それは 春を告げる 薄紅色の雪
薄紅の闇
『恐竜や』も閉店して、夕食も終わり、ホッと一息、付く時間
「あれ? 幸人サンは?」
皿洗い(当番制)を終えた凌駕は茶の間を覗いて、そこに居たアスカとらんるに尋ねた
「散歩に出るとか言ってフラフラ出かけたわよ」
「え? こんな時間に?」
凌駕は思わず時計を見る
遅めの夕食を終え、片づけも終えた今の時間は午後10時
「いえ、実際に出かけたのは9時ぐらいで・・・・・・
ダイノブレスに通信を入れても反応が無くて、私も心配なんですが・・・」
「アイツも子供じゃないんだからそんな心配しなくてもいいと思うんだけど」
そわそわと落ち着きのないアスカを諌めるようにらんるがきつめの口調で言う
「やっぱり探しに行った方が・・・!」
アスカが勢いよく立ち上がる
「ちょっと、アスカ!!
この町の地理が分からない貴方が行ってもしょうがないって! 迷子になるだけよ!」
「・・・しかし・・・!」
「じゃぁ、俺が探しに行ってきますよ」
凌駕はエプロンを脱いで、代わりにいつものジャケットを着る
「この辺なら俺、大体わかりますから」
「でも・・・」
「大丈夫ですよ、俺、体力には自信ありますから」
「・・・そうですか・・・じゃあ、お願いします」
アスカが申し分けなさそうに言う
「そんな顔しなくてもイイですよ。 俺も幸人サンの事、心配だし・・・。
じゃぁ、幸人サンが俺より早く帰ってきたら連絡ください」
「はい。 気を付けて」
「ミイラ取りがミイラにならないようにするのよー」
アスカの不安と、らんるのからかいを受けながら、凌駕は外へ駆け出した
春も近くなったけど、夜はまだ、肌寒い
凌駕は、人込みをあまり好まない幸人が居そうなところを走って、彼を探す
そして、どれぐらい走ったのだろう
街から少し離れた公園で凌駕は彼の姿を見つけた
「幸人さん!」
駆け寄りながら、その後ろ姿に声をかける
「・・・お前か」
ポケットに手をいれたいつもの格好で、彼は面倒くさそうに振り返る
「探しましたよ〜、みんなも心配してて・・・」
凌駕の声は途中で詰った
目の前まで来て、気がついた
幸人は満開に咲いた桜の木の下に立っていた
「・・・桜を見てた」
「え?」
幸人から言葉を発する事は珍しくて、思わず聞きかえしてしまった
「桜を見ていた
やはり、こちらは咲くのが早いな」
再び視線を桜に向けて幸人は独り言のように言葉を繰り返した
「・・・あ、幸人サン、北海道ですもんね
そっちはいつごろ咲くんですか?」
「・・・5月ぐらいか・・・?
コッチより、1月半ぐらい遅い」
「そんなに違うんですかー・・・」
「テレビで、桜前線のニュースをやるだろう?
南の方から近づいてくる薄紅色が楽しみで仕方が無かった」
微かに笑みさえ浮かべて、幸人は話す
「・・・好きなんですか、桜」
この質問で、一瞬だけだが、幸人はやっと凌駕の顔を見た
「そうだな、桜は綺麗だし、桜が咲けば、春が来るからな」
春が来るから桜が咲くんじゃないかなと、凌駕は少し思いながら、口数の多い幸人を見ていた
「冬が長い分、暖かな春が待ち遠しくなる
桜が咲くと、毎年嬉しくて仕方が無い」
風が吹くと、花が散って、まるで雪のように自分たちのまわりに舞い散る
「雪の白が消えた地面が、薄紅色に染まる
溶ける事はない、薄紅色の雪が降り積もる」
幸人は歌を歌うように、言葉を紡いでいく
「あの景色は綺麗だ
雪の白より、草の緑より、綺麗だ」
幸人がゆっくりと凌駕を見る
「散った花を『綺麗』と言うのは残酷だと、昔、母親に怒られたがな」
「・・・でも、綺麗ですよね」
風が止んでも、花びらが微かに降る
「俺も、綺麗だと思います」
「・・・そうか、少しは気が合うみたいだな」
「そうですね、気が合いますね」
凌駕は満面の笑みを浮かべる
幸人も少しだけ、微笑んだ気がした
視界を染めるのは、闇の黒と、桜の薄紅
まるで、2人で別のセカイに居るみたいで
それは桜に溺れる、春の夜
北海道の桜事情とかはサッパリです
桜を見てるとなぜだかドキドキします
外国の方は薄ぼけたきたない花しか見えないらしいのですが、そこんとこどうなんでしょう?
あんなに綺麗なのに・・・