■ 秘密(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/木&火)
真弓はキッスガールをした後、寮に戻って酒を飲むのが習慣になっていた。
自分でも悪いことをしていると思っている。
けれども実際はあんなことにお金を出す大人がいるし、通りすがりで見ず知らずの相手だから後腐れもない。
その上効率がいい。
一刻も早く金を手に入れたい。ただ、それだけだ。
もう落ちるところまで落ちている。
それなのに......少しでも穢れを落とすように、酒を飲む。
唇を......舌を......漱ぐように。
不意に、あずさの寝台から衣擦れの音がした。
思い巡らすことに没頭していた真弓は、その音に慌てて勢いよく机に酒瓶を当ててしまった。
「う〜ん......真弓?」
寝台からあずさの眠そうな声がした。
「ごめん、起こしてしまって。なんでもないから。おやすみ。」
あずさが起きてくることは無いだろうと、真弓は何事も無かったように返事をした。
(そうやって誤魔化そうとする自分には、まだ罪悪感があるという事か。)
真弓の口の端に笑みがこぼれた。
ところが、あずさが目を擦りながら寝台を降りてきた。
「真弓、いつも夜中に何処に行ってるんだよ。」
真弓がその問いに答える前に、あずさの声が大きくなった。
机の上の酒瓶が目に留まったのだ。
「あぁぁっ! お酒なんか飲んでるっ! 僕が嫌いなの知ってるだろ!!」
「別にあずさに飲めとは言っていないし、いいじゃないか。僕だって飲みたくなるような気分の時もあるんだから。」
ここで謝ってしまえば、あずさも引き下がるしかできないと分かっているのに、今日はそんな気分になれなくて、口答えをしてしまう。
「でも、今までこんなことなかっただろ!」
「あずさが気づかなかっただけで、僕はたびたび酒を飲んでいたよ。」
あずさが更に怒って机を叩いた。
「じゃぁ、なんで酒なんか飲むんだよっ!!」
「答えたくないね。」
そう言い捨てて、真弓は再び酒瓶に口を付けた。
瞼を閉じて唇に液体の触れる感触を楽しみ、喉を通る熱い流れの余韻に浸る。
「......そんなの、真弓じゃない。」
あずさがうつむいてボソッとつぶやき、机についた手には涙が落ちてきた。
高ぶりすぎた感情の為か、涙が止め処なく溢れてくる。
(あずさは、いつも真直ぐなんだ。穢れなんか知らずに。僕と亜弓姉さまの事を知ったらどうなるだろう? ...でも、今はいいや。)
あずさの涙を見た為なのか、酒が入っている為なのか、真弓は何故か許したい気分になった。
「ごめん。少し言い過ぎた。明日も授業があるし、もう寝よう。」
そう言って真弓はあずさの肩を抱くと、寝台へと促した。
「僕も。あんな真弓をはじめて見たから、びっくりしたんだ。それで、あのさ、何か悩みがあるなら言ってよね、相談にのるから。」
自分は真弓に頼られる立場なのだと解釈し、あずさの機嫌はすっかり戻った。
「わかったよ。おやすみ。」
「薔薇でほろ酔いシリーズ」第4弾です。
ものすごくシリアスになってしまいました。
しかも、真弓がすれています。
あずさが「そんなの、真弓じゃない。」と言った時に、同じ事を思った人もいるんじゃないかなぁと思います。
この真弓は、ここだけの真弓ということで許してください。