奇襲作戦


「…国際魔法使い連盟が1692年にこの件に関して、サミットをひら
き、徹底的に論じたのです。各国の魔法使いたちが知恵を集めたこ
の討議は…」
魔法史の教室には、教師のよく通る声が響いていた。
生徒たちが静かなのは、分をわきまえているからではなく、大半が
居眠りしてしまっているからだ。ねむけの出所は授業の単調さによる
ものがおおよそだが、室温や時間帯のせいでもあった。ちょうど昼食
後の授業なのだ。わずかな真面目に授業を受けている生徒の筆記
するカリカリという音は、不思議な催眠効果をもっていて、ますます
生徒たちの気をそぞろにさせた。そのさなか何かひそひそと聞こえる
ものがあった。
「駄目だよ。そんなのじゃ、なんの仕返しにもならないじゃないか」
「そうかな?なかなかいい作戦だと思ったんだが…」
少年たちの囁きあう声である。どうやら一番うしろの席の生徒たちが
なにか話をしているようだ。少年たちは二人とも燃えるような赤髪。
そしてまったく同じ容姿をしている。彼等は双子なのだ。
「もしも見付かって減点されたら、まったく意味をなさないじゃないか。
もっとよく考えてくれよ、フレッド」
「見付かるとはかぎらないだろう?ジョージだって本当は、ホグワー
ツを半分ぐらいふっ飛ばしてもいいと思ってるんだろ、」
なにやら穏やかではない話のようだ。
双子たちは声のボリュームをかなりしぼっていたが、教師の耳に届
かないこともなかった。教師は、こほんと一つ咳払いをした。
「では、ミスタージョージ・ウィーズリー。さきほど説明した魔法秘密維
持国際法の、第73条の内容をのべていただけますかな?」
教師は注意するかわりに、双子の片方を指名した。
「あたったぞ。お気の毒さまだな、ジョージ」
「汚いごまかしはよせよ。ぼくは、フレッドだぜ」
「そっちこそおしつけるなよ。お前がジョージだっただろう?」
「先生、どっちがジョージだったか忘れました」
教師は深いため息をつき、もう答えないでいいと言いかけたが、や
はり考え直してまた指名した。
「では、むかって右のミスターウィーズリー、答えなさい」
むかって右はジョージだった。運命は変えられないのさ、とフレッドが
歌うようにさとす。
「…はい。各国魔法政府機関は、その領土内に棲むすべての魔法
動物、ヒトたる存在、霊魂を、隠し、世話し、管理する責任をもつ。こ
れらの生物がマグルの…」
しぶしぶ立ったジョージだったが答えは完璧だった。教師は答えられ
るとは思っていなかったらしく、少なからず驚いていた。ジョージが席
につくと、フレッドが間入れず聞いた。
「耳が四つになる魔法でもつかったのかい?」
「いや、文武両道な友人をつかった」
この話の場合の武≠ニは悪戯をさしていた。前の席に座っている
彼等の友人が、羊皮紙を垂直に立てていた。きっちり行書された授
業内容の下に小さく「今回だけだからな、次は自分で考えろ」と書い
てあった。フレッドはそれを見て納得したようだった。
「リー・ジョーダン様様だ」
ジョージが頷いた。
それから授業がおわるまで、双子たちの囁き声はずっと聞こえつづ
けていたが、教師にはもう二度ととがめることができなかった。



双子たちの会議をひき起こしたのは、本日、二時限目の出来ごとだ
った。魔法薬の授業である。生徒たちは二人で一つの大鍋をつかい、
幻覚薬づくりにいそしんでいた。微妙な薬の量の違いでも失敗してし
まう、高度な技術と注意力を必要とする調合だった。担当がスネイプ
ということもあって、ペアを組んでいた双子たちもいつになく真剣だっ
た。しかしスネイプは、そんなこと気にもとめていなかった。
「ウィーズリー、薬の配分が多いぞ、ちゃんと量ったのかね?」
(かっちーん。これ六回も量りなおしたんだぜ?)
(おちつけよフレッド。完成すればこっちのもんだ)
双子たちは、スネイプに気付かれぬように、わずかに表情をかえる
だけで会話をすませた。双子たちのアイコンタクトおよび読唇術は、
おおよそこの授業で身につけたようなものである。魔法薬の授業で
は私語禁止。こればっかりはグリフィンドール生、暗黙の了解として
双子たちも守らざるえなかった。
ハリーが入学してからというもの、以前にもましてスネイプのグリフィ
ンドールを減点する回数は、増える一方だ。ほんの些細なことが減
点につながるのである。
「どうした?なぜ量りなおそうとしない?せっかく我輩がこうして注意
してやっているのに…やる気がないのでは手の施し様がないな」
(むっかーっ。やる気がないだって!?どこに目つけてんだコイツ!)
(たえろ、グリフィンドールのみんなのためだ)
今度はフレッドがジョージをなだめる番だった。
双子たちは仕方なく、また薬を量りなおしはじめた。スネイプはそれ
を見ながらあざけるように言う。
「まったく。諸君にしろ、弟君にしろ、ウィーズリーの血の者は人数が
多い分、能力の配分が少ないのではないのか?」

ガシャン!!

床でガラスが大きな音をたてて砕けた。双子たちが同時に薬瓶を取
り落としたのだ。リーがあわてて駈けつけ、二人の腕をつかんだ。
双子たちは互いに注意し合うことでこの授業での減点をおさえてき
たが、それが出来ない場合は大惨事がまっていた。つまり二人が同
時にキレた時である。
双子たちにとって一番我慢ならないのが家族を侮辱されることだっ
た。自分たちでは馬鹿にするようなことをすぐ言うにも関わらず、そ
れを他人の口から聞くと頭に血がのぼる。兄弟とはそういうものだ。
リーの適確な行動がなければ、おそらくスネイプの両頬に双子のダ
ブルパンチが食い込んでいたことだろう。
「ウィーズリー!!貴重な薬品を二瓶も無駄にした不注意さに、グリ
フィンドール10点減点!!さらに後ほど処罰をあたえる。はやく床を
片付けたまえ!」
双子たちはスネイプを睨みつけた。いつもの飄々とした表情はどこ
へやら、双子たちの顔は怒りの一色に染まっていた。
教室にいるほとんどの生徒にとって、初めて見る二人の怒りの満ち
た目は、一同を凍りつかせるものがあった。合同で授業を受けてい
たスリザリンの生徒ですら授業が終わるまで、誰一人、口を開くこと
ができなかったのだ。



「じゃあ、一体どうやってスネイプに仕返しすればいいんだ?」
魔法史の授業を終えた双子たちは廊下を歩きながら、仕返しの仕打
ちをああでもない、こうでもないと話し合っていた。
「減点されずに且、スネイプをこらしめる方法か…」
「こりゃ期末テストより難題だな」
フレッドの言葉でジョージが何か思いついたらしく、鞄の中を探りはじ
めた。
「四次元かばんに何かいいものが入ってるのかい?」
フレッドはあまり期待していないようだった。そして彼の考えどおり、
ジョージが鞄から出したのは魔法薬の教科書だった。
「ジョージ!熱でもあるんじゃないのか!?」
フレッドは、なかば呆れた顔をした。
「全然。大まじめさ」
ジョージがおちつきはらって言った。フレッドはジョージに額を合わせ
た。熱など少しもないようだ。
「正気なんだな?何かいいヒントがあるわけだ、」
額をくっつけたままフレッドが言った。2cm間の距離で目が合う。
「息がこそばい」
ジョージが身を引いてはなれた。
「照れることないだろ、」
フレッドがちゃかす。
「まさか。鏡にひたいをくっつけた気分だったぜ」
魔法薬の授業以来、双子たちは今一つ波調が合わないようだった。
平常心を乱されたせいかもしれない。いつもほどの一体感が今の二
人には感じられなかった。
「癪に障るな」
ジョージが呟いた。
「ああ。いらいらする」
フレッドが言った。
「なんでスネイプなんかに、僕たちの関係を壊されなきゃならないん
だ?」
最後は二人で声をだぶらせた。
双子たちは片手を上げて、互いの手をパンっと打った。気合いの入
れ直しだ。
「魔法薬の本に何が書いてあるんだい?」
ジョージが魔法薬の教科書を開いた。ぱらぱらとページを流し、中間
ほどでぴたりと止めた。そこにあったのは…
「くしゃも止めの薬?」
本をのぞき込んでいたフレッドは目をぱちぱちさせた。
「逆転の発想さ」
ジョージがフレッドの鼻をちょんとつついて笑った。フレッドはジョージ
の目を見て、それから自分の鼻先に視点をうつし、作戦を察した。
「作れるか?」
ジョージが問う。
「時間はかかるけど大丈夫だ」
フレッドが不敵に笑った。



双子たちは、くしゃみ止めの逆の薬、すなわちくしゃみが止まらなくな
る薬をつくる計画に打って出た。
「それを使えば奴さん、授業なんて出来なくなるさ」
「スネイプはくしゃみが止まらなくなる」
「そして僕たちは、笑いが止まらなくなるというわけだ」
双子たちは一週間後、計画を実行にうつした。彼等がねらったのは、
ハリーのクラスの授業の時間である。ハリーを目の堅きにしているス
ネイプは、この時間はつねに彼の方に意識を向けているため、気付
かれにくいとふんだのだった。実際そのよみはあったっており、双子
たちが扉の隙間から中をのぞいても、スネイプはまったく気が付か
なかった。
「フレッド、頼んだぜ」
ジョージがささやくと、フレッドはうなづき、杖を取り出した。
ジョージが薬粉の入った瓶の蓋をあける。例の薬である。
「ウィンガーディアムレヴィオーサー…」
フレッドがささやくと瓶の中から、さらさらと薬の粉が舞いあがった。
風に流されるように教室に流れ込む小さな粒たちに生徒たちが気付
くはずもなかった。だいたいこの授業で水平より上を向いている者は
いない。誰もが鍋の中を見下ろしているからだ。スネイプもその一人
で、ちょうどハリーの鍋を覗きながら、今日はどんな文句をつけてや
ろうかと考えているところだった。その頭上に小さな粉が浮かんでい
ても気付くはずがない。
「スネイプの真上っ。今だフレッド!」
ジョージが言い、フレッドが呪文を解除しようとしたその時、

バーン!!!

耳を劈くような爆音をたてて、一人の生徒の鍋が大爆発をおこした。
「ロングボトム!!」
スネイプの怒鳴り声が響いた。顔を真っ青にしたネビルは、恐怖に
目を見開いていた。
「どうなったんだ?」
ジョージがフレッドに聞いた。
「さあ?わからない」
双子たちは顔を見合わせ、また教室の方をのぞいてみた。
ネビルは石になったように固まっていた。
毎度ながらの失敗を今日もしでかしたらしい。鉄の鍋が溶けて流れ
だす、異常なまでの異臭が教室をただよっていた。
「ネビル・ロングボトム…度重なる授業妨害と器物破損につき、グリ
フィンドール…」
スネイプの言葉はそれ以上つづかなかった。へっくしゅん!と、大き
なくしゃみがそれを遮ったのだ。生徒たちにどっと笑いがまきおこる。
「やった!成功した!!」
フレッドがガッツポーズした。
スネイプはわけがわからない様子で、くしゃみをくり返している。
「フレッドっ!お前って天才だな!!」
ジョージがフレッドに抱き付いて笑った。しかし双子の作戦は完璧な
成功をおさめたわけではなかった。

くしゅん!
くしゅん!!

スネイプから感染するようにネビルがくしゃみをした。それから隣に
いたシェーマスがくしゅんとやり、次にロンがハリーが、ハーマイオニ
ーがとひろがり、あっという間に教室中の生徒がくしゃみの大合唱を
はじめてしまった。
「どうなってんだ?」
「さっきの鍋の爆発とくしゃみの薬が混ざったんだ」
双子たちは、くしゃみの大合唱を聞きながら顔を見合わせ、にやりと
笑った。そしていっきに駈け出した。逃げるが勝ちというわけだ。
走りながらジョージが言う。
「これって成功?」
フレッドは少し考えるように眉を寄せ、答える。
「成功じゃないのか。だって…こんな時なんて言うんだっけ、えーっと
…大は小をかねる?」
ジョージがバーカ、と笑った。
「さっきは天才って言ったくせに」
フレッドはふくれっつらをした。しかし側から吹き出し、少年たちは笑
い合った。



「なーに企んでんのかと思ったら。そんなことだったのか、」
翌朝、朝食の席で双子に話を聞いた友人リーは、小さくため息をつ
いた。
「なんだよ、その反応は」
フレッドがつまらなそうに言った。くしゅんくしゅんと生徒のくしゃみが
まばらに聞こえる。
「ここ一週間、お前等が授業であてられる度に答えを教えてやったの
は誰だと思ってんだ」
なんだかんだ言いつつも結局、双子があてられる度リーは、答えを
教えつづけていたのだ。
「はい。リー・ジョーダン様様です」
「美しい友愛のたまものです」
「そりゃどうも」
きらきらと目を輝かせる双子を軽くスルーして、リーはトーストをかじ
った。また誰かのくしゅんというくしゃみが聞こえる。
「おかげさまで処罰はチャラになったし、大成功だったよな」
そのかわりにネビルが悲惨な処罰をうけたことを、双子たちは知らな
い。
くしゅんっ。
今度はすぐ後ろで聞こえた。
ふり返ると双子の弟が食事をすませて、大広間から出て行くところだ
った。
「ロン!」
ロンは双子達に呼ばれると、鼻を手でおおった。
「やあ、フレッド、ジョージ、それにリー。おはよう」
こっそり後ろを通るつもりだったようだ。
「ロニー、鼻が真っピンクだぜ?」
フレッドがロンの手を力ずくではがした。
「そんなこと…くしゅん!…ないよ」
「本当だ。風邪ひいてんのかロニー?」
双子たちがかわるがわるにロンの鼻をつまんでちゃかすので、ロン
はあわてて逃げ出した。
「お前等ひどくない?」
リーはコーヒーをすすりながら言う。
「どこが。これも立派な愛情表現ってやつだぜ?」
フレッドがポテトに砂糖をかけながら言う。
「そうそう愛の形なんですよ。わからないのかね?」
ジョージがパーシーのモノマネで答えた。フレッドがポテトをスプーン
にのせ、ジョージにさしだす。ジョージはそれをぱくっとやり、あと3杯
くらい、と言った。フレッドが砂糖を3杯ポテトにふりかける。リーはそ
れを見ながら眉をよせた。
「わかんねーな」
「リー、愛に飢えてんのか?」
ジョージが片眉をさげる。
「じゃなくて。お前等が何考えてるのかわかんねーって言ってんだ
よ」
双子たちは顔を見合わせ、それから彼らにしてはめずらしい屈託の
ない笑顔をつくった。
「それがぼくらのいいところだろ?」
リーはやれやれという顔で双子たちを見ていたが、心の中ではそう
かもしれない、と思った。だが別の言葉でごまかした。
「甘くしすぎだろ?」
双子たちは性懲りもなくきき返す。
「それはポテトのこと?」
「それともぼくたちのこと?」
リーはもう何も言わず苦いコーヒーを飲み干し、朝食も話も終わりに
した。



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ハリポタ久しぶりもいいところのアップです。書きかけでなくしていた
小説を発見したので完成させてみました。大部分は去年か去々年に
書いたものです。やはりハリポタといえば双子(って言うかウィーズリー?)
ですよねv
最近しきりに友人が親世代をプッシュしてきますが、私的にやはり双子
は不動の地位です。萌え萌え〜。とか言いつつまだ4巻読んでなか
ったりする…(遅)。なんしとんねんってかんじですね。
                                     03,11,3

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