「女のくせにいい根性してやがるぜ」

 決着がついた後は早々にその場を去るのが彼の癖だったのだが、今日は珍しく仕合った相手に向き直った。

「これが噂に聞くヤマトナデシコってやつか?」

 悔しそうに頬を染め半身を起こした隻眼の女の顔を見下ろし、手を差し出す。

 彼女は黙って左手でチップの手を握り返して、その豊かな胸に彼が倒れ込みそうになる程の力で強く引っ張り――

「――誰がヤマトナデシコだオラァ!!」

 横っ面を張り倒した。





「姐さん、この大根もらっていいか?」

「他の人間の箸が皿の中にある時に自分の箸を入れるんじゃないよ、縁起が悪い」

 言いながら彼女が箸を引っ込める。チップは口いっぱいに大根を頬張りながら、梅喧を見つめた。

 町で偶然見かけた日本人の女剣士を拝み倒して勝負したのは、数ヶ月前の事になる。勝利した後も彼は梅喧に「日本の文化を教えろ」とまとわりつき、彼女もそれを煩がりながらも受け入れ、現在の関係に至っていた。

「ぁあ? 俺の顔に何かついてるのか?」

「いや、何でもねぇ」

 食後の茶を啜りながら訊ねる梅喧の声で、チップは我に返った。

「別に構わねぇけどよ」

 はだけた胸元に、さらりと髪が一房落ちる。思わず視線が釘付けになるが、悟られれば容赦のない裏拳が炸裂するのは分かりきっている為、慌てて目を逸らした。

「――……」

 茶碗を掻き込むチップを、面白そうに梅喧が見つめる。不意に彼女はかつて郷里で見た近所の小犬を思い出した。

「んぁ? 姐さんどこへ」

 衣擦れの音がして、チップが顔を上げる。

「――風呂」

 それだけ言い残すと、部屋を出る時一瞬だけ視線を送りながら行ってしまう。

 誘われている事に気がついて、チップは箸を取り落とした。





 まずは食器を水に浸ける。どうせ後で洗うのは自分なのだから、先に汚れは軽く流しておく。

 洗面所の方で重めの金属音と衣擦れの音がして、チップの手が止まった。

 耳を澄ますと何やらガチャガチャ聞こえる。しばらくすると苛立たしげに床を蹴る音。

「ちったぁ待ってろ!」

 言った後でこれはまた殴られるなと悔やみつつ、そちらへ向かう。

「――やっちまった……」

 ばつの悪そうな顔で梅喧が振り向いた。

 隻眼隻腕のハンデを補う為、彼女は幾つもの暗器を着物の下へ隠し持っている。

 その内の失われた右腕部分に着けている暗器を外す時に、ごくたまに袖の中で絡まったり布に引っかかったりしてしまう事があるのだ。

「悪ぃが外してくれ」

 下ろした髪に、帯が解けて肩にかかっただけの着物姿。恥ずかしい所を見られて困ったように眉を寄せて少し頬を染めた表情は、いつもより柔らかな印象を与える。

「いいから見せてみろよ」

 この場ですぐ押し倒したくなるのをどうにか我慢しながら、チップは右の袖の中を覗く。案の定、金棒と重ね刃の鎖部分が絡まって一部が袖に引っかかっていた。

「意外に鈍くせぇんだな、……っててててっ! 痛っ!!」

 後頭部に二回ほど拳骨を食らう。反射的に鎖が引っ張られて外れた。

「人の事が言えた立場かよ……ありがとな」

 梅喧がからから笑った。ゆっくり立ち上がって浴室の戸を開ける。

「先に入ってるぜ」

 そう言うとチップの唇を軽く啄ばんで、戸を閉めた。

「……お、おぅ」

 先に皿を洗っておこうかとかいう考えは一瞬で吹き飛んだ。あっという間に服を脱ぎ捨てる。

 その様子を半透明な戸の向こうで見ながら、梅喧は笑いを噛み殺しつつ思い出す。

 ――そういえばアイツも白かったな……

 それから少し時間は経って。

「熱くねぇか?」

「いや、このくらいでいい」

 梅喧はチップに髪を洗わせていた。髪に沁みこむ湯の熱さも、こめかみに触れる指の感触も心地好くて、目を閉じる。

 毎度の事とはいえ、いつもぎりぎりまで焦らされて、中々抱かせてもらえない。チップは手を止めて思わず溜息をついた。

「どうした?」

 目を開けた梅喧が悪戯っぽい口調で訊ねてくる。

「何でもねぇよ……目ぇ閉じてろ、泡が入るぞ」

 少々苛立ちを露にしてチップが答える。その様子がますますあの小犬を思い出させて、梅喧の頬が緩んだ。

 ――待て。いや違うお預けだったか?

 子供の頃、彼女は近所のペットをからかって遊ぶのが好きだった。その中でも特に、白い小犬の目の前に餌をぶら下げてぎりぎりまで「待て」と「お預け」を繰り返し、その反応を楽しむのが気に入っていた。

「テメェ……何考えてやがる……」

 ますます苛立ちを隠せない様子で、チップが泡を流しながら低く凄む。

「――何も」

 いくら梅喧でもお前を見ていたら近所の小犬を思い出した、などとはさすがに言えない。

 口篭もる彼女の姿に、ついにチップの苛々が頂点に達した。

「いい加減にしやがれ」

 背後からきつく抱き、その豊満な乳房を鷲掴みにする。しかし意外にきめ細かい肌に傷を増やす事は躊躇われて、すぐに力を緩める。

 微かに呻き声を上げ、梅喧が身じろいだ。その声をチップが聞き逃すはずもなく更に乳房に刺激を与える。背中を預けて唇を貪られながら、彼女は食い尽くされる自分の姿が浮かんでいた。

 ――小犬にだって牙はあるのだ。

 全身を撫で回していた手が不意に止まる。

「……?」

 腕の中で小さく息を吐き、梅喧はチップを見上げた。焦れて手を出してきたかと思えば、唐突に行為を中断する。いつもなら考えられない事だ。

「……体も洗うんだろ?」

 先ほど買ってきたハンドソープに手を伸ばす。ポンプを数回押すと、微かに甘ったるい桃の香りが広がった。

「ぁあ? またそれかよ……何でそんな匂いのばっかり……」

「じゃぁテメェが買いに行きやがれ」

 黙り込む梅喧の首筋に、胸に腹に、香りを摺り込むように塗り広げていく。湯船の縁に座らせ、気が遠くなるほど丁寧な指遣いで全身を洗う。

「……っ」

 目を閉じ、息を呑んで肩を震わせる。時折力が抜けたように膝が開きそうになるが、すんでのところで堪える。左腕を伸ばして白い髪をそっと撫で、また小さく息を吐いた。

 本当は両腕でしっかり抱き締めたい。

 右腕を失くした事が、こんな時は尚更悲しい。

 僅かに潤んだ目は、一体何の為なのか。

「――っ?」

 爪先に生温かい感触を感じて、現実に引き戻される。

「っな、何しやがる……んな所……」

「るせぇ、きちっと洗ってやったろが」

 右足を持ち上げられ、指を唇に含まれる。吸いついて、舌を這わせて。軽くつついてはまた吸って。

「やめ……くすぐってぇ……」

 力の入らぬ左腕で髪を引っ張る。その指にまで舌を這わされて、ついに堪えきれなくなった甘い悲鳴が上がった。

「やめろって……」

 つっぱねようとする語気もどこか弱々しく、小さく吐き出す息も次第に艶めいてくる。チップは梅喧の全身の泡を洗い流し、自分も浴槽の縁に腰掛けてからその膝の上に彼女の体を乗せた。

「なっ何しやがるてめぇっ!」

「肝心な所まだ洗ってねぇだろうが、とっとと脚開きやがれ」

 閉じようとする脚の間に膝を割り込ませ、片腕で抱きすくめた体を自分の胸に押しつけて抵抗を封じる。そして液体でぬらつく指を、濃い茂みへと忍ばせた。

「ゃ……」

「嫌だったら自分で洗って見せてくれるってのも……」

「調子に乗ってんじゃねぇよ!」

 腕の中の梅喧が勢いよく頭を上げ、チップの顎に一撃を加えた。それでも腕の力を緩めなかったのは、さすがというべきか。

「ちっ」

「ちっ、じゃねぇよ! んな時くらいちったぁしおらしくなりやがれ!!」

 今度はチップが涙目になる番だった。

 仕返しとばかりに、柔肉の近くに忍ばせたままの指で、陰核を軽く弾く。丁寧に襞を擦り泡立て、撫でるように指を滑らせては戻り、何度も繰り返す。

 腕の中で梅喧はもどかしげに身を捩った。固くなった胸のしこりがその度に擦れて、ますます煽られる。耳朶を軽く噛まれ、息を吹きかけられては舌を捻じ込まれ奥を探られて、否応なしに悲鳴を上げる。

「なぁ……」

 絡めあった舌が離れてから、どちらともなく声をかける。

「……ちっと待ってな」

 洗い流してもまだ温かなぬめりが、チップの指に絡みついた。梅喧を膝の上に乗せたまま包みに手を伸ばし――

「……?」

 ここまで来て、ゴムを買い忘れたことに気づく。

「その、たまには……生……」

「――三途を見てきな」

 ――その後の事は、まぁ、彼の名誉の為にも語らないでおこうと思う。



END


言い訳


 梅喧絡みのカップリングはソバも塩梅もよいのですが、ここはあえて千葉一押し。ジョニーの好みであるようにも思えるしシチュ的にも美味しいのですが、千葉一押し。

 しかしテスディズサイトを謳いながら裏で一番まともにいちゃついているのがチップ×梅喧ってどうよ自分……

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!