虹は
天国に続く道だと
子供の頃に想っていた
虹の影の下で
真司は一人、フラフラと街をさまよっていた
ついこの前、腕の中で人が死んだ
大切な人だった
重くなり、そして軽くなる身体の感触がまだ、自分の腕から消えない
なにより優しく、強い意志で、彼はそこに立っていた
「・・・手塚・・」
人を避けながら、真司はただ歩いていた
「雨が降りそうだな」
海之は空を見上げて呟いた
「ナニ? それも占い?」
隣りを歩く真司の手にはスーパーの袋が握られている
「天気ぐらい占なわなくてもわかる」
小さく笑う彼の手にも、袋が一つ
今日買ったのは、今晩の晩ご飯の材料
海之という新たな居候が増えた花鶏は、食材の量も少しだけ増えた
その増えた分の袋の重さが、少し嬉しいのは、きっと真司だけじゃない
「匂いがするんだよ」
「匂い・・・?」
立ち止まって、風を受ける海之の顔を覗き込む
「土の湿った匂いがするだろう?」
「・・・・・・・あっ・・・うん」
「雨の匂いだ」
真司は歩きながら、周りの空気が変わるのを感じた
そして鼻先に感じる、湿った匂い
「・・・あめ?」
立ち止まって空を見上げて、誰かに尋ねる様に呟いた
「降られちゃったね」
軽く濡れた上着を叩きながら海之に話し掛ける
「まぁ、直ぐ止むだろう」
閉まっているお店の軒下に滑り込んで、なんとか雨をしのぐ
どしゃ降りの雨が跳ねて足を濡らす
「・・・どうした、そんなに笑って」
「え? 笑ってる??」
「あぁ、満面に」
どうにも、感情を隠すのは下手らしい
「いや、なんか手塚と一緒にいられるのが嬉しくて〜」
照れ隠しに、頭を掻きながら答える
「・・・そうか?」
「俺はスゲー嬉しい
雨がやまなきゃイイなんて思うぐらい」
「・・・そうか」
照れた様な笑みで、彼も返してくれた
まわりの人間が慌てて走り出す
でも、真司はどしゃ降りの雨にうたれながらまだ歩いていた
今は雨が有難かった
人前で泣くことも、隠れて泣くことも出来ない不器用な涙を隠してくれる
だから、泣いてもイイよね・・・?
そう思うと、視界が震え出す
でも
『虹か出る』
誰かがそう言った気がした
はっと、空を見上げた
「スゲーッ!
虹が出てるよ〜ッ!!!」
なだらかな坂を登りきって、空を指差す
「あぁ・・・綺麗だな」
海之もその先を眩しそうに見つめる
「スゲー! 虹なんて見たの久しぶりだよー! うわーッ!!!」
真司は子供のようにスーパーの袋をふりまわしながら、はしゃぐ
「虹は・・・」
海之の呟きを聞いて、真司は視線をそちらに動かす
「虹は?」
「・・・虹は、虹は天国に続く道だと、子供の頃に想っていた
だからキレイなんだって思ってた」
「天国・・・?」
「あの先に、失ったモノがあるんだって、信じてたんだ
あの先に、自分もいつかいくんだろうって・・・」
足が、無意識にスピードをあげた
人に当るのもかまわず、雨に濡れるのにもかまわず
走る
びしょ濡れのスニーカの感触はきもちわるいし、重いしで不快だったけど
段々と雨が弱まってる
虹が出る
虹が出てしまう
彼が、行ってしまう
雨が止む
そして、太陽が再び現れて・・・・・
青い空に虹が掛る
虹に、いつかは追いつけると思ったんだ
子供の時にさ、一生懸命おいかけたことがあったよ
俺も、あの先になにかあると思ってたんだ
でも、絶対に追いつけないんだよな
いっつも、消えてっちゃうんだ
虹を目指してひたすらに走る
自分の呼吸も聞こえない
走る足の感触も無い
雨上がりの匂いと、目の前の虹だけが、感覚を伝える
「・・・・・・・ぇるなッ!」
自分の声で、聴覚が戻る
「消えるなッ! 消えるなぁッ!!!」
必死に走る
人通りのない道を駆け抜ける
段々と消えていく虹に
必死に手を伸ばす
「・・・・・・・てづかぁッ!!」
足がもつれて思い切り地面に身体を叩き付ける
すぐに立ち上がって、空を見上げる
もう、虹はなかった
「・・・消えるなよ・・・」
呆然と、空を見つめる
「消えるなよ・・・
・・・行くなよッ・・・行くなよ、手塚ッ!!!」
目の前がメチャクチャに歪んで、頬に暖かさが伝う
「てづかッ・・・てづかぁッ!!!」
先程の雨より暖かな、雫が、ひたすら溢れていた
貴方はもう、行ってしまいましたか?
僕の声は聞こえていますか?
もっと、貴方と一緒に居たかったんです
もっと、貴方の声が聞きたかったんです
貴方がなにより大切でした
もう、貴方の一緒に居る事は出来なくても
もう、貴方の声を聞くことは出来なくても
・・・せめて、僕の声は聞こえていますか?
「でも、虹は、追いつけないから綺麗なんだろうね」
彼が微笑んで言った
手塚が死んだ回は、なんて言うか、心臓を掻きむしりりたいような
そんな感覚になりました
見た直後より、一人でぼんやりとそれを思い出した時に
ザワザワと、感情が触れました
・・・特撮にココまで感情移入しちゃう私って、ちょっと危険ですか?
あの雨の前の匂いを、
『虹の匂い』とも言うそうです
うろ覚えの知識