浅人2

・・・翌日。
騒がしい喧騒。浅人が通ってる学校、浅人の教室。普段と何も変わらない光景。
「しかし、あのアサやんが欠席、ねぇ・・・」
浅人と同じ野球部の沢田は、その不思議について他の友人と語り合っていた。
浅人は所謂スポーツ推薦で入学した人物である。野球の技術に長け、また同時に野球しかない男。
野球の為に無欠席・無遅刻は当然、野球の為なら風邪を引いてでも登校する馬鹿である。
そんな男が欠席する理由・・・それは果たして何なのか。
沢田は心配よりも興味津々であった。
『キーンコーンカーンコーン・・・』
チャイムが鳴った。それでも、騒がしさは収まらない。これもまた、いつものことであった。
『ガラッ』
「おら、お前等席につけー」
教室の前の方の扉が開き、その口調とは裏腹に女が入ってきた。阿笠桜子。この時間、国語の担当であり、浅人達の担任である。
女教師の一喝で、騒がしかった男女問わずが、各々の席に座っていく。
それを視界に捉えながら扉を閉め、教卓の前に移動する桜子。
「よし、んじゃ今日一発目の授業・・・と言いたいんだが、先にお前等に言うことがある」
号令はかけない主義らしい。いや、そんな事はどうでもいい。担任の言葉に教室が少しざわめく。
「あー、静まれ静まれ。昨日休みだった前田だが、実はとんでもない事になってる」
前田とは浅人の苗字である。
そこで、ざわめきの種類が変わった。関心から不安、疑問に。
「まあ、見てもらえば判るだろう。おーい、前田。入ってくれ」
扉が開かれて、生徒達の視線は『その人』に釘付けになった。
青く、長い髪。ツインテールにしている。紺のブレザー。前を開いているため、やや大きめな胸が強調される形になっている。その上で、紅いリボンが咲いている。
膝にかかるかかからないか、という長さのスカート。そして、可愛い。
扉を閉じ、教卓の横に移動する。生徒達の方を向く美少女。腰に手を当て、ニカッと笑う。
犬歯が伸びているように見えるのは気のせいだろうか。
「ま、アレだ。見ての通り、前田は女になった」
桜子は頭を掻きながら説明・・・とは程遠い呟きを零した。
やはり、今一度間近で見ても、どうも信じきれないらしい。
「そういう訳だ、皆、ヨロシクッ!」
全員が全員唖然としてる中、やけに可愛くなった浅人の声が教室に響き渡った。

一時間目も終わり、桜子は教科書の類を片付け、出て行った。
「・・・おい、アサやん」
教科書を片付けている浅人の元に、沢田が近寄ってきた。
浅人は顔を上げ、沢田の顔を覗き込む。
「ん、何だ?沢田」
可愛い声。本当にこの美少女はあの浅人なのだろうか・・・と思う前に、沢田の中に燻りが生まれた。
覗いてくる顔は、やや吊り目だとしても、その辺の女子なんかより断然可愛い。
その声と重なって、その表情は、沢田の中の『何か』の導火線に着火した。
「・・・何だ?固まっちゃって。何か用事があるんじゃないのか?」
次の授業の準備をしながら、浅人は問い掛けた。
浅人にしてみれば、自分に関して質問の嵐が来るのは予想していた。逆に、クラスメイトは一歩引いて浅人を見ている為、軽い疎外感を感じているのが事実だ。
「あ・・すまん」
浅人に声を掛けられてやっと我に返った沢田。軽く頭を掻いて気分を切り替える。
「お前、野球部どうするんだ?」
その質問をしたい訳ではなかった。だがしかし、何故か本来したかった質問は、沢田の中ではどうでも良くなった・・・のかもしれない。
その質問が最初にくるとは思ってなかったのか、一瞬驚いたような表情になる浅人。
しかし、すぐに顔を顰めた。そんな表情でも、少女の可愛らしさは失われない。
「そこなんだよなぁ・・・やっぱり筋肉や体力も落ちてるし。
監督に聞いたら、職員会議で決まるまで出るな、って言われたんだけどなぁ・・・」
その審判には至極不満なのか、眉を寄せたまま続ける浅人。自分としては、女になった今でも野球自体は出来るだろう、と考えていた。女が選手をやってはいけない、なんてルールは存在しない。筈である。
「そうか・・・」
沢田の呟き。そこで、何故か沈黙が降りた。何となく、お互いに声を掛けづらい感じ。
「・・・ところで、本当にアサやんなのか?どう見ても別人だろ」
沢田の口がやっと事の核心を吐いた。
その言葉に、浅人は「待ってました」と言わんばかりに笑顔を向けて口を開く。
「ああ、マジもマジ。俺も最初は信じれなかったけど、ね」
事実、母親が倒れた後、浅人は自分の体を隅々まで調べた。
本来あるべき男のシンボルは無くなっていて、代わりに豊満な胸と女性器・・・所謂秘所が付いていた。
勿論、浅人も元は男である。それに深い興味を持ち、一人トイレに走りオナニーをしたりしたが、それはまた別の話である。
「・・・そうか」
確かに、この喋り方は浅人だ。語ってる訳じゃなさそうだ。
よく考えれば、一介の学生に扮してここに紛れ込む利点なんてどこにも無い。
「何だ、女になったのそんなに不思議か?」
「あ、ああ・・・それは当然だろ」
「だろうな。でも、ま、気分の転換ってヤツだ。何なら、胸揉むか?」
ブレザーを開いて胸を張る。それだけの動作で、浅人の胸が若干揺れた。
それを見た沢田・・・と周りの男子数名の視線の色が変わった。
ゴクリ、と喉が鳴る。沢田の中の導火線が、少し縮んだ。
「アサやーーーん!」
突然、けたたましい叫び声と共に扉が開かれた。その勢いを殺さず、十数名の男子がなだれ込んできた。
他のクラスの野球部員である。
「うおっ、すっげぇ!マジで女になってる!」
「しかも結構可愛いぞ!?うわーすっかり浅人ちゃんじゃん!」
「何でそんなになっちまったんだ?」
疾風怒濤。
男達の波のような質問・戯言に、それまで少し落ち着いていた浅人は圧倒されてしまった。
沢田は反応が遅れ、一気に外野に飛ばされた。
「ちょ、皆落ち着けって」
冷静にさせようと両手を上げて静めるジェスチャーをする浅人。しかし、そんなの効く筈がない。
山火事に如雨露で水を掛けても意味が無い。むしろ油を注いだ。
「うわ、声まで女だ!」
「でもお前、部活どうするんだよ?」
「これでエースの座は俺のものだな!」
最後の言葉に、浅人の怒りに火が付いた。
「岸田!今何て言った?」
周りにいる野郎共を軽く押しのけ、浅人は立ち上がった。
男の時の浅人であれば、その威圧感は相当なものだろう。その辺のヤンキ−なら恐れおののいて逃げ去るくらいだ。
だが、今の浅人は可愛い少女。
そんなか弱い存在に、身長が180近い岸田‐浅人とエース争いしている男‐がうろたえる筈も無い。
「だってそうだろ?こんな可愛らしい浅人ちゃんが、前のお前や俺みたいにできるか?」
頭一つ分低い浅人の顔を見下ろしながらの、あからさまな嘲笑。岸田という男、実はあまり部の中でもいい印象は受けてない。腕は確かだが。
そんな表情と感情を目の当たりにして平然としていられる程、『男の』浅人はできた人間ではなかった。
「出来るぜ。やってやるさ」
「へぇ・・・じゃ、ここは一つ勝負といこうじゃないか」
その言葉に、周りの部員がざわつき始める。それを無視して、岸田は続ける。
「放課後、部活に出ろ。そこで数人の打者を相手に投げな。
全員抑えたら、お前をエースと認めてやるよ」
「貴様に認められんでも、俺がエースだ」
怒りの感情をもろにぶつける浅人。それを容易く受け流し、岸田は続ける。
「その代わり打たれたら・・・そうだな、ユニフォームを脱いでもらおうか。
ヒットで一枚、ツーベースで二枚、スリーベースで三枚。
そして見事ホームランを打った奴には・・・」
ニヤリ、と岸田が笑う。厭な笑み。
「一晩、そいつと寝ろ」
「・・・な」
その台詞に、浅人は一瞬固まった。言葉を理解できなかったからではない。理解したがため、だ。
先に反応したのは・・・部員達だった。
「公開脱衣野球・・・ってか?」
「面白そうだな、それ!」
「よし、俺、乗った!」
周りで騒ぎ立てる奴等の声で我に返った浅人はもの凄い剣幕で岸田に喰いかかる。
「巫山戯るな!誰がそんな賭けに・・・」
「何だ、逃げるのか?」
あまりにもお約束な台詞だが、今の浅人には十分すぎる効果があった。
「・・・わかった、やってやるよ」
「おい、聞いたか皆!前田浅人は放課後、俺等と勝負する!負けたら服を脱ぐ脱衣勝負だ!
逃げたら無条件でこいつは負け犬!エースの資格なんてない、ただの女だ!」
教室一杯に聞こえるように大声で喋る岸田。浅人の逃げ道を潰すためだろう。
その一言一言が浅人の怒りに拍車を掛ける。
元々、浅人が岸田の事が好きでなかったのもあるだろう。
「じゃ、精々頑張れよ、あ・さ・と・ちゃん♪」
ピン
「ひゃっ!?」
岸田は浅人の胸をデコピンの要領で弾いた。たゆん、と揺れる胸。
突然の刺激に、浅人の体はビクッと竦み、可愛らしい声を上げた。
「ハハッ、そんなんで大丈夫か?ま、期待してんぜ」
また一つ、嘲笑を残し、岸田は立ち去っていく。
「ま、待て!」
真っ赤な顔をした浅人が岸田の背中を追う───と。
『キーンコーンカーンコーン・・・』
丁度、タイミングだった。次の授業が始まる鐘が鳴り響く。
それまでたむろっていた野球部員共も、ニヤニヤと笑いながら退室していく。
その様子を見ながら、沢田は違和感を覚えた。何かが変だ。それは、部員達の気配・・・。
「・・浅人・・」
心配になった沢田は浅人に声を掛けた。
浅人の表情は、憤怒であった。

──次の時間から昼休みまで、浅人と沢田の姿は教室には無かった。

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