■ ペテン(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/水,日,金)
ガッシャーン!
廊下に響くブリキのバケツの大音響。
やらかしたのは毎度の事ながら小使いの日向要だった。
ただ、いつもと違うのは本日3度目という数の多さである。
「おいおい、メートヒェン、今日は随分ミスが多いじゃないか。どっかの色男の事でも考えていて、上の空だったんじゃないのか?」
光伸が野次を飛ばしたが、要は否定のしようがなく、真っ赤な顔を見られまいと必死で床を拭くのが精一杯だった。
「図星だな! それで昨日は寝かせてもらえず眠くてミスが多いと。」
ニヤリと光伸が笑った。
「ちっ、違います! 金子さんが考えているような事はしていません! 昨日水川先生には夜通し出版社の人が付いていたはずですから。」
慌てて否定して、つい余計な事まで言ってしまった。
「ほーぅ、それはそれは。でも、うっかりの原因はあいつなんだろう? どうだ、相談に乗るから言ってみな。」
光伸がポンっと肩に手を置いた。
「でも......」
「いいから。言えばそれだけで楽になるっていうこともあるだろう?」
どうやら真面目に相談に乗ってくれそうなので、要は水の滲みこんだ雑巾を絞ると話しをはじめた。
「昨日、水川先生のとこへお邪魔していたら、ちょうど出版社の方がみえて、山のように読者からの手紙やプレゼントを持ってきたんですよ。そして『誕生日と締め切りを同日にしてしまって悪かったですね。でも読者も祝いながら新作を待ってますからよろしく頼みますよ。』って。僕は先生の誕生日だったなんて知らなくて...。考えてみれば先生のことを全く知らなかったんです。それで、申し訳なくて、飛び出してきてしまって...。」
そこまで言うと、要は深いため息をついた。
「なんだ。そんなことを悩んでいたのか。いいか? 誰だってはじめは何も知らないんだ。好きになって初めて相手のことを知りたくなる。そういうもんだろ。」
要がうつむいたままコクリと頷いた。
「だったら、これから祝ってやればいいさ。少し遅れたくらい、いいじゃないか。」
だが、要が首を横に振った。
「でも...先生が欲しい物なんてわからないし。その...持ち合わせもあまりなくて...」
光伸はうつむく要の前髪を掴むと、ひっぱって上を向かせた。
「メートヒェンは何もわかっていないなぁ。欲しい物なんて一つに決まっているだろう。メートヒェン自身に!」
「えっ?」
きょとんとしている要をよそに、光伸はなおも捲し立てた。
「あいつが要らないっていうなら、いつでも俺がもらってやる。そうだお膳立てしてやるから、今夜八時にあの倶楽部へ来い。いいな。」
言うだけ言って光伸は行ってしまった。
要が約束の時間に例の倶楽部に着くと、既に光伸は長椅子で煙草を燻らせていた。
「金子さん、いったい何をするつもりなんですか?」
「何をって、ここへ来たということは、当然そのつもりなのだろう? まぁ今更、嫌とは言わせないがね。」
ニヤリと光伸が笑った。
「金子さんっ!」
「まあ、そう怖い顔をするな。時に、西洋では自分をプレゼントする時、身体に大きなリボンを巻いて相手の胸に飛び込む風習があるらしい。これは今のメートヒェンにぴったりだと思わないか? そこで、隣室に用意させているから着替えてこい。」
要が返事をする前に、控えていた店の者に押さえられ隣室へと連れて行かれた。
着物を剥ぎ取るように剥かれ、素肌の上に華やかな帯が巻かれる。
始めてこの店に来た時も、あっという間にドレスに着替えさせられてしまったが、手際のよさは相変わらずだった。
――あれ? たしか身体に巻くのはリボンのはずでは?
あまりの出来事に思考がずれる。
帯の結び目を丁寧に直されたかと思うと、要はもとの部屋に放り出された。
両腕も一緒に巻かれていて、身体の自由が利かずバランスを崩して、床に思いっきり身体を打ち付けてしまった。
見た目は美しい帯でも、これでは縄で縛り上げられているのと同じだ。
「ほーう、和風に帯としてみたのだが、これは想像以上に色気があっていい。」
「金子さんっ! のんきに感想を言わないで下さい。」
「それでは、そろそろ邪魔者は退散するか。その様子では無理だろうが、帯を解いてこの部屋から出たとしても、メートヒェンの着物は水川抱月に渡すように指示してあるから、逃げ出そうなんて無駄だ。じゃぁ、ゆっくり誕生日を祝ってやれよ。」
要は光伸に相談してしまったことを酷く後悔した。
光伸が部屋を出て行った後、要はなんとか体勢を直そうと、ずりずりと床を這って長椅子の傍まで来た。
しかし、床に擦れて所々帯がずれてしまい、もっとあられもない姿になっていた。
もう、ため息しか出ない。
その時、突然ドアが勢いよく開き、要にとって今一番会いたくて、会いたくない人物が飛び込んできた。
「水川先生!」
「要君! 無事かいっ?」
抱月は駆け寄ってくるなり要を抱き起こした。
「あの...先生、無事って、どうかしたんですか?」
「僕のところに『日向要を預かっている。返して欲しければ今晩八時半に地図の場所まで独りで来い。』と書かれた手紙が投げ込まれたものでね。それで慌てて来たのだけど。」
要はまた深いため息を着いた。
光伸が明らかに抱月に嫌がらせをしているのがわかったからだ。
「ごめんなさい。それ、僕のせいです。」
「えっ? 要君は被害者じゃないの? 今だってほら、縛られているし。」
要の顔がぱっと赤くなった。
「あの...その...これは...」
要は今までのいきさつをしどろもどろに全て抱月に話した。
「ふーん、そういうことか。どうりで色っぽい縛られ方をしているわけだ。...まてよ、ということは、僕にはこの素敵なプレゼントを貰う権利があるってことだよね。」
抱月はニッコリと笑うと、どうしていいか困っている要をぎゅっと抱きしめた。
「脅迫状で心配させられた分も、楽しませてもらわないと。」
水川先生の誕生日記念SSです。
はじめに...西洋にはあんな風習ないです。たぶん。
でも、アダルト物では基本かなぁと。で、悪乗りしてみました。
じゃなくて、光伸ファン、要ファン、水川ファンの皆様ごめんなさいっ!
みっちーはペテン師だし、要ちゃんは裸リボン状態だし、水川先生は推理作家なのに騙されてるし、ホントに許してください。