834 :張とレヴィ 1/2:2009/10/24(土) 00:10:20 ID:9kl+QyEb

事務所の電話が鳴る。鳴りつづける。
ソファーに寝転がって雑誌を読んでいたレヴィは、雑誌を下ろし、しばらく受話器を眺めた。

事務所には今、ダッチやベニーはおろか、ロックすら居ない。
例のクソメイドが持ち込んだ厄介ごとのせいで、ここしばらくは超多忙の日々だった。
ようやく訪れたオフの日。事務所のメンバーはそれぞれが三々五々、好きなようにすごしている。
しかし、レヴィは部屋でごろごろしていてもつまらないからと事務所に出てきていた。

まだ電話は鳴り止まない。
ばさりと音を立てて雑誌を放る。レヴィは好き好んで事務所にやってきた自分を呪った。
しつこい電話は厄介ごとの始まりと相場が決まっている。
しかし、もしも万が一、万にひとつも可能性など無いだろうが、
それでも、もしもこの電話のネタが上等なビジネスだったら。
その時には、美味い話をみすみす逃すことになる。
しかも、自分が損をした気分になるだけではなく、後でダッチにどやされるのは必須だ。
鳴り続けている電話を睨んで、最後にひとつ舌打ちをした後、ついにレヴィは電話を取った。

「はい、こちらラグーン商会」
お待たせしました、なんて上等な言葉はない。ここに電話してくる奴もそんなものなんて望んじゃいない。
受話器からは一瞬の間をおいて聞き覚えのある伊達な渋みを含んだ声がした。
「俺だ。ずいぶん待たせるな? よほどハッピーなお仕事でもしてたのか?
 それとも暇すぎて天国にでも行ってたか?」
声は三合会のタイ支部ボス、張維新のものだった。
言葉とは裏腹に別段腹など立ててはいないことは、くだらない嫌味をどこか
楽しんでいるらしい口調から明らかだ。
レヴィもレヴィで、この電話がどうやら厄介ごとの種でも、
うまい話の種でもないらしいと判断して、電話口で息をついた。

「悪かったよ、旦那。今日はただのクソったれなオフさ」
「他の連中は?」
「留守。事務所には誰も来てねえ」
誰かいればかまって遊ぼうと思っていたが、生憎不在。
来る途中で暴力協会にも寄ってみたが、エダも不在だった。
「――おかげで一人で暇を持て余してる」
「なるほどな」
「誰かに用か?」
「ああ。ロックがどこにいるかわかるか?」
事務所の連中はオフの日にはそれぞれが好き勝手に過ごしている。
仕事以外については互いに詮索無用。それはこの事務所の不文律だ。

しかし、ロックの居場所だけは、レヴィには見当がついていた。
「あいつなら多分停泊場でたそがれてるよ」

ここのところ、メイドの件が片付いて以来、ロックは暇があれば停泊所で海を眺めてばかりいる。
レヴィも最初は様子を見に行っていたが、話しかければ細かいことを
気にして愚痴愚痴と喋り、ぼんやりと煙草の灰を海に撒くばかり。

835 :張とレヴィ 2/2:2009/10/24(土) 00:12:28 ID:9kl+QyEb
火をつけようとしても煙を上げるだけでちっとも点かない湿気った煙草みたいだ。
俺の銀の弾はどこに行った? 空砲は最低だが、シケモクだって使い物にならない。
一応煽ったり宥めたりしてみたが、二日で馬鹿らしくなってやめてしまった。

思い出すだに苛立ちが頭をもたげてくる。
「あの野郎、クソメイド狩りの最中は最高にキレてたのに、終わった途端ボンクラになりやがった」
最悪だ、と吐き捨てると、電話口の向こうで短い笑い声が上がった。
「なんだよ?」
苛立ちを隠しもせずに問う。ここで張が笑う意味がわからない。
ところが電話越しの声は、苛立ったレヴィの声を聞いてむしろ嬉しそうに歪んで帰ってきた。
「いやなに。お前はキレてる奴のがいいのか、と思ってな」
「いい?」
言葉になにか含みがあるような、嫌なものを感じて、聞き返す。
しかし、レヴィは返ってきた言葉を聞いて、すぐに聞き返したことを後悔することになった。

「好くって意味だ。キレてる時の奴のがクールで好い、違うか?トゥーハンド」

「な」
わざわざ通り名で煽られて、何故か顔がカーッと熱くなった。

「べ、つに、そんな意味じゃねえよ!」
これは決して照れているわけではない。急激に頭に血が上っているだけだ。
血が上っているから、怒鳴るだけだ!
「ぼんくらよりマシってことだ! 別に好きとかそんな意味はねえよ!」
また電話越しに笑い声が起こる。
「違いない。伝えておいてやるよ」
張はいたって楽しそうだ。多分、張の横では側近の彪も
口角を上げて張とこちらの様子を伺っているのだろう。

「おい、旦那!!」
「なんだ?」
なにか言ってやろうとさらに声を張り上げたレヴィだったが、相手が悪い。
「……っ。クソ!」
下手に罵倒することも出来ず、にやつく返答に苛立ちはすれど、
言い返すべき適当な言葉がない。仕方なく誰にともない罵倒を吐き捨てる。
それを聞いて、さらにしばらく電話口でくつくつと笑った後、
張はぎりぎりと歯を噛むレヴィの沈黙を拾い上げた。

「さて、と。まあともかく、居場所もつかめたことだし、俺はロックを慰めに行くぜ」
慰めという言葉が、また自分とロックとの関係を揶揄しているように聞こえ、
レヴィは受話器を強く握り締めた。
「路南浦停泊場だったな?」
「……ああ」
「そう怒りなさんな。なに、夜には返してやる。あとはそちらでよろしくやってくれ」
「!」
「じゃあな」

ぷつり、と音を立てて通話が途切れる。
レヴィは音を立てて受話器を投げ出し、怒りのあまり乗り出しかけていたソファーに再び深々と身を横たえた。

やっぱり鳴りつづける電話は面倒ごとの知らせばっかりだ。
心の中でぼやいて目を閉じ、手探りで床から雑誌を拾い上げて顔の上に伏せる。

イライラした時は暴れるか、寝るかだ。事務所に一人きり、暴れようにも相手が居ない。
といって、どこかに暴れに行くのも馬鹿らしい気分になってしまった。となれば、寝るだけだ。
「ああ、クソ。寝る、寝る!寝てやるよ……」

しばらくして、静かになった事務所に、レヴィの声がぽつりとこぼれた。
「……頼むよ、旦那。…ああ、クソ!」



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