「この馬鹿! なんで性懲りもなく下心満載の連中をいいようにさせるんだ、お前は!?」
「何を言ってるんだ?この人たちはただ親切にしてくれただけだぞ」
「それが下心だってことになんで気づかない!?馬鹿かお前は!?」
「なっ…あまり馬鹿馬鹿言うな!!大体、お前が帰ってこないからわたしはっ」
「おれはひとりで酒を飲むなとあれほど言ったはずだが?それとも何か?おれが放ったらかしにしているからお前も勝手にやるってか ?なら、好きにしろよ」
「なんでそういうことになるんだ!いつまでも帰ってこないお前が悪いんじゃないのか!!」
「おれのせいか。おれが来るのがもう少し遅かったらどんな目に遭うかも分からなかったってのに、いいご身分だな」
「……どういうことだ?」
「これで理解できないお前は重症だな。まあいい、帰るぞ」
「な、ちょ、闇っ!」
「これ以上野郎共にお前のその火照った面見せんのはおれが嫌なんだよ、おれが!さっさと帰るぞ!」
 状況を説明すると。
 いつものごとく帰ってこない闇主に業を煮やしたラエスリールは、気分を変えようと酒場に行った。
 どういうわけか酒場に行くのは闇主に禁止されていたが、そんなの戻ってこないあいつが悪いと責任転嫁気味に――つまりいじけて ――結論付け、行動を起こした。
 案の定、周囲の“親切な”人たち(男)に勧められてけっこうな量を飲まされて――しかも強い酒をだ――泥酔状態になっていたラ エスリール……当然本人はそんなことには気がついていないのだが。
 とにかく、そんな彼女の元にやってきたのが先程の青年である。
 彼女のやってきた行動を見れば青年が怒るのは至極当たり前なのだが、幸か不幸かラエスリールはそういった方面はてんで理解でき ないので、これからも青年の苦労は続く…のかもしれない。
 話を戻すと。
 ラエスリールは自分が放り出したくせに怒り出した――と彼女は認識している――青年に引っ張られて、酒場を後にする。
 最初はそんな青年の態度に腹を立てていたラエスリールだが、酒場を出てからひとことも喋らない彼に今度は不安を覚える。
「……闇主?」
 とりあえず名前を呼んでみたものの、返事はない。
「闇主」
 何度か呼びかけてみるものの、やはり返事はない…どうやら、応える気は皆無らしい。
 繋がれた手がいつもより乱暴で、相当怒っていることが窺える。
 ラエスリールは、闇主の背中をそっと見た。
 酔いは、とうに醒めている。
 こんなに近くにいるのに、なぜかとても遠い。
 まるで、自分とこの青年の隔たりを突きつけられたようで。
 ラエスリールは、黒色から目を逸らして、地面をただひたすらに見つめていた。









 がちゃり、と扉が開いた。
 ああ、宿に帰ってきたんだなとぼんやり思う。
 と同時に、闇主がぐいっとラエスリールの腕を引っ張った。
「……!?」
 視界が急転する。
 ぼふっという柔らかい感触の後、ぎし、寝台が軋む。
 押し倒されたのだ、と気がつき、体を起こそうとして、両腕がいつの間にか青年の手によって固定されていることに思考が固まった。
 青年が、酷薄に嗤う。
 それは、いつもの勝ち誇った笑みか、嘲りのそれか。
 おそらく後者だろうと、ラエスリールはどこか冷静に結論を出した。
 いや、そうではない。
 冷静に考えることで自分を保とうとしているのだ。
「……どうやら、反省はしてないみたいだな」
 青年が、静かにつぶやいた。
 向けられる目はどこまでも冷たく鋭い。


 いっそ、殺してしまおうか。



 そうして………





 分からなかった。何も。
 だけど、流れ込んできた思念は身を焦がすような…激しすぎる想い。
 何か、見落としているような気がした。いや、気づかなければならないような。
 どちらにしろ、青年がそれを望んでいることだけは分かる。
 つ、と青年の細い指がラエスリールの首に触れる。
「……!」
 痺れるような痛みがラエスリールを襲う。
 そこから、赤色が流れ出しているのを彼女は確信していた。
「おれが望めば、お前の命なんぞ簡単に潰せる…なぜおれがそうしないか分かるか」
 言いながら、闇主は溢れ出た真紅を舐め取る。
 治療のためではなく、ただ為された行為に知らず体が反応した。
 くす、と彼は笑って、反対側の首に唇を寄せる。
 さっき感じたそれとは違った。
 ちくり、とした痛みと共に、闇主はあっさりと離れた。
「…………」
 分からない。
 分からない、何も。
 どうしてこんなことをしてくるのか。どうしてあっさり離れたのか。
 寂しい、と感じている自分がいるのか。

 青年は、傷跡を指で軽く拭う。
「おやすみ。いい夢を見るんだな」
 そう言って、青年は姿を消した。
 のろのろとした動きで、そっとさっき吸われたところを触る。
 途端に、心臓がばくばく主張を始めた。
「……馬鹿者。これでは、いい夢なんて見れないじゃないか」
 意地悪。
 お前は意地悪だ。
 大嫌いだ。
「…お前、なんて」
 お前なんて。
 あんな、嘘ばっかりでちっとも信用できないような男。
 それでも、脳裏をかすめるのはあの深紅。








 ただ、焦がれて。



 追い求めた。


 ただひとつの――――…。




 夜はとうに更けている。
 眠らなければ明日に支障をきたすことを理解しつつも。
 それでも、彼女は眠ることが出来なかったのである――。


Fin.



あとがき
 テーマに著しく沿ってない、という・・・すみません。
 今回の赤い人はけっこうSだったんじゃないでしょーか。
 放置プレイ(笑)
 半分意図的半分八つ当たり防止、といったとこですかね?




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