沈黙の春
「寒くなってきたね」
そろそろコートを出そうかと、彼は落ち葉を踏みつけながら言う
乾燥した葉は、パリパリと音を立てて砕けていく
「まだ、コートという時期でもないだろ」
俺は、彼の数歩を後ろをのんびりと歩いていく
風が吹くたびに周囲の木から葉が舞い落ちて、コンクリートの道を覆い隠していく
「でも、手袋とマフラーはそろそろだよね」
「そんなに寒いか?」
「いや、寒いわけじゃないんだけど、気分の問題?」
「・・・よくわからない」
「風情ってコト」
肩に着いた落ち葉を風にのせて、彼は微笑みをむけた
「あぁ・・・それなら、わかる気がする」
微笑みかえすと、満足そうに彼は再び歩きはじめた
「春には桜が満開だったのにね」
自分たちの家にの近くある遊歩道は、近所でも有名な桜の名所で、
トンネルのように、桜並木が続いている
しかし、秋である今は茶色の枯れ葉のカタマリでしかなく、
風情がどうのと言う前に、どこか寂しさを感じてしまう
「また、すぐに満開になるさ」
何度も彼と過ごした春
今ではもう、それが当たり前
「んー・・・でも・・・」
急に彼は足を止める
それにつられて、俺の足も
「雄一?」
数歩離れた位置で、お互い向き合う
「でも、俺は、秋も、冬も好きなんだ」
「寒いのは嫌いじゃなかったのか?」
「でも、海之は好きなんでしょ?」
「・・・俺?」
「海之が、こうゆう枯れ葉で埋まった道とか、雪で静かになった街が好きなんだって知ってるよ」
まるで、自分たちだけの秘密を話すように、ちょっと前かがみで顔を近づける
「海之が好きな物は俺も好き
だから海之も、俺が好きな春と夏を好きになってね」
「・・・暑いのは得意じゃない・・・」
「俺も、寒いの苦手ー」
クスクスと笑うと、彼は地面に手を付いて落ち葉を舞い上げる
カサカサカサと、乾いた音が辺りに響く
「今年はいつごろになれば雪が降るかな?」
「来年はいつごろに桜が咲くだろうな?」
数歩離れていた距離を互いに埋めて、隣りに並んで、再び歩き出す
どの季節も、二人で居るのだと信じて疑わなかった
横切る人から隠す様に、そっと繋いだその手のぬくもりを疑う事なんてなかった
でも、君を失う冬が来て、君が居ない春がくる
あの幸せな季節で時が止まれば良かった
雪が降る事がなくても、花が咲く事がなくても
ただ、君が
尻切れトンボな上に、ネクラで申し訳ない・・・
季節が秋なもので、ついついこうゆう作品になりがちです・・・
題名を、『沈黙の春』にするか、『地獄の季節』にするかで迷ってみたり
どっちにせよ、原本を読んだことはないのですが・・・