秋の風物詩 〜焼き芋〜
「さっむーい」
部屋に入るなりの敏生の声に、居間にいた森は慌ててエアコンのリモコンを確認する。もう季節は秋になってエアコンはつけていないのに、一夏の習慣とは恐ろしいものだ。暑さに弱い森は夏の間中、エアコンをフル稼働させて、森の体を心配した敏生から怒られ続けていたのだった。
「ただいま帰りました。外はもうすごく寒くなりましたよ」
寒さにも負けない元気な声で、敏生はソファに座っていた森に声をかける。
「お帰り。もう秋になったからな」
「そうですね。葉っぱも色づいたし、紅葉色のカーテンと絨毯がきれいでしたよ」
その情景を頭の中で思い出しているかのような話し方で、敏生が続ける。
「落ち葉を一生懸命に掃き集めている人もいたけれど、風が強くて大変そうでした」
森は敏生の話に耳を傾けていたが、敏生が何か言いたいことを我慢していることに気付いた。
「何か言いたいことでもあるのかい?」
森が話を向けると、敏生は戸惑いながらも話し始めた。
「えーとですね、庭にもいっぱい落ち葉がありますよね。だから、僕が頑張って掃き集めるから、天本さんや小一郎と焚き火でもして…ついでに焼き芋でもしてくれたらいいなー、って思っていたんですけど…無理ですよね?」
おずおずと上目づかいで森を見ながら、敏生は自分が考えついたことを話した。一方、森は控えめな敏生のお願いがいじらしいと思えて仕方がなかった。そこで、
「焼き芋はついででいいのかい?君にとっては、それこそがメインじゃないのかい?」
と、遠回しに了解という意味の返事をする。
「えっ、じゃあ、いいんですか?ありがとうございます」
本当に嬉しそうな笑顔を見せる敏生につられて、森は顔を笑みの形に変える。
「それなら、サツマイモを用意しないとな。今、家にそんなにたくさんあったかな」
笑顔をうかべていた敏生も、そんな森のからかいに、頬を膨らませながら言い返す。
「もう、僕はそんなに食いしん坊じゃありませんよ。僕と天本さんと小一郎の分で3本あれば、十分です」
その言葉に笑みを深くしながら、森は答えた。
「分かったよ。でも、今日はもう夕方だから、明日にしよう。明日の昼から落ち葉を集めれば、おやつに焼き芋を食べれるだろう?」
怒っているかのようにしていた敏生は、すぐに表情を嬉しげなものに変え、元気良く返事をした。
「絶対ですよ。明日は焼き芋ですよ」
次の日、森の式神の小一郎に手伝ってもらいながら、頑張って落ち葉を1ヶ所に集めた敏生は、念願の焼き芋を手に入れた。
焼き芋を1本もらった小一郎は、どこかで1人で食べようと姿を消し、庭には森と敏生の2人だけが、焼き芋を手に焚き火の前に残る。
「美味しいですね、このお芋。やっぱり、やって良かったです」
もぐもぐと焼き芋を食べながら、嬉しそうに話す敏生を見て森は、心の中まで暖かくなるかのようだった。
「そうだな。確かに、庭の落ち葉も掃除できたし、美味しい焼き芋もできたしな。君も喜んでくれてよかったよ」
自分の分を食べ終わってしまった敏生のために、森は自分の焼き芋を半分にして片方を敏生に差し出しながら、言葉を続ける。
「昔、河合さんと1回だけ焼き芋をしたな。2回目だけど、俺にとって、今回は最高に美味しい焼き芋だったよ」
そんな森の発言に対して敏生は、照れながらも話し始めた。
「今回だけじゃないですよ。これからずっと一緒にすればいいじゃないですか。毎年毎年、この庭に落ち葉がたまったら、焚き火をして焼き芋をすれば、毎年、最高に美味しい焼き芋が食べられますよ。約束しましょう、来年も再来年もずっと、焚き火して焼き芋を食べようって。最高の焼き芋を作ろうって」
そんなこんなで、その年から天本家では、焚き火で焼き芋が、毎年恒例の秋のイベントとなりました。
おしまい
(2005/10/29)
季節ネタです。
何となく寒くなってきた頃に、「ああもうこんな季節…」なイメージで。
基本チキンなので焼き芋は石焼き芋で買う勇気が出てこない…。
やっぱり美味しいのかな?