穏やかな夕陽が、街並みを赤く染め上げている。
獣は少女達の笑い声に振り返り、反射的に身を隠した。
揃いの制服に身を包みそれぞれの両手に荷物を提げ、楽しそうに談笑するその後ろを、さらに大量の荷物を抱えた黒服の男二人が目を合わせ溜息をつきながらついて来ている。
「テスタメント、もう一つまでなら私持てるから……」
「いい。あまり甘やかさないでくれ」
髪を二つに分けた少女に顔を向ける事もなく、名を呼ばれた方の男は荷物を持ち直した。
「そうだなぁ、二・三度買い物につき合わせたくらいでチャラという訳にもいかんし。ついでに船の修繕も頼むか」
サングラスの男が陽気に笑ってテスタメントの背を叩く。
少女達が再びどっと笑い、その中で彼が困ったように首を振るのが見えた。
路地裏で獣は胸を押さえた。ありえない鼓動が高なるのを感じて、目の前の壁を蹴りつける。
痛みはない。 いや、そもそも『痛い』という感覚自体を彼は知識でしか知らない。
先ほど見かけた光景を思い出す。先日イノが起こした騒動がまだ尾を引いているとはいえ、それでも互いに溝を埋めるべく歩み寄ろうとしている。
――そうして、自分に何もない事を思い知らされる。
同じ兵器として造られた彼らですら拠り所を見つけたというのに。自分にあるのは宿主の体と共に朽ちてゆく命だけ。
心すら宿主の意識が基盤となって、その上に居座っているだけではないか。
「――見つけた」
女の低く呟く声に、獣の思考が中断される。
長い金の髪を揺らし、蒼の眼光が彼を射抜く。静かな殺意に獣は安堵した。
「ゴ機嫌ヨウ。我ガ麗シノ姫君」
大げさに手を広げ、おどけた仕草で振り返る。
「乗ル訳モナイカ」
この女も、宿主に執着して自分を追っているだけでしかない。
「もう、そこにはいないのね……」
誰も彼を見ようとはしない。
獣は宿主の骸を抱きこむようにして奥へ走った。
「逃がさない……!」
ミリアは独特の前傾姿勢で獣を追った。
獣が自分を誘っているのは分かっている。それでも関係ない者を巻き込む事は避けたかった。
行き止まりで足を止め、辺りを見回す。すっかり日も暮れて、こんな裏道には月の光も射さない。
「くっ!」
地面から生えてきた手に足を取られ、転倒する。咄嗟に髪を伸ばし壁に突き立て姿勢を調えようと試みるが、続いて現れた男の姿に息を呑んだ。
「ザトー……」
かつて愛し、憎んだ男。未だに彼女の心を縛り付ける存在。
そこにはいない事など分かっている。彼女と、彼に寄生した獣が彼を追い詰め死なせてしまったのだから。
――あいつは死んで、私は自由になった。なのに何故この獣を追うのか。
獣と、抱えられた男の骸を睨む。思ったより腐敗は進んでいないようだった。足首を掴む黒い手の力が緩む。その隙を突きミリアは間合いを詰め、獣の懐に飛び込んだ。
――欠片も残さない。お前も、お前に繋がる獣も何も残しはしない。
「馬鹿ニシテナイカ?」
宿主が死んで衰弱しきっているはずなのに、そんな力がどこに残っていたのか。
せせら笑うように獣は彼女の胸倉を掴み、地面に叩きつけた。
「甘く見てたわ……」
四肢を影の手に掴まれ持ち上げられ、標本のように壁に貼り付けられる。
「我々ハ記憶ヲ共有シテイタ」
影から伸びた無数の手が触手状に変化し、滑らかな肌の上を這い回り始める。
「な……」
異様に冷たい感触とこれから行われるであろう事への予感に、ミリアは青ざめ、身を震わせた。
「知ッテイルゾ。奴ガオ前ニ何ヲシタノカ」
硬く冷たい骸の手が顔を背けた彼女の顎を掴み、自分の方を向かせた。
それがいつの事だったかさえ分からないのに、脳裏に焼きついて消えない記憶がある。
瓦礫の中をさ迷い歩いていた自分と、その手を引く大きな手。
血生臭くて所々硬くごつごつしていて、父親のそれとはあまりにも違うその感触が不安で仕方なかった。
それでも一人になってしまうのはもっと怖くて、黙って引かれるままに歩いていた。
『ああ』
『……?』
不意に男が足を止めたので、不審に思いその顔を見上げる。
『見ろよ』
崩れた壁の隙間で、小さな白い花が咲き誇っていた。
『どんな時でも花は咲くんだな』
自分と同じ金の髪には赤いものがべっとりと付いていた。青い目は暗い翳を宿してくすんでいた。大きな手は血生臭くて硬くてごつごつしていた。
それでも。
その時彼女の目に映った笑みも、確かに彼の真実だったのだ。
――どんな顔で笑っていたのかは、もう覚えてもいないけれど。
黒々とした無数の触手がまるで蛇のようにミリアの白い肌の上に絡みつき、這い回っている。
あるものはゆるゆるとただ肌を這い、またあるものは服の上からろくろのように乳房に巻きつき、その頂点を軽くつつき始めていた。
その異様な冷たさと滑らかさが、より蛇を思い出させて不快極まりないと彼女はぼんやり思った。
「それで私を怒らせてるつもり?」
不快さを隠して低く呟くと、一本一本が繊細な動きで若い肌を刺激して蠢いた。
その内の一本が口腔に侵入してきたのを、きつく噛んで吐き捨てる。
「死にたいなら協力はしてあげるけど」
骸と獣の口の端が、楽しげに歪んだ。
――ところどころ鉄骨が剥き出しになった壁と、蜘蛛の巣に捕らわれもがく白い蝶。
街灯も月の光も差し込まない暗闇に、それは不自然なほど浮かび上がってミリアの視界に入った。
「記憶ヲ共有シテイタト言ッタロウ?」
「んぅ……」
その豊かな乳房を強調するように服の上から丸く巻きついた触手の先端が、優しく頂をかすめ、なぞり、次第に弾力性を増して押し返す感触を楽しんでいる。
「オ前ノ弱イ所ナドオ見通シダ」
蠕動する触手が責める箇所にあわせて器用に太さと厚みを変え、服の間から侵入を開始した。
「ふ……ぁ」
震える膝を開かせ、太腿の内側をゆっくりと這い上がる。
「…こ…の……、――っんん……」
髪を伸ばそうとする度に肌を直接弄る触手に集中を途切れさせられる。袖から脇、脇を通って服の上から巻きついた触手をくぐってぴんと勃った乳首をつつき、また別の触手が臍と秘所の中間点を重点的に責め立てた。
「やぁ…っ、あ……ぅ…っ」
「口程ニモナイ。サッキマデノ威勢ハドウシタ?」
骸の手が紅潮してきた頬を撫でる。こんな不愉快な事はないのに、それだけで体の熱が上がってしまう。
「思イ出シデモシタノカ?――ホラ」
「――ぁあ…っ!」
冷たい手が、短いスカートの中に入り込み下着越しに縦スジをなぞった。既に沁み出した蜜でそこはぐちょぐちょになっており、骸の硬い指を濡らす。
「相変ワラズ脆イナ……コレダケデ達シテシマウトハ」
呆れたように呟きながら何度もスジをなぞり、布の上から敏感な豆を爪弾いて押し殺した悲鳴を何度も上げさせる。
「ソレトモアレカラ他ノ誰カニ仕込マレタカ、アルイハ自分デ慰メデモシタノカ?」
「黙…な…さい……、…借…知識で…何も…ない…くせに……っ!」
「―――!!」
指先が布を突き破り、ひくつく女を貫いた。
「…ぁ…っ…嫌……やめ……っ」
硬い指先がミリアの狭い内部に侵入し、乱暴に動かされる。同時に胸や臍の下、内腿への責めは続いており、理性を蝕んでいく。
「は…ぁっ、…ああ…っ!」
ザトーの記憶を頼りにエディはミリアのより脆い所を的確に突く。古いテープを巻き戻し再生するかのように、記憶と同じにミリアは鳴いた。
最初はただ、ザトーではなく『自分』への憎しみを煽る為に彼女を嬲るつもりだった。
彼女が心の奥深くしまいこんだ記憶と同じに、挑発し、煽り、嬲る。
ただそれだけのつもりだったのだ。
「なん…で…こんな……」
憎んでいた男の骸と異形の獣に嬲られて感じているという事実が、容赦なくミリアを打ちのめす。
「――や…いや、いやあああっ!」
半狂乱になってもがくが、全身を拘束され腰を固定された状態で暴れれば中で蠢く指は更に敏感な内壁を擦り、より深い快楽を呼び起こす。
「自分カラ腰ヲ振ッテ…本当ニ嫌ガッテイルノカ?オ前ノヨウナ女ヲ人間ハドウ言ウノカ知ッテイルゾ」
ザトーの記憶を検索する。許してと何度も繰り返しながら、自ら足を絡ませ求めてきた彼女に投げつけた言葉。
『淫乱』
「ちが…っ、ぅ……んん…ゃ…あ…あああっ!」
がくがくと身を震わせて、ミリアが何度目かの絶頂を迎えた。衰えを知らない獣は達したばかりの体を更に苛み、突き上げる。
「ゆる…さ、ない…許さないっ…!」
屈辱と怒りと欲情に彩られ、自分だけを見つめる潤んだ青い瞳。それが悦楽に歪む姿が見たくて。
「堕チテシマエ」
「――!? …な……また…、……ぁ、あぁっ…ああああ!」
全身を戒める触手の支えがなければ崩れ落ちてしまいそうな体を、獣は自らの腕で抱き止めた。
「ク、ハハハハ……ハハハハハハ!」
狂ったように獣は笑い続けた。
『欲しい』という感情は、おそらくはこういうものなのだろう。
――今更。程なく朽ちてゆくこの身に。何の為に芽生えたのか。
「…ゃ、…あ……ザトー……も…やめ……あぁ……」
自分を見ながら死んでしまった男を呼び続けるこの女相手に。
「ソノ男ナラモウイナイ」
骸の背後から身を乗り出し、獣はミリアの頬を両手で覆った。
「ココニイルノハ……」
「ザトー……」
拘束を解かれた手が、獣の背に回される。
「違ウ」
「ザトー…ねえ……もう」
「違ウ……」
甘えと媚を含んだ目が、不思議そうに獣を見つめる。
「違ウ……ソンナ名前ジャナイ! 私ハ……違ウ……俺ハ」
――俺ハ!
頭の中が沸騰しそうに熱い。
両の手に力が篭もる。
「……?」
女の頭がひしゃげて潰れてしまいそうになる寸前に、柔らかな感触が獣の全身を包んだ。
さらさらと、流れ落ちる金の髪。少しずつそれは纏まって翼のような形を成し、意識を失った宿主と黒い同胞を共に覆った。
「――オ前、ハ」
『彼女』は何も答えなかった。ただ一度意識を失った女がゆっくり目を開け微笑んだ。
――待ッテイタノ。
ぎりぎりの所で踏み止まり、中々心を明け渡さなかった宿主が壊れてしまうまで。
だから何度呼びかけても答えず、時折獣が隙を見せても攻撃しなかった。
――会イタカッタ。
無意識の海から主に囁き、世界の果てまでも探し続けるつもりだった。
もう一度白い腕を伸ばし、目覚めたばかりの女は男を抱いた。
黒と金の触手が複雑に絡み合い、二つの体は触手の群れの中に埋もれて消えた。
END
言い訳
どれに対して言い訳するべきなんだろう(汗)
私は、ザトーはミリアに手出しはしてないと思うんです。出してたらこんなにこじれなかっただろうし、ミリアの大切なものが「貞操」だったりはしないんじゃないかななどと(笑)。
ただ、XXのストーリーモードの台詞からすると色々とされていたようで……