みしみしと骨の軋む音。

 腕の中で泣き叫ぶ女の声。





「すまない……」

 抱きこもうとする腕から逃れ、幾度となく謝罪の呟きを繰り返す。

 前にもこんな事があった。

 サキュバスと契約して間もない頃、抱いている内に力の加減ができなくなって酷い傷を負わせた。魔性ゆえの回復力があったからよかったものの、人間であれば確実に殺していた。

 肩口から流れ落ちる血は次第に量を増し、逞しい腕がだらりと下がっているのがそれを証明している。

「そうだな……だったら舐めて治してもらおうか?」

「馬鹿かお前はっ! 今私に殺されかけたのだぞ!? ふざけている場……あ、……んん……っ」

 ジョニーは動く方の片腕でテスタメントの体を強引に抱き寄せ、唇を塞ぎ台詞を中断させた。歯列を割り逃げようとする舌を追いかけて絡みつき、貪欲に吸い上げる。

「……俺は止めるつもりなどない」

 唇を離し耳元で低く囁くと、怯えきった目が見つめ返す。震えの収まらなくなった体を抱き締め、撫でさすり、何度も口づけてジョニーはもう一度囁いた。

「ソルのヘッドギアが、ギア細胞抑制装置だというのは知っているか?」

「知っているが……こんな時に出す名前でも話題でもない」

 たちまち不機嫌そうに返すテスタメントに苦笑して話を続ける。

「お前より年季の入ったギアですら、道具の世話にならなきゃ力を抑えられない。ディズィーだって、最初の頃よりは大分使いこなせるようになってきたが、ふとしたはずみで制御を失う。お前だけだ――意志で力を抑えていられるのは」

「――――!!」

 痛みを堪えながら両の手で頬を挟み額と額を押し当てると、互いの呼吸が触れた。

「できないはずがないよな?」

「――見くびるな……!」

 満足そうに笑ってジョニーがテスタメントの体を横たえようとすると、やんわりと押し止められる。

「舐めて治して欲しいのだろう?」

 凄艶ともいうべき微笑を浮かべ、『彼女』は座り直させた男の膝に跨った。ソファの背に掴まりながら肩の傷口に赤い舌を這わせる。

「……つ…………」

 痛みとも快楽ともつかぬ微妙な感覚が体を走り抜けていく。余裕ぶった表情を見せはしたものの、自分で最初思った以上に傷は深いようだった。流れ落ちる血と共に、力が抜けていくのが分かる。

「動くな」

 耳元で囁いてから耳朶を軽く舐り、空いた手が肌を這う。

 時折聞こえる微かな呟きは回復の呪か何かなのだろう、次第に痛みが薄れていく。

 舌先が傷口に戻り、丁寧に血を舐め取る。次第に傷口だけでなく、流れた血の全てを吸い尽くすように肩や腕、鎖骨を辿って厚い胸板、見事に割れた腹筋に舌を這わせていく。流石に屹立したモノに口づける勇気はなかったらしいが、恐る恐る手を伸ばしそっと撫で上げた。

「規格外だ……」

 男としてはちょっとした敗北感、女としては本当にこれが入るのだろうかという不安と好奇心。

「もう少し真っ当な誉め言葉はないもんかね」

「お前など、規格外で充分だ」

 そう言いながらも舌を傷口に戻し、その間にこれまた手馴れた仕草で剛直を扱き上げる。

「全く、どこで覚えたのやら」

「うるさ……っぁ……、ん…っ……く……ぅ、ふ……」

 血に酔っているのか自分の行為に興奮してきているのか、『彼女』はジョニーが動く方の手を伸ばし丸い臀部を揉みしだいても嫌がりもせずに身を任せた。

「……っ!?」

 調子に乗って後ろから秘部に指を沈めると、流石に驚いたのか身を仰け反らせる。

「邪魔、するな…っ……ぁ、……あぁ……」

「こっちだけ楽しむのも悪いと思ってな」

「余計なお世話だ……!」

 傷口を舐める音と秘部を掻き回され蜜を溢れさせる音が卑猥に絡み合い、互いの熱を高めていく。

「は…ぁ、あぁっ……あ……」

「――少し、腰上げな」

 男の意図を理解しても『彼女』が先ほどのように逃げる事はなかった。のろのろと腰を上げ、蕩けきったそこに熱を押し当てられると、覚悟したように目を閉じる。

「そのまま、ゆっくりでいいから下りてきな。……それと力は抜いたほうがいい」

「……くぅっ、……んん……っ!」

 ずりゅずりゅと、粘着質な音を立てながら少しずつ腰を落としていく。指ですら時折僅かな痛みを感じたというのに、それとは比べ物にならない質量のものが狭く幼い胎内に入ってくる。痛みと違和感と圧迫感に首を振ると、長くうねる黒髪が蛇のように、上気した肌に絡みついた。

「うぁ……」

 本来生体兵器であるギアの痛覚は鈍い。だがジョニーのそれは未通の女に対しあまりに大きく、テスタメントのそれは男を受け入れるには元々からして狭すぎた。

「だから力抜けって、それと腕はちゃんと俺の首に回せ」

「注文が、多すぎだ……っ!」

 痛みと圧迫感と、破瓜の精神的なショックでテスタメントはそれどころではない。逃げる指に指を絡めて、膝の上の体が落ち着きを取り戻すまでジョニーは動きを止めた。

「手間のかかる奴……」

 言葉と裏腹にその口調はどこか楽しげで。

「動くぞ」

 初めての体になるべく負担をかけぬよう、ゆっくりと下から揺さぶりをかける。ほとんど塞がった傷口に舌を這わせる事で、『彼女』は気を紛らわせようとしているようだった。

「く、……あぁ……っ、ん……っ」

「ほら」

 無理矢理両腕を自分の首の後ろへ回させる。その首を折らぬよう、テスタメントは震えながらしがみついた。

「よし、いい子だ……」

「誰が……っ!」

 張り倒したいのは山々だったが今の自分では加減ができそうもない。その内揺さぶりが大きくなっていって、悪態をつく事すらできなくなった。

「は、ぁ……、あ……っ」

 突き上げが激しさを増す。揺さぶられ掻き回され、痛みの他に別の何かが『彼女』の内を浸食して、何も考えられなくなる。

 少しずつ、男の動きに合わせて腰を揺らめかす。初めこそまだ痛みを伴ったもののそれに慣れてしまうのも早く、次第にその動きは大胆なものへと変わっていった。

「誘ってくるかと思えば逃げるし、こっちが我慢してれば挑発してくるし……」

 お前は一体どうしたいんだ、と苦笑しながら問うジョニーの顔は何故か嬉しそうだった。

「わ…たしも……それが、知りたい……」

 最初は確かに飢えたサキュバスを満たし、この疼きから解放されたかった。淫魔と同化した体は貪欲に知っている限りの術で男を誘った。しかしその一方で抱かれる事への違和感や嫌悪は消えず、またサキュバスを傷つけた時のような事を起こすのではないかという怯えと不安が絶えず付き纏っていた。

 ――今、私はどうしたいのだろう?

 その首を折らぬように、頭を潰さぬように何とか理性を保ちながら、テスタメントはジョニーの舌に自分のそれを絡める。

「ん……ぅ……」

 激しく突き上げながら大きな手が乳房を弄り、逃げられぬように腰を抱く。息苦しさに唇を離すと労るように全身をそっと撫でられた。

「――本当に手間のかかる……」

 呆れたような呟きはやはりどこか楽しそうで。

「それじゃ俺もお前の考え事につき合うかな?」

「は!? ……ちょ……待て……、そんな、ぁ、あ…あ……っ!」

 聞き返す間もなく腰を抱かれたまま追い上げられる。逃げ場を失った体は男に縋りつき、濡れた音を立てて繋がった箇所は擦れて蕩け――

「――っああぁあ……っ!」

「……くっ……」

 必死に腕の力を抜きながらしがみつく『彼女』の内へ、迸った精が注ぎ込まれる。本来は鈍感なはずの最奥に熱を感じながら、テスタメントの意識は闇へと沈んだ。





 目を覚ました時テスタメントが最初に確認したのは、自分の体が元に戻っていないかだった。

 腕の中で身じろぎながら、丸みを帯びたままの胸と薄い茂みの中で息づく花芽を認め、安堵の溜息をつく。

「――まだ、か」

 いくら何でもこんな時に戻られては困る。だが、戻れていないという事は未だ『彼女』の中は満たされていないという事で。

「…………」

「どうした?」

 腕の中で自分の体を見つめていたかと思ったら急に赤くなって顔を伏せたテスタメントに、『彼女』の髪を撫でながらうとうとしていたジョニーが訊ねた。

「いや……何でもない」

 頬を撫でる大きな手の温かさが心地好い。サキュバスが自分に酷い怪我を負わされながらも、実体で抱かれる事に拘った理由がほんの少しだけ分かる気がした。

「それより、私につき合うと言ったのだろう?」

 くつくつと淫魔を思わせる笑みを浮かべ、ジョニーの体を押し倒す。

「撤回は認めんぞ」

「そっちこそ……今度は泣いても中断しないからな」

 低く笑い返して白い体を抱き寄せた時、窓から沈みゆく夕陽が見えた。

 ――搾り取られるかもな……

 一瞬だけ脳裏をよぎった思いは、口腔に侵入してきた柔らかな感触に掻き消されていくのだった。



END



言い訳


 これで一応終わりです。途中から話が暗くなってしまったのですが、やはり前の方はほぼネタでできてます(苦笑)

 勢いを戻すために最後で元の体に戻っているという考えもあったのですが、今思うとやらなくてよかったかもしれません……