■ 本心(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/木&火)
校内はお祭りムードに包まれていた。
明日は秋の文化祭で、文化系の部活の発表はもちろんのことクラスごとに演劇や歌などの出し物も行われる。
1年理乙では『眠れる森の美女』をやることになっていた。
男だけの学校でやるというのには、誤ったとしか思えないような演目である。
それ故、配役を決める時は一悶着あった。
主役のオーロラ姫には火浦あずさがいいと、クラスの誰もが推したのだが、潔癖症のあずさは断固として断り続けた。
その時、つい「そういう役なら、僕より線の細い真弓の方が似合うじゃないかっ!」と言ってしまったことから、真弓に白羽の矢が立った。
真弓はあずさをキッと睨んだが、結局クラスの押しに負けて引き受ける事になった。
――どうして男しかいないっていうのに、こういう劇をやろうとするのだろう?
そんないきさつもあって、その日から真弓の憂鬱な日々が続いていた。
本番を明日に控え稽古をしていた真弓のもとへ、倉庫から出してきたと思われるカツラやドレスが届けられた。
薄いピンク色でレースやフリルの付いたお姫様がいかにも着てそうなドレスに、緩くウェーブのかかったカツラ、それと一緒にあった箱を開けたら、ご丁寧にも化粧道具だった。
「おい、木下。早く着てみろよ。」
どこからともなく野次が飛ぶ。
舞台の仕上げをしていた者まで、ニヤニヤしながら真弓を見ている。
彼らを一睨みすると、真弓はその場で制服を脱ぎドレスに袖を通した。
――うじうじしていても仕方がない。明日で終わるのだから。
真弓はカツラを被って化粧箱に付いていた鏡を覗いて驚いた。
昔あずさの姉の亜弓に似ているなどと言われたものだが、鏡の中にいる自分はとうてい男には見えなかった。
カツラによって髪の色や長さが変わったというのも要因のひとつかもしれないが、もとより繊細な顔立ちをしていたことが大きいといえる。
目を背けたいくらいに似合わないのも困るが、ここまでしっくり女に見えるのも複雑だった。
散々野次を飛ばしていた周りの連中も、真弓の化けっぷりに驚いて静まってしまった。
真弓はドレスの裾をたくし上げ、わざと男らしく大股で舞台の立ち位置へと向かった。
「通しで練習するんだろ?」
真弓の声で、見とれていた生徒達は我に帰って、それぞれの作業を再開させた。
「おーい! 真弓。」
舞台の袖からあずさの声がした。
あずさと真弓は役決めの時以来なんとなく気まずい雰囲気があるのだが、あずさはついその事を忘れてしまい、声をかけてからハッと気付くのだ。
「何か用?」
真弓が無愛想に答えたのだが、あずさは自ら声をかけた手前言葉を続けた。
「背中の釦を留めてくれない?」
仕方がないので真弓はあずさのところまで行って釦を留めた。
「終わったよ。」
さっさと立ち去ろうとした真弓にあずさが声を掛ける。
「ありがとう。今日の真弓ってさぁ、女装しているのになんだかいつもより男らしいよ。」
「何だよ、今更。」
――あずさが褒めるなんて気持が悪い。
「ごめん。誰だって男ならこんな役嫌に決まってるよね。」
「もう、いいよ。」
あずさの性格上悪気があってあの時あんな事を言ったのではないと真弓も解っていたのだが、お互いにこの話題を避けていたので今までずるずると気まずい思いをしていたのだった。
真弓はニヤリと笑って言った。
「あずさのその格好も素敵だよ。」
あずさのひらひらとした妖精の衣装も、下はズボンとはいえ、背中に付いた羽やレースをあしらった襟など十分可愛らしいものだった。
あずさは眉間にしわを寄せた。
「お互い様って事だろう。」
真弓に釣られてあずさも苦笑した。
「あのさ、真弓。今日って誕生日だろ? 何か欲しい物ってある?」
「欲しい物か......。それじゃ、『あずさ』が欲しい。」
真弓があまりにもさらっと言ったものだから、あずさもうっかり肯定してしまう。
「うん。いいよ......って、えぇ? 僕?」
そして慌てるあずさをよそに、真弓は立ち位置へ戻っていった。
練習が終わり寮に戻った頃にはすっかり夜になっていた。
真弓は独り寝台に横になり、昼間の出来事を反芻していた。
――あずさに言った冗談はきつかったかな? でも、僕にお姫様役を押し付けたんだからあれくらいいいよね。
バタンと、扉の音がしてあずさが部屋に入ってきた。
明かりも付けずに、まっすぐに真弓の方に向かってくる。
「真弓、まだ起きてる?」
「うん。」
そっとあずさが真弓に顔を近づける。
「あのさ、誕生日プレゼントあげたいんだけど。いい?」
驚いたのは真弓だった。
「......あずさ、その意味わかって言ってるの?」
コクリとあずさがうなずいた。
「ふーん。困らせようと思って言った冗談だったんだけど、くれるっていうならもらっておく。」
あずさの首に手をかけて引き寄せて軽く口付けをした。
あずさは真弓を押しのけるなり、凄い権幕で怒った。
「何だよ、冗談って! ものすごく悩んだんだからっ!」
「ごめん、ごめん。お姫様の役の事、もういいって言ったけど、ちょっと根に持っていたんだ。それであんな事を言ったんだけど、あずさの事を欲しいっていうのは本当だから。」
「本当?」
「だから、機嫌直して。」
真弓はあずさの瞳をじっと見つめた。
「じゃぁ、真弓も僕の事好きなんだよね? 僕、好きな人とじゃないとそういう事したくないから。」
今度は真弓がコクリとうなずいた。
このことはあずさ以上に長い間迷い考えていた事だった。
「よかった。」
そう言うと、にっこり笑ってあずさは真弓に深く口付けをした。
真弓の誕生日記念SSです。
ゲームの設定とかをすっかり無視したお話です。
読み返してみると、前半の演劇&女装とかは特にいらないような......まぁ、いいさ。
真弓たんのお姫様姿とあずさたんのふりふり妖精姿を想像して楽しんでいただければいいです。
ちなみに、あずさのやる妖精は悪いやつじゃなくて最後に魔法をかけてくれるいい妖精のつもりです。