320 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:19:54 ID:jxHlg1Xo



目覚めはゆるやかだった。
深い水の底に沈んでいた意識がゆっくりと浮上し、ぬるま湯のようなあわいで漂いはじめる。
日陰でゆらぐ熱帯の海水に包まれているかのように、眠りと覚醒の間でたゆたう。
そんな輪郭を持たないふやけた意識は、徐々に冷え固まってくる。
同時に、身体各部の感覚もまた、覚醒する。
素肌を包む上掛けの感触、足先に触るシーツの皺、そして、同じ上掛けの中にある他人の体温。
自分のものではない熱と呼吸。
それを確かに肌で感じたところで、ロックは目を開けた。

ブラインド越しに差し込む光は白っぽい。
熱帯ロアナプラの太陽もまた、目覚めてからさほど時間が経っていないと知れた。
ロックは、瞼の裏に張りつく眠気に抗うようにまばたきをした。
まだぼやけた目に映るのは、見慣れた室内だ。
薄汚れた天井に、黄ばんだ染みのついた壁、備えつけのクローゼット、古い木のテーブルと椅子。
最低限の家具しかない殺風景な狭い部屋が、うす明かりの中に沈んでいる。

視線を左隣に動かすと、すぐ横にはレヴィの寝顔があった。
一枚の上掛けを分け合っている女の眠りは深い。
一人用の上掛けからはみ出さないよう、くるりと身体を横向きに小さく丸め、
ロックの方へ顔を向けて眠っている。
くせのない長い髪が、白いシーツの上でゆるやかにうねっていた。

ロックは、上掛けと枕との間にうずもれるようにして寝息をたてているレヴィをしばらく見つめ、
それから首を巡らせて、ベッド脇の小机に置いてある時計へ目をやった。
シンプルなアナログの時計は、八時を少しすぎたあたりを示している。
いつもならば起きていなければいけない時間だが、本日は休日だ。
眠い身体と頭に鞭打って、よろよろと起き出さなくてもいい。
まだゆっくりと、ベッドのぬくもりを味わっていられる。
それを意識すると、じんわりと幸福感が沸き上がってきた。
ラグーン商会の業務に不満があるわけではないが、しかし休日の喜びというのは格別だ。
休日に朝寝、しかも、隣にはレヴィ。
最高だ。


321 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:21:48 ID:jxHlg1Xo

ロックが小さな幸せを噛みしめていると、上掛けが小さく引かれた。
時計から視線を外し、引っ張られた方を振り返ると、
そこには、深く眠っていたはずのレヴィが、上掛けの端を握っていた。
手は上掛けを握っているが、目は閉じられたままだ。
横たえた身体をレヴィの方に向けると、レヴィはロックの方へにじり寄ってきた。
ひたっと身体を寄せ、ロックの首のあたりに額をくっつけ、手は上掛けを首まわりにきゅっと巻き込む。
ロックとの間にできた隙間を上掛けでふさいで、それからレヴィはぼそっと低くつぶやいた。
「うごくなさみぃ」
口元まで引っ張り上げられた上掛けの下で、レヴィの声はくぐもった。
ロックが時計を見ようと体を動かした時にできた隙間が寒かったのだろう。
レヴィはそれだけ言うと、ぴたりと体を寄せたまま、また寝息をたてはじめた。

「レヴィ?」
ロックは、胸元に顔を寄せるレヴィを窺った。
「寒いの?」
問いかけても返事はない。
ただ、動くなとばかりに、顔が上掛けの中へ更に深くもぐった。

別に寒いというほどの気温ではないが、と思いながら、ロックは上掛けの中でレヴィの肌を探った。
腰の脇から背中に掌をのばし、撫で上げる。
レヴィは素肌のまま、なにもつけていない。
するすると背中をたどって、肩の方にすべらせる。
そして肩先を包み込むと、確かにそこの皮膚はひんやりとしていた。
レヴィはロックの掌の温度がお気に召したのか、本格的な眠りに入ろうとしている。
身体の力が抜け、呼吸の間隔が長くなった。
「──レヴィ?」
上掛けを握るレヴィの手からも、力が抜け落ちていた。
すぅすぅと、安らかな寝息で身体が上下するだけだ。

蒸し暑い雨期が終わり、ロアナプラには比較的すごしやすい乾期がやってきていた。
確かにレヴィの言う通り、暑期や雨期に比べると乾期は気温が下がる。
朝晩は二十度そこそこという日もあり、そんな日は、暑さに慣らされた身には肌寒く感じられるほどだ。
そんな季節に、シーツかテーブルクロスかといった程度の薄さしかない上掛け一枚というのは
やはり寒かったかなと、ロックは白い蓑虫になったレヴィを見た。
ロックとしては、そんなペラペラの上掛け一枚でも充分であったし、
なんと言っても、隣にはレヴィという抱き枕がいる。
少しばかり暑いと思うことはあっても、寒いと思うようなことは滅多になかった。

しかし、レヴィが寒いと言うのならば、もうちょっと厚めのブランケットでも買った方がいいだろうか──、
そう思ったところで、暑期の頃は口を開けば「暑い」「暑い」と言っていたことを思い出す。
あまりにうるさいので、
「暑い暑い言ったって涼しくなるわけじゃないんだから」と返すと、レヴィは
「じゃあ、黙ってたらあのクソ忌々しい太陽がアイスキューブでも降らせてくれるってのかよ」
と、まるで害虫を見るかのような目でロックを睨み、ガンを飛ばしてきた。
では暑がりなのかと思えば、冬の東京では「寒い」「寒い」と肩を丸めてぶつくさ言う。
結局、レヴィは本能のまま生きているにすぎない。
そういう結論に落ち着き、ロックはそっとため息をついた。


322 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:22:48 ID:jxHlg1Xo

──では、俺も本能のままに。

お互いなにも着ていない状態で、一人用の上掛けの中にいる。
素肌のレヴィに、胸元へもぐり込むように密着されると、体はどうしたって疼き出す。
眠りに落ちる前、昨夜の情事の記憶はまだ新しい。
ロックはレヴィの背中側から肩口にまわしていた手を、そろそろと移動させた。
背中に戻って脇をくぐり、体の前で折りたたまれた腕の奥にある、やわらかなふくらみへ──。
皮膚の下に感じる肋骨の固さが遠のくと、張りのあるやわらかさが掌を満たした。
腕の中に囲われた乳房は、片方の掌では包みきれないほど豊かだ。
二本の腕の間で押しつぶされ、少々窮屈そうでもある。
ロックは、ふたつの乳房の間に手をすべり込ませた。
ぴったりと合わさっていた隙間は、ロックの手の分だけ道を空けた。
上と下、両方からやわらかく挟まれる。
掌が、なめらかな手触りの間に閉じ込められる。
殺人的に、気持ちが良い。
籠もった熱とあいまって、陶然とする手触りだ。
隙間に挟まったまま指をゆらすと、乳房はロックの手の動きに合わせて形を変えた。
たぷんとゆらいで、そしてまたすぐに戻ってきてロックの指を包む。

ああ、これはどんな毛布よりも気持ちがいいなぁ、
そんなことを考えながらうっとりと手を遊ばせていると、急にその手を拘束された。
がしっと握られたかと思うと、乳房に張りついていたロックの手は乱暴に剥がされ、
肘から下をレヴィの腕に巻き取られていた。
レヴィは、ロックの腕を胸の前でがっしりと固定する。

動かせない。

ロックの腕は、完璧にレヴィの両腕に抱え込まれていた。
どうやら、触るな、眠りの邪魔をするな、おとなしく人間あんかになっていろと、そういうことらしい。

ロックは、今度こそ大きくため息をついた。
腕はがっちりと固定されていて、ちっとも動かせそうにない。
動かせないだけならば、まだ良い。
動かせないほど強固に固定されているということは、つまり、
レヴィがそれだけきつくロックの腕を押さえ込んでいるということであり、
きつく押さえ込むにあたってレヴィは自分の体重をも利用しているのであり、
具体的にどういうことになっているかというと、
レヴィは両腕でロックの腕をしっかり巻き込んだ状態で半分うつぶせになり、
上半身でロックの腕にのしかかるように押さえ込みにかかっていると、このような状況なわけだが、
それのどこが問題かというと、要するに、胸が、腕に、当たる。

ロックの腕は、レヴィの胸元にしっかと抱え込まれたまま、
やわらかく質量のある乳房の下敷きになっていた。
レヴィはまた意識を手放したらしく、ロックを拘束する腕の力はゆるんだが、
中途半端にうつぶせになった体は、物理法則に従ってロックの腕を押さえ続ける。
重たいというわけではない。
全体重がかかっているわけではないし、
やわらかさの問題からすると、つぶれているのはロックの腕ではなく、レヴィの乳房の方だ。
しかし。

──生殺しだろ、これは……。

腕はふるんとやわらかい物体に包まれているというのに、動くなときた。
自分は好き勝手に暖を取るだけ取っておいて、その「暖」の方の自由は毛一筋ほども認めないらしい。
こんなのは、ご馳走を目の前に永遠のおあずけをされているも同じだ。
その身勝手さに、ロックはどこか理不尽な気分になる。
今すぐこの腕を引っこ抜いて、脇腹のひとつでもくすぐってやろうか。
思うが、レヴィはロックの腕を抱き込んだまま、すやすやと眠っている。
ここでロックが自分の意に染まぬ行動を取ろうなどとは、微塵も疑っていない様子だ。

323 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:23:55 ID:jxHlg1Xo

──まいった……。

こうして無防備な信頼めいたものを示されると、どうにも手出しができない。
彼女の信頼を裏切ることが、なにか非常な罪悪のように思えてくる。
ロックは拘束された腕はそのままに、顔をレヴィの頭に近づけた。
髪からは昨日のシャンプーの匂いがして、ロックはその香りをそっと吸い込んだ。
吸い込んで、長々と吐き出す。

今ならムツゴロウさんの気持ちがよく分かった。
彼は変人なんかじゃない。
とてもまっとうな人だ。
だってそうだろう。
猛獣にすり寄ってこられて突き放せる人間がいようか。
いるわけがない。
いつもの「不遜」が服着て歩いているかのような彼女はどこへやら、
童女然とした顔で眠るレヴィを突き放せる人間がいるとしたら、それは人間じゃない。
それこそが獣というものだ。

──反則だ。

ロックは、眠るレヴィの顔を窺った。
普段の、見るものすべてが気に食わない、すべてを小馬鹿にしたような目は閉じられていて、
剣呑にひそめられていることの多い眉は穏やかに開いている。
一旦目を覚ませばマシンガンのように暴言をまき散らし、猛獣顔負けの暴挙に及ぶくせに、寝顔はこれだ。
本当に反則だ。

レヴィって実はけっこう童顔なんだよなぁと思ったところで、ふと、
ロックはレヴィの実際の年齢を未だ知らないことに気がついた。
なんとなく自分よりも幾つか下のような気がしていたが、それでは何歳なのかと言われると、まったく分からない。
そういえば、年齢だけではない。
レヴィのファミリーネームも、誕生日も、血液型も、兄弟構成も、ロックはなにも知らないのだった。
知っていることといえば、レヴェッカというファーストネームと、ニューヨーク出身であるらしいこと。
それから、中国系アメリカ人であること。
ロックは思わず笑ってしまった。
こんなに長く一緒にいて、ファミリーネームも知らないなんて。

ロックは、目の前に流れている長い髪に焦点を合わせた。
中国人にしてはいささか色の薄い栗色は、染めているようには見えない。
くるりとカールした睫といい、東洋人離れした身体のくびれといい、
どこか少し欧米人の血が混ざっているのかもしれない。
ぼんやりとロックは思ったが、どうでもいいなぁと、すぐに深く考えるのをやめにした。

だって、レヴィはレヴィだ。
他のことは、割とまあ、どうでもいい。

ああ、ずぼらが移ったと、身を寄せて眠る女のせいにして頭を空っぽにすると、
レヴィの胸に取り込まれた腕と、くっついた肌のあたりから、温かな眠気が浸透してきた。
ふんわりとした感触に包まれた腕は心地よく、
胸元にかかるレヴィの静かな寝息に、段々とロックの呼吸の波長も合ってくる。
ロックは惰眠をむさぼるべく、眠りに身をまかせた。



324 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:25:52 ID:jxHlg1Xo

 * * *

次にロックが目覚めた時、窓の外の光は随分と黄色っぽくなっていた。
昼の光に近い色だ。
一体何時だろうと思ってみると、時計の短針は10をすぎたところを指している。
「レヴィ」
ロックは、隣で昏々と眠るレヴィに声をかけた。
レヴィの胸の下敷きになっていた腕は、もう自由になっている。
固い腕の上に覆いかぶさっていたレヴィの方が、寝心地が悪かったのだろう。
レヴィは元の横向きの姿勢に戻って眠っていた。
「──レヴィ」
再度声をかけると、ようやくレヴィは小さく身じろぎをした。
「……ぅ、ん…………」
返事なのかうめき声なのかよく分からないぼやけた音を発し、もそもそとシーツの中でうごめく。
枕の上で頭がゆれ、瞼がぴくりと動いた。
「──レヴィ?」
しかし、そのおざなりな対応で充分役目は果たしたとばかりに、レヴィは上掛けを引き上げた。
薄い布の中にもぐり込み、さっさと夢の世界へ戻っていこうとする。
「おい、レヴィ」
レヴィの眉から力が抜けたのを見て、ロックは慌ててレヴィの口元まで引き上げられた上掛けに手を掛けた。
「レヴィ、もう十時すぎだ」
再び上掛けの中にもぐり込もうとするレヴィを掘り起こす。
「──レヴィ」
肩をゆさぶると、レヴィは「……うっせェなぁ…………」と眉をしかめた。
「……今日は休みじゃねェか。神様だって七日目は休んだんだぜ」
半分以上眠っているくせに、口だけはよく分からない理屈をこね、
レヴィはロックの手から上掛けをむしり取った。
ロックは構わず、上掛けに包まれた肩をゆすった。
「神様は関係ないだろ。ほら、パンケーキ作るんだろ?」


そう、前の日、ロックとレヴィは次の日の朝食のために、パンケーキの材料を買ったのだった。
たまたま寄った食料品店であれこれと物色していた時、
ふと気がつくと、レヴィはある棚の前で立ち止まって箱を手にしていた。
「レヴィ?」
ロックが後ろから覗き込むと、レヴィが手に取っていた箱には、段重ねになったパンケーキの写真が印刷してあった。
溶けかかったバターとメープルシロップが垂れるパンケーキが小さな扇形に切り取られ、
フォークがその扇形を突き刺している。
その左上では、人の良さそうな顔をした黒人のおばさんが陽気に笑う。

「……なにそれ、小麦粉爆弾でも作るのか?」
言った途端、嫌というほど足を踏まれた。
「──いてっ!」
レヴィが履いているコンバットブーツの底は厚く、丈夫だ。
しかもレヴィは手加減というものを知らない。
ロックの革靴が型崩れしようが、皮の表面が傷つこうが、そんなことはお構いなしだ。
「痛いじゃないか!」
ロックが思わず抗議の声を上げると、レヴィは勢いよく振り返った。
「なにが小麦粉爆弾だ! ぶっ殺すぞてめェ!」
般若の面もかくやという形相で、ロックを睨む。
「……違うのか?」
「違う!」
「…………だったら、なにに?」
武器類火器類に関しては、ロックの知識はレヴィの足元にも及ばない。
おそるおそる尋ねると、レヴィの眉は更に吊り上がった。
「食うに決まってんだろ!」
レヴィは憤然とロックに睨み上げる。

325 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:27:08 ID:jxHlg1Xo

ロックは、やれやれと首を横に振った。
「……あのな、レヴィ。その箱は中身が見えないから分からないかもしれないけど、
それ、開けたらパンケーキがそのまま入ってるわけじゃないんだよ。
入ってるのは、材料の粉だ。パンケーキを食べるには、調理しなきゃいけないんだよ。
な? 分かった? 分かったら早く棚に──」
戻そうな。
そう言ってレヴィの手から優しく箱を奪おうとした時、向こう脛に激痛が走った。
それと同時に、箱が乱暴にひったくられる。
「いっ──」
「バカにすんな、ボケ! 作るに決まってんだろ! このアホが!」
ロックはじんじんと痛む向こう脛をさすりながら、なにをご冗談を、と言おうとしたが、レヴィの顔は至って本気だ。
「作るって、──レヴィが?」
「──んだよ、その顔は! 他に誰がいるってんだ。あんたに任せたら部屋がバーベキューになる!」
「……それは俺のセリフだ」
「──んだってェ!? 喧嘩売ってんのかてめェ! 
……喜べ、あんたは今、いつか殺すリストの最上位にノミネートされたぜ、ロック」
言い捨てて、レヴィは踵を返した。
箱をわしづかみにして、どすどすとレジに向かう。
「おい、ちょっと待てよ、レヴィ! 悪かった! 悪かったって!」
「うるっせェ!」
陳列棚の向こうから巻き舌の入った怒声が響く。
ロックはへそを曲げた彼女の後を、慌てて追いかけた。
パンケーキを作ろうという気になったなど、
正直なところ半信半疑どころか「疑」一色だったのだが、ちょっと茶化しすぎた。

休日の朝に、二人でパンケーキ。
お互い柄じゃないというかなんというか、
こんな狂乱の街にあってパンケーキなど似合わないにも程があるというか、
明日の命の保証すらない状況で平和ボケもいいところだというか、
今更子供のままごとじみた普通のカップルみたいなことをしてどうするというか、
要するに、非常に気恥ずかしく、非常にこそばゆいのだが、
本当は、少し、心躍る。
誰かに知られれば、確実に物笑いの種、それどころか死ぬまでバカにされ、墓石にまで刻まれそうだが、
要は誰にも知られなければいいのだ。
「レヴィ! 待てって!」
ロックは浮かれそうになる気持ちを抑えつつ、レヴィの後を追った。



326 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:28:07 ID:jxHlg1Xo


それが昨日のことだ。
しかし、言い出しっぺのレヴィは、朝どころか昼に近づこうとしているというのに起きようともしない。
「パンケーキ作るって、レヴィが言ったんだぞ」
ロックは、上掛けにくるまって蓑虫というよりはむしろ芋虫に近くなったレヴィをゆすったが、
レヴィは意地でも起きないつもりらしい。
ロックの方を向いていた身体が、くるりと逆側を向いた。
背中を向け、丸まる。
上掛けが引っ張られて、ロックの身体が外にはみ出した。
「おい、レヴィ」
さすがに肌が直接外の空気に触れると肌寒い。
ロックは露出した肌を上掛けの下に押し込めるべく、レヴィの背中に身を寄せた。
「レヴィ、俺、腹減ってきたんだけど」
目が覚めてくると、空腹が気になり出す。
ロックは目の前の背中に声をかけたが、レヴィはあくまでも無視を決め込むつもりらしい。
うんともすんとも言わない。
「ちょっと、レヴィ、自分から言い出したんだろ」
つん、と上掛けの下で脇腹を突いてみると、レヴィの身体がびくんと跳ねて、間髪入れずに踵が飛んできた。
「──いった!」
素晴らしい反射神経で後ろに跳ね上がってきた踵は、ロックの脛にぶつかった。
骨に響いて、たいそう痛い。
「腹減ったならてめェで作って勝手に食ってろよ」
向こう側から、レヴィの不機嫌そうな声が低く返ってきた。
冷たい。
あまりに冷たい言い草だ。

「……あっそう。ふーん。──なら寝てていいよ」
ロックが言うと、レヴィは知ったことかといった風に、背を向けたままくるりと肩を丸めた。

ロックは、ぎし、とスプリングをきしませてレヴィの背後に身体を寄せた。
上掛けの下で、右手をそっとレヴィの脇腹に伸ばす。
くびれた脇腹から、前にすべらせ、腹にまわす。
しっかりと腹筋のついた腹は、筋肉で内蔵をも絞り上げているのかと思うほど引き締まっている。
なぞり上げると肋骨に触り、そして乳房にゆきつく。
背後に陣取ってすくう乳房は、掌が作り出す丸みによく馴染んだ。
抱き寄せるその手でゆらせば、たぷん、と形を変える。
「──触んな、バカ」
レヴィが苛立たしげに手を振り払おうとしたが、ロックは後ろからうなじに口づけた。
やっ、とも、ひゃっ、ともつかない悲鳴がレヴィから漏れる。
不意打ちだったのだろう、期せずして出てしまったらしい高い声に、レヴィの耳が一瞬にして真っ赤に染まった。


327 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:29:21 ID:jxHlg1Xo

右手はゆるやかに乳房をゆらしたまま、ロックは左手でレヴィの髪をかき分けた。
散らばっていた髪の毛を寄せ、首筋を露出させる。
ブラインドから差し込む光で、生え際のうぶ毛がほのかに輝いていた。
ロックは、晒されたレヴィのうなじに順々と口づけた。
唇を押しつけ、ちろりと舌でくすぐり、わざと、ちゅ、と音をたてる。
背中ぎりぎりのところを吸い上げると、レヴィの身体が震えた。
「──ちょっ、ロック、やめろ」
「どうしたのさ。寝てるんだろ? 寝てていいよ」
ロックはレヴィの耳のそばでささやいた。
耳たぶにも口づけてから、唇で挟み込む。
羽二重餅のような感触を唇でこねながら、乳房で満たされた手を大きく旋回させる。
耳の後ろを舌でなぞると、レヴィの肩がすくんだ。

耳たぶを吸い、舌を這わせ、そして舐め上げる時に上がる舌の濡れた音は、
きっとレヴィの鼓膜をゆらしているだろう。
ロックはレヴィの首筋を唇でなぞりながら、乳房を包んだ手をやわやわとゆらした。
レヴィの体温が少しずつ高くなる。
ロックは乳房をすくい上げた掌を、ゆっくりとすぼめていった。
先端に向けて、じわじわと。
指の腹でつまみ取るようにすぼめながら、しかし乳首そのものにはまだ触れない。
まわりの肌とは違う感触にたどりついたところで止め、周囲を丸くなぞる。
くるりと指を周回させるごとに、中心が固く尖ってくるのを感じた。
レヴィの背中がわずかに波うつ。
指の腹に触る突起がすっかり丸くふくらんだところで、
ロックは人差し指と中指でその突起をそっと挟んだ。

きゅっと、挟んだ指にほんの少しだけ力を加えた途端、レヴィが吐息の絡んだ声を短く上げた。
震えるように吐き出された息が空気を湿らせる。
ロックは、レヴィの乳首を二本の指でとらえたまま、乳房をゆらした。
ゆらすたびに、第二関節のあたりに挟まった乳首へわずかに力が加わる。
そうして関節が絞まると、レヴィの身体はゆれ、声帯を声がかすめた。

ロックは、最後に先端をひと撫でしてから、乳房を解放した。
乳房から離した掌は、腹に向かって撫で下ろす。
胸郭が終わったところですっと身体が薄くなったのを感じながら、更に下へ。
ロックの指を邪魔するものはなにもない。
脚の間に指をすべり込ませて奥を探ると、とろりとした熱が絡んだ。
閉じた脚、閉じた襞の間に指をもぐらせ、誘うようにゆらす。
温かなうるみは、すでに狭い襞の間いっぱいに満ちていた。
ロックはその熱を指先に絡め取り、その奥へと指を沈めた。
「────ん」
レヴィの喉が震えた。
その後、はぁっ、と胸の奥から息が吐き出される。

ロックは、なかに沈めた右の中指はそのままに、レヴィの首の下から左腕を差し入れた。
レヴィの身体の前にぐるりと腕をまわし、肩をとらえる。
丸まったレヴィの背を引き戻すように、ぐいと抱き寄せる。
レヴィの身体の中にはいった指は、熱くとろけそうだ。
温かいはちみつの中に指をひたしたら、きっとこんな感じなのかもしれない──。
ロックは陶然と指を上下させた。


328 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:30:48 ID:jxHlg1Xo

ぬるりと引き出した指で襞をなぞり、先端の小さな突起を濡れた指で押し上げると、レヴィの腰がゆらめいた。
ぎゅっと、レヴィの膝が絞まる。
ロックは閉じた二本の脚の間に片脚を割り込ませ、そしてまた、奥へ指を沈めた。
先ほどより開いた脚の間で、指を往復させる。
初めはゆっくり、そして段々と速く。
レヴィの身体から滲み出た体液が、湿った水音を上げた。
抱き寄せた肩がこわばり、ロックの脚に絡んだレヴィの脚に力が入る。
上掛け一枚を隔ててはいるが、薄い布の中は確かに、ぴちゅ、くちゅ、という音で満ちていた。

激しく動かしていた手を止め、根本まで深く沈めると、レヴィが熱を帯びた声で言った。
「──ロック、てめェ、腹減ったんじゃなかったのかよ」
ロックはレヴィのなかを探りながら肩を抱き寄せ、首筋に顔をうずめた。
「ん? 減ったよ。……減ったから、レヴィを頂く」
「……ざけんなよ、調子に乗んじゃ──」
指を引き抜き、先端の突起をゆるゆるとこねると、レヴィの言葉は途中で途切れた。
ロックの腕の中の身体はぴくりと震え、「──ん」と、腹の底が疼くような吐息混じりの声を漏らした。
ロックはゆっくりと抜き挿しを繰り返しながら、レヴィの耳元に唇を寄せた。
「……寝てるんじゃなかったのか、レヴィ? いいよ、寝てて」
指は滴るほどに濡れて、あふれたレヴィの体液が音をたてる。
「──ふざけんなバカ…………っ、──あ」
レヴィは噛みしめた歯の奥から声を絞り出したが、その声の最後は甘く抜けた。

ロックの腰は、我慢できずに先ほどからレヴィの丸い尻にこすりつけられていた。
ロックはとろけた指を押し込みながら、ささやいた。
「……いいだろ、レヴィ?」
指の根本は、ひっきりなしに濡れた音を上げる。
「──今更、許可なんか求めんじゃねェよ」
レヴィは一瞬息を整えた後、言った。
「……好きにしろ、バカ」

ロックはレヴィの背後から、とろけた入り口を探った。
横向きに寝そべったレヴィの脚は、軽く折り曲げられている。
その脚の間に先端をあてがい、ロックはゆっくりと腰を突き上げた。
静かに、熱い内側へ身体がうまってゆく。
ぴったりと表面に吸いつくように締めつけるなかを押し進めながら、
ロックは空いた右手でレヴィを後ろから抱きしめた。
右手を前にまわし、レヴィの身体を引き寄せて、腰を進める。
最後はぐいと押し込めると、レヴィの背がわずかに反った。

ロックは後ろからレヴィの脚を割った。
絞まった脚の間に右脚をねじ込んで、更に深く身体をうずめる。
小さな隙間もすべてうめてしまうように何度か腰をゆらすと、レヴィの背中もゆらめいた。

完全にレヴィを背後から挿し貫くと、ロックは乳房に手をのばした。
上がった体温で更にやわらかくなった乳房を掌で包み込み、その感触を堪能する。
腰は、すでにゆるやかなリズムを作っていた。
突き上げるごとになめらかに溶けてくるのを感じながら、ロックは腰を往復させた。
レヴィのなかは熱く、そしてやわらかかった。
ロックが身体をゆらすたびにレヴィの身体もゆれ、乳房は掌の中で蕩けるように形を変えた。


329 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:31:59 ID:jxHlg1Xo

「──レヴィ」
彼女の声を聞きたくて、ロックは後ろから名を呼んだ。
「…………ん」
レヴィは返事らしき声を短く上げたが、その声よりも、続いて吐き出された吐息の音の方が大きかった。
はぁっ、と吐き出された息が、埃混じりの空気をゆらした。
ロックは目の前のタトゥーに口づけた。
唇を押しあて、ちゅ、と音をたてる。
「──っ」
レヴィの表情は見えないが、背中がぴくりと撥ねた。
腰は休みなく突き上げながら、指先で乳房の先端をなぞる。
側面をくすぐり、指の腹でほんの少しだけ押し、そっとつまみ取る。
指先を動かすたびに、レヴィの身体は小さく収縮した。

ロックは手を乳房から離すと、下へすべらせた。
腹をするりと降りて、脚の間へ。
皮膚の下に骨を感じたあたりで、外側からきゅうっと二本の指で挟み上げた。
やわらかい肉が、ロックの指の間で押しつぶされる。
「────あ……っ」
レヴィの声帯は、今度こそ震えた。
脚がぎゅっと硬直し、間に挟まっているロックの脚が締めつけられる。
ロックは指先でやわやわとこねながら、身体の動きを大きくした。
「……あぁ、──ん、…………んん」
レヴィの声が甘くかすれる。
──は、と。
最後は息になって、声が消えた。

ロックは後ろからレヴィを抱きしめてゆらしながら、どこかもどかしくなって、動きを止めた。
「……レヴィ」
一旦抜いて、レヴィを仰向かせる。
そしてその脚の間に移動し、また身体を重ねた。

「…………あ」
今度はしっかりレヴィの表情が見えた。
なかに挿れたと同時に顎が上がり、
ロックの押し込んだ波が腹から胸、胸から喉、喉から瞼へ伝わっていったかのように、ゆるやかに瞼が閉じた。
頬と目元はすでに紅潮している。

ロックは皺の寄ったシーツの上に手をついて、ゆるゆると身体をゆらしながらレヴィを見下ろした。
ブラインドの隙間から差し込む光が、レヴィの身体に斜めの縞を淡く作っていた。
等間隔に並んだ光の筋は、レヴィの身体の曲線によって微妙にゆがむ。
ロックは、胸元にのびた光の線を指でなぞった。
レヴィの肌は、普段タンクトップを着ているところだけが白い。
いつもの黒いタンクトップとは逆に、白いタンクトップを着ているかのようだ。
その肌を縦断する光に沿って指をすっとすべらせると、レヴィの眉がしかめられて、そして瞼が開いた。

「……くすぐってェ」
レヴィは眉を寄せてロックを睨み上げた。
「ごめん」
ロックは謝ったが、指はどかさなかった。
仰向けになってもつぶれて平らになったりせず、ふっくらと盛り上がっている乳房を、
脇から指の腹でなぞり上げ、そして離す。
ロックの指でわずかに持ち上がった乳房は、指が離れた途端、ふるん、と元の形に戻った。
白くなめらかな曲線を描く乳房は、半熟に焼き上げた目玉焼きを思い出させた。
うっすらと半透明の白で覆われ、ぷっくりと丸くふくらんだ中には、温かい黄身がつまっている。
薄皮をぷつりと破れば、固まりきっていない黄身が、とろりとあふれ出すだろう。
レヴィの肌も、爪を立てて皮膚を破れば、やわらかい中身があふれてくるような気がした。


330 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:33:43 ID:jxHlg1Xo

「……なに見てんだよ」
ロックがじっと目を落としていると、レヴィの不機嫌そうな声が届いた。
目を上げると、レヴィはむっすりとロックを睨んでいた。
「──いや、……おいしそうだなと思って」
肌をなぞりながらロックが答えると、レヴィの眉間の皺は更に深くなった。
「はァ? なに言ってんだてめェ」
およそ情事の最中とは思えない顔──不良が路地裏でガンをつける時の、まさにそのお手本となる顔だ──をし、
レヴィは肌に触れるロックの手を乱暴に払いのけた。
「あたしにはカニバリズムの趣味はねェよ」
「……なんでそういう色気のない話になるんだよ」
ロックはお構いなしに、払いのけられた手で乳房をすくい上げた。
掌で寄せたふくらみの頂点を、親指の腹でなぞる。
わずかにくすんだ薄い紅褐色が、つんと尖った。
唇を寄せて口に含み、舌で転がしてから離すと、その先端は唾液で透明に濡れていた。

「見んじゃねぇって」
ぐいと前髪が掴まれたかと思うと、ロックの顔は荒っぽく引き上げられた。
レヴィは遠慮なくロックの前髪を握りしめていた。
「レヴィ、痛い」
痛いだけじゃなく、毛根の方も心配だ。
ロックはレヴィの手首を掴んで引き離そうとしたが、レヴィはそれを許すまじと握力を強めた。
「てめェがジロジロ見るからだ」
「なんで見ちゃ駄目なんだよ」
「嫌だから」
「なんで嫌なのさ」
「……嫌なもんは嫌なんだよ、うっせェな」
「いいじゃないか、きれいなんだから」

ロックがそう言った途端、レヴィはまるで腐った死体を見たかのような顔をした。
もともと不機嫌だった顔に不可解さがプラスされ、更にゆがむ。
ゴキブリって旨いよね、まるでそう言われたかのように、口が「はァ?」の形に動いた。

「…………なんだよ、その顔」
ガラが悪いどころの騒ぎじゃない。
だが、ロックの髪の毛を掴む手の握力はゆるんだ。
ロックはその隙に、コンバインに刈り取られる稲よろしく巻き込まれていた髪の毛を、
レヴィの手の間から救い出した。
そして、くっきりと刻まれたレヴィの眉間の皺を指の腹でこすった。
「すごい皺」
しかし、その指はすぐさま払いのけられた。
「気色わりィことぬかしてんじゃねえぞ、アホが」
レヴィは、今にも噛みつかんばかりの勢いで凄んだ。
「アホって、失敬だな」
ロックは両肘をベッドについてレヴィを囲い、一旦浮かせた身体を深く沈めた。
「──ん、……アホじゃなけりゃ、バカだ。……間抜けだ。オタンコナスだ」
至近距離で稚拙な暴言を吐かれ、ロックは思わず噴き出した。
「オタンコナスって、久し振りに聞いたな、それ」
今時小学生だってそんなことは言わない。
もうそれ死語なんじゃないか? と思いながら、ロックは喉の奥で笑った。
そして、タトゥーが彫り込まれている方とは逆の首筋に顔をうずめ、続ける。
「なんだよ、その言い草。……褒めたのに」
レヴィの耳のそばで言い、ロックは片手でレヴィの乳房を包み込んだ。
先ほどの言は、ただ思ったままが口をついてしまっただけだった。


331 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:34:30 ID:jxHlg1Xo

ロックが身体をゆらすと、レヴィのなかはきゅうっときつく絞まった。
「……こんなもん、ついてたって、邪魔な、だけ、だ」
ロックの手が乳房をゆらすのを受けてだろう、レヴィは忌々しそうに言った。
「それが、いいの、に──」
熱い内側をえぐるように腰を沈めると、レヴィの瞼が震えた。
今度は彼女の意思によらずして、瞬間的に顔がゆがんだ。
ロックは顔を伏せて、丸く盛り上がる乳房のふもとに口づけた。
レヴィが、小さく舌打ちをする。
「……てめェの趣味は、最悪、だ」
ロックが顔を上げると、レヴィは苦虫を百匹ぐらい噛みつぶした顔をしていた。
目尻のあたりがほんのりと赤い。

「──照れてんの?」
すぐそばで見下ろすと、目の下の赤みは一瞬にして顔全体に広がった。
「──誰が」
レヴィは目を逸らす。
「レヴィが」
ロックは覗き込んだ。
鼻先がぶつかる。

「ぼざけ」
「だって赤いよ」
「どこが」
「頬が」
「嘘つけ」
「耳も」
「赤くねェ」
「赤いよ」
「うっせェ、触んな」
「それに」
「……なんだよ」
「熱い」
「……うるせえ」
「すごく」
「──っ、いいかげんに、しろ、よ」
「だって、事実、だ」
「…………あっ、──クソ、てめ」
「なに?」
「──ん、……っざけ──」
「──なに?」
「…………っ」
「聞こえ、ない」
「……ぁ、ロック──」
「……なに」
「てめ、いつかブッ殺──、──あ」
唇をかすめ合うやりとりに、吐息が絡む。

その後の言葉は、身体の間でつぶれた。


332 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/11(金) 21:37:57 ID:jxHlg1Xo

ロックは熱で膨張した身体を、レヴィのとろけた内側に何度も沈めた。
レヴィの腕はロックの背中にまわり、肌と肌が溶け合う。
歯車がぴたりと噛み合わさったかのように、互いの身体は絡み合った。
馴染んだ身体、馴染んだ姿勢、馴染んだリズム。
昨晩だって、同じように交わった。
何度交わってもしかし、貪欲さは際限を知らなかった。

「────あ」
レヴィが荒い息の隙間で声を上げた。
ロックの腹は、更に疼く。
レヴィのなかの熱い襞が絡みつく。
ロックは激しく突きたてた。
とろけた体液が外側まであふれ、濡れた音となる。
ベッドのスプリングがきしむ音に混じって、ロックの耳へ届く。
その音が、ロックの腰を加速させた。
互いの身体はどこまでも熱い。
荒い呼吸が肌を湿らせ、混じり合う。
身体は我を忘れた。
境界が溶け、思考が溶ける。

レヴィが弾けるように達したのは、はっきりと認識した。
こらえていた欲求を解放し、きつく脈打つ内部を激しく穿つと、すぐにロックも頂点へ押しやられた。


水の詰まった革袋のようにぐったりとした身体を無理矢理引き剥がすと、ロックはレヴィの隣に寝転んだ。
皺の寄ったシーツは、レヴィの汗を吸い込んで湿っている。
ロックは気だるい身体を横たえて、くしゃっとよれていた上掛けを足先で探った。
引きずり上げ、二人の腰から下を覆う。

「……まだ寒い?」
隣で横たわるレヴィの汗の浮いた谷間に指を這わせると、レヴィの膝が上掛けの下でロックの膝を小突いた。
「──てっ」
「あっちィよ、バカ」
熱のこもった谷間の更に奥へ指を伸ばすと、レヴィの手は緩慢に払いのけた。
「良かったじゃないか、寒くなくなって」
「……汗びっしょりだ、クソ」
「──ほんとだ」
「あああもう、くっつくな。あっちィっつってんだろ」
「落ちるよ、レヴィ」
あまり身体を端に寄せすぎると、ベッドから落ちる。
ロックが言うと、
「てめェが落ちろ」
レヴィは、ゆるゆるとロックの身体を押してきた。
「やだよ」
身体を押してくるレヴィの手を取ると、レヴィの手は簡単にロックの手の中に収まった。
手の中で、くたりと力が抜ける。
力を失った手を握ってレヴィの顔を覗き込んでみると、瞼が半分閉じていた。

──眠たそうだ。

思ったが、ロックの焦点もすでにあやしい。
レヴィが眠ったのを見届ける前に、ロックの意識も遠のいた。


345 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:20:35 ID:gb//dWvB


 * * *

「起きろ!」
突然大きな声がしたかと思うと、ガバッと一気に上掛けを剥がされ、ロックの眠りは否応なく中断された。
身体のまわりに漂っていた熱が奪われ、寒い。
「な…………」
声にならない声を発して朦朧とした頭を巡らせると、ベッドサイドには
たった今上掛けを乱暴に剥がした張本人が、やたらと上機嫌な笑顔で仁王立ちしていた。
「なにするんだよ、レヴィ」
前の晩ロックが脱ぎ捨てた白いワイシャツを羽織り、剥がした上掛けを手にロックを見下ろす彼女は、
やけにつやつやとした顔をしている。
きっと充分に寝足りて、すっきり目覚めたのだろう。
「起きろ、ロック。もう昼だぞ」
レヴィはほがらかに、つい先ほどロックが口にした言葉をしゃあしゃあと口にする。
「……分かってる」
ロックはのろのろと身体を起こした。
もちろん、もう昼だということは分かっている。
分かってはいるが、しかし、もう少し穏やかな方法で起こせないのか。
自分が起こされた時は「寝かせろ」と実力行使に出たくせに、
自分だけ目が覚めてつまらないとなると、これだ。
「横暴だろ……」
ロックは思わずぼやいた。
「なんか言ったか」
「……いや、なにも」
ベッドに腰掛け、さてなにを着ようと目線をさまよわせると、ずい、とレヴィがロックの目の前に立った。

「あんたのシャツはあたしがもらった」
お前の息子は俺が預かった、返して欲しくば──と言うかのような調子で、レヴィは誘拐犯人よろしく宣言した。
「あんたの着るシャツはない」
ロックが見上げると、レヴィは不敵な顔をして見下ろしていた。

だからなんだ。

ロックが黙って見上げていると、レヴィはにやりと笑った。
「そこで、だ」
おもむろに後ろを振り返り、椅子の上からなにかを掴むと、レヴィはそれをロックの目前に突きつけた。
「あんたはコレを着ろ、ロック!」
バサッと、ロックの目と鼻の先に布が突き出される。

こんな至近距離では、見えるものも見えない。
なんなんだ一体とつまみ上げて顔から遠ざけると、レヴィの含みのある笑顔の意味が分かった。
「……」
ロックは思わずため息をついた。
ただでさえよろしくなかった寝覚めが、更に悪くなった。
「どうだ? ん? おあつらえ向きだろ?」

レヴィが嬉しそうにぐいぐいと押しつけてくるそれは、最高に趣味の悪い柄をしたアロハだった。


346 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:21:32 ID:gb//dWvB

ロックがここロアナプラに来たばかりの頃、レヴィが強制的に押しつけてきたのが、このアロハだった。
浅はかなピンク色の地に、黄緑や水色で花だか葉だかよく分からない模様が乱れ飛び、
それだけでも勘弁願いたいのに、極めつけは背中にでかでかと描かれたファックサインだ。
まったく下品。
下品極まりない。
誰が考えたらここまで趣味の悪いデザインになるのか、人知を越えた駄目さだ。
しかし、まがりなりにも人からもらったプレゼントだ。
勝手に処分してしまうのもどうかと思い、処遇に困って部屋の隅に掛けておいたのだった。

「ほーらロック、『着ない』とかぬかしやがって、後生大事に取ってあんじゃねぇか。実は着てえんだろ?」
ほれほれと突きつけられる布きれを、ロックは振り払った。
絡んでくるレヴィを無視してベッドから立ち上がり、放り出されていた下着をとりあえず穿く。
そして、部屋の隅にあるクローゼットの扉を開けた。
しゃがみ込んで、休日用のTシャツをしまってある引き出しを引く。
さて、どれを着ようか──。
たたんで積み重ねられたTシャツをまさぐっていると、突然、背中にどすっと重い衝撃が走った。

「──おい」
背後からは、押し殺した低い声。
背中に衝撃を与えてきた物体はロックの背中にとどまって、更に重みを与えてくる。
「なんだその反応は」
ロックの背中を足蹴にして踵でぐりぐりこねるレヴィは、
今、彼女がめっぽう業腹であることを身体全体で伝えてきている。
踏みつけられたままロックが顔だけで振り返ると、案の定、レヴィは仁王像のような顔をして睨んでいた。
まさに仁王像に踏みつぶされる餓鬼の気分だ。
ロックはため息をついて、選び出したTシャツを開いた引き出しの上にそっと戻した。
そして立ち上がり、レヴィに正対する。


347 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:22:39 ID:gb//dWvB

「おや?」というような顔をしているレヴィの手から、ロックはアロハを受け取った。
レヴィは自分で「着ろ」と言ったくせに、ロックがすんなり受け取ったことが意外だったのか、小首を傾げた。
ロックはにっこり笑った。
最高に感じの良い笑顔を目指して。
レヴィはぽかんと見上げる。
ロックはレヴィに向ける笑顔を更に大きくすると、受け取ったアロハを思い切り遠くに放り投げた。
力の限り。

そして、レヴィの襟元に両手を掛け、ワイシャツの前を一気に開いて引き下ろす。
「ちょっ──!」
レヴィは反射的に両肘を曲げたが、その前にワイシャツは半分以上が脱げていた。
肘のところでひっかかっているだけで、肩と胸は剥き出しだ。
「なにすんだロック!」
レヴィは身体をよじるが、ロックもワイシャツから手を離さない。
「こうして欲しかったんだろ? 俺のワイシャツ返せよ、って! 悪かったな、レヴィ、期待を裏切って!」
「──ちっげェ!」
レヴィはロックに背中を向けて逃れようとする。
露わになった胸がふるんとゆれた。
「なんだよ、意外とお茶目なとこあるじゃないか、レヴィ」
「ちげえよっ! ──アロハを着やがれ、クソが!」
「やだね! 誰が着るか、あんなもの!」
「──んだと、この野郎! あたしのやったもんが着れねェってのか!」
「誰からもらったものでも着られないね、あんな最低のアロハ!」
「ふざけんなよ、ロック! あたしの趣味が悪ィってのか!」
「ああ、そうさ、その通りだよ! お前の趣味は最悪だ!」
「──言ったな、死ね!」
ぶん、と。
レヴィは力ずくでロックを振り払った。
振り乱した髪をそのままに、そそくさとワイシャツを引き上げる。
両肩にひっかけて、胸元をぐいとかき合わせる。
乱雑に着たせいで襟も肩も乱れていた。

「レヴィ、襟──」
「うっせ!」
乱れた襟を直してやろうと伸ばしたロックの手を、レヴィは即座に腕でガードした。
「シャワー浴びてくる!」
憮然とした顔でそう言い捨てると、レヴィはくるりと身を翻した。

「あ、レヴィ」
ロックは、バスルームに向かってずんずんと歩いてゆくレヴィの背中に声をかけた。
「そのワイシャツ、洗濯機の中に入れといてくれよー」
「知るか!」
レヴィの怒声と同時に、バタン! と大きな音をたててバスルームのドアが閉まった。


348 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:23:49 ID:gb//dWvB

ロックは適当に服──決してアロハではない──を着込むと、レヴィが放り出した上掛けを拾い上げた。
ベッドの上で皺になっているシーツは、汗を吸って湿っている。
ロックは手に持った上掛けをベッドの足元の方についている柵にひっかけ、シーツを剥がした。
剥がしたシーツは、軽くたたんで脇に置く。
そして新しいシーツを取り出して敷き、柵にひっかけておいた上掛けを広げた。
大きく宙に広がった上掛けは空気をはらんで、ふわりとベッドの上に着地した。
やっぱりこれじゃちょっと薄いかな、そんなことを考えながら、
とりあえず今はこれで良いことにして、ロックはキッチンへと向かった。

ロアナプラへやって来て間もない頃は安宿をねぐらとしていたが、長く住むのであれば賃貸の方が良い。
ロックは当初利用していた宿を引き上げ、今では部屋を借りていた。
今の部屋だって元いた安宿と変わらず、狭く、古く、汚い。
だが、キッチンがついている点は違った。
まともに料理をすることなどほとんどなかったが、
念のためと思って揃えたフライパンやボウルが役に立つ時がきたようだ。
ロックは使い慣れない狭いキッチンで、調理用具の準備にかかった。

パンケーキを作るのだから、フライパンとフライ返し、
それから粉を混ぜるためのボウル、泡立て器、お玉。
粉は前の日に買ってきたからいいとして、あとは卵か──?
ロックは冷蔵庫の中から卵を取り出し、
牛乳はいるのだろうか、後でちゃんと箱の説明書きを読んで確認しないと、
と思いながら、とりあえず卵だけを取り出したところで、バスルームの扉が開いた。


349 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:24:57 ID:gb//dWvB

レヴィは、下着一枚で肩からタオルをひっかけて出てきた。
「おー、準備できたかー?」
水滴をまき散らしながら、ぺたぺたとロックのいるキッチンへやってくる。
「今してるとこだよ。レヴィ、そこの箱取って」
ロックはパンケーキの粉の入っている赤い箱を指した。
「こいつか」
レヴィは、まだ水滴の残った手でロックの指した箱を取った。
取ったかと思うと、ベリッと箱の継ぎ目を乱暴に剥がし、
できた隙間へ指をこじ入れて隙間を広げるや否や、
ロックの用意していたボウルに勢いよく中の粉を開けた。
ドサッ、と小麦粉が小山となり、勢い余った白い粉がもうもうと宙を舞った。

「あああ、なにすんだよ、レヴィ! まず説明書き読まなきゃ!」
ロックは慌ててレヴィの手から箱を奪い取った。
こんな目分量で適当に出したら、分量が分からないではないか。
いきなり豪快に出すレヴィもレヴィだが、箱を開けたら直接粉が入っているのにも驚いた。
こういうのは内袋に入ってるものなのでは?
思いながらロックが箱を裏返すと、レヴィは、
「いちいち細けェんだよ、ロック。こんなのはな、フィーリングだ、フィーリング」
そう言って、上機嫌で卵を手に取った。

「待てって、レヴィ!」
ロックの制止をものともせず、レヴィは卵をシンクの端に叩きつけた。
「──あ」
グシャ、と、卵の殻に罅を入れたにしてはやけに盛大な破壊音がした。
慌ててレヴィの手元を覗き込んでみると、シンクの端からは、潰れた黄身と透明な白身がだらりと垂れていた。
「なにしてんだよ、レヴィ! 強く叩きつけすぎなんだよ!」
罅を入れるどころか、殻がまっぷたつ、中身は完全に外へこぼれ出てしまっている。
あぁもったいない、ロックが言うと、レヴィはむっとした様子で、新しい卵をひとつ手に取ったかと思うと、
「じゃあ、こうすりゃいいんだろ!」
粉の入ったボウルの上で、豪快に握りつぶした。

「ちょっ、えええええええ!? なにやってんだよ、レヴィ!」
確かにボウルの上で潰せば、どうやっても卵がこぼれて「もったいない」ことにはならないが、
こんな暴挙に及ぶとは思わなかった。
なんとかしようにも、すでに卵はレヴィの指の間から白い粉の上へと、ぼたぼた垂れている。
中身だけならまだ良いが、粉々に割れた殻までもが卵の中身に絡まってボウルの中で漂っている。
「なんてことすんだよ、レヴィ! 殻まで入っちゃったじゃないか!」
こんなことをされたら、箸でひとつひとつ殻をつまみ出さなくてはならない。
文句を言いながらロックが箸を探していると、レヴィは勝手に冷蔵庫を開けて水の入ったペットボトルを取り出した。
「あー、うっせェな! こんなちょっとぐれェでガタガタぬかすんじゃねぇよ」
言いながら、だぱだぱとボウルに水を注ぐ。
「──レヴィ!? 待て! いいから待て! 今取り出せばまだなんとかなるから!」
ロックは箸探しを放棄して、ペットボトルを持つレヴィを後ろから取り押さえた。
ここに水なんか入ったら、更に殻が取り出しにくくなる。
なんとか思いとどまらせようとするが、レヴィは思いの外強く抵抗した。
「やめろ、ロック! 離せ!」
「やめろはこっちのセリフだ! 悪いこと言わないからやめてくれ!」
ロックはペットボトルを奪おうとするも、レヴィがしっかと握っていて思うようにならない。
揉み合っているうちにボトルの中で水がゆれ、ドパッと更にボウルの中にあふれ出た。
「あー………………」
ボウルの中は大洪水だった。
卵の殻が迷子になったばかりか、明らかに粉に対して水が多い。
二人揃って、声もなくその惨状を見下ろす。


350 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:26:14 ID:gb//dWvB

「……水、入れすぎだろ」
ぼそりとロックが見たままを指摘すると、レヴィは泡立て器を手に取った。
「混ぜてみなきゃ分かんねぇだろ!」
がしゃがしゃと、レヴィはムキになってかき混ぜる。
こうなってしまってはもう手の施しようがない気がするが、念のためと箱の調理手順を目で追うと、
そこに書いてあった事実がロックを打ちのめした。
「……レヴィ」
「なんだよ」
泡立て器を手に奮闘するレヴィに、その事実を告げる。
「卵、必要ないんだってさ……」

そう、そこに書いてあったのは、非常にシンプルな手順だった。
曰く、粉に水を注ぐ→焼く→完成! と。
もちろん、相当量の粉に対応するしかるべき水の量もちゃんと書いてあったが、
そもそも卵は必要なかったらしい。
レヴィはそれを聞くと、泡立て器片手にロックの手の中にある箱をちらりと見やって顔をしかめたが、
「ま、いいだろ」と、またボウルの中身をかき混ぜはじめた。
「栄養だ、栄養。しかもカルシウム入りだ」
ちょうど良かっただろ、ロック、などとレヴィは嘯く。
カルシウムが必要なのはレヴィの方だろと、痛む頭を抱えてロックはため息をついた。

レヴィが気張ってかき混ぜたボウルの中は、やはりどう考えても水が多かった。
白く濁った水がシャバシャバしている。
これをフライパンに流し込んだら、できるのはパンケーキではなくクレープだ。
「やっぱり水多いって」
先ほどよりやや控えめに告げると、レヴィは粉の入った箱に手を伸ばした。
「だったら粉足しゃいいんだろ」
素早く箱を掴んで、どさどさと粉を注ぎ足す。
「えっ、ちょっと! それ多いだろ!」
ロックは、レヴィのあまりの早業に目を丸くした。
一瞬にして、白い海の中に白い小山ができている。
レヴィの行動に迷いがなさすぎるため、止める暇がない。
今だって、ロックが目を剥いている間にガッシャガッシャとかき混ぜにかかっている。
「ほらやっぱり多い!」
今度はあっという間にボウルの中身が白いペースト状となり、泡立て器にねとねとこびりついている。
「ああもう、うっせェな! だったらまた水だ!」
「ああ、待て、レヴィ、俺がやる!」
「邪魔すんなよ、ロック!」
「邪魔じゃない! レヴィ、少しずつだ、少しずつ!」
「分かってる!」
「あああ、だからもう! それ少しじゃないだろ!」
「てめェがごちゃごちゃ言うから失敗すんだよ!」
「なんだって!? 全部俺のせいかよ!」
「ああ、そうさ。てめェのせいじゃなかったらなんだよ、あたしのせいか?」
「これがレヴィ以外の人間のせいだったら、ぜひその顔拝んでみたいね!」
「ああ? だったら今すぐバスルーム行ってこいよ、ロック。鏡でその顔とっくりと拝んでこい!」


351 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:27:21 ID:gb//dWvB

そうして、粉、水、粉、水の無間地獄を繰り返した果てにできたのは、
ボウルの縁すれすれまで達したパンケーキ原液の海だった。
「何人分だよ、これ……」
ロックはそのボウルの前で呆然と立ち尽くした。
そう小さなボウルではない。
ちょっとした野菜を洗うこともできるそのボウルに、なみなみと白い海が広がっている。
どう見ても二人分の量ではない。

しかし、なにはともあれ焼かねばならぬ。
「ロック、フライパンだ」
「ああ……」
ロックは、ボウルの中で待ち構えている沼のような液体のことは極力考えないよう努力しながら、
フライパンをコンロの上に乗せ、火をつけた。
フライパンを熱している間に、油を取り出す。
いい具合に熱くなったところで、たらりと一筋油をたらし、フライパンをまわして全体に広げる。
「レヴィ、入れて」
「ああ」
泡立て器をお玉に持ち替えたレヴィが、神妙な顔をして生地をすくい、フライパンの上に広げた。
じゅっと小さな音がして、生地が丸く広がる。
ふつふつと小さな泡ができ、端の方から少しずつ色が変わりはじめると、ほのかに香ばしい匂いが漂う。

一時はどうなることかと思ったが、意外とまともな、ちゃんとした食べ物らしい匂いがする。
丸く広がったパンケーキには、順調に火が通ってきている。
あの部屋中の壁を塗り替えらえそうな量が控えていることを除けば、
そこまで失敗したというわけでもないのか、ロックがそう考えていると、
「どけ」
レヴィがロックを押しやって、フライパンの前に立った。
おもむろにフライパンの柄を掴んで、なにやらタイミングを取ろうとしている。

ああ、パンケーキをひっくり返そうとしているのか──。

そう思い当たった瞬間、生焼けのパンケーキが勢いよく宙を舞った。
くるりと反転──したかと思ったパンケーキは、次の瞬間、べちゃっとフライパンの端に引っかかった。
「──あ」
しまった、そんな顔をしてフライパンを握りしめるレヴィの横で、ロックは噴き出した。
「なんだよそれ!」
パンケーキはフライパンの端で、ダリの溶けた時計よろしくぐんにゃりと垂れ下がっていた。
「俺のこと、散々『不器用』『不器用』言って、レヴィだって不器用じゃないか!」
ロックが腹を抱えて笑うと、レヴィはカチンときた様子で、
フライパンの端から垂れ下がっているパンケーキ未満の物体を皿の上にこそげ落とすと、
空いたフライパンをロックの方へ押しつけてきた。
「だったらてめェがやってみろ」
「ああ、いいよ」

352 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:28:26 ID:gb//dWvB

ロックは、同じように油をひいたフライパンの上に生地を丸く広げ、片面が焼けるのを待って、
そしてひっくり返そうとした。
「待て」
いざひっくり返さん。
そう思った時、レヴィが制止した。
「なに」
「それはなんだ」
レヴィはロックの右手を指す。
「フライ返しだけど」
ロックが答えると、レヴィは苛立たしげにフライ返しをひったくっていった。
「こんなもん使うんじゃねェ!」
「はぁ? なに言ってんのさ、レヴィ。フライ返しはこういう時に使うものだよ」
返せ、と手を伸ばすが、レヴィは奪い取ったフライ返しをロックの手から遠ざける。
「ははーん、さては、フライ返しがないとひっくり返せねぇんだな、ロック?」
「……そうじゃない」
「あたしのこと散々バカにしといて、てめェも自信がねえんだろ?」
「そうじゃないったら」
「自分ができねえくせに他人のことはバカにする、見上げた根性だなァ、ロック?」
レヴィは片頬をゆがめてロックを見上げる。
非常に腹立たしい表情だ。
「……ああ、そう。じゃあやってやるよ!」
我ながら大人げない、言った瞬間、頭の片隅をちらりとそんなことが横切った気がしたが、
ロックはがっしりとフライパンの柄を握りしめていた。

空中フライ返しなどやったことはないが、要するに、静止している生焼けのパンケーキに
平行方向と上下方向から成る運動エネルギーを加えて、回転を与えながら空中に離陸させたのち、
180度回転したところでしかるべく着地せしめれば良いのだ。
理系の知識なんぞ大学受験の時に使ったっきり、しかも元々が文系のロックにとっては
運動エネルギーだの位置エネルギーだのは忘却の彼方だが、まぁ多分そんなかんじだ。

ロックは何度か頭の中でシミュレートしてから、勢いをつけてフライパンを空中で振り上げた。
「──あっ」
すぽーん、と。
これから上向きの力を加えようとしたところで、パンケーキはフライパンの向こう側にすっ飛んでいった。
べたっ、と生焼けのパンケーキが無残に落下する。
「あっはははははははは、ダッセェ!」
レヴィはその可哀想なパンケーキを指をさし、笑い転げた。
「はは、ロック、いい腕だなァ、ふは、な、なんだそれ、ははははは」
「……」
ロックは無言でその残骸を拾い上げた。
「見たか? すっ飛んでったぞ、ロック! フライパンに引っかかっただけあたしの方がマシだな!」
目尻に涙を浮かべて笑い転げるレヴィはどこまでも癪に障るが、
しかし、こんなレヴィの挑発をまともに受けた自分が間違っていたのだ。
ロックは、これからは絶対にフライ返しを使おうと心に決めて、
パンケーキになれずに成仏した物体をゴミ箱へ葬った。


353 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:30:04 ID:gb//dWvB

ひっくり返す際には、フライ返しを使うこと。
それから、なにもフライパンの中央でひとつずつ焼くことはない。
少し小さめにしてつめて焼けば、一度に三枚は焼ける。
ロックとレヴィは今更ながらその結論にたどり着き、
しかして今レヴィは、フライパンの上で焼けてゆくパンケーキをフライ返し片手に凝視している。
焦がしてはならじ、そんな気迫のこもった目で、レヴィはフライ返しを構えたまま、微動だにしない。

その時ふと、ロックはレヴィがシャワーから出てきた時のままの格好だということに気づいた。
下着一枚、肩からタオル。
つまり、ほとんど裸。

「レヴィ、服着てきたら? シャツなら貸すよ」
その格好はロックにとっては非常に眼福だが、素肌に油がはねそうで怖い。
ロックは勧めたが、レヴィは首を横に振った。
「焦げる」
「俺が見てるよ」
ロックが監視役を買って出ても、やはり首を振る。
「信用なんねぇ」

ロックはため息をついて、キッチンの隅に掛かっていたエプロンを手に取った。
台所用品を買い揃えた時に、一緒に買ってあったのだ。
料理らしい料理をしないせいで結局使われないままになっていたが、今この状況はうってつけだ。
「じゃあエプロンしろよ、レヴィ」
ロックはシンプルなデニム地のエプロンを差し出した。
しかし、
「いらねえ」
レヴィはせっかく差し出したエプロンには目もくれず、穴の空きそうな勢いでパンケーキを見つめ続ける。
「いいからしろよ。油はねるぞ」
「いらねぇって」

レヴィに自発性を期待するのは無理だ。
ロックは、レヴィ自らエプロンをつけてくれることに関しては早々に諦め、
まずレヴィの首に掛かっているタオルを引き抜いた。
次いで、エプロンの首を通す部分、輪になって両端が胸当ての上部にボタンでとめられている紐の、
片方の端のボタンを外す。
そして、エプロンを広げ、レヴィの後ろに立つ。
片手でエプロンの端を持ってレヴィの前にまわし、
逆の手でボタンを外した紐をくるりとレヴィの首に巻きつけて、また輪になるようにボタンをとめる。
レヴィがまったく協力しようとしないせいで苦労するが、これでやっとエプロンがレヴィの首から下がった。
あとは腰紐を結べば良い。
ロックは両端から垂れ下がっている紐を持って、レヴィの腰の後ろで蝶結びにした。

──できた。

ふぅ、と一歩下がって一息ついたところで、ロックは思わずレヴィの姿をまじまじと見つめた。

──これは……。

レヴィは、飾り気のない下着一枚の上に、そのままエプロンをつけている。
縦に浮いた肩胛骨と、綺麗に筋肉がついた背中の曲線、きゅっと持ち上がった丸い尻、
その尻がはじまる前の腰のくぼみに、蝶結びが収まっている。
前当ての部分は隠れているが、張りのある乳房が布を押し上げ、
これまた綺麗についた脇腹の筋肉とあばらの影、そして、乳房の下側の曲線がかすかに覗いていた。


354 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:30:53 ID:gb//dWvB

ロックは、そっとレヴィの背後に忍び寄った。
「……裸エプロンっていうのも、そそるなぁ」
ロックはエプロンの隙間からするりと手を差し入れ、乳房をすくった。

掌の中に乳房を収めようとした、ちょうどその時だった。
「──ぐっ」
間髪入れず、ロックのみぞおちに衝撃がきた。
見事に入って、一瞬息が止まる。
ロックは思わずその場にへたりこんだ。
「っざけんな! なにすんだこのウスラトンカチ!」
ロックはレヴィの怒声を頭の上で受けながら、うずくまった。
「……ナイスエルボー…………」
素晴らしい反射神経だ。
「きゃっ!」の一言もなく、脊髄反射で肘が飛んできた。
しかも正確にみぞおちへ決めてくる。
股間にこなかっただけマシと思えばいいのかとロックが咳込んでいると、
バサッと黒っぽい布が顔に飛んできた。

──なんだこれは。

頭から垂れ下がる布を掴み上げてみると、それはロックがレヴィに着せたはずのエプロンだった。
当のレヴィは下着一枚でロックを睨み下ろしている。
怒りにまかせて脱ぎ捨て、ロックに投げつけたのだろう。
「誰が裸エプロンだ! ブッ殺すぞ、この変態!」
裸エプロンは嫌で、そのパンツ一枚はいいのだろうか。
非常に疑問だが、これを口にしたら間違いなく、今度は凶器のような脚が飛んでくるに決まっている。
ロックはおとなしく口を噤んでいることにした。


355 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:32:10 ID:gb//dWvB

「シャツ貸せ!」
レヴィはそう叫び、憤然とキッチンを出ていった。
「レヴィ、シャツはクローゼットの中の引き出しだよー」
「分かってる!」
部屋の向こうからレヴィの声が返ってきて、クローゼットのドアが乱暴に開けられる音がした。

ああ、あんなに怒ることないのに。
ロックはみぞおちをさすりながら、引き出しの中を吟味しているらしいレヴィの気配を探った。
こんなことだったら、指摘しないでもうちょっとじっくり見ておけばよかった。
レヴィがエプロンをつけるだけでも相当稀有な事態であるのに、裸エプロンだ。
裸エプロン。
意図してやったわけではなかったが、こんな機会、もう二度とないのではないか。
すべてが鮮明に見えるというのも良いが、包み隠されているというのも良いものだ。
あの、エプロンからちらりと覗いた乳房の曲線。
布の陰になって、少しだけほの見えるやわらかなライン、あれは大変良かった──。
先ほどの光景を反芻しようとした時、ロックはようやく、あたりに漂う不穏な臭いに気づいた。

「レヴィ、大変だ!」
「──あん?」
向こうの部屋から聞こえてくる、まだ怒りを含んだ声に、ロックは慌てて返した。
「焦げてる!」

そう、裸エプロンで騒いでいるうちに、パンケーキはすっかり焦げてしまっていたのだ。
レヴィが放り出していったフライ返しを掴んでおそるおそるひっくり返してみると、
焦げ臭いにおいを裏づけるかのように、真っ黒く焦げたパンケーキが姿を現した。

「あー…………」
げんなりして見ていると、ロックの白いTシャツを着てやってきたレヴィも
苦い顔をしてフライパンの中を覗き込んだ。
「……あんたのせいだぞ」
「…………うん」
こればかりは否定できない。
ロックは弱々しく認めて、ちらりと横目でレヴィの姿を盗み見た。
男物のTシャツはレヴィには大きいらしく、太股のつけ根あたりまでが隠れている。
その男物のTシャツ一枚、短いワンピースにしたってまだ短い裾から
きりきりと絞まった脚が伸びているというのもまた格別にそそる格好であるし、
白もなかなか似合うなぁと思ったが、そんなことを口と態度に出せる状況ではない。
ロックは厳かに、半分消し炭となったパンケーキを片づけた。


356 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:34:09 ID:gb//dWvB


そうして騒乱と奮闘の末、どうにか口に入れられそうなものが焼き上がった時にはもう、
「昼食」と呼ぶべき時間すら、とうにすぎていた。
小さな木のテーブルの上には、大皿にこんもりと積み重なったパンケーキ。
これを作るためだけに一体どれだけの時間がかかったのだろう。
「……疲れた」
「俺もだ……」
パンケーキを前に向かい合わせで座って、ロックはレヴィとともにぐったりと肩を落とした。
空腹も手伝って、とんでもない疲労感だ。

しかし、何度も失敗を重ねただけあって──幸いなことに、原液だけはいくらでもあった──、
最後には割とまともな見た目のパンケーキが焼けるようになった。

「……食うか」
「ああ……」
大皿に積み重ねたパンケーキを、それぞれの皿に取る。
薄く小さいので、四、五枚重ねても平気だ。
「お、けっこうそれっぽくなったなァ」
自分の皿の上に積み重ねたレヴィは、どことなく嬉しそうだ。
ゆるんだ頬で重なったパンケーキを見つめ、いそいそとバターを手にする。
日本のホットケーキとは違い、アメリカ風のパンケーキは薄い。
あのふかふかした厚みも懐かしいが、しかし段重ねのパンケーキというのもなかなかに心躍る眺めだ。
何枚も積み重なったパンケーキに、四角いバター、そしてメープルシロップ。
小さい頃は憧れたものだが、レヴィもそうだったのだろうかと若干しみじみとした気分になりながら、
ふとレヴィの手元に目を映したロックは、一瞬にして現実に引き戻された。

「レヴィ、なんだそれ!」
「あん?」
レヴィのホットケーキの上には、ゴロリとバターの塊が転がっていた。
それだけではない。
レヴィが手にしたメープルシロップの容器からは、
透き通った琥珀色の液体がだくだくとパンケーキに注がれている。
「多すぎるだろ!」
メープルシロップはパンケーキを伝ってナイアガラの滝のごとくこぼれ落ち、
皿の上で水たまりを形成している。
「そうか?」
しかし、レヴィはピンとこない様子で首を傾げた。
「絶対多いって!」
「……でも、みんなこんくらいかけてたぞ」
ロックは力なく首を左右に振った。
その「みんな」は、アメリカ人だろう。
つくづくアメリカ人の味覚は分からない。
「……そう。でもきっと、レヴィには多いと思うな」
レヴィが甘いものを好んで食べているところは見たことがない。
ロックはレヴィのためを思ってそう言ったが、レヴィは
「いいんだよ、これで!」
と、メープルシロップの容器をテーブルに叩きつけた。


357 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:35:54 ID:gb//dWvB

「あっそう」
本人がいいならそれでいい。
ロックは常識的な量のバターを落とし、メープルシロップをパンケーキにたらした。
レヴィは水を吸ったスポンジのようにびっしょりしたパンケーキを切り分け、
フォークで突き刺して口に運ぶ。
ロックもナイフで切り進めながら、ちらりとレヴィの様子を窺うと、
口に入れて数回噛んだ途端、レヴィのナイフがかちゃりと皿に置かれた。
「……………………」
レヴィは右手で口を押さえ、下を向く。
「どうしたのさ、レヴィ」
「……」
レヴィの返事はない。
ロックもフォークで突き刺したパンケーキを口に運んだ。
パンケーキの熱でバターが溶け、メープルシロップと絡み合う。
「旨いよ、レヴィももっと食えよ」
「……」
レヴィはなんとか口の中身を飲み下すと、ため息混じりにぼそりと言った。
「甘ェ…………」
うらめしそうに目の前の皿を見る。

「ほーら、だから言っただろ、多いって」
ロックがこれ見よがしに自分の皿のホットケーキを食べてみせると、レヴィはさっと手を伸ばしてきた。
伸びてきた手は、ロックの皿を掴み、さらっていく。
「取り替えろ!」
代わりにレヴィは、溶けたバターとメープルシロップの洪水になった自分の皿をロックの方に押しつけてきた。
「なにすんだよ、レヴィ! 嫌だよ、こんなもん!」
こんなシロップでびたびたになったパンケーキなど食べたくない。
ロックは必死に押し返すが、レヴィも聞かない。
「なんでそうなるんだよ! これが嫌なら、目の前にまだあるじゃないか! そっち食えよ!」
テーブルの真ん中に置かれた大皿には、まだたっぷりとパンケーキが残っている。
ロックが目でそれを示すと、レヴィは不承不承の体で皿を引っ込め、ロックの皿も突き返してきた。

ロックはその皿を受け取り、食べかけのパンケーキにフォークを刺した。
「量だけは沢山あるんだから、俺に押しつけるなよ。嫌がらせか」
「……うっせ」
レヴィは新しい皿に、またもくもくとパンケーキの山を作る。
そのレヴィを横目に、ロックはパンケーキを口に運んだ。

「…………っ!」
ガリ、と。
噛んだ瞬間、嫌な音がした。
本来パンケーキからは聞こえてこないはずの音。

──卵の殻……!

「ヤー、当たりだ、ロック!」
ロックが卵の殻を噛んだ音は外にまで聞こえていたのだろう、レヴィが嬉々とした顔で指をさした。
「これのどこが『当たり』だよ、レヴィ! だから言ったじゃないか!」
ロックは殻を吐き出して言ったが、レヴィはどこ吹く風だ。
「フェーヴだ、フェーヴ。いいことあんぞ、ロック」
まったく他人事、そんな様子でレヴィはもぐもぐと口を動かす。
「は? 俺たちが作ったのがガレット・デ・ロワだったとは、知らなかったよ!」
それに、こんなフェーヴがあってたまるか。
これはただの異物混入だ。


358 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:37:26 ID:gb//dWvB

しかし、レヴィはそんなロックの腹立ちを理解する気は砂粒ほどもないらしい。
「あー、もー、細けェなぁー。んなもんで死にゃしねえよ」
あーんと口を大きく開けて、パンケーキを放り込む。
「なんだよ、その態度! あんな頭悪い方法で卵握りつぶしたのはレヴィだろ! 俺は取り除こうって言ったのに!」
レヴィは口の中のパンケーキを飲み下すと、じろりとロックを睨んだ。
「心が狭ェぞ、ロック。裁縫針の穴だってもうちっとは広い。殻が入ってたからなんだってんだ! 
そういう時はな、『うまいよ、気にするな。最高にイカした調味料だ』とでも言うもんだろ!」
「なにが『うまいよ』だ! どこの少女マンガだよ、それ!」
「『少女マンガ』ってなんだ!」
「少女マンガでなけりゃ、ハーレクインロマンスか!?」
「ハーレ……っ! あんなクソ雌豚のオナニー小説なんざ、誰が読むか!」
「オナ……っ、レヴィ、一応女の子なんだから、そういうこと声の限り叫ばないでくれ!」
「『一応』ってなんだよ! そういう女が好きだったら他探せ!」
「そういうこと言ってんじゃないだろ!」
「じゃあどういうことだよ!」
「……もう、あのさぁ……、……だいたい、それを言うならレヴィだって
『ちょっと失敗しちゃって……』とかって頬のひとつも赤らめてみせるべきだろ!」
「ハァ!? なんだその童貞くせェ妄想は! これそんなマンガじゃねェだろ!」
「──え、ちょっとレヴィ、さらっとメタ発言するのはやめてくれ!」

どうしてこんな話になったんだっけ……。
そんな虚しさがふいに訪れた。

ほぼ同時に我に返ったロックとレヴィは、顔を見合わせてため息をついた。
「……ロック」
「なんだい、レヴィ」
「ひとつ分かったことがある。……あたしたちに、料理は向いてねえ」
「……ああ、まったく同感だよ、レヴィ」

恐らくこの日はじめて完璧に合致した意見に、ロックはもう一度レヴィと顔を見合わせ、盛大にため息をついた。



359 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:38:31 ID:gb//dWvB

 * * *

料理には手を出すべからず。
その命題にたどり着いたロックは、数日後、手土産を持参したレヴィの訪問を受けた。

「料理はもう懲りた」
そう言って、レヴィは紙袋片手にやって来た。
「なんだい、これ」
ロックは、片腕で抱える程の大きさがある紙袋を受け取った。
ずっしりと、けっこう持ち重りもする。
「土産だよ、土産」
レヴィはすこぶる機嫌が良い。
心なしか目まできらきらしているように見える。
「ラーチャブリーの方に行く仕事があったんだけどよ、そん時の土産だ」
「へぇ、ありがとう」
その仕事にロックは同行しなかったが、別行動を取った時にレヴィが土産を持ってくることなど、ほとんどない。
珍しいこともあるものだと、ロックは礼を言った。
「で、なに?」
大ぶりの紙袋を開けようとすると、レヴィはその手を押しとどめた。
「まぁ待て。そう急ぐなよ。明日の朝のお楽しみだ」
それまで絶対覗くなよ、そう言って、レヴィはロックの手から紙袋を奪い取った。


360 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:39:57 ID:gb//dWvB


そして、次の日の朝。
レヴィはいそいそと包丁とまな板、皿を用意すると、これでよしと満足げに頷き、
例の紙袋をテーブルの上に置いた。
置いた瞬間、ゴンッ、と鈍い音がした。
「さ、開けていいぞ」
レヴィは胸を張ってロックを促す。

この重量感はなんだろう。
ちっとも中身の予測がつかずに、ロックは首をひねりながら紙袋を開けた。
二つ折りになっている口を折り返し、袋の口を開け──

「うおわああああああああああっ!?」

開いた袋の口から中身が見えた瞬間、ロックは叫び声を上げていた。
心臓がでんぐり返って、反射的に身体がびくっと後ずさる。
信じられないものが見えた。

「くくく首! 首ッ!!」

そう、袋の中に入っていたのは、人間の首だった。
信じられない。
本当に信じられない。
ロックがわなわなと言葉もなく指をさすと、レヴィは満足げに袋の中を覗き込んだ。
「なー? 最ッ高にイカすだろー?」
「どういうことだよ、その首! 目が合ったぞ!」
ロックが覗き込んだ瞬間、袋の中の暗がりから、ぎょろりと目玉が見上げていた。
その目は完全にロックを見ていた。
最悪の気分だ。

「バッカだなぁ、ロック。本物の首のわけねェだろ」
レヴィは袋の中に両手を突っ込んで、ごそごそと首を取り出した。
髪の毛のない丸い頭部が姿を表す。
目、鼻、口、耳と精巧に作られた頭部はくすんだ肌色をしていて、
その表面に走った赤や青がまるで血管のようだ。
レヴィはつるんとした頭部を持ち上げ、ためつすがめつする。
「よくできてるよなー。これなんだか分かるか、ロック? パンだぜ、パン! すげェよなー!」
まるでビアズリーの描いたサロメのように、レヴィは今にも首に口づけせんばかりの勢いだ。
「パン!? それがパン!? いや、余計おかしいだろ!」
どうやら本物の首ではないらしいが、ならばなぜ、よりによってパンで人間の頭部など作らないといけないのか。
どうかしている。
ロックは、モルグに帰れと言いたくなる偽死体から目を逸らした。
「シャレの分かんねェ奴だな、ロック。見ろよこれ、歯まで彫ってあんぞ」
レヴィは、どうやら半開きになっているらしい口の中をまじまじと覗き込んでいる。

もう嫌だ。
見たくない。
精巧すぎて、本物の死体みたいだ。


361 :ロック×レヴィ 朝食  ◆JU6DOSMJRE :2011/02/15(火) 21:42:01 ID:gb//dWvB

よろよろと椅子の背に手をついたロックを一顧だにせず、レヴィは充分に首を堪能すると、
表面を覆っていたらしい透明のラップをぴりぴりと剥がしはじめた。
その光景は、まるで頭の皮を剥いでいるかのようだ。
全部剥がしてしまうと、レヴィは首をまな板の上にドンと置き、包丁を取り上げた。
「さて」
「……ちょっと待てレヴィ、なにするつもりだ」
「なにって」
包丁を片手に、レヴィはきょとんとした顔でロックを見た。

「食うに決まってんだろ」

「嘘だろやめてくれ!!」
ロックは頭を抱えた。
この女は、こんなおぞましい物体を食べるつもりなのか。
食べるために頭部をまっぷたつにしようとしていたのか。
「勘弁してくれ……」
食べるのも嫌だが、その前に触れるのさえ嫌だ。
ロックがうめくと、レヴィは「ああ」と考え直したように包丁を置いた。

「確かにこんなよくできてるもんすぐに食っちまうのはもったいねェな。
じゃ、これはあんたにやるから、観賞用にとっとけよ。飽きたら食え。
──あ、そん時はあたしも呼べよ! 勝手にひとりで食ったらただじゃおかねェぞ!
んで、今日はこっちにするか。ほら見ろ、ロック! こっちもすげェぞ!」

袋の中に手を突っ込んで、こいこい、と手招きするレヴィのそばにおそるおそる寄ったロックは、
その袋の中から出てきたものに、再度打ちのめされた。

「ほーら、なんとこれで五十バーツだ!」

レヴィの手の上に鎮座しているのは、足だ。
人間の、足だ。
足首のところで切断された足が、ご丁寧にパック詰めされている。
まるでスーパーマーケットで売っている肉のようだが、その食品然とした佇まいといい、
足の爪まで再現された手の込みようといい、
赤くじゅくじゅくした切断面とその中に覗く骨まで作り込まれたリアリティといい、
白いトレーとの組み合わせは悪趣味極まりない。
どこをどうしたらこれを食べようなどという思考が形成されるのか、まったく理解できない。
レヴィという女は、頭の、シナプスかどこかが、ちょっと、こう、まずいことに、なっているのではないか。

これで五十バーツって安いだろ、半身もあったんだけどよ、それは一万バーツもしたんだよな、
さすがにそれは高ェだろと思って我慢したんだよな、なとど言いながら、
レヴィは足をパックから取り出して、ダンッ、ダンッ、と勢いよく包丁でぶった切る。

「ほれ、食え」

レヴィは極上の笑顔で、ロックにつま先を差し出した。
そのつま先には、綺麗に指が生え揃っている。

ぷつん、と。
限界まで引っ張られた、か弱い糸の切れる音がした。
次の瞬間、ロックは声の限り叫んでいた。

「レヴィ、お前の趣味はやっぱり最悪だっ!」








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