この手の中の殺意と夢



暑い。
辺りは目にしみるような赤色。 火?血?いや、夕陽かな。
夕陽がすべてを赤く照らしているんだ。夏なんだろう。沈みかけた太陽なのに、こん なにも熱をもっているんだから。
「聞いているのか?」
急に声をかけられてぼくは、びくっと体をふるわせた。
顔を声の方に向けると、ドルトン先生がぼくを睨んでいた。ぼくは、驚いた。バンパ イアになって以来、もう二度と会うことはないだろうと思っていたのだ。
「先生、どうしてここにいらっしゃるんですか?ぼくは、てっきり…」
「どうしてだって?」
ドルトン先生は、驚いて声をあげた。
「ダレン・シャン、君にとって教師が職員室にいることは、そんなに珍しいことなの かね?」
なんだって、職員室?
ぼくは、言われて初めて自分のいる場所を認識した。
「えっと…いえ、すいません。なんの話してましたっけ?」
ぼくが曖昧な返事を返すと、ドルトン先生は深いため息をついた。本当はなん分も前 から、ぼくのことを叱っていたに違いない。
「もういい。帰りなさい」
ドルトン先生は、ノラ猫でも追い払うように手を振って、ぼくを見送った。
ぼくは、職員室を追い出されて廊下をとぼとぼ歩いた。
とても不思議だった。なんで学校にいるのかな。夢をみているんだろうか。
ぼくは、頬をつねろうかと思ったけど、目が覚めるかもしれないからやめておいた。
夢でもいい。もっとこの世界にいたい。人間の世界に。パパやママに会いたい。アニ ―に会いたい。スティーブに会いたい。 たとえそれが、まやかしだとしても…。
ぼくは、教室の前で足を止めた。誰かの笑い声が聞こえる。
中を覗くと、トミーとアランが話をしているているところだった。その手前に座って いるのはスティーブだ。後姿でもぼくが見間違えるわけない。
「ダレン」
ぼくに気付いたアランが言った。トミーもスティーブもこっちに目を向ける。
「何はなしてたの?」
ぼくの問いに答えずに、トミーが聞き返す。
「どこ行ってたんだよ?」
「先生に呼び出されちゃってさ」
ぼくが歩み寄るとアランに小突かれた。
「なに悪いことしたんだよ?」
自分でもよくわからないので、ぼくは適当に笑い返しておいた。
ふと、視線を感じて振り向くと、スティーブがぼくのことをじっと見つめていた。
スティーブは、なぜかとても驚いた顔をしていた。まるでぼくがここに存在するの が、不自然なことだというように。
ぼくは、スティーブに見つめられるととても胸が苦しくなった。
悲しくて切なくて、涙が出そうになったけど、なんとか笑顔をつくってごまかした。 でもそれ以上見ていられなくって目をそらした。何か他事に気をそらしたかったけ ど、何もぼくの心をはなってはくれなかった。
ガタンと音がしてぼくは、振りかえった。スティーブが立ち上がったのだ。他の話題 で盛り上がっていたトミーとアランもはっとしてスティーブの方を見た。
「どうしたの?スティー…」
ぼくが最後まで言い終わる前に、スティーブがぼくをぐいっと引っ張った。
あっと思ったときには、もうスティーブの腕の中だった。
「なっ…何?一体どうしたの、スティーブ?」
ぼくはさっぱりわけがわからず、オロオロするしかなかった。しかもスティーブは、 ぼくの肩に顔をうずめて、小さく震えながら泣いていた。理由なんてわからない。で もぼくの前でスティーブが泣くことなんて、めったにないからぼくはとても悲しく なった。
ぼくもスティーブの首に頬をくっつけて、抱きしめ返してやった。スティーブは、あ たたかくてとてもいい匂いがする。
その時ぼくの気持ちがどんなだったかなんて、人間にはきっとわからないだろう。
ただ親友を抱きしめていたいだけなのに。ぬくもりを分け合って、なぐさめてやりた いだけなのに。 体の奥から強い欲望があふれ出して、どうにも我慢できなくなってしまう。
体が勝手に動くのならまだ耐えられるけど、そうじゃなくてぼくは、欲望に負けて本 能にしたがってしまったんだ。
ぼくはゆっくりとスティーブの首に噛みついた。
スティーブの肌はあたたかくてやわらかい。歯を立てると簡単に傷がつき、血の濃厚 な味が口に流れ込む。それをぼくは、舌で愛撫して喉に通す。
ああ、ぼくは狂っているのだろうか。こんなにも悲しくて苦しいのに、ぼくは今、た しかに幸福感で満たされている。
「ごめんダレン。俺、おまえのこと…」
スティーブは、よっぽど何か熱心に考え事をしていたようで、ぼくの行為に気付いて いなかったけど、時間の問題だった。
「ごめんなダレン。これからもずっとおまえは…」
スティーブは、言い終わる前にぼくを突き放した。ぼくのおぞましい行為に気付いた のだ。スティーブはぼくのことを、まるで化け物でも見るような目で見つめた。
ぼくは、口についたスティーブの血をぐいっと拭った。
「スティーブ、どうしたのさ?もっと吸わせてよ」
ぼくは、もう自分が何を言っているのか、さっぱりわからない。狂気が先走る。欲望 があふれ出す。
「こんなのじゃ足りない。もっとほしい。もっとおまえが」
「ダレンっ…」
スティーブの呼ぶ声が耳にとどく。
いつの間にか世界は変わっていて、辺りは真っ赤な空間だった。スティーブとぼくだ けが存在していて他に何もない血色の世界…。
「スティーブがほしい。おまえの全てがほしい。その血も肉も骨も…命も。全部ほし い」
正直、今のぼくはスティーブがこいしくてしょうがなかった。もちろん良くない意味 でだ。バンパイアの本能が、体の底から求めている。親友をこんな形で求めるはめに なるなんて、思ってもみなかった。
「い…やだ」
スティーブのかすれた声が聞こえる。
ぼくは、とても悲しくなった。スティーブを傷つけたくなんてない。でもぼくの目の 前でスティーブは、血を流し、おびえている。
どうして、こんなことになってしまうんだろう。
どうしてそんなふうにぼくを見るの。
苦しいよ、スティーブ…。
「どうして?ぼくたち親友だろ?」
ぼくは、なんとか欲望をふりはらい、スティーブの頬に手を触れた。それからぼく は、スティーブを抱きしめようとしたけど、それは出来なかった。
「!」
きっとスティーブは、ぼくが噛みつくと思ったんだろう。それを防ぐために、ス ティーブの手がぼくの心臓をつらぬいた。
「ス…ティーブ?」
ぼくは、血を吐きながらスティーブを見上げた。スティーブもぼくを見つめていたけ ど、その目にうつるのはこのぼくではなく、汚らわしい気狂いのバンパイアだった。
ぼくは辛かったけど、少し楽になった。スティーブを殺さずにすんだから。いや、心 臓が壊れて感じる心をなくしてしまったせいかもしれない。でも悲しみは海のように 深く、ぼくの頬を涙になってつたう。
今の僕達は、こんな形でしか触れ合うことができないんだ。
もう二度と、昔のように笑い合うことなんてできない。永遠に…。



まぶたを開くと小さな滴が頬をつたって流れた。
やはり夢だった。目が覚めたぼくは、シルクドフリークのテントの中、毛布にくる まって眠っていた。 ぼくは、胸を押さえた。心臓が苦しい。まるでぽっかり穴が開いたようだ。胸の中が からっぽで、ひどく寂しく悲しい。
ぼくは、となりで眠るエブラを起こさないように、そっとテントを出た。
外は少し肌寒い。ひんやりとした空気が体を包み、ぼくは身震いした。夏なのにどう してこんなに寒いんだろう。きっと北の方にいるからだ。
人間だったころ住んでいた町の夏は、もっと暑かった。熱をおびた風が南から吹いて きて…。真夜中でもぼくは時々、目を覚ましてわくわくしたりしていた。夏はぼくに とって、解放の季節だったんだ。
なのにどうしてここは、こんなにも凍えているんだろう。まるでぼくの心のように。 どうしてぼくは、こんなところに行きついてしまったんだろうか。
ぼくは、空を見上げた。夜空には満点の星が散りばめられている。
悲しいくらいに美しい夜空。スティーブもこの空を見上げているだろうか。きっとそ うだ。
たとえこの空の星のように何光年もはなれたとしても、ぼくはこの体で、心でス ティーブの存在を感じる。
それなのに、ぼくとスティーブの心の距離はとても遠い。
同じ空を見上げていたとしても、あの闇に輝く星よりもはるかに、ずっと。
気が遠くなるほどに・・・。
ぼくは、空に手をのばした。空はまるでぼくを見下すように高く、けっして掴めな い。
「…スティーブ」
のばしたぼくの手の先で、流れ星が一筋走った。
まるで夜空が涙をこぼしたように。


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はい。後編、ダレンサイドです。
夢の中ですら行き違う二人。私がダレン小説を書くと全体的に手におえないくらい悲 愴的になりますな。なんか。話は暗め、セリフはエロめ(笑)、その辺がみそです。

                                              02.4.13→03.2.15

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