☆ 勤労感謝の日 ☆
それは小一郎の一言から始まった。
「おい、うつけ。何故、あのバスとかいう乗り物は、正面にあのような旗をつけておるのだ?」
「 えっ?あぁ、あれはね、今日が国民の祝日だからだよ」
仕事で忙しく、手が放せない森から頼まれた買い物に行く途中で、小一郎のいつもの質問攻撃が始まった。
「 国民の祝日?何だそれは」
「 ええと、祝日なんだから、お祝いの日・・・。年に何回かお休みになるんだよ」
敏生は小一郎の問いに、一生懸命答えようとした。
「えーと、みどりの日とか、子どもの日とか色々なお休みがあって、今日は勤労感謝の日なんだよ」
「勤労感謝の日?」
知りたがりの小一郎は、なおも質問を重ね、敏生は内心頭を抱えてしまう。
「勤労感謝の日は、働いている人に、いつもお仕事してくれてありがとう、ってお礼を言う日・・・。小一郎、急いで買い物して帰らなきゃ!」
何かを思いついたような敏生は、慌ててスーパーマーケットに向かって走り出した。
「おいっ、うつけ!如何した。待たぬか」
いきなり走り出した敏生においていかれそうになった小一郎も、後を追って幾分早足になった。
その後、頼まれた買い物をできる限り早く済ませた2人(主に敏生)は、程なく家に帰り着いた。敏生はその勢いで、森の部屋の前まで来たが、森が仕事中であることに思い至り、控えめなノックをして、扉を細く開けてみる。
「どうした?入っておいで」
ちょうど休憩中だった森は、覗き込んだ敏生を招き入れた。
「ただいま帰りました、天本さん。頼まれていた買い物、全部買ってきましたよ」
少し得意げに胸を張り、敏生は森の前まで歩いてきた。
「ありがとう。でも、思っていたより随分早く帰ってきたんだな」
「それは・・・。あの・・・」
何かを言いよどんでいるかのような敏生に対し、森は不思議そうに言葉を促した。
「何かあったのか?」
「スーパーに行く途中で、今日は勤労感謝の日だ、って小一郎に話していたら、天本さんにいつもありがとう、って言わなきゃと思って、急いで買い物を済ませてきたんです」
言葉を探しながら話す敏生を、森は暖かい目で見守る。
「それで早かったのか。でも、勤労感謝の日は何か関係があるのかい? 」
「だって、天本さんはいつもお仕事もあるのに家のこともやっているし、今日は働いている人にありがとうを言う日だから・・・」
自分の言いたい事をうまく伝えようと、言葉をつなげる敏生を制止させ、森はその身体を抱き寄せ、低く囁いた。
「俺の方こそいつもありがとう」
囁きと一緒に、森は敏生の額にキスを落とした。
敏生は恥ずかしそうに広い背中に腕を回し、2人はしばらくの間、そのままでいたのだった。
(2005/10/29)
季節ネタです。
何か書きたいけど何を書いていいかわからなくなった時に勢いで書いたものです。
勤労感謝の意味を勘違いしている感が否めません。