二人と一匹シリーズ
ex1・2+1人と1匹
陽射しもやや傾きかけてきた、暖かな午後
味気ない執務室にも大きな窓から差し込むその光から、太陽の恩恵を受けている
部屋の主であるモルディーンは、仮眠中でその部屋に居らず、
今は書類を整理するキュラソーと、仮眠室へ続く扉の前で気を張っているイェスパーが居た
「・・・イェスパー殿」
処理済みの書類と未処理の書類を分けながら、キュラソーが口を開いた
「どうかしたか?」
仮眠室に主の気配がちゃんと在るのを確認しつつ、イェスパーは返事を返す
「・・・いえ、大した事ではありませぬが・・・」
話を切り出しづらそうに、キュラソーは書類のページを捲る
「・・・何が言いたいかは何となく分かるが・・・ハッキリ言ってもらわねば、こちらとしてもどうしようもない」
イェスパーが額を抑えるリアクションも最近は見慣れてきた気がすると、キュラソーは哀惜をこめて思う
「では、言わせて頂きますが・・・」
窓の外・・・芝生が綺麗に植え込まれた中庭へ視線を落とす
「弟君は何をしにココへ来ているのですか?」
中庭には、少年のように芝生の上を駆け回るベルドリトの姿があった
「・・・・・・・・・・・・・・・・・猊下の護衛の為に来ている・・・一応、という感じだが・・・」
深い、深いため息と共に吐き出される回答は、兄としての苦渋で満ちていた
「それと、アレは何ですか?」
キュラソーベルドリトの後ろをちょこちょこと付いてまわる小動物を指差す
「アレは猫だ」
「それは見ればわかります」
「・・・」
「新しい召喚獣か何かですか?」
「いや、只の猫だ。 咒式強化も何もしていない」
確かに、見た目にも、特別な能力も無さそうなただの猫だ
「・・・珍しい、というか初めてじゃないですか、普通の生き物を飼うのは」
キュラソーも、ベルドリトが動物の飼育を趣味としているのは知っているが、
その動物は大抵、竜やら鬼やら、戦闘でも利用価値があるものばかりだった気がする
「捨て猫でな、アイツが拾ってきた
俺も、咒式強化の実験用かと思っていたが、何もしないで、そのまま飼っている」
酷く優しい眼を窓の外の弟へ向けたイェスパーに、キュラソーは意外といった顔をする
「猫と遊んでいるベルドリトは、昔を思い出させる」
「・・・ベルドリト殿に、あれ以上の『昔』があるように思えませんが」
「本当に幼かった時もあったのだ」
優しい眼差しは、少しの哀しみに色を変えていた
「お日様、気持ちいいねぇ〜」
芝生の上に仰向けに寝転がったベルドリトは、横をちょこちょこ動き回る仔猫に話し掛ける
「超絶好のお昼寝日和ってカンジだよー」
頭を優しく撫でてやれば、仔猫は身体ごと掌に擦り寄ってくる
「もう、これはクルクルっと寝ちゃうしかないよね」
自分の胸の上によじ登ろうとする仔猫もそのままに、眼を閉じようとした瞬間、
「そんな所で寝ては、風邪を引かれますぞ」
足元に不意に現れた影が少しきつめの口調で諭す
「あ、キュラソーちゃんだ〜」
ベルドリトが勢いよく起き上がると、胸の上にようやく乗れた仔猫が転がり落ちる
「メンゴメンゴ、そんなに怒んないでヨ」
小さな牙を立てて、不満を申し立てる仔猫を抱き上げて、頬を寄せる
「それで、どうしたの? お仕事は?」
猫からキュラソーに視線を変えて、相変わらずの締まりの無い顔で尋ねる
「休憩時間を頂いたので、少し息抜きをしに来ただけで、別に貴殿に用はない」
そう言いながら、キュラソーの視線は仔猫に釘付けになっている
「ライトっていうんだ、女の子だよ」
ベルドリトが仔猫を差し出すように抱き上げると、キュラソーは弾かれるように一歩さがる
「・・・キュラソーちゃん?」
その反応を不思議そうにベルドリトと仔猫が見る
「どうしたの?」
「あっ、いや、その・・・」
「もしかして、猫嫌い?」
「そうゆうわけでは・・・」
「じゃぁ、猫アレルギー?」
「そうでもなく・・・」
「・・・・・・・・じゃぁ、なにさぁ〜?」
ベルドリトが悪戯っぽい笑顔で、キュラソーに詰め寄る
「あの、その・・・」
少し間が開いて、キュラソーは意を決した様に、口を開く
「・・・・拙者、そのような小動物に触れた事がない故・・・すっ、少しばかり怖くて・・・」
下唇をわずかに噛み、頬を赤くしてそう言うキュラソーは、そのまま年頃の娘の様で、思わずベルドリトは笑い出す
「わっ、笑うところではない!!」
先程と変わらず、赤い顔のまま言われても、いつもの気迫が足りない
「だって、猫が怖いだなんてー、天下のコウガ忍軍頭領がだよ? ホンキ、面白いー!!」
「ベルドリト殿ッ!!」
しばらくして、ベルドリトの笑い声が収まると、彼は再び仔猫をキュラソーへ抱き上げる
「別に怖くないよ、ただの猫だもん」
ね、と仔猫に笑いかけると、それに返すように「ナぁ」と小さな声で鳴く
「・・・・・触っても、大丈夫か?」
差し出された仔猫と眼が合って、その柔らかな毛並みに触れたくなる
「良い子良い子って、頭撫でてあげて。 ライト、喜ぶから」
「・・・・・・・・・うむ・・・」
キュラソーの指先は華奢に見えて、実は大の男の首を片手で圧し折る力が備わっている
本当に、こんな小さな生き物に触れるのは初めてで、仔猫の目の前でしゃがみこんで、
壊さないように、恐る恐ると言った感じで仔猫へ手を伸ばす
片手で握れそうなほど小さな頭にそっと触れて、その頭蓋骨の形を確かめるように、ゆっくりと指先を動かす
「・・・・・暖かい・・・」
思わず笑みを零して、キュラソーが呟く
仔猫は宙に浮いている尻尾を揺らして、小さく喉を鳴らす
「抱っこする?」
仔猫越しに顔を覗かせて、ベルドリトが首を傾げる
「い、良いのか?」
そう聞き返しながら、キュラソーの顔は初恋の少女の様にときめいている
「どうぞどうぞ」
ベルドリトはキュラソーの両手の平に仔猫を乗せる
「・・・軽い」
「まだ、お子様だもん」
「青い眼なんだな」
手のひらに乗せた状態から、そっと身体に指先を廻していく
「らいと」
その名前を、少しぎこちなく口にする
仔猫はキュラソーに抱かれて、「ナぁ」と返事をする
「らいと」
それが嬉しかったのか、キュラソーは何度も仔猫の名前を呼ぶ
その度、仔猫は返事をする
「ライト、キュラソーちゃんとコト、好きになったみたい」
ベルドリトが嬉しそうに笑う
「そ、そうか?!」
戸惑うような表情で、再び仔猫の顔を覗き込むと、仔猫は自分の身体に回った指へ頭を摺り寄せる
「・・・暖かい」
再びの呟きに、ベルドリトが答える
「だって、生きてるんだもん」
キュラソーは仔猫を頬に寄せて、静かに微笑む
「・・・あぁ・・・・わかる、気がする・・・」
小さな声共に、穏やかな心音がキュラソーの耳に伝わっていた
二人と一匹シリーズ、早くも番外編で、プラス一人編
初書きのキュラソーの口調がわからず、
あと一歩で、ゴザル口調になるところでした(それはマズイッス)
今回のテーマは乙女キュラちゃんでした(痛ッ)