「あの頭領の下ならば私も安心だ。もうここへ寄る必要もあるまい」
あんまり穏やかな笑顔で言われたので、ディズィーがその言葉を理解するまでほんの少しであるが時を要した。
「――テスタメント?」
目を丸くして自分を見つめる少女を無視して、テスタメントは続けた。
「もう……会う事もないだろう」
「待って……待ってテスタメント、どうして――!?」
一陣の風が起こり、黒衣の青年の姿は消えた。その場に残されたのは呆然として立ち尽くす娘が一人――
「たっだいま〜、今日のおかず何?」
勢いよくメイが食堂に入ってくる。
「?」
奇妙な静けさに首をかしげていると、エイプリルが小声で話しかけてきた。
(どしたのエイプリル、何かあった?)
(何かあったっていうか…あれ)
視線の先に、立ちこめる陰鬱とした空気。
ディズィーだ。背中から現れたネクロとウンディーネが、頭を撫でたり肩を叩いたりして必死に慰めている。
(あの子が一番懐いてるのアンタなんだから、ちょっと訊いてきてくれない?)
(う、うん)
「ディズィー……どしたの?」
恐る恐る近づくと、ディズィーが顔を上げた。全く手のついていない食事。泣きはらしたいつも以上に赤い目。
「今日はテスタメントさんのトコ泊まってくるって聞いてたけど――」
「……」
黙って首を振ると、潤んだ目からまた涙が溢れる。
(あちゃぁ、まず)
ジョニーがサングラスの奥から目配せするまでもなく、メイはディズィーを部屋へ担ぎ込んだ。
――少し時は遡って。
「いいんですか? テスタメント様。泣いてましたよ」
肩に留まったカラスが主に訊ねる。テスタメントは使い魔の首筋を撫でながら、低い声で答えた。
「表向き死んだ事になっているあの子が、この地に現れては何かとまずかろう?」
「はぁ、そういうもんなんですか? アタシにはさっぱり」
主の肩から飛び立ったカラスが、角を持つ裸身の娘の姿へと戻る。
「分かりませんねぇ……テスタメント様もあのコもお互い」
「サキュバス。あの子は幼い内に仮初めとはいえ親と引き離されて、家族が必要だったんだ。私も理由が必要だった」
「生きる為の、ですか……それで? あのコが家族を見つけたから互いにお払い箱? いいんですか?」
「私の役割はもう終わった」
くつくつと淫魔は笑んだ。いつの間にか主の背後へと回り、耳元で囁く。
「――本当に?」
「何が言いたい」
「別に。ただアタシには分からないんです。本当にお二人は家族のつもりだったんですか?」
テスタメントの顔に朱が差すのを見て、サキュバスは艶めいた声で更に囁く。
「こんな深い森の奥で、男と女が二人っきり――」
「人間の古典小説でも読んだか?」
「読まなくても……昔から現実で見てましたから。で、あなたはどうなんですか?ご主人様。あの小さなお姫様を思う様抱き締めてみたいと思いませんでした? あのふわふわして柔らかな体に触れてみたいとは」
「サキュバス。少しお喋りが過ぎるぞ、黙れ」
僅かに怒気を孕み始めた声に、彼女は楽しげに答える。
「黙りませんよ、間違った事言ってます?」
回された腕を解きかけていた手が止まる。
「アタシを黙らせたかったらどうしたらいいかくらい――」
噛みつくように唇を塞がれ、サキュバスは酔った。乱暴に草むらの上に投げ出され覆い被さられても、嬉々として受け入れた。
「ひゃぅ…っ、そ…んないきなり…、ああっ…!」
「お前の望んだ事ではないのか?」
体を繋げたまま、指を一本挿し入れる。ちゅぷりと音を立てて、あっさりとそれを呑みこんだ。
「そ、です……でも、アタシを…黙らせたいなら、こんな程度で済むと……、っあ?」
少し背を丸めたテスタメントが、仰向けになっても形の崩れない双丘へと顔を埋める。
「ぁ…ダメ…そんな――」
最近ではほとんど受けていない刺激に、過敏なまでの反応を示す。彼女はテスタメントと契約を結んでから、彼を通してしか『食事』を摂っていない。
「では止めるか」
あっさり身を離すテスタメントの首筋に縋りつく。鎖骨の少し上に唇を押し当てて、舌を這わせる。微かに身じろぎするのを感じながら軽く歯を立てて、吸血鬼がするようにうっすらと血が滲むまで噛んで、吸う。
「――っ……」
彼女の主が、己の想いを遂げようとする気がない理由の一つを知っている。一つは相手の幼さ。もう一つは――
「止め――」
「やっぱり……この匂いにはホント弱いんですね……今のテスタメント様、アタシよりずっと色っぽいですよ?」
鉄にも似たその匂いに、テスタメントは酔いやすい。しなだれかかるサキュバスを突き放そうとするが、ほとんど力が入らず逆に押し倒される。擦れた肉の間から、また蜜が零れた。その匂いも、やはり鉄に似た所があった。
「っはぅ…!」
サキュバスに押し倒されたまま、テスタメントが突き上げる。離れぬよう腰を強く抱き、揺さぶりをかけては引き戻す。
「あ…ぁ…、いい…壊れちゃう、ぁあ―――!!」
ほとんど悲鳴のような絶頂の叫びを残し、サキュバスは意識を手放した。
時間は戻って、メイの自室。
「何かお腹に入れないと体に悪いよ? とりあえずこれでも飲んで」
椅子に座らせたディズィーに、メイはホットミルクを勧める。
「ごめんなさい」
「謝らないでいいよ、それで何があったの? 黙って泣いてたらみんな心配するよ」
言いながら、少々ストレートすぎたかと考えてみる。メイに任せるつもりか、ネクロとウンディーネは既に姿を消していた。
「テスタメントが『もうここへ寄る必要はない』って……、『会う事もない』って」
「そんな事言われたの? あの人に?」
信じられないと呟くメイに、ミルクに視線を落としたディズィーが頷いた。
「テスタメントは私の事、もう嫌いなのかな……自分で戦う気もなかったくせに、あの人には戦わないでって言ったりして。口うるさいとか思ったりもした――私は何もしなかったのに」
メイは黙ってディズィーを見つめた。
「何もしなかったのに、偉そうな事ばかり言ってありがた迷惑だとも思った……一人の方が逆に気楽かもって考えた事もある」
気を落ち着かせる為に、ミルクを一口啜る。
「結局、私はあの人を裏切った。『お父さんとお母さんになって』って言ったのに、そんな風に考えられなくなった」
「……」
きっとディズィーの想いは、自分がジョニーに向けた感情と同じなのだろう。なのにどこまでも暖かなこの想いと比べて、彼女の想いはどうしてこんなにも辛そうなのか。
「それでうちに来たの?」
それだけじゃないけど、と首を振る。
「私があの森にいるだけで戦争の火種になると聞きました。だから外へ出てどこまでも逃げようと思って」
メイは当時を思い返してみる。ディズィーが悪魔の森に潜んでいた頃、各国が兵器として彼女を手に入れようとしていた為に、ちょっとした冷戦状態にあった。
賞金稼ぎや特殊部隊の人間が立ち入り、森だけでなく近くの村までも脅かされていた。
ジョニーを追って森に入った時に、精一杯両手を広げて青ざめたその人が立ちはだかって。
『ここから先へは行かせない』
『子供とて加減のできる体ではない、帰ってくれ……』
「『ギアは兵器だ』っていつも言っていた……でも」
空になったカップを机に置き、絞り出すような声でディズィーは続けた。
「心は? 今更戦って血を流す事に何の躊躇いもないなんて言ってたけど、あの人には人間だった頃の記憶も心も残ってる……殺さないで済むように、ずっと苦しんでいた……私さえいなければ、そんな事も考えず静かに暮らせたのに――!!」
「ディズィー、ディズィー……落ち着いて」
しゃくりあげるディズィーの背を、メイがさすった。
「あの森に先に住んでたのはディズィーでしょってのはこの際どうでもいいんだけど、何でテスタメントさんに嫌われたなんて思ったの?」
「だって、『ここへ寄る必要はない』『会う事もない』って」
「別に『嫌い』とか『会いたくない』とか言われた訳じゃないんだよね?」
ディズィーはメイを見上げる。
「落ち着いて、ゆっくり考えよう? まずディズィーはテスタメントさんの事を、どう思ってたの?」
瞬きしながら彼女が答えた。
「最初は……家族みたいに思ってました。それからちょっと悪い方に物事考え過ぎとか心配性な所があるなぁ、とか……少し鬱陶しいとか。でも一緒にいるとすごく安心しました。それにいつも私の事優先して考えてくれて」
「要するに、好きなんだね」
真っ赤になって頷くディズィーの頭を、メイは思わずくしゃくしゃ撫でた。
「それじゃ次の質問。あの人の事好きだったのに、どうして森を出ようと思ったの?あのままずっと二人っきり……でもないけどいられたし、戦うの嫌だったらテスタメントさんが全部引き受けてくれたのに」
「それが嫌だったから、私が手を汚さなければいいとかじゃなくて、私のせいで誰かが傷つく事自体が……あの人が苦しむのが嫌でした。それから」
「意識するようになったら、どうしたらいいのか分からなくなったとか?」
頷いてからますます赤くなるディズィーが可愛くて、ついぎゅっと抱き締める。
「じゃあ、次。うちに来て大分経ったけど、今更向こうに顔見せようと思ったのはどうして?」
「『ありがとう』って言いたくて。テスタメントが守ってくれたから私は生きていられて、メイさんやジョニーさんや、ここのみんなに会えて幸せになれたから」
「それだけ?」
メイはディズィーの目を覗き込んで訊ねた。
「伝えるのはそれだけでいいの?」
メイは自分を見上げるディズィーに再度訊ねる。
「伝えたいのは、本当にそれだけなの?」
「だって他に何て言ったらいいんですか? 私あの人にひどい事ばっかりしてきて、他に何か伝えるならごめんなさいとしか」
「言わないでいいの?」
「今更、こんな事言える訳ないじゃないですか。親の代わりをさせたり友達って言ったりしたのに急に出て行った挙句、そんな事言ったらますます嫌われる――」
「だ〜か〜ら〜、テスタメントさん自体がディズィーの事嫌いって言った訳じゃないんでしょ? っていうか絶対ないから」
きっぱり言い切る。
「ずっとディズィーの事心配してるよ、ジョニーから聞いてるもん。飲みに行く度に『あの子は元気か』『今幸せか』って、訊いてくるんだって。自分で訊けばいいのに」
ディズィーの解けかけたリボンを結び直しながら、メイは続けた。
「ところで、さっきの質問覚えてる?」
「え?」
「どうしてディズィーはテスタメントさんから離れようと思ったの?」
「だからそれは――、あっ!?」
結び目と格闘しながら、メイが笑った。
「もう一度会いに行きなよ。ちゃんと向かい合えば、何か変わるかもよ?」
それからしばらくして。
そのまま眠ってしまったディズィーにベッドを明け渡したメイが、そろそろと部屋を出る。
「……やっぱり」
ドアの外にエイプリルとジュライ。他にこそこそ隠れる音も聞こえたが、確認するのも面倒くさい。
「あはははは……メイ、お姉さんみたいだったよ……お疲れ」
「アホらし。んじゃ俺もう寝るわ」
くるりと引き返す二人の首根っこを掴む。
「こら……まぁいいや、ディズィーにベッド取られちゃったから今日寝る場所がないんだよね……とりあえずどっちか泊めなさい」
「ふあ〜あ」
些か間の抜けた声で、サキュバスはあくびをした。目を覚ましてからどうにも気まずくなって散歩と称しあの場を逃げ出したのだが、お気に入りの樹の上で考え込んでいた内に眠っていたらしい。
「やっぱり分かんないわ……」
ギアというのは、本能のみで動く生き物らしい。そう聞いていた割には、彼女の主もあの小さなお姫様も自分なりに自制して行動している。人型のそれはある程度までの自律思考を保っていられる、とも聞いてはいたが。
「つまんない」
ディズィーが森にいた頃、わざと二人を煽るような夢を何度か見せた事がある。
その度にどちらかが慌てて飛び起き、相手の寝顔を見つめてはすまなそうな顔をして再び寝入っていた。その度に翌日ディズィーのいない所で、テスタメントに小突かれてはいたのだが。
――そんなに好きなら、抱いてしまえばいい。
そう言う度にテスタメントは烈火の如く怒るのだったが、サキュバスにはその顔すら愛しいと思えた。
人である事を捨てさせられて、どこまでも人を憎んでいる割には人であった事を捨てきれない。
「やめちゃえばいいのに」
――そんなつまらないしがらみなど捨てて、己の欲望の赴くまま振舞えばいい。
どうせあの子が拒んだりする事もないのだから。
「あら?」
取りとめもない事を考えていた彼女の視界に、たった今まで思いを馳せていた娘が現れた。
「あ…サキュバス」
胸元を隠す為カラスに変じようとするより早く、ディズィーが同じ枝に飛び移った。女二人が乗っても、巨木の枝はびくともしない。
「どうしたの?」
「別にぃ、どうもしないわよ。アタシさっき食べたばっかりで眠いの。用件があるならさっさと済ませてくれない?」
面倒くさそうにサキュバスが返す。開き直って、胸元の痣を隠そうともしない。
「『食事』……してたの?」
鮮やかな赤い花が嫌でも目に入る。サキュバスの『食事』がどんなものなのか、それを誰からどうやって得ているのか、分からない訳でもない。
思わず握り締めた拳から血が伝う。降り始めた雨の雫がそれを洗い流した。
「そうよ、美味しかったわ」
婉然とした笑みに逃げ出したくなるのを堪え、ディズィーが訊ねる。
「テスタメント、今どこにいるの?」
「さあ?遺跡で考え事でもしてるんじゃないの? それより昨日の今日でよく来る気になったわねぇ……泣きながら帰ったくせに」
「話したい事があるの」
サキュバスは腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ! 今更何を話すの? 自分の手は汚さず散々利用した挙句、家族とやらができた途端あの方を捨てたアンタが! 捨てたおもちゃが惜しくなったという訳かしら? 図々しい」
「否定しない。私は図々しい……あの人が私の為に戦って傷ついたり苦しんだりするのを見るのが辛かった。家族と思えなくなった頃からどう振舞ったらいいのか分からなくて、何も言わずにあの人から逃げ出した。おまけに今から言い訳しに行く所なの。悪い?」
サキュバスは呆気に取られていた。少しからかえば逃げると思っていたのに、こんなに強く出るとは思いもしなかった。
「ああ、そう。行けば?」
手をひらひら振る。
「別にテスタメント様がアンタに『来るな』とか『会いたくない』とか言った訳じゃないし。だったら使い魔のアタシが止める義理ないもん。
ほら、さっさと行きなさいよ、アタシ眠いんだってば。雨降ってきたし家帰らせて」
「……ごめんなさい、サキュバス」
「何の事?」
謝りながら遺跡の方へ飛んでいったディズィーを見送りながら、サキュバスは小さくくしゃみをした。
「雨降って地固まる、か……手間のかかる主を持つと苦労するわ……、本当」
遺跡の入口付近で、テスタメントは雨に打たれながら考えていた。
確かにサキュバスの言うような事は何度も思った。だがそんな想いなどあの娘にとっては負担にしかならない。一方的に『お前を守る』などと言い出して、結局困らせてばかりだった自分の想いなど。
「――下らん」
まして、血の匂いであっけなく我を失い暴走する浅ましいこの体。戦っている間は別に構わないが、あの子を目の前にした時にそれが起こってしまったなら。
「……?」
聞きなれた羽音が、雨の音に混じって聞こえてくる。色違いのの翼を広げて、胸に飛び込んでくるのは――
「ディズィー……?」
勢い余って、二人して泥の中に倒れこむ。慌てて身を離そうとするテスタメントの両腕をネクロとウンディーネで押さえつけ、自分は馬乗りになった。
「いきなり、何を」
「だってこうでもしないと、また話聞かないでどこかに行っちゃうじゃないですか……ずっと話したかったのに」
「何を話すというんだ、話し相手なら沢山できただろう」
体の上の柔らかな感触に抱き締めてしまいたくなる衝動に駆られるのを、テスタメントは必死で押さえ込む。
「違うの……テスタメントにずっと話したい事があったの、ごめんなさいって言いたかったの……いつも心配かけてたからごめんなさいって、それから私の事守ってくれてありがとうって言いたかったの」
テスタメントの頬に、雨の粒と混じって涙が落ちた。
「それから、それから」
「もういいから……泣くな」
そこから先の言葉は聞きたくなかった。聞いてしまったら自分を押さえきれなくなる。
「――テスタメントの事、ずっと好きだったの」
「そうか、私もお前が好きだよ」
どうにかはぐらかそうと、力を緩めたウンディーネの下から手を伸ばし、いつもしていたように頭を撫でる。
「はぐらかさないで下さい……私が言いたいのは」
――聞きたくない。聞いてしまったら、もう戻れない。
怯む目。それを追う瞳。
雨足が強くなり、二人の体に泥がはねた。ディズィーは自分の頬にかかったそれを拭いながら、男を睨みつける。
「元騎士だか何だか知らないけれど……今のあなたはこの泥よりも臆病です、テスタメント――!!」
「な……」
肝心な事をはぐらかして逃げようとするテスタメントの臆病さを、ディズィーは罵らずにいられなかった。一方的ではあるが、彼女なりに想いを隠さず打ち明けようとしているのに。
――拒絶でもいいから、答えが欲しい。
「『お父さんとお母さんになって』って言ったのに、いつの間にかそんな風に思えなくなって……どうしたらいいのか分からなくて、ジョニーさんとメイが来た時に逃げるようについて行きました……でも、でも」
うまく説明できなくて、涙が次から次へと溢れる。ネクロとウンディーネは顔を見合わせ、困った顔をしながら背中に消えた。
「――どうにも駄目だな、私は」
上体を起こし、泣きじゃくる体を抱き締める。
「大切にしたいと思っているのに、結局泣かせてばかりだ」
顔を上げたディズィーの頬に、目元に舌を這わせて涙を舐め取る。
「テスタメント?」
「お前が愛しいよ……だから会うのが怖かった。想いを告げてしまえばそれだけでは済まなくなるから」
力の抜けた体を抱き上げる。
「――お前に、触れたいんだ……」
ディズィーはテスタメントの首の後ろに手を回し、ゆっくり頷いた。
ディズィーを抱き上げて、テスタメントは遺跡へ足を踏み入れる。元々好奇心の強い性格の彼は時折この遺跡を訪れては、一部を復旧させる事で暇を潰していた。
「少し冷えたな」
しがみつく腕に力が入る。テスタメントは小さく笑って、ディズィーの額にキスをした。
一室に足を踏み入れる。そこは彼が遺跡を訪れた時、最初に修復した部屋だった。
昼寝用に毛布を持ち込んだ以外は何もない、殺風景な装置だらけの場所だ。
テスタメントは毛布の上にディズィーを下ろすと、軽く唇を重ねた。数度啄ばむようなそれを繰り返しながら、濡れた服を脱がせていく。
「本当に私でいいのか?」
未だに躊躇うテスタメントの上着を引っ張って促す。照れくさそうに頷くと、彼は彼女を覆う布の最後の一枚を外した。同時にディズィーはテスタメントの黒衣をぎこちなく脱がせようとするが、手が震えて上手くいかない。
「そこまでしないでいい」
テスタメントは苦笑して自分で服を脱ぎ捨てる。ディズィーの手を取ると、その細い指を口に含んで舌先で軽くつついた。
「あっ」
赤い舌が指先をなぞって這い、気まぐれに吸い上げる。くすぐったいようなそうでないような微妙な感覚に、ディズィーは小さな声を上げた。その声に顔を上げると、細い腰を抱き寄せて今度は唇に舌を這わせる。僅かに開いた隙間に侵入して歯列をなぞり、次第に奥へと進んでいく。逃げ場を失った小さくて柔らかな舌に絡みつき、貪りつく。
「……んっ」
痩せた自分の体と比べてもまだ華奢なその身を、ゆっくり横たえる。唇を解放すると次に顎を軽く噛んでから、首筋を舐め上げ耳に熱い息を吹き込むと、腕の中でディズィーが小さく体を振るわせた。
「くすぐった……、…ひゃぁっ」
薄い耳朶を甘噛みされ悲鳴を上げる。同時に少しずつ形を変え存在を主張し始めた胸の赤い実を、わざとらしく指がかすめる。数度触れるか触れないかの距離で通り過ぎた後、そっと摘み上げる。
「くすぐったいだけではな」
「…な…に、――あぁっ?」
柔らかなその丸みを沿って、テスタメントは舌を這わせる。
「待っ…何か…、私――」
ディズィーが途切れ途切れに訴えるのに、より強い刺激で答える。
「…っあ…ん…、…な…、ふあ……っ?」
胸の飾りを、強弱をつけて吸う。時折舌でつつき、息を吹きかける。
「どうした?」
離れた唇から、唾液が糸を引いて胸元へと落ちる。その光景にディズィーの羞恥心は余計に煽られた。
「あ――」
いつもの穏やかな目ではない、戦っている時の目でもない。今までに見た事もない、牡の目をしている。
その目に見つめられ、ディズィーは体の奥から何かが熱を帯びてくるのを感じていた。
彼女の曲線を長い指と舌先がなぞりながら、次第に下腹部へ下りていく。気恥ずかしくて何度も引き剥がそうと試みるが、テスタメントは許してくれない。
「そん…な…所……」
「嫌か?」
――ここで嫌と言ったら、きっと止めてくれるだろう。でもそうなったら二度と触れてくれない。
ディズィーは慌てて首を振る。
「……っ」
開かされた白い内腿に優しいキスの雨が降り、閉じようとする脚をテスタメントの両腕が抱きかかえた。
「――綺麗だ」
潤み始めた秘花が、慎ましく咲いていた。薄紅色の花弁が蜜に濡れて光る。
「ひあぅ…!…ぁ…、…ぁあ…っ!」
愛おしげにそこに口づける。赤い舌が花弁を少しずつ押し開き、その先が奥で震える花芯に触れて蠢く。湧き上がる不可思議な感覚にディズィーは半ば怯え、もがいた。
「……ぁ…、…っは…ぁ…、あ…ぁあ……っ!」
頭の中がふわふわして何も考える事ができない。軽く達してしまい、力の抜けたディズィーの頬にテスタメントはキスをした。
「ん――」
小さく身じろぎする体をもう一度舌先で辿りながら、その指を彼女の一番柔らかな所へと忍ばせる。
「きゃぅ…っ……、待って……ぁっ」
言葉と裏腹に、薄紅色の柔肉が長い指に吸いつく。困惑して耳や首筋まで赤くなるディズィーを見て、思わず微かな笑みが浮かぶ。
テスタメントはしばらくその入口付近をなぞってから、少しずつ指を侵入させる。舌で先に慣らされた為か抵抗は少ない。伸びた爪が彼女を傷つけないように、注意深く弱い所を探る。
「痛くはないか?」
「へい…き…、…ぁ…っ、ふあぁ…っ!」
――痛くないけど、体中が熱くて…何も考えられない――
最早返事どころではない。自分の中でテスタメントの指が動いていると思うだけで、どうにかなってしまいそうだ。
――指だけでこんなになってしまうなら、この後一体どうなるのだろう?
「…あ」
ディズィーの両脚が抱え上げられる。テスタメントのそれがどうなっているのかは陰になっていて見えないが、自分と同じくらいに熱を持っているのが押し当てられてはっきりと分かった。
「少し力を抜いて」
「……っ……、―――!!」
その首筋に縋りつく。一瞬ディズィーの背に黒い翼が現れて消える。悲鳴を堪えようと思わず肩口に噛みつくと、赤い筋が鎖骨まで伝った。
「っく…ぅ――」
体を重ねる事で得た快感と、傷口の痛みと二箇所から漂う血の匂い。腕の中の頼りなく柔らかな肉。どす黒い衝動に駆られるのを、必死に押し止める。
――止めてくれ……大切にしたいんだ……
「テスタメント……?」
ディズィーが破瓜の痛みを堪えながら顔を上げると、テスタメントは彼女を強く抱き締めた。
――嫌だ、壊したくない――
人を捨てさせられた時以来、身に染みついた破壊衝動。誰彼構わず『壊し』たくなる浅ましい欲望。それがよりにもよってこんな時に。
「――?」
ディズィーが微笑んで、動きを止めたテスタメントを抱き締めて返した。
「私、大丈夫だから……テスタメントが好きなようにして――」
たどたどしく舌を絡めてから、もう一度強く抱き締める。
「すまない……ディズィー」
「いいんです、だって私凄く嬉しいんですよ? ……ずっとこうなりたかったから」
促されて、少しずつ体を奥へ進める。先に慣らしたとは言っても、狭くまだ潤いきらない秘洞が軋んで痛みが走る。
「…ぃ……あ…、…テスタぁ……あ、あぁ…っ」
痛みと徐々に湧き上がってくるそれ以外の何かに突き動かされ、うわ言のように名を呼ぶ。宥めるような口づけで、逆に体の奥からより熱いものが溢れ出す。
「…っふ…ぅ…、あ…ぁ……っは…ぁ…あ―――!!」
「……っう――」
ディズィーの身が仰け反り、強く締めつけてくる。彼女が達するのにやや遅れてテスタメントはその欲望をようやく吐き出した。
男の胸の上で、少女は小さく身じろいだ。いつの間にか眠ってしまったらしく、外はすっかり暗くなっている。
「お前の寝顔を見るのも久しぶりだな」
優しく微笑んでテスタメントはディズィーの髪を撫でた。
「私も……テスタメントと一緒に寝るのは久しぶり……、でもこんな風に寝るのは初めてですね」
「――そうだな」
照れくさそうに答えて、軽く唇に触れる。
「雨、止まないですね」
「ああ」
雨足こそ弱まっているが、今夜中には止みそうにない。
「どうしよう、みんな心配してるかな」
「帰るなら今すぐ送ってもい」
あまりに気の利かない事を言うので、背中から現れたネクロがテスタメントの額をはたいて消えた。
「ネクロっ! ああもうごめんなさい今日はおとなしくしてるって約束だったんだけどさっきずっと表に出られなかったからちょっと機嫌が悪くなってるかもしれなくてええとそれで」
もう一度笑って、胸の上でしどろもどろになって弁解するディズィーの背に手を回す。
「いいから、今日はもう寝てしまえ」
そして明日の朝一緒に怒られに行こう。
そんな囁きを聞きながら、ディズィーの意識は泥海の中に沈んでいった。
END
言い訳
テスディズのお初ネタです……多少加筆修正してありますが、話の筋自体は変わってないかも。
初めてでイける訳ないだろとかツッコミあるかと思いますが、ここはエロはファンタジーだと割り切ってください(苦笑)