■ 可愛い読者(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/水&金)
徹夜明けでうとうとと床に寝そべっていた抱月の耳に、ドカドカと土蔵の階段を上ってくる足音が響いた。
――まったく、ご機嫌の悪いことで。
抱月はくすりと笑った。
人の不幸は蜜の味ではないが、不機嫌な彼をからかうのは楽しくてならない。
「水川抱月!」
怒鳴り声と同時に抱月の上にバサッと雑誌が叩きつけられた。
「イタっ、ずいぶんな事をするじゃない。金子君、本は大切にしなくちゃ。」
抱月は上体を起こして雑誌を拾った。
「ずいぶんなのは貴様だ! 水川抱月。俺はあんたの連載があるから、この雑誌を定期購読しているのだ。それなのに『今月は作者取材の為、休載致します』とはどういうことだ! 取材なんてしていないだろうが!」
「あぁ、あれ...あれねぇ。」
折れ曲がった雑誌の皺を伸ばしながら、抱月は歯切れの悪い返事をした。
怒りの収まらない光伸がまくしたてる。
「あん蜜を食いたいだの、団子を食いたいだのと、散々人を使いに出したり、腰が痛いから揉めだとこき使って、最後は独りで集中したいから帰れと追い出して、で、結局できなかったのか、貴様は!」
「まあ、結果的にそういう事になるんだけど。それにしても、新米の編集者だって、こんな手には引っかからないよ。」
抱月が涼しい顔をして笑う。
「貴様、ぬけぬけと!」
光伸は抱月の上にのしかかり襟首を締め上げた。
「金子君、苦しいってば。」
「いいか! 先月号を読んでから、日々今後の展開やトリックや犯人を推理して、今日それが明かされる事を心待ちにしていた読者の気持ちがわかるか?」
「それはすまないと思っている。編集さんにもこってり絞られた。だから来月号では特別編にして穴埋めもするし。それに、その原稿はさっき書き上げたから、今度は落とさないよ。」
締め上げていた力が緩んだ。
「本当か、それは?」
抱月が首を擦りながらニヤリと笑みを浮かべた。
「その原稿、机の上にあるんだけど...痛いことするような人には読ませたくないなぁ。」
「その...すまん、悪かった。」
――素直に謝るところは可愛いのだけど、それじゃぁ面白くないんだよね。
抱月は首の着物で擦れ赤くなっている部分を示して言った。
「じゃぁ、ここ。痛いから、舐めてくれる?」
「......」
一瞬ためらったものの、光伸は抱月の首筋へと顔を近づけた。
「いいか、読みたいからするんじゃないからな。」
「わかってる。」
光伸のそんなところも可愛いと、首を差し出しながらほくそ笑む抱月だった。
これでも金子君の誕生日記念SSです。
もう一ヶ月以上過ぎているという上に、金子さえ出てればいいかというレベルで、すみません。