遺留品 何もかもが悲しくて、悔しくてみじめで。あのころは一人でこそこそよく泣いたっ け。あんたのことが憎くて、さんざん心臓に杭を打ち込んでやりたいと思ってた。 もうずいぶん昔のことだ。 あのころぼくは・・・ あてがあるのかないのか、いつまで続けるのか。街から街へ、クレプスリーと旅を続 けていた。 どこだったのか、見知らぬ街。ホテルの窓から見える、ちっぽけな夜景を見つめなが ら、ぼくは想いふけっていた。あのころはベットに入っても思考が渦巻いてばかり で、少しも眠れなかった。 クレプスリーがぼくをバンパイアになんかしなかったら、こんな想いはしなくてもす んだのに。家族はどうしているだろうか。もう二度と会うことのないぼくの大切な人 たち。クレプスリーのことを考えれば、憎しみで胸が焼け付くし、家族や友達のこと を思い出せば悲しくて胸がうずく。それでも思い出さずにはいられない。かってに心 が動いてしまう。渦巻く苦痛と感情が水滴になってぼくの目からこぼれる。そして一 度流れ出すとそれは止まらなくなるのだった。ぽろぽろと止め処なくあふれだす。息 がつまるほどにぼくは泣く。 「ダレン、」 声にぼくはふりむいた。 「クレプスリー・・・」 いつも出かけたら明け方まで帰ってこないのに。その日は偶然早く帰って来たらしく クレプスリーは、ぼくの後ろに立ってこちらを見ていた。 ぼくが泣いているのを見て、柄にもなく動揺してて・・・今思い出せばなんだか可笑 しいな。 「どうか、したのか・・・」 クレプスリーは、戸惑いに言葉をうわずらせていた。子供の涙なんてもう何百年も見 てないといったかんじだった。 「どうもこうもないだろ・・・」 この状況で、他に何を嘆くことがあるというんだ。 「バンパイアになってしまったこと以外、なにがあるっていうんだよ?」 ますます止まらない涙をかくすように、ぼくはそっぽを向いた。 「そうだな・・・すまん・・・」 クレプスリーは低く言った。 「・・・眠れないんだな、」 「眠れるわけないだろ。心がぼろぼろなんだ」 眠れない夜。よくママはぼくによりそって眠るまでそばにいてくれた。最後の夜も、 やさしく話を聞いてくれたんだった。思い出すと途方もなく懐かしい。ますます目が 熱くなる。 クレプスリーは、何も言わずにぼくの横にそっと座った。やさしく肩に手をまわして くる。クレプスリーは、最初に思ったほど悪い奴じゃない。それは、ここ数ヶ月の旅 でわかってきたけど、それでもぼくはクレプスリーを許すことはできずにいた。 「我輩はあまり得意ではないのだが・・・眠れない時には・・・」 クレプスリーは言葉を切り、小さく息を吸った。そしてゆっくりと小さな声で奏でだ した。歌だ。子守歌。古めかしくてやわらかい旋律。夜風にのって流れるように。ぼ くの耳から心へ染み込んでいく。胸のあたりがじわじわと熱くなった。ぼくはクレプ スリーにそっと寄り添い、その体温を感じながら歌を聞いていた。 やがて歌い終わるとぼくは、呟くように言った。 「・・・下手くそだね」 クレプスリーは、少しぼくを睨んだけど、すぐそばからぼくはつけたした。 「もう一曲」 少し笑った。クレプスリーも顔をほころばせる。 「アンコールをもらったのは、はじめてだ」 「下手くそだからだろ、」 「聞きたいくせに」 二人で肩をゆらして笑う。それからクレプスリーが歌う。ぼくはその声に聞きいる。 もう昔のことだ。とても遠い過去の話。でもそれがたしかな最初の一筋。それかから 心のほつれが少しづつ解けていった。そしてぼくは、あんたを恨まなくなって、やが て親しみをおぼえ、いつしかかけがえのない人になっていた。そして・・・。 そして、そしてあんたは・・・・・・ 死してなお、勝利の栄冠に輝かんことを! あんたは死んだ。 炎の中で灰へと帰り、消えてなくなった。もう体を抱きしめることすらできない。 憎しみに人生をゆだねるな、かたきはとらなくていいと、あんたは言って死んでいっ た。 でもどうすればいい。寝ても覚めてもぼくの心の中でうずまいている。 今頃になって忘れていた過去がよみがえって、ぼくを果てしなく苦しめる。あの時寄 り添った体温。包み込むような歌声。・・・もう二度と戻りはしないのに。子守歌を 聞きながら眠ってしまったぼくをクレプスリーがベットまではこんでくれた、あのや さしい朝は二度とあじわえないのに。 「ばかだな、ぼくは・・・」 あの時さんざん泣いていたのに、肝心な時には涙が出ないなんて。ごめんね、クレプ スリー。 ぼくは灰になったクレプスリーを見つめながら、声に出さず呟く。 どうすればいい?こんなにあんたのことを考えてしまう。思い出すのはつらいのに、 忘れるのはもっとつらい。どうすればいい?選べるはずもない。 みんな途方にくれて動けずにいる。ぼくもだ。もう一歩も動けない・・・。 『そんな生き方をされたら我輩は楽園で魂が休まらん』 ゆらぐ炎の向こうに一瞬見える幻。ふっとよぎった声。 「・・・・・・!」 ぼくは声にならない叫びで、その名前を呼んだ。胸が熱くなる。 絶望?復讐?違う。こんなの間違ってる。クレプスリーはぼくになにを願った?歪ん だ生き方をするな、そう言っていたはずだ。ぼくは灰を見つめる。それからぎゅっと 目をつぶる。 そうだ、忘れちゃいけない。あんたの言った言葉、願ったこと。そしてぼくがするべ きこと。ぼくはここで立ち止まってはいけない。途方にくれているわけにはいかない んだ。たとえどんなに苦しくても、進まなくてはならない。自分自身が望む未来のた めに。守りたい人達のために。 だからぼくは・・・。 ぼくはゆっくりと目を開く。そして終わってしまったと実感するようで怖いけど、痛 む胸と悲しみをおさえ、はっきり声にしてクレプスリーに最後の言葉をかける。 「ぼくは・・・大丈夫だよ。だからやすらかに、楽園から見守っててね・・・」 一番つらい最後の言葉。でもこれは決意だから。 「さようなら、クレプスリー」 ぼくは、クレプスリーの死んだ世界に生きている。それはかすかに空気をゆらして現 実に広がっていった。でもぼくは決して忘れない。クレプスリーと出会って、共に過 ごした年月。笑った時のこと、泣いた時のことも。思い出して胸が痛む今この瞬間 も、想い、意思、言葉も全部、あんたの残してくれた遺留品だから。それを形見にぼ くは生きていく。この心にいつまでも、すべて背負って生きていくから・・・。 ぼくは、炎の中くすぶる灰に背を向けた。 二度とふりかえることなく、歩んでいく・・・。 ********* 北出菜奈さんの歌をイメージして書きました。「遺留品」と「瞬間」の2曲。タイト ルは前者をとりましたが、どっちもいいのでどっちもって感じでお願いします(何を ?)。鋼の錬金術師のエンディングとして有名な「消せない罪」のカプ曲です。ぜひ ご試聴ください。とってもいいですよ。 さて、九巻!やれ九巻!クレさ〜〜〜〜ん!!(号泣)ちょっとばかみたいに語らせ てください。 クレプスリーとは読者一行、一巻からの長い付き合いなわけですよね。これはもう身 近な人の他界に匹敵するショックです。ダレンもつらいだろうけど読んでる私らもつ らいわ!みたいなね。 でもクレさんの遺言だし、ダレンは強い子です。がんばって生きていくんだと思いま す。むしろがんばれ!!(応援) そんなわけで、書いてみたクレさんの死を乗り越え、強く生きていくダレンの話でし た。鎮魂小説です。心持。いつかシリアスでクレさん書きたいと思ってたけど、まさ かこれが最初になるとは・・・(沈)。 03.11.16