添っていただけあって
女房はできた女で、その上、こうそそるようなイイ女だ。その女房は全員を葬式に呼んで、女たちを旦
那との付き合いが長い順で並べて、さあ葬式が始まろうって時に気がついた。墓石に自分の名前が無
ぇってことにな」
レヴィは何が楽しいのかグラスを持ってゲラゲラ笑いっぱなしだ。さっきから彼女の体の揺れに従って
グラスからいつものバカルディが零れている。カウンターの上が水浸しだった。その向こうに座っている
エダもニヤニヤと笑っている。
バオは続けた。
「もう一回最初から墓碑銘を確認する、『マリーア、ベッツィ、シェンシェン、ロイス、アン、キミー、そして
エリスの愛とともに眠る』。やっぱり無ぇ。よりによって女遊びを許して息子も生んでやって、二十年も女
房としてやってきたってぇのによりによって自分の名前が無ぇ。別嬪の女房は遺品の銃を手にとってバ
ンバンバン!棺桶に向かって撃ちやがった。で言ったのさ」
「死にやがれ!」
エダとレヴィが声を合わせて言った。二人とも笑っている。
なんだ、ジョークの類だったのか、と溜息をついた。
「バオ、そりゃあどっかで聞いた与太話だぜ?なぁ、エダ」
「そうそう、オチが丸見え」
「ったくこのアバズレどもが。おれのベトナム時代のダチの話なんだよ。先週そいつが死んじまって、葬
式行ってきたんだよ。そん時の話だ」
「で、結局その哀れな友人はどうなったんだ?バオ」
仕方が無い、助け舟を出す。
「女房はすげぇ形相で葬儀屋に詰め寄った。なんてこたぁ無ぇ、女房の名前はエリーなんだが、葬式屋
が間違えてエリスって注文しちまったんだとよ。今はちゃんと埋められて、冷たい石の下だ。墓石は彫り
なおしだとさ」
バオは話しながら、カウンターまで取りに来た張の部下へ紹興酒一本と黒砂糖の入った小瓶を手渡し
た。紹興酒まで置いてあるとは意外だった。頼めばSAKEも出てくるかもしれない。SHO-CHUはどうだ
ろう。今度頼んでみようか。
「俺は思ったよ。自分が死んだときの為に墓碑銘を考えておくのもいいが、精々笑いものにならないよ
うにしなきゃいけねぇってな。死んでまで殺されちゃあたまったもんじゃ無えよ」
「ねぇロックぅ?あんたたちニッポンジンは墓に何て書くのぉ?」
この尼さんは今夜も卑猥と言っても決して過言ではない出で立ちだ。ミニスカートの下から覗く長い足
がカウンターの下で組み変えられる。シャロンも裸足で逃げ出す色気。なんと寛容なことか、彼女の神
は。


125 :Epitaph:2008/07/21(月) 05:02:24 ID:Iln0bMUl
「僕たち日本人の殆どが特定の宗教を意識していないんだ。生まれたら神社で『お宮参り』。洗礼…み
たいなものかな?結婚式は教会で、死んだらお寺でお葬式、ってのがごく一般的な日本人。で、お寺や
霊園の墓に入るんだけど、墓には大抵がファミリーネームを彫ってあるよ。『岡島家の墓』と『先祖代々
の墓』って。個人の墓に入る人もいるにはいるけど、多くが骨になったら家族みんなと同じところに入る
んだ」
「爺さんも婆さんも入っているところじゃぁ満杯じゃねぇか。ニッポンジンはウサギ小屋みたいに小さい家
に住んでいるっていうが、死んでまでそうなのかよ…。足さえ伸ばせねぇ」
そう言えば、レヴィは日本のホテルでさえ狭い狭いと文句を言っていた。あのホテルは結構高級の部
類に入るし、広さは十分だったんだが…。
悪かったな。日本の土地事情は異常なんだよ。
「それにしても、生まれてから死ぬまでいろんな宗教を渡り歩くたぁ、ニッポンジンってのは節操ねぇな
ぁ」
バオがつぶやく。
「もともと日本には八百万の神様がいたんだ。鍋とか、近所の沼とか、トイレとか、貧乏神なんてのもい
る。そんなふうに沢山の神様と暮らしていたところに、仏教やキリスト教が入ってきたんだ。だから後進
の方々もその八百万の神様の仲間の一人にしてしまっているのかもしれない。宗教学者じゃないから、
おれが自国の宗教観で語れるのはこの程度だよ」
もともとこんなロアナプラにいるような人間に信心深い者は少ない。ジーザスもブッダもジョークにして
いるやつらばかりだが、それは『無神論者』に近いのであって、日本人のような(ある意味なんでも来い
の)宗教観はやはり異常に感じるのかもしれない。
そこで、一応この場で唯一の宗教関係者が口を挟んだ。
「じゃあ色男、あんたが明日死んだらニッポンの墓に入れるために空輸しなきゃいけないじゃないのよ
ぉ。寂しいわぁ」
「Fedexに頼んでやるよ、送り先メモに書いとけ」
レヴィ、それひどい。
だいたいお前、運送屋だろうが。他社に頼むな、他社に。
「だから墓碑銘なんて考えたことも無かったけど…、エダは決めてるのかい?墓になんて書くか」
エダは足を組み替えた。
「そうねぇ、バオの与太話を聞いてて思ったんだけど、あたしも色男の名前を書くことにしようかしら。ま
ずはロック、あんたの名前を書いてもいーい?」
「黙んなエダ、てめぇの墓にはあたしが彫ってやるよ。『ジョージ、トム、エイブ、アレックス、オールドヒッコリー、
ユリシーズ、ベンジャミンへの報われぬ愛とともに眠る』ってな。七人だ。ちょうどいいだろ」
「『報われぬ愛』じゃなくて『に愛されて眠る』にしろってのスベタ、花はいらないから札束いっぱい投げ
込んどけよ」
いやはや、何とも豪華な話しだ。


126 :Epitaph:2008/07/21(月) 05:03:10 ID:Iln0bMUl
死ぬかもしれないと思ったことは一度や二度ではない。まずラグーンの連中に出会ったときがそうだっ
たし、その後も何度そんな状況に追い込まれたか数知れない。あの街にいた頃より、確実に死を身近
に感じる生活をするようになったのは確かだが、それでも自分の死後についてなど考えたことは無かっ
た。「死」そのものより、死後のことを考えるほうが余りに現実的からだろうか。その現実から無意識の
内に考えるのを避けていたのだろうか。
分からない。
自分はいつどこでどんな風に死ぬのだろう。こんな仕事をしている以上、ベッドの上で死ぬとはとても思
えない。海に落ちて魚の餌になって死ぬのか、この町の路地裏で撃たれて死ぬのか、違う町で刺され
て死ぬのか。
レヴィの横顔を見る。さっきから下らないジョークに笑いっぱなしの彼女。
今まさに死ぬというその瞬間、彼女は傍にいるのだろうか。手を握り、泣いたりしてくれるのだろうか。
じゃあ俺は?
彼女が死んだとき、俺は泣いたりするのだろうか。
墓にすがり、声を上げて。



「自分の酒の量も弁えられない様なヤツは飲む資格なんか無ぇよ」
珍しい。レヴィが正論をぶっている。
こんなに酔ったのは久しぶりだった。大抵ヘベレケになるまで酔っ払ったレヴィを抱えて彼女の部屋ま
で連れ帰るのは自分の役目だったのだが、今日はその役目を彼女に譲った。もうどうやっても足がうま
く動かない。
寝床にしているホテルの廊下はいつもどおりに薄暗い。明かりは一応ついているのだが、ヤニや埃で
汚れた電球は殆どその役目を果たしていない。部屋の前で鍵を手渡すと、レヴィは鍵を開けるのに少
し苦労していた。
横からそれにちょっかい出して邪魔しようとするが、邪魔だとばかりに手を払いのけられる。
ドアが開いて、よろよろと部屋の中に入るとベッドに放り込まれた。もう少し優しくてくれてもいいのに。
古いベッドはギシっと音を立てた。見上げると、いつもの天井が揺れている。地震、ではない。この街は
地震とは縁が薄い。次に回転ベッド、という懐かしいフレーズが思い浮かんだが、それこそ全くもって意
味は無い。だいたい乗ったことすらない。どんなふうに回転するんだ?目は回らないのか?そんなんで
セックスできるのか?
これ以上ふらふらする天井を見つめながら取りとめも無いことを考えていると更に酔いが回りそうで、
思わず目を閉じた。自分が酔っていることがよく理解できた。こんなヘベレケをよく連れ帰ってくれたも
のだと、素直に謝罪を口にする。
「…悪い」
「いいから寝ろ、ボケ」
冷蔵庫を開ける音。冷たい感触を額に感じて目を開けると、ペットボトルを額に押し当ててくれていた。


127 :Epitaph:2008/07/21(月) 05:03:56 ID:Iln0bMUl
「飲むか?」
頷くと、キャップを開けてくれた。
起き上がり、ベッドに腰掛けたまま一気に飲み込む。まるで砂漠に撒いたようにゴクゴクと飲めたが、一
向にすっきりしない。まぁ、これだけ酔っ払えば仕方が無いが。
ようやく部屋を見渡せば、明かりはついていないが、ブラインドの隙間から外のネオンがわずかに刺し
こみ、床にカラフルな影を映していた。自分の部屋がこんなふうに幻想的な影に彩られる瞬間があるこ
とをはじめて知った。こういうの、何て言うんだっけ?
そう、「キレイ」だ。
その一つをレヴィの足が踏む。
「じゃあ、帰るからな」
つれない言葉。
「何で?泊まっていけば?」
「誰が酔っ払いの世話なんかするか、ボケ。自分で始末しな」
「セックスしようよ」
「ふざけんな、それだけ飲めば勃たねぇだろうが、役立たずに跨る趣味は無ぇよ」
「じゃあ一緒に寝るだけでいいから」
「ひ・と・り・で・寝ろ」
「遅いし一人で出歩くと危ないよ」
「誰に対してもモノ言ってんだ?それともラムでとうとう脳みそ溶けちまったのか?」
「ママ、傍にいて」
「誰がママだ。死ね。ここで朽ち果てろ」
降参。何を言ってもイエスとは返事しないだろう。
諦めて後ろから腰に手を回し、力任せにベッドに引き倒した。
あれだけ悪態をついていたわりには抵抗は無い。酔っ払いの相手を諦めたのか、最初からこうしたか
ったのか、そうだとしたらかわいいことだが、腕の中に納まったままレヴィは小さく溜息をついた。
後ろから抱きしめたまま囁く。
「レヴィ、かわいいよ」
「うるせぇ、死ね」
「裸が見たい、触りたいんだ」
「うるせぇ、死ね」
「せめてホルスターはずして」
「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ、死ね」
そう言うわりには起き上がって、ホルスターを外す。かわいいな。本当に。
カトラスを床に置き、ついでにホットパンツとブーツを脱いで下着姿になり、もう一度横たわる。背中を向
けているのが少々気になるが、まぁこれはオーケーのサインだろう。


128 :Epitaph:2008/07/21(月) 05:04:19 ID:Iln0bMUl
首筋に鼻を突っ込み息を吸う。シャワーを浴びていない体からはタバコと酒と汗の匂い。いい匂いとは
言い難いが、レヴィのいつもの匂いだった。まぁ、自分だって同じ匂いで臭いに決まってる。
左腕を彼女の腕枕にし、右手を彼女の前身へ回す。タンクトップの上から乳房に触れる。手を大きく広
げ、柔らかな感触を楽しむと、最初はその存在すら隠していた乳首が、布の下で緩やかにその存在を
主張し始めた。
「……んっ………」
かわいい声が上がった。
これはゴングが鳴ったのだろうか。いや、これは鳴った、間違いない、と自分に言い聞かせながら、タン
クトップの下へ手を滑り込ませようとしたとき、レヴィの手が進入禁止を知らせた。
「なぁ、ロック」
「ん?」
「聞いときたいことがあるんだ」



「聞きたいこと」と言ったものの、レヴィは口をつぐんだまま、腕の中で背を向けて身動きすらしない。発
言のとおり、何か言いたいことがあるのは背中から伝わってくる。だが、それがどの類のものなのかま
では分からない。引っ張り出すか、それともただ発言を待つか。考えあぐねているとようやく口を開い
た。
「おまえ、死んだらニッポンに帰りたいのか?」
何だ?店での話の続きか。
店でどんなふうに話しただろうかと、酩酊の向こうにある記憶を手繰る。彼女が気にするようなことを、
酔いに任せて口先だけの、思ってもいないような返事をしていないだろうか。
…言っていないよな。
「Fedexに頼んでくれるんだろ?」
ちょっとイヤだけど。
「Fedexはダッチに頼んどけ」
なぜこんなことを言い出したんだ?
何を考えている?
「こういう話、したこと無かったな。…って、ダッチとだって話したこたぁ無ぇけどさ、でもさ、あの、もしそう
思うんだったら、ダッチとか姉御とかに頼んで、手配だけはしておくってのも有りだぜ」
自分が死んで、棺桶に大量のドライアイスをぶち込まれ、日本へ運ばれる。実家の両親は届いた荷物
をどう扱うのだろう。普通に荼毘にふしてくれるのだろうか、それとも、何も言わずに行方不明になった
息子なんて知らないと、受け取り拒否…、そしたらどうなるんだ?
品物名、息子。要冷蔵。
笑えない。


129 :Epitaph:2008/07/21(月) 05:04:58 ID:Iln0bMUl
もし明日死んだらどうしてほしいのか、真剣に考えたことなど無かった。だからイエローフラッグでエダ
に聞かれたとき、日本の風俗について、一般的な日本人はどうするのかを話すだけにとどめた。
なんてことは無い、それ以上語る言葉を持っていなかったからだ。
日本にあるいわゆる先祖代々の墓に入りたいのか、と聞かれれば、YESとは言い難い。
だが、入りたくないのか、と問われれば、やはりYESとは言い難い。
どうでもいいわけでもないが、何かプランがあるわけでもない。
だいたい叶えてもらえるかも分からないことを考えてどうするんだ。死後の約束などというのは支払い
に対する対価を得るような、対等な契約ではない。
一方的な「依頼」だ。
心臓が止まり、もう物を考えることすらしなくなった屍を目の前にしても、その「ただのお願い」を守るよ
うな、対価以上のものが互いの間になければそんなことはできない。
それはいったい何だ?
あのバオが話した見知らぬ人妻が、不義理を続けた夫の約束を守った理由。
それはきっと、以前であればもっと楽な気持で言えた言葉。こんなふうに抱き合うような関係であれば、
もっと簡単に口に出せていたかもしれない言葉。
「あたしは無理だ。…言っただろ?ダッチに言え。何か望みがあるなら」
あぁ、知ってるよ。
俺たちの間にそれが無いことぐらい。



「あぁっ・・・・・、くっぅあっ」
髪を振り乱して快楽に溺れている彼女の背中から覆いかぶさり、身動きを封じる。最奥を突くたびにベ
ッドの上へ上へと逃げようとする体を抑えるために、拘束具のように手首を掴み、シーツに繋ぎ止め
る。
性器がぶつかり合うその場所から、ひっきりなしにパタパタと二人の体液の混じったものが白いシーツ
に落ちる。たいした前戯もしていないのに、レヴィがこんなに濡れているのは久しぶりだ。「こういうのが
好きなの?」と普段であればからかう程、いわゆる大洪水。
ドッグスタイルは嫌いだった。こちらからは顔を見ることができないから、彼女の快楽の度合いも、限界
も、知ることができない。ましてや意地悪をして、その反応を楽しむこともできない。
だが今夜はこれでよかった。顔を見てしまえば、今自分がどんな顔をして彼女を犯しているのかを知る
ことになってしまう。獣みたいなセックスはしたくないと、ファックなどごめんだと普段聖人ぶってご高説
垂れているくせに、なんだこの行為は。肉食獣のセックスだ。肉食獣?犬だ。ただの犬のファック。ただ
メス犬を押さえ込み、突っ込んで、犯し続ける。こんなの、接合点を介在させたお互いの体を利用した
ただのオナニーだ。
それは今の二人には相応しすぎる。
だってそうだろう?


130 :Epitaph:2008/07/21(月) 05:07:07 ID:Iln0bMUl
何の約束もできない関係なら、こんなふうに利用しあうのが一番だ。
一人でするよりマシなだけ。
複数とヤルより安全なだけ。
「いや…やめっ…やっ、…あ、あ、あ、」
NOじゃない。イクと言えといつもいっているのに、なんだよ、それ。
そんな約束すら守れないのかよ。
押さえつけた手首、その先で指がシーツを引き絞る。びくっと一瞬体全体が揺れて、膣の中が収縮す
る。突っ込まれているモノから全てを搾り取ろうとするかのように。
言いたい。
本当は言いたいんだ。
彼女が最後に見せた貪欲なメスの部分に任せて、奥で果てる。体から力が抜けて、彼女の上に倒れこ
む。
口元にある、彼女のかわいい耳。それに囁きたい。
言いたいんだ。
本当は、約束をしてほしいと。



終わり




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