かつん。
闇の王が統べる漆黒の城に足を踏み入れる。
もう逃げも隠れも出来はしない。
それが分かっていながら…どこまでも震える、足。足取りも、重い。
主はこの城の中にいる。
自分を待っている。楽しげな顔を隠しもせずに――――。
かつん。
かつん、かつん。かつん……。
自らの靴音が、どこか別に聞こえる。
遊びは終わり。
“鬼ごっこ”は、終わりだ。
終いに…せねばならない。
かつん。
近づくたびに、重くなってゆく自らの靴音を、朱烙はどこか別次元で聞いていた。
「よく来たな。 ずっとお前を待っていたぞ」
うっすらと酷薄に嗤う――この世のものとは思えないほど美しい青年を、朱烙は見た。
父親と同じ妖主と呼ばれる存在――だけど、彼は違う。
何もかも、父とは違う…真逆、と言えるだろう。
柘榴の妖主……その名を千禍、と言う。
「名を呼んでもいいとおれが言ってやったってのに強情にも呼ばないからな、うっかり忘れたのかと思ったほどだ」
そのようなことはありえないと分かっているくせに…まるで言葉遊びのように彼は口にする。
いや、実際そうなのだろう……その証拠に、瞳が楽しげな光を宿している。
朱烙は目を逸らそうとした。
だけど、それは赦されない。
深紅……あざやかでありながら昏い、強烈なまでのその色彩。
心が灼きつくされる、その色を――見つめ続ける。
「魅入られないのは、お前が初めてだよ」
くつくつ、と楽しそうに笑った後。
ゆっくりと立ち上がった。
くい、と顎を上向かせる。
「やはり、お前は面白い……益々気に入ったよ」
近づいて、くちづけをひとつ。
紅が、何より強くその目に映る。
「こういう時は、目を閉じるものだ」
やはり楽しそうに言葉を転がした後、その耳にささやいた。
「来い……朱烙」
彼女は抗う術を持たず、否、それさえ赦されず―――。
闇の城の、奥へと進むのだ。
+
+
口惜しかった。
こんな状況に立たされておきながら何も術を持たない自分も、何ひとつ思い通りにならない自らの非力も。
いくら憎んでも、足りない。
「おれが憎いか?」
くつり。喉を鳴らして彼は問うた。
憎い?
憎いさ。憎んでも憎み足りないほどには、憎い。
だけど、もっと憎いのは。
「違う、な。自分が憎いのか」
そうやって他者にこうもたやすく心を読み取らせるような心の弱さが、憎い。
ぎり、と唇を噛みしめる。
「そんな顔をしても無駄だぞ?もっとおれを喜ばせるだけだ」
「……わたしの反応が、面白いのだろう、お前は」
「ああ、とびきり、な」
「…なら、なぜ、関係のないひとたちを巻き込んだ!?」
訊いても無駄だと思いながらそれでも訊いたのは、ある部分で信じたかったからなのかもしれない。
彼の“気まぐれ”というやつを。
「決まっているだろう? お前の反応を引き出す。ただそれだけだ」
そう嘯きながら、手を速めた。
「っ、あ、あっ!」
乱暴に扱われながら、それでも痛みはない。むしろ、優しい。
それさえも、一種の遊び…彼にとっては。
自分の気まぐれと、相手の反応を駒に見立てて。
それが見えるから……苦しくて、口惜しくて、哀しくて、彼女は泣くのだ。
もう、自分でもどうしたらいいのか分からなかった。
様々な思いが綯い混ぜになって彼女を襲う。
ただ…こうは思っていた。
「朱烙」
青年が、優しく抱きしめてきた。
その顔は、慈しみに溢れた人間らしい表情を見せていることだろう。
こいつを。
この男を。
決して許すまい、と――――……。
恐ろしかった。
いつか、憎しみや怒りが他の何かにすりかえられることを確信したから。
かれは“それ”を待っていることだろう。
また、自分のこんな心の在り様を完璧に理解し、そしてそれを楽しんでいることだろう。
だから、これは賭けだ。
「はあ、っい……っあ、ああああっ」
最終的には意地の張り合いになる未来を識り。
女は、涙を流しながら闇へと沈んだ。
その姿が誰より何より美しいことを、女は知らない。
+
+
さらり、と艶やかな黒髪を梳いて、男は女の傍らにいた。
その頬には、涙の跡が未だ残っている。
くす。
男は楽しそうであった。
いや、実際楽しくて仕方ないといった様子でくすくす笑っている。
こんな玩具は滅多に手に入らないのだ。存分に楽しまなければもったいない。
そう、彼は思っていた。
彼女は魔性だ。
しかし、その精神は人間のもの――おそらく、母親が人間である影響だろう。
その、矛盾――相反するものが共にあってこその美しさ、危うさを彼女は纏っている。
手に入れたい、と思うのが道理ではないか。
しかも、まだそれは顕現したばかりである。
花咲けばどのような美しさを纏うのか…また、どのような変貌を遂げるのか。
「実際期待以上、だったが、な」
その意味では彼女の父親と母親に感謝してもいいのかもしれない。
彼女のおかげでしばらくは退屈しなくて住むのだから。
彼女は、今はまだ眠っている。
無垢であどけない…まだ少女らしさの抜けきらぬ顔を見つめながら、青年は少女の首筋に手を当てた。
体中に刻んだしるしとは別の徴……不可視の、それ。
所有の徴。
無論しばらくはどこへも誰にもやる気はなかったが。
髪を弄びながら、なおも楽しげに見つめ続けていた。
この先の行動で、この女はいかようにも変わるだろう。
百合のように高潔にも、大輪の薔薇のようにはなやかな存在にも。
……薔薇は薔薇でも、黒赤色のそれのような毒々しい女にもなることだろう。
すべては自分次第…彼の気まぐれひとつ。
「きっと……お前はずっとおれの気に入りの玩具であり続けるだろうよ」
そう、彼女にささやいて彼はくつりと笑った。
「愛しているよ……朱烙」
優しい声で、優しい顔で。
注がれる視線の意味に気づきさえしなければ真実そうだと信じてしまいそうな…空気で。
毒のささやきをひとつ。
ここは、闇の城。
朝は訪れず、ただ夜ばかりが支配する――――…。
Fin.
あとがき
久しぶりの裏更新。千禍朱烙!! いやぁ、楽しかったなあ。
書いてて、「千禍さま犯罪者・・・」と思ってしまったのはおそらく私だけではないはず。
だってロリコンだし初めてなのに痛がってるのに止めないし監禁宣言してるしw
しーかーもー、最後のあの台詞を書くのかなり力使った・・・だって、だって世界一似合わない。気持ち悪い。
「身の毛がよだつ」とはきっとこのことだな。
でも楽しかったv 朱烙ちゃんは千禍さま(なぜかさま付けしてしまう・・・なぜ)に育てられてどんな女性になってゆくんでしょーかねvv
どれもイイと思うのよ、私的には。でも、是非魔性の女になって千禍さまを誑かしてちょーだい。喜ぶから(誰が?)。
うーん、朱烙ちゃんの性格についてですが、どうしても私が魔性っぽい性格にできなかったため、人間っぽい・・・というかもうあれってラスだよねえ・・・。
「ラスが千禍に攻められてるみたいでちょっと」な方には申し訳ない作品になってしまいました。 私も千朱は一向に構わないが千ラスは駄目だしありえないですから。
ラスのお相手は闇主って決まってるんですよ。
だから○○とかは書かないですよ(笑) 見るのは構わない(まあ・・・苛立ちはしないし)が書くとなると・・・・・・・・・色々問題アリですから。
まーモラルの問題とかありますしー(棒読み)というのは嘘でただ単に書けないだけですはい。直接的な表現が出来ないだけ。
「もっと過激に」とのことなら頑張って泡吹きながら書きますけどww 感想とか色々お待ちしております。