■ 采の目(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/金&日)
月村教授がぱたりと教科書を閉じた。
「今日は、ここまでにしましょう。さっきの問題は宿題です。」
「はい、先生。」
要も教科書やノートを閉じて、片付けはじめた。
「そうだ。要君、珍しいものがあるのですが飲んでみませんか?」
月村が無造作に足元に置いてあった包みを取り出して言った。
「露西亜の酒でウォッカというものです。数学の教授が土産にと置いていったのですが、私は酒を控えているので、持っていって下さい。要君が飲まないのでしたら、学生の誰かにあげてもかまいませんから。」
「はい。ありがとうございます。」
要は素直に受け取ると、研究室を後にした。
要は酒を飲まないわけではないが、下宿で独りちびちびと飲むのは性に合わないので、誰か一緒に飲んでくれそうな人を考えた。
――お酒に強いのは土田さんだけど、彼は焼酎や日本酒な人だったし......それなら洋酒が好きな金子さんにしよう!
今の時間なら寮よりも倉庫にいるとふんで、要は学校の倉庫へ向かった。
予想通り、倉庫の窓から明かりがうっすらと漏れていた。
扉を軽く二回叩いてから、そっと開けて中を覗き込むと、奥の壁にもたれて転寝をしている金子が見えた。
要は起こさないように気をつけながら足を進めたが、その努力は報われず、眠っていた麗人が顔を上げた。
「メートヒェンは寝込みでも襲うつもりだったのかい? しまった、起きずに襲われる方がよかったなぁ。」
「金子さんと一緒にしないで下さい。僕はお酒を頂いたので、お裾分けに来ただけですから。」
要はむすっとした表情のまま、金子に瓶を差し出した。
「ふーん、ウォッカとは、これまた凄い酒を。」
感心したように金子が言った。
「金子さん、ご存知なんですか? 露西亜のお酒だと聞いたんですけど。」
「まぁね。メートヒェンはウォッカを飲んだことは無いのか?」
「ええ。今日はじめて名前を知ったくらいですから。」
答えを聞いて、金子の目が輝いた。
「それならば、是非飲まなくては。そうだ、ただ普通に飲むのではつまらないから、この采を振って出た目の小さい方が一口飲むというのはどうだ?」
金子は隠しから取り出した2つの小さな采の内、1つを要に渡した。
「なんだか面白そうですね。」
思っていた以上に乗り気になった要を見て、金子は微笑んだ。
「せーので同時に振るぞ。」
「せーのっ!」
二人同時に采を振った。
結果は、要が1で、金子3と出た。
「まずは、僕からですね。なんだか悔しいなぁ。」
言いながら、要は瓶に唇を付けて一口含んだ。
含んだだけで、口の中に辛さと熱が広がっている。
要は吐き出したい衝動に駆られたが、堪えて少しずつ喉の奥へと流し込んだ。
全てを飲み下してから、けほけほと咽た。
落ち着かせようと金子が背中を擦る。
「大丈夫かい? なかなか凄い酒だっただろう。」
少しは心配しているようだが、金子の表情筋は笑顔しか作っていない。
「金子さんこそ、知っているなら、強い酒だって教えてくれてもよかったじゃないですかっ!」
ようやく咳きが止まった要が、涙目で訴えた。
「はじめに強い酒だと言ったら、飲んでもらえないと思ったからね。それより、負けっぱなしは性に合わないんじゃないのか? もう一勝負受けてもいいが、どうするか?」
金子は要をけしかける。
いつもの要なら受けたりしないのだが、一口飲んだ酒でくらくらしているのと、悔しいから金子にも飲ませたいという欲求から、受けることにした。
「やります。僕ばかり負けるのは嫌ですから。」
「じゃ、決まりだな。」
そして、また同時に采を振った。
金子は2で、要ときたら、またもや1だった。
金子はにやりと笑うと、要に瓶を渡した。
「残念だったな。しかし、負けは負けだ。」
「わかりましたよ。」
要はしぶしぶ瓶に口を付け飲んだ。
焼けるような熱さが喉を過ぎ胃に落ちてゆくのがわかる。
先程のように咽ることは無かったものの、今度は体中が火照って熱い。
おまけに視界が揺れる。
「メートヒェン、中々いい呑みっぷりじゃないか。どうする、まだやるかい?」
金子がニヤニヤしながら意地悪く訊ねた。
「うっ、当たり前でしょう!」
再び采を振ると、金子は4で、要はまた1だった。
「かーねーこーさぁん! もしかして僕の振っている采は1しか出ないように仕掛けしてあるってことは無いですか?」
出目に疑問を抱いた要が問い詰める。
「もうバレてしまったか。ご明察。」
金子はあっさりと認めた。
実際1しか出ないように重りが仕組まれていたのだ。
「悪かった。俺も飲むならいいだろう? そうだ! 飲んだらキッスをしてもいいか?」
「金子さん、それって問題をすり替えていませんか?」
要が睨みつけるが、金子はお構い無しに瓶に口を付け一口飲んだ。
更にもう一口含むと、要を抱き寄せ、口付けをした。
口内に熱い液体が流れ込んできが、要はつい拒まず飲んでしまった。
「ずるいですよ!」
潤んだ目で要が訴えた。
「何が?」
金子は澄ました顔をしている。
「これじゃ、僕の方が二口多いじゃないですか!」
「俺は同じだけ飲むと言った覚えはない。それに、俺が酔ったらメートヒェンを介抱できなくなるからな。」
「そん......ぁ...」
金子は、その後も何か文句を言おうとした要の口を唇で塞ぎ、そんなことは甘い熱で忘れさせようとした。
「薔薇でほろ酔いシリーズ」第6弾です。
今回のお酒はウォッカでございます。
酸塊はウォッカ(ストレート)を飲んだことは無いです;
それなのに書いてしまった暴挙をお許し下さい。
そして、書いていて思ったこと......君ら、やっぱりかわいいよ(爆)