白い花を君へ


その花は小さくて、きれいで、どこにでもあるつまらない雑草。
地面から短く空にのびて届くはずもなく、それでも生きていく。
つまらないうえにありふれた花。それは、キレイで儚い人の命に
よく似ていた。


二人の少年が草原に立っていた。
少し遠くに茂る森まで広がる草原には、残り雪のように白い花が
群れをなして咲いている。風が吹くと少年たちの足元をくすぐる
ようにやさしく揺らいだ。
「今年もまた咲いたんだね」
少年が言った。緑がかった肌の年長の少年だ。靴をはいていな
い足を少しあげて、つまさきで花びらをなでている。
「そうだね。なんだかあの日に戻ったみたいだよ」
もう一人の少年が言った。さっきの少年にくらべると、これとい
った特色のない子供だ。しかしその瞳には、子供が持ちえるはず
のない深いものが秘められていた。
「まるで天国みたいだ」
つぶやくように言った。彼は森の方をじっと見つめる。まるで木
漏れ日の向こうから、誰かが来るのを待っているかのように。



それは遠いむかしの話・・・・・・・・

「もちろんぼくに決まってるよ。こう見えて運動神経にはなかな
か自信があるんだから」
木の上のほうで、枝に腰掛けている少年が言った。オニオンの
ピクルスをつまみながら、下にいる少年を見下ろす。
「決め付けるのが早いよサム。まだ何もやっちゃいないのに」
木の根元に座っている緑色の肌をした少年が、上を見上げな
がら言う。
「まあね。でもすぐにはっきりするよ。ぼく学校で友達と何度か
競争したことあるけど、負けたためしがないんだから。そういう
エブラはどうなの?足は速い方?」
サムと呼ばれた少年は、ピクルスを何枚かパラパラと落としな
がら言った。
「さあ、どうかな。いままでちゃんとしたかけっこは、やった経
験ないし。まあ、でも俺たちは仕事で足腰きたえてるから、そ
れなりのもんだと思うぜ。なあ、ダレン?」
ダレンと呼ばれた少年はサムとエブラの間、中央部分の枝に
座っていた。
「うん。勝てる自信ありだね。ひごろの鍛えもあるし、それに昔、
ぼくはサッカーもしてた。かけっこも友達の中で一番速かった
もん」
本当のところかけっこの一番は、いつも彼の親友に持っていか
れていたのだが、そこは変えて話した。エブラがなんでもない
顔をして嘘をつくので、のせられてしまったようだ。犬の散歩をし
たり、団員に食事を運ぶのが足腰の鍛えになるとは言いがたい。
ぼくの知らないところでこの二人は過酷な特訓や仕事をしてい
るんだ、とサム少年にはすりこまれたに違いない。
「百聞は一見に如かずってね。とにかくやってみればわかるさ」
サムは、言って枝からおりてきた。
「そうだね。ひょっとしたらこの中でぼくが一番速いかも」
ひょっとしなくても一番速い少年がにやりと笑った。エブラが
"本気でやるなよ"と目で合図した。


三人の少年が草原に立つ。
少し遠くに茂る森まで広がる草原には、残り雪のように白い
花が群れをなして咲いている。風が吹くと少年たちの足元を
くすぐるように、やさしく揺らいだ。
「あの木に一番最初にタッチした人が勝ち、いいね?」
サムが少し遠くの森を指差す。一本だけ茂みから、にょきっ
ととび出した木があるので、彼等はそれをゴールにすること
にした。枝で一本線を引き、そこに三人は並んだ。
「位置について、よーい・・・」
サムは言いながらぐっとかまえる。ダレンとエブラも同じよう
にかまえて、ゴールの木を睨んだ。
「どん!」
声とともに三人はいっきに駈け出した。木に向かって全速
力で走る。ダレンだけは軽いランニングのような心持で走
っていたが、彼のそのスピードはエブラやサムより、いくら
か先を行けるほど速かった。本気で走れないのがくやしい、
だからせめて一番をとってやろうという魂胆なのだろう。
少年たちの一歩一歩で草が音を立てて、白い花びらが舞
った。
しかしこの勝負はけっきょく決着がつかずに終わる…。
草原をちょうど真中のあたりまで走ったところで、一番先頭
を走っていたダレンがふらりと倒れたのだ。後ろを走ってい
た二人には、それが運悪くころんだのか、何かの発作で体
をささえられなくなったのか、すぐに判断がついた。エブラ
とサムは勢いあまって少し追いぬいたが、すぐにダレンの
元へかけ戻った。
「ダレン?おい、ダレン!?」
エブラがダレンの肩をつかんで叫ぶ。ダレンの頬には白い
花びらが乗っている。倒れた拍子にそうなったのだろう。
それは瞳をとじた青白い少年の顔の上では、死人へのはな
むけのように見えた。
「ダレン…?」
サムが眉をひそめてダレンを見下ろす。エブラは今にもこ
ぼれそうなほど瞳を潤ませて、ダレンの手をとった。
「血を…ないから、クレ…言って…に・・・・・嫌だ、
いくなダレン…」
エブラが途切れ途切れにつぶやき、うつむいた。小さな滴
が草をすべって落ちる。
「エブラ、エブラ。大丈夫だよ、ほら息してる」
サムがエブラの肩を抱いてなだめる。
「ダレン、ダレン起きて」
サムが言ってしばらくすると、ダレンが顔をしかめた。
「うっ…っ…」
少し身をよじって、それからゆっくりと目を開いた。
視界に広がる青い空に目を細める。
「・・・・眩しい」
「ダレン!」
エブラが叫んでダレンに飛び付いた。
「わっ!どうしたのエブラ?」
「良かった!俺てっきりお前が…ああっダレン!!」
ダレンはわけがわからず、目をしばたく。
「えっと、もう朝?起きなきゃいけない時間だっけ?」
失神していたせいで、頭がどうもはっきりしないらしい。
サムとエブラは一度顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。それ
からけらけらと声をあげて笑いはじめる。何がおかしいのだ
ろうときょとんとしていたダレンも、間もなく意識がはっき
りしてくると、二人を睨みつけた。
「ちょっと、くらっときただけだよ。それでぼーっとなって…だ
からそんなに笑わないでくれない?」
口をとがらせて恥ずかしそうに言う。
「冗談もほどほどにしてくれよダレン…お前が死にそうになっ
た次は、俺達を笑い死にさせる気か?」
エブラが腹をかかえて、こらえきれない笑いをこぼしながら言う。
「かけっこは勝てるかと思ったけど…笑いのセンスだけは、ダレン
がピカイチだね!」
サムがくすくす笑って言う。ダレンはサムの肩をつかみぐい
っと引っ張った。
「うわっ」
サムはばたっと、ダレンの横にたおれこんだ。ちぎれた草と
花びらが少し舞いあがった。
「ダレン・シャンのお笑い劇場は終了っ。もう充分だろ?」
二人が寝転んだので、エブラもならってサムの横に背をたお
した。少年たちの視界に空が広がる。深い青をしたそこには、
気持ち良さそうなちぎれ雲が悠悠自適に流れていた。
「ぼくたち…さ」
ダレンとエブラの間で、空を見上げていたサムが、つぶやく
ようにきり出した。
「どんなになるかな…?」
その顔は空を向いたままだ。
「どんなにって?」
同じように相手に顔を向けずにダレンが聞き返す。
「大人になったらさ。どんなふうになってるんだろうかなって」
サムが言う。
「そんな先のことはわからないさ」
エブラが少し声をうわずらせて言う。自分を気遣って言ってく
れているのだとダレンはすぐに気付いた。
「ぼくがシルク・ド・フリークに入るのは大前提。その後のこ
とが言いたいんだぼくは。大人になるとね、結婚したり子供を
もったりして、友情はその影に消えて行くものなんだって。
…昔誰かから聞いたんだ」
風がやさしく少年たちをなでる。ダレンとエブラは、黙って
サムの話に耳を傾けている。
「それぞれの道を進んでも、ぼくたちは友達でいられるかな…」
未来を見据えるように空を見上げて語る少年は、自分の道が角
を曲がったすぐ先で途切れていることを知るよしもない。
「そりゃお互い変わらずにいられたらね。すっかり性格が曲がっ
たりしなければだいじょうぶさ」
エブラが言い、
「まあ少なくとも、ダレンのぼけっとしたところは大人になった
くらいじゃ、変えようもないと思うけど?」
にやりと笑った。ダレンは草をむしってエブラの方に投げたが、
はらはらと揺らぎ、ほとんどサムの体の上に舞い落ちた。
サムはくすくす笑う。
「よかった。じゃあぼくら、いっしょに大きくなって、大人になって、
それからもずっと友達でいられるね。大人になっても大人のクセ
に、時々はこうやって草の上に寝転がったりしてさ。その内歳を
とってすっかりじいさんになっちゃってさ。それでもずっといっしょ
だね」
エブラがダレンの方を見たのを、空を見上げたままのサムは気
付かなかった。ダレンがそちらに目をやるとエブラは、戸惑いがち
に顔をくもらせた。ダレンは少し目を細めて何か考えていたが、
そばから屈託なく微笑んだ。
「そうだね。ずっといっしょだ」
そう言って空を見上げた。
「約束だよ?いい?」
サムが言う。
「うん。約束」
ダレンはにっこり笑って言った。笑っているのにその顔は泣いて
いるようにも見えた。
「エブラもっ。ほら、ねえ、してよ約束」
サムにせかされてエブラは、遠慮がちにうなづいた。
「…わかった。約…束な」
エブラが言った途端、サムががばっと起きあがった。
「やったぁ!!二人に約束させた!!」
ダレンとエブラはゆっくり起きあがり、顔を見合わせ目をしば
たく。サムのはしゃぎようが尋常ではなかったからだ。
「言ったよね?ぼく。ぼくがシルク・ド・フリークに入るのは大
前提に考えてって」
「あっ!」
たしかにそう言っていたことを二人は思い出し、サムを見つめた。
「それの話に二人は同意して約束までしたんだ。これでぼくは
絶対シルク・ド・フリークに入れるね!」
サムは大喜びでさわいでいる。
「お前のねらいは最初っからそれだったのか!?」
「さあね。でも約束は約束でしょ?」
「サム!!」
怒った二人がサムにつかみかかる。サムは笑い声が響く。三人
の少年はじゃれ合うように草原を転がっていく。草がはねて、花
びらが舞いあがった。



「約束…か…」
緑色の肌の少年は、一本つんだ小さな花を見つめながら言った。
指でぴんと弾くと、花は少し空へ近づき、それから草原へと帰っ
て行った。もう一人の少年はまだ森の方をながめていた。その肩
に手をふれて緑色の少年が言う。
「行こうダレン。待ってたって、あいつは来やしない。ここは天国
じゃないし、あの日に帰ったわけでもないよ。どんなににてても…
サムはもういない」
その声にふり向かずにダレンは言う。
「ねえエブラ、あの木。…昔あれをめざしてかけっこしたよね。
けっきょく誰が一番になるか分からずじまいだったけど。三人で
走って、ぼくが転んで…」
かつて彼らがめざして走ったその木は、以前より森からはみ出
して見えた。その成長ぶりが月日の流れを感じさせた。
「あの時、転んだのはぼくじゃない…。本当に前へ進めなくなっ
たのは…」
エブラは何も言わなかった。しばらく黙り、それからダレンは
つぶやく。
「…ごめん、エブラ」
「どうして俺に謝るんだよ」
エブラはこちらに背を向けたままのダレンに、手をのばした。
そのまま振り向かせず、涙をぬぐってやった。
「行こう。あの先に墓地があるはずだからさ。これをサムに見せ
てやるんだろ?」
エブラは、やさしく笑って言った。
「…うん」
小さくつぶやいて、ダレンはうなづいた。
二人はならんで、ゆっくりと歩き出す。彼等の間には人、一人分
ほどの空間が空いている。ちょうどあの日、草原に寝転がった
三人のように。かつてはサムが居たその間に、今は一つの手
さげ鞄がゆれていた。エブラの左手とダレンの右手で持った
その鞄には、子供の字で書かれた名札がついている。
この鞄はサム・グレストのものです
鞄の口から、あふれ出そうなほどの白い花が見えている。踏み
出す時にいくらか零れ落ちた。
二人はゆっくりとした歩みで草原を越え、いつかめざしても届か
なかった木をこえて、友の墓へと向かう。
森へ入るとやさしい木漏れ日が二人を包み、行く道を照らして
くれた。



***********
ダレン、エブラ、サムの話でした。
冒頭、文末のシーンは一応サムが死んだ4、5年後のつもりで
書いてます。2巻は最後、さわやかに泣けるような終わり方を
しているので、その雰囲気を意識して書いたつもりです。無駄
にダラダラ長くなっちゃってすいません(汗)。全然収拾つ
いてませんね(滝汗)。こんなのしか書けなくて申し訳ない
です…。
4000HITセンチ様に捧げます。リクエストありがとう
ございました。

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