「あれ? あの子どうしたんだろう」

 行商人の若者が傍らの相棒に問いかける。同じく売り物の大荷物を背負った相棒は、その視線の先に目をやった。

 重い足取りで歩いている黒髪の女。数年前から流行りだしたやたら露出の高い服に身を包み、歩調に合わせてはち切れんばかりの乳房が上下している。肩布やチューブトップと同じ黒のロングスカートは大胆なスリットが入っていて、白く滑らかな腿が時折覗いていた。

 それだけの事なら彼らも『街でよいものを見た』という程度にしか思わなかっただろう。

 しかし目の前にいるその女は今にも泣き出しそうな顔で細い眉を寄せ、俯き肩を震わせているのだ。

 恐らくはこの土地の住人ではあるまい。濡れて光る真紅の瞳が、彼女が人ならざる者である事を告げていた。しかし彼らは何度か故郷で『異種』を見かけた事もあってか、躊躇いながらも声をかける。

「……姉ちゃん、そんな顔してどうしたんだ?」

 女は無言で顔を上げ振り向く。愁いを帯びた表情は美しかったが、声をかけてもよかったのだろうか。もしかして言葉を交わすだけで『連れて行かれる』などという事はないだろうか。

「……何でも、ない」

 薄い唇が何度かわなないて、細い声が返ってくる。苦しげに胸を押さえ、頬を染めこちらを見つめる様はひどく煽情的で、彼らの感じた不安をどこかへ吹き飛ばした。

「いや、でも何か苦しそうだし……俺達この街は初めてだけど一緒に医者を探すくらいは」

 人外を診てくれる医者などそうそういるものではないが、このまま放っておく訳にもいかないと若者は女の細い手を掴む。

「私の事など、放っておけ……!」

「うわああああああっ!?」

 不意に巻き起こった突風に、若者二人は互いに抱き合い石畳に身を伏せた。少ししてから恐る恐る目を開けると女の姿はどこにもない。

「――店開く前に、教会さ行くべ」

「んだ」

 思わず故郷の訛りを口にしながらも、二人は腰を上げた。





『あの……ご主人様、あまり無理なさらないで下さい』

 民家の外壁に手をつき荒く呼吸するテスタメントの頭の中で、使い魔の遠慮がちな声がする。

 ――お前はそんな事を気にしなくていい。どうせ私の体だ。

 テスタメントの従者サキュバスは、男の精を貪る淫魔である。使い魔を養う為には主たる彼が抱いて『食べさせ』なければならないのだが、元々そういった事に積極的でない彼はそれを怠り、サキュバスは実体化できなくなるほどに衰弱した。

 衰弱したサキュバスは主の体に潜り込み同化する事で命を繋ぎ、責任を感じたテスタメントは彼女が回復するまで自らの体の主導権を彼女に譲った。

 そうして、今に至る。サキュバスが回復する方法と言えばやはり男と交わる事であり、彼女と同化したテスタメントは彼女が回復しきるまで男に抱かれなければならないという事になる。

『でも』

 流石にサキュバスも気の毒になってきたらしく、森を出た時とはうって変わって主を止め始める。

 ――構うものか、約束は守るから黙っていろ。

 そうは言ったものの、一体どうしたものか。元々半陰陽の体であった彼ではあるが、男として育った為やはり意識は男であり、男に抱かれる事自体にも抵抗がある。

 が、約束は約束である。

 どうにか呼吸を整えると『彼女』はふらふら歩き出した。

「……んっ」

 細くなった肩がびくりと震える。先ほどから『彼女』となった彼の体を断続的に襲っている疼き。サキュバスと一体化した今、それが彼女の飢えだという事はテスタメントにも分かり始めていた。このまま彼女が死んでしまえばどうなるのかお互い見当もつかない。

 それ以上に、サキュバスをそこまで弱らせてしまった事への負い目が彼にはあった。

「……くぅ……」

 歩くだけでゆさゆさ揺れる胸が重く痛い。布地の下で頂が擦れるのも、普段なら何とも思わないのに今はそれすらもどかしい感触を与えられたような気分になってくる。硬く尖った乳首がチューブトップを押し上げているのに気づいて、テスタメントはますます泣きたくなった。

 時折吹く風がスカートを巻き上げ、無防備な秘所を晒そうとする。 薄い茂みを撫で上げられる感触に、細い肩がびくりとした。

 白昼の街を歩く異形の美女の姿に道行く人が振り返る。しかしその赤い目に恐れをなしたか、声をかけようとする者はない。

『スカートの丈長くてよかったですねぇ、もう膝の下まで濡れたのが伝ってきてますよ?』

 少し前まで心配していたはずのサキュバスは、主を気遣う心より久しぶりの『食事』に寄せる期待に占められている。

 ――頼むから……黙ってくれ……

 太腿の付け根から痺れるような感覚が背筋を這い上がり、全身の肌が粟立つ。

『そんな不安そうにしないで下さい。これだけの人が見てればきっと美味しそうなのが引っかかります』

 ――見られ、て……?

 テスタメントの足が止まる。潤んだ目で周囲を見回すと、無数の視線が上気して染まった体に絡みついているのを感じた。

 その中には心配そうに『彼女』を見つめるものもあったのだが、淫魔と一体化した体は敏感に自分を犯す視線を察知する。

「あ……」

『いっそ全員相手にしますか? 両の手に滾るモノを一本ずつ握らされて、穴という穴を犯されて……全身精液を浴びせられ汚されてしまうのもまた一興というもの……ねえ、ご主人様?』

 私の望むままにと仰いましたよね、と主に囁きかけてくつくつとサキュバスは笑った。

 淫魔の彼女は、どんなに酷い陵辱を受けようとそれを受け止め『喰らう』事ができる。色事に関しては異常なほど臆病なこの主が、快感に身悶えなす術もなく堕ちてゆく様を見届けられるなら、その愉悦の味はいかほどのものとなるだろう。

 全身を支配する甘い疼きにテスタメントの理性は打ち砕かれる寸前だった。

 それでも何とか歩いて、噴水の淵に力なく腰を下ろす。たわわな乳房が上下に大きく揺れて、不躾な視線が纏わりついた。

「う……っ……く……」

 時折吹いては全身を撫でていく風も、汗ばむ肌に絡みつく髪も、乳首を擦りつける布地も、太腿に纏わりつくスカートも、何もかもが疎ましい。裾を握り締め必死に声を堪えるが、それも限界に近かった。

 ――びりっ。

「――!?」

 布地が僅かに裂ける音に気づく。顔を伏せたまま音の方向に目をやると、スリットを留めるベルト部分の縫い目が解れていた。

「…………っ」

 追い詰められていたところに止めを刺され、もう動けない。眦に溜まっていた涙がついに零れ落ちる。

 その時。

「待たせて悪かったなあ」

「うわっ!?」

 頭上から能天気な声が降ってきて、ついでに黒いものが視界を塞ぐ。それが男物の帽子の縁だと気づいた時には、『彼女』の体は抱き上げられていた。

「ななななな何故お前がこんな場所にっ!?」

 予想外の事態に声が裏返る。よりにもよってこんな状態で出会ったのは、テスタメントが娘同然に思っていたディズィーを託した男――ジェリーフィッシュ快賊団の頭領、ジョニーだった。

「何故なんて、ずいぶんつれない態度じゃないか。この前会った時はあんなに激しく」

「黙れええええっ!」

 抱き上げられたまま力の入らない拳を頬に炸裂させるが、さほど気にした様子もなくジョニーは歩き出した。

「さては待ちぼうけ食らって拗ねてるんだろう、全くこのお嬢さんは」

「だから黙れと言って……」

 再び拳を振り上げると耳元に唇が近づき、囁かれる。

「いいからちゃんと掴まってな。顔、見られたくないだろう?」

「…………」

 渋々振り上げた手を下ろし、首筋にしがみついて顔を埋める。被せられた帽子が赤くなった耳も隠してくれたが、サイズがまるで違う為一歩進む度『彼女』の頭からずり落ちそうになる。

 人々の好奇心に満ちた視線が刺さるのを感じながら、テスタメントは自分を抱き上げた男が歩くのに任せた。



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早めの言い訳


 一度書いてみたかった「お散歩」ネタ、何故かテスタでやるとは自分でも思わなんだ……

 書いてから「しまった、これはミリア用に取っておけばよかった――!!」とか考えていたのは内緒です。

 スレ住人明らかに引いてたし……

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