20

 カイトは廃墟に立っていた。
 瓦礫の中から石の十字架がぬっと突き出てる。
 ボロボロに崩れた壁の向こうに花を持った少女が立ってた。
 彼女には見覚えがあった。
 以前、どこかで会ってる。どこかで……
(そうだ、夢でこの子に会ったことがある)
 カイトが少女のほうへ近づこうとしたとき彼女は振り返った。
 あどけない顔をした少女だった。日本人じゃない。天然のブロンドに菫色の瞳をした白人の女の子だ。
「綺麗な髪と瞳。不思議なお肌の色。あなた、どこからきたの?」
 少女はいった。
「オレは日本人だよ」
「日本? そういう国があるの?」
「日本も知らないのかよ。まあいいや。お前、こんな寂しい場所で何やってんだよ」
「お友達が死んだの。だから、お祈りしてたの」
「はぁ……」
「お姉ちゃん、お名前は?」
「お姉……」
 カイトは自分の体を見下ろして納得せざるをえなかった。
 大きなバストを突き出させておいて、男だと主張しても誰も信じてくれないだろう。
 ブルマの股間には何の障害物もなく、そこは綺麗な三角形を描いてる。
「オレはカイトっていう」
「カイトさんってお名前なのね。あたしは……」
 ドンという轟音と、それに続くビリビリと響いてくる震動が少女の言葉を遮った。
 廃墟に残った壁からパラパラと石粒が落ちてきた。
「また、戦争だわ……」
 少女が寂しげにつぶやいた。
(戦争? あれは大砲の音なのか!?)
 少女の手からはらりと花束が落ちる。
 ドンッ。
 轟音が鳴ってカイトは目を覚ました。

「あ、ここは……」
 そこは元通り、沼作の布団の上だった。
 夢の臨場感のせいで、まだ動悸が高鳴ってた。
 喉がやけにヒリついてる。
 時計を見ると、まだ午前二時だった。
 カイトは半分残してた茶を飲んで、もう一度横になった。
 目を閉じて寝ようとするのだが、妙に寝苦しい。
 相変わらず胸がドキドキとして、落ち着かない。
 時間が経つうちに動悸は収まるどころか、ますますひどくなってきた。
 そして、体の奥で無視できない疼きが生まれ始めていた。
(なんでこんなときに……)
 カイトはたまらずに腿をきゅうと閉じ合わせていた。その状態で脚を擦り合わせると気持ちがいいのは知ってる。
 だが、女としてのオナニー行為に抵抗があるカイトはその先に進むことを頑なに拒んだ。
 不意にチャリッと音がする。
 無意識のうちに乳首に手が伸びてたのだ。
 こみあげてきた欲情のせいで乳首がぷっくりと膨らんでいた。
 シャツの裾を引っ張るだけで敏感になった乳首がこすられて気持ちよくなってしまう。
 乳首のピアスを誰かに思いきりひねって欲しいという思いが沸き上がり、理性がそれを打ち消す。
(こんなことしてたら、浩司が気付いちまう……)
 カイトは自分を叱った。
 女としての性欲に反応してしまうのが許せない。
 そのときカイトのものでない喘ぎ声がした。
 カイトは浩司のほうを振り向いた。
(浩司のやつ……!)
 浩司の股間には、一目見てそれとわかるテントが張られていた。
 そして、しきりとハァハァと息を乱している。
 浩司とカイトの目があった。
「なんだ……カイトも起きてたのか……」
 ひび割れた声で浩司はいう。
「なんかオレ、溜まってるみたいで……うう、やべ、カイトの体見たらますます勃ってきた」
 ビクビクと蠢いて浩司の股間のテントがさらに持ち上がった。
「おまえトイレで抜いてきたほうがいいぞ」
「カイトぉ……」
「ダメっ。約束……だからな……」
「そ……か……」
 せつなさそうな顔をして浩司は悶える。
 浩司に犯されることを思っただけで子宮のあたりが甘く疼いた。それでもカイトはその感情を認めるわけにはいかなかった。
 ふと見ると浩司はジッパーを降ろして、自分で慰めていた。
 カイトにとってはお馴染みになってる若い男の精が匂ってくる。それに直撃されてカイトは悶えた。
 全身が、男に抱かれることを求めていた。
 あまつさえ浩司のペニスにしゃぶりつきたいという衝動がある。それを押し殺すのに全精神力が必要なほどに。
(おかしい……いくら何でも、こんな気持ちになるなんて……)
 カイトの中の情欲は、時間が経てば経つほど顕著になっていく。
「くぅぅ……」
 カイトは苦しまぎれに寝返りをうった。カイト自身は気付いてないが、寝返りのときに胸や腿がこすれる刺激を体が求めているのだ。
 浩司がくすぐるようにカイトの胸を触ってきて、危うくカイトは大声で悲鳴をあげるところだった。
「わりぃ、カイト……我慢できねぇから、せめて胸だけでも、触らしてくれぇ……」
「う、うん。胸だけなら……」
 熱に浮かされたようにカイトは答えていた。
 すでに思考の一部は正常でなくなっている。
 こしょこしょと胸のふくらみをくすぐられると、えもいわれぬ快感が鼻を突き抜けていった。
 意識の片隅で人の気配に気付いてカイトは振り向いた。
 ぬぼうっと沼作がカイトたちを見下ろし、ビデオカメラを回している。
「てめ……!」
「うへへへへ! どうだい、媚薬入りの茶はうまかったかァい?」
「騙しやがったな!」
「騙しちゃいねぇよ。ただ、俺様にも役得があっていいと思ってな。ゲヘヘヘ……」
 カイトは罠に嵌められたことを悟った。
 下品に笑ってカメラを回してる沼作に蹴りの一つでも入れてやりたいのだが、すでにまともに体が動かなくなっている。
 浩司はさっきからずっとカイトの乳房をいじって感触を楽しんでる。胸をいじられる感触はカイトにとっても快楽だった。
「その媚薬の効果は男女差があってな。女のほうは、効き目出るの遅いんだ。発情のしかたも女の場合はハンパじゃねぇ」
 カイトの中の疼きが一段と大きくなる。
「あんた、これからだぜ。おクスリの本番はよォ。クェッヘヘヘヘ……」
「このゲスやろうっ。そんな薬、オレには効かねぇからな……ふあっ!?」
 浩司に胸を掴まれて痺れるような快感が走った。
 自慰をしてる浩司は絶頂が近いのか、呼吸が短く単調になってる。
(もっとオッパイ触ってほしい……)
 心のどこかで女としての願望がこぼれた。
「もう強がりも限界みたいだぜ。ヘヘヘ。おまえ、自分が最高にエロい顔になってるの気付いてるか?」
「くうぅぅ……あぁぁぁ……」
「意地張ってると発狂しちまうぜ? それが嫌なら、そこの男にお願いしてチンポ突っ込んでもらうことだな」
 沼作が浩司にティッシュの箱を放り投げた。
 浩司はティッシュを手にするとほぼ同時に達していた。オーバーなほどに腰をびくつかせて浩司は射精した。
 精子の匂いがそれ自体甘い媚薬のようにカイトの鼻をくすぐる。
 大きな性欲の波がきてカイトはたまらず体をくねらせた。
 沼作が喜ぶような反応をしたくないのに、体が勝手に動いてしまう。
 甘くハスキーな喘ぎ声がまるで他人のもののように聞こえる。
 立ち上がることもままならずカイトは布団の上で快感に身悶え続けた。
「沼作さん……ハァハァ……これって、どういうこと?」
 射精したことで理性を取り戻した浩司がよろよろと沼作に詰め寄った。
「ヘヘ、ワシは若い男女がバコバコとセックスするのを見るのが好きでな。こりゃあお前さんを助けてやる駄賃とでも思ってもらおうかい……ホレ!」
 沼作に突き飛ばされ、浩司はカイトに折り重なるような形で倒れた。
「ああっダメ、触るなぁ……」
 カイトはビクンッと敏感に反応する。全身のどこを触れられても、それが快感になってしまう。
 カイトの首筋のあたりに浩司の顔があった。
 浩司の吐息だけでカイトはおかしくなってしまいそうだった。
 浩司もまた、媚薬の作用で普通ではなくなっている。
「カイト、すげーいいニオイ、おまえ。やべーよオレ、出したばっかなのにまた……」
「が、我慢しろ浩司ぃ。こんな奴の罠にはまって……ハァハァ……悔しく、ないのか?」
「が……我慢してるけど……」
 カイトの腿に熱い塊が触れた。
 浩司のペニスが固くなって持ち上がり触れたのだった。
「ソレしまってぇぇ」
「無茶、言うなよ……」
 カイトは歯を食いしばった。浩司のペニスをすぐそこに感じる。
 油断したら本能のままそれに飛びついてしまいそうだった。
「ごめん、おまえの足、借りる」
 切羽詰まった声でいうと、浩司はカイトの足にぐいとペニスを擦りつけた。
「あっ……!」
 浩司は丸太を担ぐようにカイトの足を持って、腿のやわらかい肉に何度もペニスを打ちつけた。 ガッシュガッシュと工作機械のように腰を動かす。
 ほんの数秒で浩司はあっさりとカイトの腿に射精した。
 媚薬に冒されたカイトには、腿にぶちまけられた熱いザーメンの感触すら快感となっていた。
 抱かれたい。
 体の中心に熱い塊を打ち込んで満たしてほしい。
 そんな強い欲求がカイトの体と心を駆けめぐる。
 もはや呼吸すら性感を刺激してカイトを悶えさせる。
 悶えればその分、さらに女体は刺激を受け、発情していく。
 頭の中が白く塗りつぶされていって、だんだん物を考えられなくなっていった。
「うははは! なんてエロい顔してやがる!」
「ち……ちくしょう……あ、あはぁぁンンン……」
 喋ろうとすると、甘ったるい嬌声のほうが口に出てしまう。感じてないという「フリ」すらできない。
 カイトは固く口をつぐんだ。
 なんとか媚薬の効果が抜けるまで耐えよう、とボンヤリしがちな頭で考えた。
 沼作の視線から逃れようとうつ伏せに寝ころんだが、バストが押し潰されてピアスされた乳首を中心に甘く痺れるような快感が生じた。
 じっと息を止めて淫心をやり過ごそうとするカイト……。
「無駄だァ。どんなに貞淑な処女でも男に股開くっつう強力な媚薬だぜ。女である限りその効果から逃れられやしねェ」
「………………」
 カイトは小刻みに震えていた。子宮がキュンと収縮するたびに、女の快感に負けそうになる。
 沼様の言葉など殆どカイトには届いていなかった。
(犯して!)
 何度そう叫び出しそうになったか分からない。そのたびに歯を食いしばって耐えた。
 男としてのプライドだけがカイトを発情した雌として振る舞うことから遠ざけていた。
 だが、その我慢も限界に近づきつつあった。
 発情しきった肉体は精神まで蝕みつつあった。
(いやぁぁ耐え切れない……抱いて抱いて抱いて……めちゃめちゃ犯して中に射精して……)
(あああ……何を考えてるんだオレは……)
 もうどちらが自分本来の考えなのか区別がつきにくくなっていた。
 ぎりぎりのところで保っていた均衡を突き崩したのは、浩司だった。
「カイトぉ、オレ苦しいよ……」
 浩司は情けない声でいいながらカイトの股間に触れてきた。
 ブルマの上から浩司はカイトの股間をこすった。
「☆○△×◎$%#!!!!」
 体を貫くほどの刺激にカイトは言葉にならない悲鳴をあげた。
 浩司が欲望でいまにもはちきれそうなペニスをカイトの股間の隙間に突き入れてくる。
 ペニスがそこを摩擦していく刺激に、カイトの脳の回路がついに焼き切れてしまった。
「ダメ……犯して……」
 ついに、カイトは男のモノを懇願する言葉を口にしてしまった。
 沼作がヒヒヒと下卑た笑い声をたてるのを、カイトは遥か遠くのもののように聞いていた。
 フラフラとカイトは腰を持ち上げた。
 意識しないまま、男を誘うようにクネクネと腰を振ってしまう。
「グヘヘヘ。ネェチャンがケツ振ってテメェのチンポ欲しがってるぜ」
 沼作は焚き付けるように浩司の背中を蹴った。
「カ・イ・ト……」
 浩司は濁った目を見開いてカイトの服を剥いていった。
 プレゼントの包み紙をせっかちに破いてしまう子供のように乱暴にカイトの服を剥ぎ取っていく。
 ピアスとチェーンを付けられたカイトの胸が露わになり、丸くて形の良いヒップも空気に晒された。
 全身の皮膚が空気に触れてますますカイトは発情した。
 滴が落ちるほど秘部は潤みきっている。
 もう沼作に見られていることすら、頭の中から消し飛んでいた。
 砕け散った男の心の一部が(悔しい……)と歯噛みしても、もう体をコントロールしているのは淫乱なもう一人のカイトだった。
「ああああン……欲しい、欲しいよォ」
「何が欲しいんだい、お嬢ちゃん。え?」
「………………」
「言わないと、いつまで経ってもそのままだぜ」
「そんなのいやぁぁぁ!」
 カイトはせつなさそうに腿をすり合わせた。秘裂の中心が物欲しそうにヒクついている。
 沼作は浩司の襟首を掴んだまま、カイトに顎をしゃくった。
「なんとかしてほしかったら言ってみな。可愛くおねだりしてみせろよォ」
「うぅ……欲しいの、こ、浩司のチンポをあそこに挿れてェェ!」
 ぶちまけるように叫んでから、カイトは「あ……」という顔をした。
 カイトの中に残る男の部分が涙を流していた。
「ほォ。で、どこにチンポ突っ込んでほしいんだい、お嬢ちゃんは」
「ここォ!」
 と、カイトは腰を振り上げる。
「ここに……カイトのオマンコに挿れてほしいの……早くぅ!」
「ヒヘヘヘ、上出来だ。そらよ!」
 沼作が手を放した途端、磁石に吸い寄せられるように浩司はカイトに折り重なってきた。
 男の手で腰を掴まれると、奇妙な安心感がカイトを満たした。
 女として発情した体は、浩司の所有物となることを望んでいた。
「ごめんカイト、ごめん。オレ守ってやるっていったのに、こんな……でも我慢が……」
 早くも浩司は腰をカクカクとさせていた。
「いいのォ! だからお願い、チンポ挿れてェ! そうしないとダメなのォ!」
 支離滅裂な言葉をカイトは叫ぶ。
 何度も謝りながら浩司は後背位でカイトに挿入した。
 貫かれた瞬間、カイトは安堵と歓喜の声を張り上げた。
 やっと、熱望していたモノが体の裡に打ち込まれたのだ。
 ポロリと涙が落ちた。それはカイト本来の心ができる最後の抵抗だった。
「アン、アン、凄いぃぃ……気持ちいいよぅっ!」
 淫乱な少女になりきってカイトは叫ぶ。
 浩司はやがて性欲に支配されて物も言わずに腰を動かすようになった。
 カイトもそれに合わせてむさぼるように腰を動かした。
 熱いペニスに体の中を掻き回される感覚がたまらなく快感だった。
 肉棒を穴に突き込まれて、満たされた気持ちになってる自分をカイトは発見した。
 何度も甘く声を震わせたりするのは、その声で浩司を奮い立たせようとする本能的な行動だった。
 カイトは息を弾ませながら、男の精を搾り取ろうとする女王のように腰を動かした。
 カイトの穴の中も別な生き物のように蠕動して浩司のペニスを締め付ける。
「いい! いいのォ! オチンチン気持ちいい! もっと、もっと犯してぇ!」
 カイトは夢中でまくし立てる。
 まず言葉が出て、後からその意味がぼんやりと頭に入ってくる。
 二人の結合部からはずちゅ、ずちゅと淫猥な水の音がする。
 カイトは自分の乳房を自らの手で愛撫してさらなる快楽を貪った。
(ダメ……止まらない……)
 男が射精を途中で止められないのと同じように、どんなに止めようとしてもカイトは自分の淫らな行為を止められない。
 止めようとする意志すら、女になった自分に圧倒されていまにも吹き消されそうだった。
「オレ……もう……出る……」
 枯れた声で浩司がつぶやいた。
(嫌だ! 中で出すなっ!)
 そう思ったのに、口から出たのは別な言葉だった。
「いいよ……いっぱい出して」
 パン! パン!
 きつく腰を掴まれ、激しく腰を打ちつけられる。
 その荒々しさが、カイトの身も心も痺れさせた。犯されることの快楽に心が染まっていく。
 最後に大きくグラインドして腰を打ちつけると、浩司は「うう」と呻いた。
 カイトの胎内奥深くまでペニスが埋め込まれた。
 その一体感の悦びにカイトはうち震えた。
 ドクン、ドクンと子宮に向かって精液が注ぎ込まれる。
 そのイメージだけでカイトはイッてしまった。
 頭が真っ白になり、うーんと唸ったきりカイトは脱力した。
 高い塔から落ちるような壮絶な快感の中にカイトは放り込まれていた。
 何度もヒクンヒクンと膣が収縮して、男の精の最後の一滴までも搾り取ろうとするようだった。
「カイト……」
 長く尾を引く女のエクスタシーに翻弄されてカイトは返事をすることもできなかった。
 死んだ蝉が落ちるみたいにポロリと浩司がカイトから離れ、床に崩れ落ちた。
 ペニスが引き抜かれるとき、チュポッといやらしい音がした。
「ゲヘヘヘ。二人ともお疲れサン。おかげでいい絵が取れたぜ」
 カイトはくたりと前にのめるように布団に身を投げ出した。
 エクスタシーの波が引いていくと、少しずつ思考力が戻ってきた。
「げ……げすやろう……」
 首だけ沼作に向けてカイトは呟いた。
 沼作は罵られてむしろ嬉しそうにしている。
「へへ、さっそく今のをDVD+Rに焼くとするか。おい、主演女優。こいつをバラ撒かれたくなけりゃ、今後も俺様には何かと親切にするこったな」
「くっ……!」
  女としての痴態を沼作は全て見ていたのだ。沼作の思い通りにその目の前でセックスをしてしまったことをカイトは深く後悔した。
 媚薬のせいでどうしようもなかったとはいえ、カイトは自分が許せなかった。
 屈辱に身を焦がしながら、カイトはティッシュで股間の後始末をした。
 後から後から精液が体の奥からこぼれてくる。
 ティッシュを膣にねじ込むようにして精液を拭いた。
 その行為も録画されてるのだが、だからといって何もしないわけにはいかない。
 脱がされた体操着とブルマを着て、カイトはその場で胡座をかいた。
 まだ媚薬の効果が体内でくすぶってたが、これ以上の痴態を沼作にプレゼントするつもりはなかった。
「そんな目で睨むなよ。これからの生活があるのにその歳でAVデビューは嫌だろうがァ?」
 そのとき不意に、プレハブ宿舎の玄関を叩く音がした。
「来たか……」
 沼作が表のほうに目をやる。
 訪問者が勝手に戸を開け、中に入ってくる物音がする。
 沼作は奥の間の戸を開け放った。
 プレハブに侵入してきたのはムラタだった。
 ムラタはカイトたちの姿を目にして眼鏡の弦に手をやった。
「これはこれは。こんな夜更けに珍しい客人がおいでのようですね」
「ヘヘヘ。一人でノコノコやってくるとはな。手間が省けたぜ」
「手間、とは?」
 冷たい調子でムラタは尋ねた。
「あんたの研究所で何をやってんのか、知りたいって人が上のほうにいてなァ。あんたにはご同行を願おうと思ってたとこさ」
「ほう。見た目通りの素性じゃないのはお互い様といったとこですか。で、あなたの所属は?」
「へへ、バカめェ。訊かれたからって、正体明かすわきゃねーだろ。某国家機関のエージェントとだけ言って……ん?」
 バンッと木の爆ぜるような音がした。
 ムラタの白衣のポケットに穴があいて、そこから白い煙がたちのぼってた。
 ゆっくりとポケットから出した手には拳銃が握られていた。
「トカレフの銃口を切り詰めたものです。命中精度は最悪ですが、この距離ですからね」
 沼作の腹に黒い穴があいていた。
 じわりと穴の周囲に赤黒い染みが広がっていく。
「い、てェ……」
 沼作の体が折り畳まれるようにして床に這った。
 突然のできごとに、浩司はガタガタと震えている。
 ムラタは銃を構えたまま、沼作のボディチェックを始めた。
(今しかない!)
 カイトは飛び起きて走り出した。
 一瞬、ムラタの顔に「しまった」という表情がよぎった。
 カイトはムラタの横を駆け抜けた。
「浩司! おまえも早く!」
 叫んで、走った。
 媚薬の残効でまだ体の芯が痺れたようになっていたが、とにかく手足を動かして走った。
 外に出ると真っ先に木立に駆け込んだ。
 ムラタが後から追ってくる様子はなかった。
 代わりにプレハブの戸が内側から閉ざされた。
 カイトはそれから死に物狂いに木立の間を抜けた。
 気が付いたとき、カイトは学校の塀を乗り越え、月に照らされたアスファルト道路に降り立っていた。
(助かった、のか……?)
 あたりを見回しても追っ手のくる気配はない。
(浩司の奴は、間に合わなかったか……)
 カイトは素足のままアスファルトの道路を渡った。
(これから……どうしよう……)
 途方に暮れながら、それでも一刻も早く学校から離れようとカイトは足早に歩いていった。

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