家に帰ってきたとたん、弟が自分に飛びついてきた
勢いを受けきれずに、扉に背を打ちつけたると、わずかな痛みを感じたが、
ベルドリトが泣いている事に気づいて、そんな事はどうでも良くなった
あぁ、しまったと、自分の深慮の無さを叱咤する
肩の廻した腕から感じるベルの体温は驚くほど低い
いつ眼を覚まして、いつからあそこに座り込んでいたのだろう?
「どこっ・・行ってたのッ・・・さぁ?!」
「朝一番で、ラキ家の方に仕事の依頼が入ってな・・・話を聞きに行っていた」
「なんでっ・・・僕・・・ッ、置いてってッ」
「熟睡してたから、わざわざ起すのも、と思ったんだが・・・」
「置き手紙もッ・・・何にも・・ッナイしッ!!」
「すぐ帰ってくるつもりだったんだが、思いのほか、先方の話が長くてな」
ベルは俺を責めるように、質問をいくつも俺に突き立てる
「ぁにぎ・・・」
縋るような声と、震える身体
「・・・すまなかった」
そっと、頭を撫でてやるとその震えが幾ばくか落ち着きはじめる
弟の、ベルドリトの事を理解しているつもりだった
しかし、いつもの笑顔ばかり見せ、明るすぎる、その姿を見ていると不意の忘れてしまう
ベルの奥に潜む闇の深さを
幼い頃から密やかに存在していたそれは、許容しきれない父親との離別により、表に現れはじめた
全てに対する無関心さと、執着心の無さ
それに反比例するように大きくなる、兄である自分への依存
いつの間に、そうなってしまったのか解らない
だが、ベルにとって世界は自分と俺の二人きりで、俺の為に全てを投げ出せるほど、病的に俺に全てを与えている
帰ってこなかった父への思いとも、まして恋人などと言う者への思いとも違う
愛とは言えない
ある種の狂気なのかもしれない
「あんまり泣いてると、また猊下に『泣き虫の弟』と笑われるぞ」
「・・・泣いてないもん」
からかうように言ってやれば、ようやく平静に戻った口調で言い返してくる
「・・・久しぶりに、昼飯は外で食べようか?」
「街道の角にね、新しいご飯屋さん出来たんだよ、イタメシだけど、行ってみる?」
互いに、日常へ帰ろうと会話を交差させる
もう、ベルの身体の震えは収まっていた
「じゃあ、そこにしよう。 早く、着替えてこい」
自分と同じ、黒い瞳に溜まった涙を拭ってやれば、いつもと同じ、締まりのない顔に戻る
「ただいま」
「・・・うん、おかえり」
闇も狂気もなにも知らない様な無邪気な顔で、ベルが笑った
ベルが顔を洗うために洗面所へ引っ込んだのを見てから、身体を起す
先程ベルの涙を拭ってわずかに濡れた指先が、不意に痛みが走る
「あのねー、新しいご飯屋さん、パスタが美味しいらしいヨー?」
洗面所から、明るい声が響く
先程の泣き顔なんて嘘の様で、また、忘れそうになってしまう
・・・いや、いっそ忘れてしまおうか・・・?
一瞬よぎった自分の考えに、苦笑いを零す
それも幸せなのかもしれないな
二人っきりの小さな世界で、命尽きるまで生きていく事も・・・
「兄貴ー? 聞いてる〜?」
「あぁ、聞いてる」
「わぉ、返事が返ってきたよ!」
「早くしないと置いてくぞ」
「わわッ!! 待って、待ってー!!」
バタバタと準備をする音を聞きながら、自分の手にそっと触れる
その手には、先程まで抱いていたベルの温もりが残ってる気がした
まるで、My設定の説明のような・・・
実は一番最初に書いた下書き程度の段階では、
ベル君が超ダークで、マジでヤバかった・・・
でも、それはまた別の時に取っといて、今回は甘めで