クレームドカシス

捜索(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/火&日)

空が夕焼けで紅く染まる時刻、校舎の縁の下や植木の茂みを覗き込んで何かを探している要の姿が目に止まった。
またドジって何か大事な物を落としでもしたのだろうと、あずさは思った。
「要さん、何か探し物?」
あずさの声に要が驚いて振り返った。
よっぽど真剣に探していたようだ。
「ええ。さっき下宿に帰ったら、子猫が一匹いなくなっていたんですよ。まだ母猫の傍にいないと餌だって捕れないだろうに。」
心配そうな顔をしている要は、手や袖口はもちろん、頬や額にまで泥と埃にまみれていた。
「僕も探すよ。」
数日前いっしょに猫の出産に立ち会ったあずさの顔色が変わった。
「それでは、この辺りをいっしょに探してください。さっき生徒さんが教室の床下で猫の鳴き声がするって言っていたので、たぶんこの辺にいると思います。」


どのくらい校舎や茂みの中を探し回っただろう。
気が付けばもうすっかり夜の闇に包まれていた。
しかし、諦めきれない二人は校舎の縁の下を覗き込み、何か動く気配は無いだろうかと暗闇に目を凝らしていた。
同時に鳴き声は聞こえないだろうかと耳も澄ましたが、それらしい手がかりは何も得られなかった。
「あずささん、もうこの暗闇で探すのは無理ですよ。また明日にしませんか? それにもしかしたらもう僕の部屋に戻っているかもしれませんし。」
要の提案にあずさもうなずいた。
実際この暗闇で探すのは無理で、そうかといってカンテラを灯したら子猫が逃げてしまうに違いない。
二人は諦めてそれぞれの部屋へと帰っていった。


翌朝、屋根に当たる激しい雨音で要が目を覚ました。
何時子猫が帰ってきてもいいように、窓と入口の扉を少し開けておいたので、いつも以上に雨音が激しく聞こえていた。
しかし、肝心の子猫が戻ってきた様子はどこにも無かった。
ふと、『死期を悟った動物が群れを離れる』という話を思い出した。
――まさか...。
要は不吉な予感を拭い去ろうと頭を振った。


要が下宿のあたりを一回り探してから校庭に着いた時には、もう既にしゃがんで縁の下を覗き込むあずさの姿があった。
傘を差してはいるものの横殴りの強い雨で、あずさはずぶぬれになっていた。
きっと明け方から探していたにちがいない。
「おはようございます。僕も早く出たつもりだったのですが、随分と早くから探してくださっているんですね。夕べのうちに僕のところへ子猫が戻っているとは、考えなかったのですか。」
要があずさをねぎらうと、口を尖らせてあずさが言った。
「だって、この雨の中でお腹を空かせているかもしれないと思うと、いてもたってもいられないよ。」
台詞を言い終わらぬうちに、ぐぅーとあずさのお腹の虫が騒いで、顔を真っ赤にした。
「あずささんこそ、朝食を食べていないんじゃないですか? まだ授業までたっぷり時間が有りますし、一度寮へ戻って食事をして、服も着替えた方がいいですよ。後は僕が探しますから。」
要に言われ素直にあずさは寮に戻っていった。


あずさにとって、授業時間がこんなにも長く感じられた一日はなかった。
授業中も教授の声をそっちのけで、床下で物音がしていないかと、そればかり気にしていた。
ようやく放課後になり、あずさは校庭に出て探す事ができた。
朝からの雨は一向に止む気配を見せず、無情にあずさの服を濡らしていく。
「要さんはまだ仕事かなぁ?」
少し心細くなったあずさが溜息をもらした。
仕事中もできる限り探すと言っていた要の姿は無かった。


その頃の要は使いで街に出ていた。
書店や文具店、郵便局などをはしごしているうちに、学校へ戻ってきた頃にはすっかり暗くなっていた。
急いで小使い長に報告を済ませ校庭へ向かったが、そこにあずさの姿は見えなかった。
――もう真っ暗だし帰ってしまったのでしょうか。 それにしても、この雨、親と逸れた子猫に濡れて冷えた体温を戻す術はないだろうに。やはり、もう...。いけないっ! 今朝からどうも悲観的になっている。
要は気持を奮い立たせ、縁の下をくまなく覗いてまわった。
ふと、雨音にまぎれて子猫の鳴き声が聞こえた気がした。
――気のせい? 違う!
今度は、はっきりとした鳴き声が縁の下ではなく、後の植え込みから聞こえてきた。
要ははやる気持を抑え、慎重に足音をしのばせて植え込みに近づいた。
!!
要の目に映ったのは、ずぶぬれの子猫ではなく、膝を抱えてうなだれているずぶぬれの学生だった。
――あずささん?!
要は慌てて駆け寄った。
すると、あずさの膝の下からひょっこりと子猫が顔を出した。
ちゃっかりと暖をとりながら雨宿りをしていたらしい。
要は子猫をそっと捕まえて、あずさの肩を揺すった。
「あずささんっ! しっかりしてくださいっ!」
何度か名前を呼ぶと、ようやくあずさがほんの少し顔を上げた。
「要さん? あれ?」
「どうして傘も差さずに...こんなになるまで...熱も出てるじゃないですか!」
要は様々な感情が混ざって、言葉に詰まってしまう。
「えっと、子猫の鳴き声がして、そっちへ行こうと急に立ち上がったらめまいがして、治まるまで座っていたんだけど、寝ちゃったみたいで...。傘は、風が強くて骨が折れて使い物にならなくなったから捨てちゃった。ねぇ、要さん、子猫は?」
「無事に見つかりました。」
要の懐でぬくぬくしている子猫を示した。
「よかった...。」
安心して気が緩んだのか、あずさは再び顔を落としてしまった。
「あの、あずささん? しっかりっ!」
呼びかけても、揺すっても、あずさは目を覚ます気配が無かった。
ここにあずさを置いていくわけにもいかず、要はやっとのことであずさを背負うと下宿へ向かった。


くしゅんっ!
突然、要の背中でくしゃみがした。
「あずささん、起きてたんですか!?」
意識を失っていたはずの少年が、えへへっと笑った。
「具合、どうですか?」
「う〜ん、だいぶいいけど、歩きたくない。要さんの背中があったかいから。」
そう言って、あずさはしっかりと要の肩に手をまわした。
「まったく。」
要は軽く弾みをつけて背負いなおすと、まんざらでもない様子で歩みを進めた。
懐と背中のぬくもりが何よりも嬉しかった。





亜矢さんに捧げる3000番記念でございます。
あずさ話希望とのことでしたので、こんなお話を作ってみました。
なのに書き終えてみると要が主役なような...。(ごめんなさい;)
でも、あずさもきっと幸せなはずです。(要ちゃんの背中でぬくぬくですよ!)
だから......大目に見てくださいっ!


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