欲の炎1



一、
沖田は、明日非番というのもあって、今日の市中見廻りかなり力が入った。
浪士を斬る時も、もう死んでいるというのに嬉しさを吐き出すように余分に斬ってしまったり、それを見ていた一番隊の隊士に、
「何かに憑かれてしまったんですか?」と言われてしまい、苦笑してしまった。




見廻りが終わり、屯所に戻る。
廊下を歩いていると、原田とすれ違った。
「おぅ、総司」
「原田さん。任務は終わったんですか?」
「ああ、そりゃもう余裕よ。総司こそ、今日はどうしたんだ?いつになく血まみれだぜ?」
「明日非番だと思うと、嬉しくなっちゃって、ついやり過ぎちゃった」
「そうかい。そりゃあ、やり過ぎたくもなるな」
「ふふっ。でしょう?」
「じゃ、明日は存分に楽しめよ!!」
「わかりました」
沖田は原田と別れたあと、すぐに土方の部屋へ足を運んだ。


「土方さん、入っても良いですか?」
「……ああ」
土方に許可を貰うと、沖田は嬉しそうにすぐ部屋に入った。
「なぁ、総司」
「はい?」
机に向かっていた土方は後ろにいる沖田の方を向いた。

「おめぇ…今日何人殺ったんだ?」
「えぇと………五人ですけど」
「たった五人でそんなに血の匂いがするかっ」
こつん、と沖田の額を小突く。
「本当ですよ、ひどいなぁ」
「どうせおめぇのことだ。明日非番だからってうかれてついやり過ぎちまったんだろ?」



―――――流石、と沖田は思った。
試衛館のころから一緒にいるだけあって、沖田が何を考えているのか、すぐにお見通しだ。


だが、土方が沖田の考えていることが分かるのなら、沖田も土方のことは同じくらい、よくわかる。
「――――ねぇ、土方さん」
「ああ?」
「最近、疲れていませんか?」



 ――――――――――――緩やかな、沈黙。



少し固まっていた土方が、ゆっくり、唇を開ける。
(色っぽいなぁ…)
「………別に、疲れてなんかねーよ」
危うく、言っていることを聞き逃すところだった。
はっとして、言葉を返す。
「でも……」


『疲れているなら、自分に甘えて欲しい』と遠回しに言っている沖田の考えがすぐにわかってしまい、土方は沖田が折れるまで強がる。
そんな土方に愛しさが募る半分、頑ななまでに強がる土方に困る半分で、今、沖田の心は微妙な位置にある。

「土方さん」
「うるせぇ。お前は俺の心配ばっかしてねーで、もっと剣の腕でも上げやがれ!!」
言いながら、沖田の背中を押し部屋を追い出した。

(もう……土方さんはいつも強がってばかりだ。いつか体を壊しても知りませんよ)
心の中で叫んで、沖田は静かに部屋から遠ざかった。



「くそ……何だってんだ」
土方は一つ、溜め息をついた。

土方は、沖田の優しさが好きだ。
いつも自分のことよりも土方のことを気にしてくれる。

だが、土方は人に弱みを見せるのを非常に嫌う。

それが沖田、ましてや、近藤にでさえもだ。

沖田には悪いが、自分の弱みを見せるような優しさが目の前に押し寄せてくると、心が拒んでしまう。
沖田も、それはちゃんと分かっているはずだ。
なのに、何故いつもいつも自分の心配をしてくるのだろう。



土方は障子を開け、外の景色を眺めた。
今までは、暑くて一晩中眠れない夜もあったのに、自分でも気付かないうちにいつしか、秋が流れていた。

「もうそろそろ、秋、だな………」

涼やかな風が頬にあたって心地が良い。
空には、月がない曇った空だった。





自室に戻った沖田は、壁にもたれかかり座り込んだ。

(土方さんは、見かけによらず繊細だからな……)

それを隠そうと必死なのが手に取るようにわかる。
『疲れたときには、自分に寄り掛かって欲しい』と何回土方に言ったとこで無駄に終わる。

(土方さん……いつか壊れてしまわないのかなぁ…)
そう、心配してしまうのもしばしばだ。






障子を開けて、風を受ける。
(土方さんも、同じ風を感じているのかな……)
一瞬、朧月が出た。

「あ……」
声を上げた瞬間に、月はまた雲に消えていった。


(あの月は……まるで―――――――)




まるで、本心が見えかけた土方の心のようだった。














二、
沖田が朝、目覚めると屯所内ではちょっとだけ騒ぎになっていた。
近くにいた隊士に聞くと、何と、土方が熱を出したというのだ。
「土方さんが?!」
沖田は、目の前にいる隊士達を掻き分けて土方の部屋の前に行った。
昨日、心の中で思ったことが、一瞬頭をよぎった。
(もう……土方さんはいつも強がってばかりだ。いつか体を壊しても知りませんよ)
こんなことが現実に起こるなんて、思いもしなかった。

部屋の前には、すでに近藤がいた。
「近藤さん……」
「ああ、沖田君か。土方君が発熱を出したというんだ」
土方が熱を出すなんて、あまりにも珍しい。
そのため、近藤の心配もひとしおだろう。
「近藤さん、俺は大丈夫だから、もう仕事の方に戻ってくれ。今日は会津中将様からお呼びがかかっているんだろう?」
咳でむせる土方の声が聞こえる。
「そうだが………」
「だから、もう行ってくれ」

まだ立ち往生している近藤に、沖田が後ろから声をかける。
「近藤さん、土方さんは私が看ておきます。今日非番なんです」
「そうか……。じゃあ、沖田君、頼んだぞ」
「はい」
そう言って、近藤達を散らばせた。

『看ておきます』と言ったわりには、土方の部屋に入る勇気が無い。
(怒られやしないだろうか)
少し、不安なのだ。

「―――――――――沖田君………」
部屋の前で足を踏み出そうか迷っていると、土方のこもる声が部屋から聞こえた。
「土方さん、入っても良いですか…?」
「……………ああ」
(……え)
意外な答えだった。
てっきり自分の横たわっている姿なんて見せたくないから、来るな、と言われるだろうと思っていた。
もっとも、そんなことを率直に言うことなんて無いのだが。

ゆっくり襖をあけ、おそるおそる部屋の中を覗く。
布団に息苦しそうに横になっている土方がいた。
「土方さん!大丈夫ですか?!」
「……すぐ治る。心配するほどのもんじゃねーよ」

土方はこんな時にも強がりを言うから、つい、苛立ってくる。

「土方さん、やっぱり疲れてるんですよ。昨日言ったじゃないですか」
「うつるかもしれねーだろ。あっち行けよ」
沖田の言うことには、返事もしない。
顔をムッとさせて、反論する。
「嫌です」
「お前は病気がうつるのが好きなのか?変わった奴だ」
「そうじゃないです。………ただ、土方さんと一緒にいたいだけなんです」

すぐに、土方の頬が赤くなった。
よく見ると、耳まで赤くなっている。

(可愛いなぁ………)

「うるせぇ。早く出てけ」
土方は顔を隠すように布団を顔まで覆った。
「土方さんと、一日中……居たいだけなんです。ちゃんと、看病もしますから。居てもいいでしょう?」
「……好きにしろよ」

(何て愛らしいんだ)

うっとりと眺めていると、よほどいやらしい顔で見ていたのだろう。
顔の熱が冷めた土方が機嫌悪そうに沖田を見た。
よく見ると、土方の目が熱のせいで潤んでいる。

「………なんだよ」
「いえ、なんでもないんです」



(――――――――あ)
こんなところで、沖田の体は盛ってきてしまった。
(どうしよう)
沖田が盛るほどこんなに愛らしい土方を見てしまったら、他の隊士が盛ってもおかしくはない。
そんな土方を今、独り占めできていると思うと、とても優越感でいっぱいになる。

だが、優越感で気持ちが晴れても、体は晴々しない。

沖田の異変を、土方は目をぎょっとしていた。
「………総司……?」
「ごめんなさい、土方さん。でも…体が、言うことをきかないんです」
「俺の熱が下がってからじゃ駄目なのか?」
「――――――駄目って言ったら、やらせてくれるんですか?」
意地の悪い質問。
土方がなんて言って怒るのか、楽しみだ。



「…………うつっても…知らねーぞ……」



(きっと、土方さんは熱をだすと性欲が増すのかもしれない)





あまりにも、いつもとは違う反応を示す土方が愛らしい。


沖田は容赦なく土方の唇に己の唇を重ねた。








         





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