bitter-sweet kiss






 ラエスリールは呆然としていた。
 というよりも、何語起こっているのかさっぱり分からない――という顔をしていた。
 やたら広い車の中、しかしなぜか自分の隣に――他にも座るところは山程あるはずなのに、である――座る青年は、そんな彼女など どこ吹く風といった様子で反対側の窓の景色を見ていた。
 そんな青年をちらりと一瞥して、そして気づかれないようため息をついた。









 今日という日は、いつもと変わらない一日だった。
 朝六時に目覚ましで起こされて、準備をして下の階へ降りる。
「おはよう、ラエスリール」
「おはようございます、母さま」
「おはようございます、姉上」
「おはよう、乱華」
「おはよう、ラス」
「ああ、おはよう。緋稜姫」
「…おはよう」
「おはようございます、父さま」
 それぞれに挨拶を終えてから。この家の朝食は始まる。
 今日の食事はトーストとスープとサラダ――ごくごく一般的なそれである。
 ちなみに、この家は朝はパン派だった。
 そしていつものように食べ終わって、学校に行く――三人とも同じ学校なので、一緒に登校する。
 ちなみに、ラエスリールと緋稜姫は双子の姉妹なので学年は同じ、乱華はひとつ下の学年である。
「「「いってきます、母さま」」」
「いってらっしゃい、ラエスリール、緋稜姫、乱華。気をつけるのよ?」
 そう言って見送られる――これもいつもの光景だ。
 そしてそう距離はない学校に言って、いつもと変わらず授業を受けて、またいつもと変わらず――いや、今日は珍しく友人のサティ ンと帰る約束をし、それから彼女と一緒に靴箱を出たところまではよかったのだ。
 そこまでは、少なくとも“いつも通り”だったのである。
「あら?何かしら、あれ」
 校門に、ものすごい人だかりが出来ていた。
 外に、外国製と予想される高級車が止められている――それだけで十分すぎるほど異常な事態だ。
「…ね、ラス。ちょっと行ってみましょ」
 ここで少なからず興味を持ってしまったのがいけなかったのかもしれない。
 サティンに連れられて人だかりの原因となっている人物を見た瞬間、息を飲む。
 …美しい。
 最初の印象がそれだった。
 深紅の髪と瞳。
 白磁の肌に軽く伏せられただけで長いと分かる睫毛。
 すらりとした均整の取れた体。
 繊細でありながらしかし軟弱さを感じさせない…めったにお目にかかれない「美青年」がそこに立っていた。
「………すごいな…」
 すごい、としか言いようがない。
 美形揃いの家族に生まれ、それなりに見慣れているラエスリールでさえ、圧倒される。
 特にあの深紅。
 あざやかながら闇に融けるような。
 その色を以前見たことがあるような気がして、ラエスリールは内心首を傾げた。
「うんうん、本っ当ーにめったにお目にかかれない美形ねー。ラスの隣にいてもまったく見劣りしないわあ」
「…それは当たり前だろう。わたしはちっともきれいではないのだし」
「あら、まーだそんなこと言ってるの!? いいことラス。あなたは十分すぎるほどきれいなの。美しいの!分かる!? ちょっとは 自覚なさいな!!」
「自覚と…言われても………わっ!」
 サティンに詰め寄られたラエスリールは、何とか彼女を宥めようとしている途中で首根っこを掴まれた。
「…え?」
 さっきの深紅の青年、だった。
 青年はラエスリールのほうをじっと見ている。
「あ、あの…?」
 あまりにもじっと見てくるので、思わず声をかけると、青年は口を開いた。
「お前…おれのこと覚えてるか?」
「…は?」
 いきなり突拍子もない言葉が青年から飛び出し、ラエスリールは唖然とする。
「え、何、ラスってばこの人と知り合いなの!? どうして言わないのよ、水臭いじゃないのー」
 なんだか、著しく青年との仲を誤解しまくってくれているサティンに、ラエスリールは訂正を入れた。
「い、いや、違うんだサティン。わたしとこの人は会ったこともない赤の他人で―――」
「……やっぱりな。忘れてるんじゃないかとは思っていたが…案の定だな」
 そんなラエスリールの言葉を遮るように青年がかぶせて言った。
「…まあ、いい。詳しいことは後で説明してやるから、来い」
 口を開けばどこまでも尊大な態度に、ラエスリールは実のところ文句を言いたかったのだが、青年はそれを許さなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! いきなりそんなことを言われてもわたしは――…」
 そこで、言葉は途切れた。
 ラエスリールが目を見開いた先にはあざやか過ぎる深紅。
 ふわりと、青年から放たれていると推測される甘い香りが鼻腔をくすぐった。
 一瞬受ける――…甘いくちづけを。
 唇が離れて後も呆けたように立っているラエスリールを、深紅の青年がそっと肩から抱き寄せて、車に乗り込んだ。



 周りが一瞬の沈黙の後に大騒ぎになったのは、また別の話である。







出会い編ですー続きます。

ラスちゃんがいつもより乙女なのは気にしないでください。私の暴走しがちな妄想が爆発したせいです。


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