世界に意味を
生きる意味を
キューブ
静かな事務所に、カシャカシャと無機質な音が響く
いつも騒がしい、ガユス、ギギナ、そしてクエロは、市警察の緊急要請を受けて、<異貌のものども>の討伐へ向かっている
今、事務所に残っているのは、くわえタバコで新聞を読む所長・ジオルグと、
椅子があるのにも関わらず、部屋の隅に座り込み、今は懐かしのルービックキューブに勤しむストラトスの二人だった
先ほどから事務所に響く『カシャカシャ』という音は、ストラトスの暇つぶしの音である
「今日は珍しいモノで遊んでいるね、ストラトス君」
一通り新聞を読み終えたジオルグは、影の様に気配のないストラトスへ話しかける
「・・・日常という偶像を壊してすみません。死にます」
言うが早いか、ストラトスは懐から薬瓶を取り出し、口を付ける
・・・が、ソレが傾けられる直前、椅子のキャスターを最大利用して接近したジオルグの指が薬瓶の口を塞ぐ
「君の自殺未遂も日常の一部だから、あくまで『未遂』で止めてもらいたいな」
そういいながら、ジオルグはその薬瓶を取り上げ、手近なゴミ箱へ捨てる
「しかし、ルービックキューブとは懐かしいね」
ストラトスが落としたソレを拾い上げて、適当にいじる
「この前、露店で見つけて・・・安かったんです」
ジオルグの手を眺めながら、ストラトスは呟くように言う
「僕は、あまり得意じゃなかったな」
それをストラトスに手へ返し、ジオルグは椅子のキャスターを鳴らして、自分の席へ帰っていく
「楽しいかい、それ?」
「自殺志願者にとって、この世に楽しみがあると思わないでください」
ストラトスの手が高速で動くと、ルービックキューブは次の瞬間にはきちんと色が整えられていた
そして、今度はのんびりとした動作でその色を崩していく
・・・数瞬だけ、静かな時間が流れるが・・・
「・・・退屈で退屈で仕方ないので、死にます」
ポロっとルービックキューブを落とし、どこからともなく取り出した拳銃をこめかみへ押し付ける
・・・が、凶器を握る手にフリスビーの要領で灰皿が投げつけられ、その傷みで拳銃を落とす
「最近、一段と自殺のバリエーションが増えてきたね」
再び彼の元へ接近したジオルグは、落ちた拳銃をストラトスの手が届かない位置まで蹴り飛ばして、疲労を交えて微笑む
「退屈なら、他のみんなと行ってくれば良かったじゃないか」
「所長以外と心中する気はありません」
「いや、『行く』の意味が違うから」
彼にしては珍しい、キッパリとした物言いにジオルグはストラトスの本気を感じ、思わず視線を逸らす
「・・・・・・あの人たちは・・・騒がしいから苦手です・・・」
元々部屋の隅に押し込めるように小さくしていた身体を、より縮こませて呟く
「明るいところは、嫌・・・です」
髪の黒、瞳の黒、服の黒
ストラトスが纏う全ての色を見て、ジオルグはため息とつく
「・・・でも、所長は嫌いじゃないです」
零れた言葉に、ジオルグは思わず耳を疑う
「僕のコト、好きってことかい?」
「切れかけの蛍光灯みたいな明るさで・・・嫌じゃないです」
「・・・うん、微妙だな」
嫌いじゃないと言われた瞬間はそれなりに嬉しかったが、
例えが『切れかけの蛍光灯』では、喜んでいいのか落ち込めばいいのか・・・
「困らせてすみません。 死んでお詫びします」
「死ななくてイイってば」
今回は先手必勝で、ストラトスが何か起こす前に、ジオルグが彼の額を軽く叩く
そしてその手で、ストラトスの頭を優しく撫でる
「所長・・・?」
ストラトスは不思議そうにジオルグの顔を見上げる
その表情は彼の本来の年齢を感じさせるもので、ジオルグは思わず笑みを零す
ストラトスが本当に死のうと思えば、いつでも死ねるのだろう
だけど、毎回毎度「死にます」と宣言して、止めさせる猶予を与えるのは、
彼に生きる意志が僅かに残っている現われではないだろうか
そして、今、その意志を感じているのが自分で、ストラトスにとって唯一の『生きる意味』なのだろうと、
自負も己惚れもなく、漠然とジオルグは思った
「まぁ、切れかけの蛍光灯も一応は頑張ってみるよ」
ジオルグは床に転がったままのルービックキューブを拾い上げると、まるで手品のように一瞬で色をそろえる
「・・・所長・・・さっき、苦手って・・・」
「出来ない、とは言ってないな」
「・・・なんか、騙された気分なので---------」
「死ぬなよ?」
「・・・」
完全に先手をとられて、ストラトスは黙り込む
「さて、そろそろ、わが事務所の誇るべき問題児たちが帰ってくるころだ
二人で出迎えに行こうか」
「嫌です」
「・・・ストラトスく〜ん?」
自殺なみに早い返答にジオルグは思わず額に青筋を浮かべる
「どうせ、ガユスさんとギギナさんの喧嘩に巻き込まれるだけですから」
あまりに的を射た理由なので、ジオルグも次の言葉が出ない
「あと・・・ソレ、返してください」
ストラトスは華奢な指でジオルグの手の中のルービックキューブを示す
「楽しくないんじゃなかったの?」
「・・・」
フイっと恥ずかしそうに顔をそらせたストラトスを見て、ジオルグは悪戯な笑みを作る
「返して欲しいなら、僕と一緒に同僚達を出迎えに行くこと。 交換条件だよ」
「・・・っていうか、それ、私の物なんですけど・・・」
「出迎えに行かないなら、僕がもらっちゃう」
普段、無表情なストラトスが珍しく露骨に不機嫌な顔をする
・・・想像以上に、このルービックキューブを気に入っていたらしい・・・
そして、その不機嫌顔のまま、スクっと立ち上がり、靴を踏み鳴らして玄関へ行く
「・・・ストラトス君?」
予想外の動きに、ジオルグが出遅れる
「置いていきますよ、所長」
ジオルグはその言葉の意味を素早く理解し、椅子にかけたスーツを引っつかんで、その背を追う
「迎えはどこまで?」
「う〜ん、いつも通り市警察の皆様と揉めただろうから、警察署かな〜」
ヴァンの乗り込んだとたん、予想通りジオルグの携帯が鳴り響く
ヴァンにエンジンをかけているジオルグに代わって、ストラトスが通話を開く
「・・・もしもし?」
『あら、今日はストラトスも一緒なの? 珍しいわね』
携帯から映される映像にはクエロが驚いた顔をしていた
いつも通り、ストラトスは死のうとするが、ジオルグがルービックキューブをチラ付かせて留めさせる
「・・・警察署でイイですか?」
『えぇ、その通りよ・・・早めに頼むわ・・・
ギギナがおまわりさんを皆殺しにしそうだから・・・』
クエロの声に混じり、後ろでギギナと警察、そしてガユスが喚く声が聞こえる
「・・・いっそ、全員で死ねばイイんじゃないですか・・・」
『私はまだ、青春を謳歌したいわ』
「・・・とりあえず、わかったと言っておきます」
『早く来て、お願い』
「了解した。 ウチの事務所に傷か付かんように、頑張ってくれよ〜」
最後の返事はジオルグの気の抜けた声が返した
「じゃ、行きますか」
ジオルグはストラトスがシートベルトをしたのを確認してアクセルを踏み込む
エリダナの空は、今日も鬱陶しげな晴天だった
『Assault』が印象に残りすぎちゃって、似た話(?)になってしまいました・・・
すみません、死にます(切腹)
とりあえず、ジオルグ&ストラトス初書き
・・・好きだ、ストラトスッ!!