月心中



気が遠くなるほど青い空に月は、白々といまにも死にそうだ。
月は闇がなくては輝けない。

土曜の昼のこと。
暇をもてあますように向かった公園で、ぼくは、見なれた姿を
見付けた。ぼくは、手を振ってそいつを呼ぶ。
「スティーブ…」
広場の向こうに茂る木々の影でスティーブは、ベンチに座っている。
木漏れ日が影に落ち、きらきらと光っていた。
「スティーブってば、ねえ、」
声が聞こえないのだろうか?スティーブは、さっきから地面を見て
ばかりいる。歩み寄り、また声をかけようとしたけど、ふと顔を
上げたスティーブと目が合い、言葉を飲んだ。
その瞳は潤み、透明な滴が頬にひとすじ流れていたのだ。まるで今日
の空のような澄んだ涙。表情のなかったその顔に、ふいに笑みがこ
ぼれる。
「ダレンじゃないか。何してるんだ、こんなところで」
スティーブは、泣いていたことを隠そうとはしなかった。めったに
スティーブは泣いたりしないけど、めずらしく泣くことがあった時は、
いつも隠そうとかごまかそうとか、そういうことを一切しない。
スティーブは、恥じなくてはいけないような軽いことで、涙を流したり
はしないから。きっと家で何かあったんだろう。スティーブの家庭事
情は複雑で、その辺のことは、ぼくもよく知らないし、聞けないのだ。
「ダレン?驚かせちまったか、」
ぼくが言葉につまっていると、スティーブは苦笑して、涙を拭おうと
手をあげた。ぼくは、その手をつかむ。
「いいよ、スティーブ。気をつかわなくても…」
それからぼくは、スティーブの横に腰を下ろした。
「待つ…からさ…」
手は繋いだままだ。ぼくは、天を仰いだ。木の葉の向こうに青がにじ
んでいる。それを見つめながらぼくは、無力な自分にうんざりしていた。
親友が泣いているのに。ぼくは気がきいた言葉も思い浮かばないし、雰
囲気を変えるようなこともできず、ただ黙って寄り添っていることぐら
いしかしてやれない。ただ困惑するだけの自分が、惨めで歯痒い。
繋いだ手から熱がつたわり、二人の境界がなくなりかけるころ、ようやく
スティーブは口を開いた。
「…もういいよ」
スティーブは涙を拭って、ぼくに笑いかけた。
「ありがとう、ダレン」
繋いだ手を一度強く握り、それからスティーブは手をはなした。立ちあ
がって大きく伸びをする。
「さて、そろそろ行かなきゃな…」
「家に帰るの?」
ぼくが問うと、スティーブはこっちを振り向き笑った。それは正とも
否ともとれ、答えはわからなかった。
「じゃあな、ダレン」
言ってスティーブは、かるく手を振った。
その瞬間、ふっとぼくの心に不安がよぎった。青く広がる空と白い月
がそう見せたのかもしれない。その時ぼくには、スティーブがとても
儚い存在のような気がしたのだ。あんなにかるく手を振っているのに、
永遠の別れのような気さえした。今スティーブと別れたら、もう二度と
会えなくなるような気がする…あの空の青にふっと消えてしまうよ
うな。それがとても怖かった。
「ダレン?どうかしたのか?」
気付くとぼくの手は、スティーブの服をつかんでいた。頭がくらくら
する。
「今日…ぼくの家に泊まりに来ない?」
ぼくは、スティーブを留めようとした。怖くて震えてしまいそうだ。
そんなぼくの想いを知りはしなかっただろうけど、スティーブは
あっさりうなづいた。
「いいよ。すぐ行っても大丈夫か?」
ぼくは、そっと手をはなし、うなづいた。
「ダレン?」
ぼくの様子がおかしいことに気付き、スティーブは、心配そうに顔を
くもらせた。
「なんでもないよ、」
ぼくは、作り笑いをうかべてごまかした。



家に着くと、あの陰鬱な不安はうそのように消えていった。
パパやママに突然スティーブが泊まると告げると、少しおどろかれた
けど、別にとがめられなかった。ぼくとスティーブは楽しく一日をす
ごし、あっという間に夜をむかえた。
ぼくの部屋でさんざん騒いで遊んだけど、11時をすぎるころ、もうい
いかげんに寝なさいとママに叱られた。電気を消し、一旦はベットに
入ったものの、すぐにまたぼくたちはひそひそと話しだした。
「ダレン。狭いんだから、もっとそっちに寄れよ」
「ぼくのベットだ。ご不満ならクローゼットが空いてるけど?」
ふざけてそんな事を話している内に、蹴り合いになり、ぼくとス
ティーブは毛布に絡まりながら、床に転がり落ちてしまった。
二人で床に寝て、しばらく笑っていたけど、やがて静かになった。
床に寝転がったまま、正面の窓の向こうをいっしょに見つめていた。
そこには丸い月が昼の白さが嘘のように、光々と闇に光っている。
「…消えてしまえばいい」
ふいにスティーブが呟いた。
「家も学校も友達も、なにもかも捨ててさ。ある日ふっと消えるんだ。
どこか遠くへ。もう二度と帰らない…」
ぼくはどきっとした。スティーブの顔を見たけど、その横顔は無表情
で月を見ている。昼間感じた不安が黒雲のように広がりはじめた。
「なあダレン、もしもそうなったらどうする?俺が突然いなくなったら」
スティーブは茶化すみたいに笑って言った。でも本気だ。ぼくは、
スティーブの手をぎゅっと握った。
「探すよ、探しに行く。お前を迎えに、どこへだって行く」
スティーブはぼくの方を向き、うれしそうで悲しそうな笑みをうかべた。
それからまた窓の方に向き直り、繋いだ手を握り返してきた。
「ならいっしょに行こう、ダレン。二人で。二人きりで消えちまおう」
お前をさらって行く、とスティーブは呟いた。
「どこか遠くへ、二人きりになれるどこかへ…」
スティーブはあいている方の手を空に伸ばす。手のひらが月を覆い、
スティーブの顔に影を落した。
二人だけになれるどこか遠く。それは何処?
「たとえば…月、とか…?」
ぼくが呟くと、スティーブはくすくすと笑った。
「バカだな、ダレン」
ぼくもふっとふき出した。
そしていつまでも二人で月を見上げて笑っていた。



あの日はどれほど遠いのだろう ・・・・・



「ダレン?」
クレプスリーの声にふっと我に返った。
焚き火の炎が夜の森を照らしている。空には光々と丸い月。向かい
で仮眠をとっているのは、エバンナとバンチャ元帥、ハーキャットは
隣で睡魔と戦っている。
「どうしたんだダレン、ぼーっとして?」
クレプスリーが心配そうにぼくを見つめる。なれない旅に疲れのき
ざしが出てきたと思っているのだろう。ぼくは、軽く笑む。
「なんでもないよ、クレプスリー。ただ少し…」
空を見上げる。
「昔を思い出していただけ」
闇がなくては月は輝けない≠サんな言葉をふと思い出した。
それは同時に光がなくては闇に気付けないということだ。過去は光だ
ろうか、ならば今は闇か?だからこんなにも懐かしいのか?
いくら問いかけても月は返事などしない。あの日と変わらぬ眩しさで
光っている。昼はあんなに弱々しいくせに。でもそれは皮肉なことに
ぼくたちバンパイアも同じことだ。
「もう少し休んだら出発しよう。夜は限られてる」
ぼくが言うとクレプスリーはうなづく。
「それまで少しでも眠っておけ。ダレン、先は長いぞ」
ぼくはクレプスリーに微笑みかけ、それから目を閉じる。夜空よりも
暗い闇が視界をつつむと、深い眠りがぼくの意識をうばっていった。


******
信じられないほど遅れました。申し訳ありません。
一巻に始まり七巻に終わった感じです。スティーブとダレンで会話などを
中心に、ということでしたがなかなか上手くいきませんでした。すいませんっ。
もう全てに謝罪。1000HITさとし様に捧がせていただきます。

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