189 :大神竜一朗:2009/12/08(火) 14:31:06 ID:Cvy3ZyLn

BLACK LAGOON
     〜12時間程度の姫君〜  大神竜一朗


 見上げると、

 見慣れた天井、俺の部屋。


「……………。」
 目覚めて初めにこの天井を目にするのも、もう一年になる。
この街、ロアナプラに住むようになって一年ってことか。

 ブラインドの隙間から自然の光が、ベットの上の俺の顔にかかってくる。
眩しい……。
 光による微かな寝苦しさもすぐに消え、心地よい導きへと変わって
俺を夢の世界から引き戻した。
 ベットから起き上がりブラインドを開けると、いっきに差し込んでくる陽の光。
部屋と外を繋ぐ配管に、夜中の雨を気付かせてくれる水の雫。

 美しい朝、美しすぎるぐらいに。

 昨日レヴィとケンカした。
きっかけは些細な事からだ。いつもながらにあいつの言い方に問題がある。
 俺の事を坊ちゃんだとか、ガキだとか…。それだけじゃなくあいつは、
俺の過去自身を否定しやがった。確かに俺はお前のNY時代のように命賭けては生きてなかったよ。
でもな…、お前なんかに否定されるような人生は歩んでいない。
学生時代、学問だって放り出さず国立大に入ったし、
日本という国で俺は十分ぐらい戦ってきたつもりだ。 

 部屋の窓から見える、ロアナプラの朝。 

「…………。」
 人とのケンカなんて、ホントは小さい事なのかもな。
ケンカ自身も人と人を繋げておくための鎖なのかもしれない。

 なに言ってんだ、俺。

「………………。」
 浮かんだ一人の顔。

 急にそいつに会いたくなってきた。
どうかしたのか、俺。滅多にないぐらいの朝だから。
窓から入る、少し雨の混じった風が心地よい。

 この風のせいにすればいい。
ならケンカしたままのあいつとも顔を合わせられる。

 俺は軽く伸びをした後、車のキーを持って部屋をあとにした。

190 :大神竜一朗:2009/12/08(火) 14:32:18 ID:Cvy3ZyLn
 ブー ブー
借家の一室のブザーを鳴らす。日本で言う長屋のような住居。
 ガチャ
鍵も閉めずにいたドアが開き、間から今ブザーで起きた様な住居人が顔を出した。
「おはよう…レヴィ。」
「あん…?」
 彼女にとって廊下の光は目にキツイようだ。
うっとおしそうに俺を見る。
「入っていい?」
「……。」
 目つきが一層キツくなる。まだ寝てぇんだよと言いたげな眼差しで俺を睨む。
「部屋…マズい?」
「いや……。」
 開いたドアの隙間を広くしてくれた。
「ありがと。」
「……………。」
 俺がドアのしきりを跨ぎ玄関に入ると、無愛想にレヴィは先に部屋に戻っていく。
そんな後姿を見て安心した。銀次との決闘の傷、大分治ったみたいだな。
調子を聞いても平気だとしか答えないから、心配はしてたんだ。
もしあとに残るようなら、廃業だもんな。

 レヴィの部屋。
ずいぶん久しぶりな気がする。実際日本から帰ってきてからこの部屋に入るのは初めてだ。
居心地は別に悪くはない、何度も夜を明かしてもいるし。
適当にあるパイプ椅子を広げ座った。
 レヴィはベットで仰向けになって寝煙草。
「何しに来た……。」
 こっちを見るわけでもなく、
「何しに……て。」
「…………。」
 視線は変わらない。こいつにとって見慣れた天井。
口に咥えた煙草の先が赤く光り、灰に変わる。落ちることもなく、灰に変わる。

 手持ち無沙汰。
でも、今煙草を吸うべきではない。じゃあ、何?
この乾きつつも重い空気の中。
「どう?」
 何が?って自分でも突っ込みたくなるきり出し方だ。言葉を間違えた。
これじゃほとんど相手まかせだ。
「何が…。」
 と、レヴィが仰向けになったまま言った。…まぁ、そうだ。
「いつから仕事出来そうか?…って、ダッチが……。」
「言ってたのか?」
「いや、言ってない…。」
「ハッ、何だソレ。」
 わずかだがレヴィが笑ってくれた。

 ムクッと、レヴィが上半身だけ起き上がる。
「ロック、冷蔵庫の水。…取れ。」
「ああ…。」
 ほんの少しだけ空気が軽くなった。この場の命令口調は我慢しよう。
冷蔵庫からペットボトルを取り出し、ベットのレヴィに渡した。
ミネラルウォーターを喉に流すレヴィ。

191 :大神竜一朗:2009/12/08(火) 14:34:08 ID:Cvy3ZyLn
「そういやぁ、この前のエダ……どうだった。」
「?……ああ、普通に朝まで飲んで終わり。…って言うか俺が気分悪くなった。」
「ハッハッ、情けねぇ野郎だぜ。」
「今度はレヴィも一緒に飲もうよ、だって。」 
 心なしレヴィが嬉しそうに見える。

「なぁ、レヴィ。」
 俺は今日の本題に入ることにした。
「あん?」
「キングゲームをしないか?」
「何だ?それ。」
「簡単なゲームをして勝った方がキング。負けた方が奴隷。
 キングは奴隷に何でも命令できる。奴隷は逆らえない、キングの命令は絶対だ。
 キングであれる時間は半日、つまり日没までだな。」
「てめぇの魂胆は分かるぜ、ロック。お前はキングになってあたしにケツの穴を
 舐めさせてぇんだろ。」
「レヴィがNGを初めから作っときたいってんなら別に構わないけど?」
「!!………喧嘩売ってんのか?」
 やばい…挑発しすぎた。レヴィの性格からして今のは言い過ぎてしまった。

「オーケィ、NGは無しだ。キングはオープンでかまわねぇぜ。」
「?」
 どうして急に。でもいまさら、ころころ変えるのもレヴィの逆鱗に触れてしまう。
本人がNG無しってんならそれでいくしかない。仮に俺が負けても……。
レヴィの奴隷…キツそうだなぁ。
「で、そのキングはどうやって決めるんだ?」
「日本だと大抵酒の場でやるから、割り箸にキング…王様って書いて…。」
「おい、チョットは考えな。この部屋に割り箸なんてねぇよ。」
「そっか……。」
 無い時ってどうしてたっけ。爪楊枝?とか、おてもと袋…はあるわけないか。
「トランプならあるぞ。」
「あ、それいい!元々キングが書いてあるし。」
 レヴィがベットから立ち上がり机の引き出し一番目を引きトランプを出して
テーブルに投げ置くと、俺と対面してパイプ椅子に座る。

 煙草を咥えたまま口の端から煙を吐く。
「フー……順番にカードを捲っていき先にキングが出たほうが勝ち…てのでどうだ。」
「うん、分かった…。」
 俺がもちかけたゲームのルールをレヴィに説明された。
まあ、誰が決めたってそんな変わるものでもないか。
レヴィがカードをシャッフルさせながら
「命令………何でもいいんだな。」
「え……。」
 な、何を俺にさせるつもりなんだ。
シャッフルし終えたレヴィは短くなった煙草を灰皿でもみ消した。
「今更NGはナシだぜ………なぁロック。」
「!?」


「あ、あのさ…レヴィ…。」
「どっちから引く?」
「……!!」
 目の前に置かれたトランプ。レヴィ…昨日の喧嘩のことまだ怒ってるのか。
「あたしのカードだ。あんたから引きな。」
「あ、ああ………。」
「その前に。」
「…?」

192 :大神竜一朗:2009/12/08(火) 14:35:17 ID:Cvy3ZyLn

「逃げんなよ…。」
「!?」
 レヴィが新しく煙草を咥え火をつけた。め、目が笑ってない!
でも、ここで逃げるわけにはいかない。いや、逃げたくとも逃げられないだろう。
「……。」
 俺は覚悟を決め山積みされたカードの一番上をめくった。
「!!?」
「何!?マジかよ!」
 出た。キングだ。俺に奇跡がおこった。53分の4、可能性として無くはないが。
「てことは、…俺がキング?」
「待ちな、あたしはまだ一枚も引いちゃいねぇ。」
「そ、そうだったな。じゃあレヴィがキングが出たらもう一回だ。」
「ああ。」
 レヴィが一番上のカードを引く。

「!!?」
 Q…クイーンのカード。
「クソッ!」
「ふぅ……さ、約束だよレヴィ。何でも言うこときくって。」
「ハイハイ、わかったよ。好きにしな。」
 ふっ切れたようにベットに横になった。
「こういうやり方でもしなきゃ、レヴィ恥ずかしがってしてくれないからなぁ。」
「チッ……。」

「さ、行こうか。」
「あん?」
「デートだよ。NGなんて言わないよな、お姫様。」
「姫…?プリンセスじゃなくて、クイーンなんだがな。」
「どっちでも構わないよ。さ、準備して。」
「へいへい、わかったよ。今日半日付き合ってやらぁ。」
 呆れた顔のままベットから立ち上がりホットパンツを履いた。

 俺はレヴィの手を引き、車に向かった。


 ハンドルを握り車を走らせ、開けた窓から吹き込む風を顔で感じながら。
そして助手席に座る姫もまた風を感じながら。
だが俺とは違ってこの時間が退屈そう。
「どこ向かってんだよ。」
「行けば分かるって。」
「チッ…。」
 少々機嫌を悪くしつつも黙って俺の運転に身を任せていた。

 ここに行きたいってのは初めっから決めていた。今日、朝起きた時から。
そう。朝起き窓の外を見た時から行ってみたいって。
そこにレヴィがいたらって思ったから。

193 :大神竜一朗:2009/12/08(火) 14:38:38 ID:Cvy3ZyLn
 その場所に着き車を停めた。
「ったく、だりィぜ。こんなとこまでこさせやがって。」
 文句を言いながら俺の後に車を降りた。

 その場所は、

 
 丘だった。


 ロアナプラの街が見渡せる丘。
「俺の部屋からここが見えるんだ。朝起きたら虹がかかっててさ。
 で、レヴィと一緒に見に行こうと思って。」
 虹なんてどこにもない。初めからなかった、俺の作り話。
「バッカだなぁ、虹なんてその場所に行って見れるわけないだろー
 ホント、バッカだなぁ。」
 何でもいい。レヴィを笑わせたかった。こんなジョークにもならないぐらいの
バカ話の方が笑ってくれる。

 丘に風が吹く。もう、俺が朝感じた雨交じりの冷たい風ではない。
少し暖かい。それはまるで日本の春のよう。
こんな街にも春の風が吹く。
「レヴィ、その辺で座ろっか。」
「はぁ?」
「俺、王様だし。」
「チッ、しゃあねぇな。」
 と、愚痴りながらもその場に座り込むレヴィ。
「うわっ!」
「うん?」
「濡れてた。」
 あ、昨晩雨が降ったんだっけ。手で芝生を触ってみると湿っている。
俺は着ていたジャケットを脱ぎ、姫の為に芝生に掛けた。
「サンキュッ。」
 遠慮なく座ろうとする。
「あ、半分俺の場所だから。」
 狭いジャケットの上で並ぶ二人。
「狭ぇーよ。」
「文句言わない。」

 さっき俺が感じた春の風が、隣にいるレヴィの前髪を揺らす。
こいつ、こうやって黙ってれば綺麗なのにな。

 丘の向こう一面に広がるロアナプラの街。
ここからでは銃声も聞こえなければ、硝煙の匂いもしない。
「あの辺が、あたしの部屋かな。…で、あんたんちが…。」
 意外にも話しだしたのはレヴィの方からだった。
しかも俺がきり出しに使おうとしていた話を。
「ああ、あの辺かな。俺んちと意外に近いんだな…もっと遠い気がしてたけど。」
「あんなもんだろ。……事務所ってここから見ると結構目立つな。」
「レヴィ、あれ見てみろよ。半壊した建物、あれ張さんのところだよ。」
「ホントだ。はっはっはっはっはっ。」

「………。」
 やっぱりお前は、笑ってる時が一番いいよ。
素直で子供みたいな笑い方をする。だから、笑ってた方がいいよ。
「ん?どうしたロック。ニヤニヤして。」
「さーね。」
「おい…。」
「俺、今日は王様。」
「はいはい……。」

194 :大神竜一朗:2009/12/08(火) 14:40:10 ID:Cvy3ZyLn
「いや、ここから見るロアナプラはわりと綺麗だなーって。」
 話の繋ぎ方はおかしいが何とか誤魔化した。
レヴィの横顔が綺麗だって言うよかマシだろう。
「……。」
 レヴィの沈黙。ただ黙り込むだけじゃなく、さっき俺が頬を赤くしてしまいそうな
笑顔も消え表情を曇らせた。
「?」
「もう、ここに慣れちまったのか?」
「いや…完全には…。一生馴染めないかもな。当たり前のように人が死んでいく。
 俺の育った日本ではありえない事がここにはある。」
「じゃあ今、目の前の死をみて何を思ってる。」
「その命は消えて、魂が次の命へと移っていく。」
「死んで次は、幸せな人生へ…ってか?てめぇはいつから宗教家になったんだ?」
「幸せかどうかは、その人間がどう歩んでいくかで決まる。
 初めから用意されてるものじゃない。」
「どうした?今日のロック変だぞ。」

 確かに変かもな。でもそれもこの心地よい春風のせいにすれば
お前とも笑って話せるだろ?別にお前とは喧嘩がしたいわけじゃないんだ。
こうやって笑って話し合う…仲でいたいんだ、本当は。

「もし、俺とお前が明日死んで明後日に他の誰かとして生まれ変わったら面白いよな。」
「…面白いか?」
「例えばだけど二人とも日本人として生まれ変わって、それは兄妹なんかじゃなくてさ。
 家が近所なんかで学校とか一緒に行ったりする。で、一緒に遊んだりケンカしたり、
 中学までは同じ学校なんだけど。」
「幼なじみ…ってやつか。」
「高校なんかは別々なんだけど…。」
「……あたしは学校ってトコに行ったことが無い。…だからイメージがわかないよ。」
「あーゴメン。学校ってのは勉強する所で、他にも色々楽しいことがいっぱいあるんだ。」
「………………もういい。」
「え?」
「もういい、って言ったんだよ…………。」
 うつむき瞳を閉じる。



195 :大神竜一朗:2009/12/08(火) 14:41:18 ID:Cvy3ZyLn

「てめェと話してると死にたくなってきた……。」
「!?」
 いつか聞いたような冷たい言い方。そう、海底で。
閉じたままのレヴィの瞳が、あの時の死んだ魚の目をしているのだと感じた。
「ロック……これ以上続けてると殺すかもな………。」
「!!」
 
 顔を上げ立ち上がるレヴィ。俺に背を向けて立ち上がったためその表情は
確認できない。レヴィは以前自分の事を`歩く死人`と形容していた。
きっと後姿で見えない今もそんな瞳をしているのだろう。

「………。」
 何も言わず車のほうに歩き出すレヴィ。
俯きかげんで歩いていくその後ろ姿はまさに`歩く死人`だ。


 そうかよ。


 俺とのくだらない`もし`なんて話してるのも苦痛ってわけか。
悪かったな。お前に、恋人とするようなくだらない話をして。
生きてきた街が違うだけかもしれないが。

お前とはこれからもラグーンの仲間だ、それは変わらない。


でも、俺にとって`大切`になることは無いだろう。



この先ずっと。



           END




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