Kの昇天―或はKの溺死― 作 梶井基次郎 私はあなたのお手紙ではじめてK君の彼地での溺死を知ったのです。 私は大層おどろきました。と同時に「K君はとうとう月世界へ行った」と思ったのです。 (本文中抜粋) 海辺の地Nの旅館に泊まっていた私(=主人公の男性)は、寝付けないある満月の晩に、 海岸へとでていきます。そこで私は奇妙でどこか物悲しげな青年、Kに出会います。 浜辺でKは、海に背を向けて月光でできた自分の影をみつめ、前に進んだり後ろに引いたり を繰り返していました。私が声をかけると、「Kは自分の影をみていた」、そしてそれは 阿片のごときものだ、と答えます。「影ほど不思議なものはない。影をみつめていると その中にだんだん生物の相が見えてくる…」 Kが月光の影に垣間見たものはなんだったのか?彼の溺死に対する主人公の確信とは? 感想 梶井作品の中ではおそらく「桜の樹の下には」が(あるいは檸檬が)一番有名なんでしょ うが、私はこれが一番好きです。つうかむしろこの世に存在する短編小説の中で一番好きです。 読むべきだ〜これは。この物語は、とにかく雰囲気がいいです。Kという影を愛でる怪しくも 儚い病的な青年。彼の雰囲気が独特で良い。さらに本文は、Kが溺死したことを前提に、そう なった経緯はこうなんではないんだろうか?というふうに書かれた手紙文なんですね。 死んだ人間について書かれた、月と影のお話。うーん、いいかんじだ。ドッペルゲンゲルの 口笛もいい。 奇異なものに無性に惹かれてしまうときや、魅せられてしまうということが誰にでもあると 思います。梶井基次郎とはそういう類の怪しげな衝動を(特に闇や影といったものに対して) 強く根底にもった人だったのではないかと思います。そこを根深く探求していったものがこのK の昇天という作品だと思うのです。ぜひみなさんも夜の海岸へ行くことがあったなら、K君 の真似をして影を追ってみましょう。くれぐれもひきこまれすぎて溺死してしまわないように 注意しながら、ね。