■ 願い(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/水&日) 〜あかり様に捧ぐ1111番記念〜
茜色に染まった街。
雑踏の中で頭ひとつ分出た金髪が、要の目に留まった。
「水川先生!」
彼との間にまだ何人かの人がいるというのに、つい声を掛けてしまった。
おかげで周りの人間が一斉に要の方を向いた。
声を掛けられた本人も要に気付き、片手を振って合図をし、人ごみを掻き分けるように近づいてきた。
「こんにちは、要君。その荷物はお使い?」
要は手に大きな紙袋を抱えていた。
「ええ、荷物を受け取ってきたところです。先生は、その...?」
抱月は浴衣姿で、肩には笹を担いでいた。
それが長身で金髪という洋風な要素と相俟って、なんとも不思議な美しさをかもし出している。
それ故、要は言葉を詰まらせてしまった。
「これね。作家仲間の集まりに行ったらもらったんだ。原稿がすらすら書けるようにと、短冊に願いを込めろってさ。大きなお世話だと思わないかい?」
悪いと思ったが、要は喉の奥でくすくすと笑った。
「そうだ! 要君、仕事が終わったら家へおいでよ。七夕の飾り付けを一人でやるもの寂しいから。」
そもそも独り者のいい大人がやる事自体、変だと思うのだが、要を誘った手前それは言えない。
「いいですよ。面白そうだし。僕も短冊に願い事を書いてもいいですか?」
要の素直な答えに、抱月は嬉しそうに頷いた。
「もちろん。それじゃ、待っているから。」
二人はそれぞれの方向へと、夕映えの街を後にした。
要が抱月の家を訪ねると、主は縁側に腰掛けて色とりどりの紙を器用に切って飾りを作っていた。
「先生ってこういうの得意だったのですね。料理や裁縫が苦手だと聞いていたので意外です。」
照れているのか、抱月は鋏を止めることなく答える。
「まあね。これは子供の頃に祖母から教わったからできるだけだよ。その当時、祖母の手から作り出される飾りが、魔法や手品の産物のように思えて、真剣に習ったものさ。要君もやってみる?」
抱月が鋏と色紙を差し出したが、要は首を横に振った。
「先生の魔法を見ていてもいいですか?」
「どうぞ。」
しばらくすると、綺麗な七夕飾りが出来上がった。
抱月は筆箱を取り出して、墨をすっている。
「要君、短冊に書く願い事は決めているの?」
「えぇと、今考えているところです。水川先生は?」
要は抱月作の魔法の産物を笹に結わえていた。
「僕もね、さっきから考えているのだけど、いざ言葉に表そうとすると出来ないんだよね。」
要がくすりと笑う。
どうやら、『すらすら原稿が書けますように』とは書かないつもりらしい。
「作家先生が何をおっしゃる事やら。」
「まったくだ。さあ、準備が出来たから、要君、お先にどうぞ。」
抱月が要に筆を差し出す。
要は躊躇いながら筆を受け取った。
「恥ずかしいので、先生が書き終わるまで僕のは見せませんから。」
そういうと、くるりと背を向けて短冊に文字を書き始めた。
「はいはい、見ませんよ。」
抱月は子供に向かって返事をするように答え、残った飾りを笹に結わえていた。
書き終えた要が短冊を隠しながら、抱月に筆を返した。
「次は先生の番ですよ。」
「それじゃ、僕も書き終わるまで秘密。終わったら『せーの』で出そう。」
抱月は中々まとまらないと言っていた割に、すらすらと書き上げた。
「要君、終わりました。いいですか? せーの。」
同時に短冊を互いの前に置いた。
――貴方の願いがかないますように
そして、両者は同時に笑い出した。
二人の短冊には同じ言葉が書かれていた。
「これでは七夕様もお困りですね。」
要が言うと、抱月も頷いた。
「大丈夫、神様だったら心の奥底まで見通して、言葉にならなかった願いもかなえてくれるよ。きっとね。それじゃ、飾ろうか。」
同じ願いの書かれた短冊も笹に結わえられ、心地よい夜風に揺れていた。
あかり様に捧げるキリの1111番記念です。
ちょうど踏まれた日が7月7日だったものですから、七夕のお話にしました。
が、ありがちな話ですみません。(私の脳みそでは、これが限界です〜。)
うちの水川先生は、やっぱり読心術を使えるみたいです。(笑)