見慣れた食卓の風景だった。
野球中継に気を取られて箸を休める叔父、それを行儀が悪いとたしなめる叔母。
叔父も叔母もカイトも皆、テーブルの定位置についている。
いつものこの家の夕食だ。
ただひとつ、日本の家には不似合いなメイドが一人、食卓の側に立たされてることを除けば。
♂カイトが旨そうにタクアンを囓っている間、カイトはエプロンの前で両手を揃えて主人たちの命令を待っていた。
メイドであるカイトは、家人と一緒に食事をすることさえ許されないのである。
「お代わり!」
♂カイトが突き出した空の御飯茶碗を受け取って、炊飯器から飯をよそう。
給仕だけでなく、食事の支度の際にもさんざん叔母にこき使われた。
いままで飯炊き女ぐらいに思っていた叔母に、いいようにこき使われるというのはカイトにとってはショックだった。
『そげん格好だけ一人前んごたるして、あんまり不器用で呆れた!』
里芋の皮むきごときで何度罵倒されたことか。
男尊女卑が強い田舎だけに、女になったカイトに叔母は容赦がなかった。
飯を盛った茶碗を食卓に運ぶとき、たまたま叔父と目があった。
風呂場でレイプされたカイトにとって、叔父はいままでとは別種の生き物に見えた。
レイプのことを思い出したくなくてカイトは目を伏せた。
叔父のほうも多少気まずさを感じたのか、無理やりのようにテレビに目を向けてビールを呷った。
食卓のほうは和やかに会話が弾み、カイトだけがぽつんとその外側に置かれていた。
(腹減った……)
と頭の中でつぶやいたとき、それに合わせたように腹がグゥと鳴ってしまった。
♂カイトが腹の虫の音に気付いて振り向いて。
「ポチ子、これ食う?」
と刺身を一枚、箸でつまんでカイトに向けた。
「ほい、あーんして」
「………………」
カイトは空腹に負けてそれを受け入れてしまった。
もっと欲しいと思ったが、♂カイトにその気はないようだ。
代わりに刺身ひときれの為に御辞儀まで強要された。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げると、本当に自分が取るに足らないメイドであるような気がしてくる。
食卓の団らんが楽しそうであればあるほど、カイトは惨めな気分を味わった。
家人が全員食事を終えて、ようやくカイトも飯を口にすることが許された。
無論、メイドのために一皿用意されてる筈もなく、食卓の残り物がカイトの取り分だった。
御飯に辛子明太を載せることを許可されたのがせめてもの救いだった。
「あーあ。美少女メイドがあんまり明太子とか高菜とか食うなよなぁ」
冗談めかしていうと♂カイトは二階へ引きあげていった。
食後、当然のようにカイトは皿洗いをさせられた。
流しで皿を洗っていると、いつのまにか横に叔母が立っていた。
「な、なに……?」
「こん泥棒猫が」
叔母になぜ罵倒されるのかわけがわからなかった。
すると叔母はカイトの腰を触ったかと思うと尻をぎゅっとつねった。
「イタッ! な、なにする……」
「こん変態。男だった癖してそげん大きか胸や腰ばこれみよがしにしてからが」
「はぁ……? わけわかんねぇよ!」
パンッ!
頬を撲たれてカイトは洗っていたコップを落としてしまった。
叔母の目を見たとき、ようやくカイトには理解できた。それは嫉妬の目だった。
いわゆる女の勘というものだろう。叔母は気付いてる。浴室で叔父とカイトの間に何かあったことに。
叔母はまだ四十前で、若い頃は美人だったと思わせるだけの容貌である。
それだけに、叔父が若い女に手を出すのは女として許せないのだろう。
「好きでヤッたわけじゃねぇ! あれは一方的に……」
「せからしかッ!」
「あうっ!」
もう一度、頬を撲たれてカイトは沈黙した。
どんなに理不尽でも、口答えするだけ無駄だと悟ったからだった。
憎々しげな顔でもう一度カイトを睨むと、叔母はその場を離れた。
カイトは打たれた頬に手を当てた。
叔母に「同性」として嫉妬されてることがどうしても納得できなかった。
「レイプだったんだぞ……オレが悪いのかよ!?」
叔母が聞いたとしたら、お前のその体があの人を誘惑したんだと言われていただろう。
どんなに納得いかなくとも望まずとも、カイトの肉体が「女」としてセックスアピールを振りまいてることは事実なのだ……。
部屋に戻ると、♂カイトはノートパソコンに向かってエロゲーをしていた。
♂カイトはゲームに夢中でカイトが入ってきても振り向きもしない。
カイトは唯一与えられた自分の場所である古いマットにちょこんと座った。
大仰なメイド服が邪魔だったが、家人がいるあいだはメイド服を脱ぐことは許されていない。
胸のリボン・タイをこっそりと少し緩めた。
与えられたメイド服の胸回りはカイトのバストに対して少々小さく、これを着てると胸だけきつく感じる。
カイトは膝を抱え込んでそこに額を載せた。
学校の宿題も予習もしなくていいのが不思議だった。
自分の意志でサボるのと、はなから課題が何もないのとでは天と地ほども状況が違う。
時間の進みが極端にのろく感じられた。
ぼうっとしていると、♂カイトの握りしめるマウスのクリック音だけがカチカチとせわしなく聞こえてくる。
「はぁ……」
物憂げな少女のようなタメ息が口をついて出た。
気の抜けたコーラみたいな甘ったるい自分の声には、いまだに時折ぎょっとすることがある。
カチカチカチ……
♂カイトはひたすら一心不乱にマウスをクリックしている。
(暇だ……)
あまりの暇さに耐えきれず、カイトはプレステを引っ張り出してゲームを始めた。
いつものように床に寝転がってゲームをすると、胸のでっぱりが床にくっついて妙に落ち着かなかった。
ちょっと派手にコントローラーを動かすと、乳房が床と擦れた。
それでもゲームに熱中するうちにいつしか胸の感触も忘れることができた。
主人公のキャラを操って敵の基地内を進んでいく。
本来は敵兵を避けて先に進むゲームなのだが、カイトは敢えて武器を振り回して敵と戦った。
「この、この! 死ね、ホラ死ねっ。よォしタグゲット!」
敵キャラを次から次へと大量虐殺していった。
マシンガンを連打し、さらに寄ってくるザコキャラを拳で薙ぎ倒す。
主人公キャラを操作していると、久しぶりに男に戻れたような気がした。
暴力で他を圧するという男としての快感。
そんな束の間の仮想体験は♂カイトによって破られた。
「ポ〜チ〜。ポチ子!」
「………………」
現実に引き戻されてみれば、カイトはか弱いメイドだ。
♂カイトにスカートの内側を覗かれてるのを知ってゲームの昂揚感は急速にひいていった。
自分はしょせんパンツや太腿の露出で男を悦ばせる位しかできないという認識は無力感と寂しさを伴っていた。
♂カイトが手招きをする。
いつのまにやらエロゲーのほうは一段落していたようだ。
そばへいくと♂カイトはエロゲーの画面を指さしながら、なぜかお気に入りキャラの解説を始めた。
カイトにはあまり縁のない世界だった。
仲間の家で冗談半分でときメモをプレイしたことくらいはあるが、♂カイトのプレイしてるようなエロゲーは実物を目にするのは初めてだった。
♂カイトは得々として解説を続けた。どうやら誰かに話したくて仕方ないらしい。
「……でね、この作品はエロゲーっていっても背景の世界観が作り込んであってキャラの人間関係がシナリオ進行の鍵になってるんだよ。
でもありきたりな泣かせゲーじゃないのがポイントでさ。ちゃんとエロとしても成立してるからね。正直、これやっちゃったら葉鍵の時代には戻れないよ?」
(……なんでおまえが自慢気なんだ。作ったのはゲーム会社の奴だろうが……)
野暮な突っ込みは口に出さず、カイトは適当に聞き流していた。
「そうそう、この毬藻さんってキャラもいい味出してんだ。大ボケ女教師だけどじつはヒトラーの転生って設定でさぁ、それでこの巨乳! ほら、この濡れ場マジエロくない?」
(早く終わんねぇかなァ……)
♂カイトが顔をしかめた。
カイトの視線が画面を見てないことに気付いたのだ。
「あーあ。ポチ子もやっぱ女の子か」
「え?」
「だってそうでしょ。男だったら無意識にでもこういう絵に少しは目がいくもんでしょ。でもポチ子は無反応だったし」
と、巨乳女教師が触手に服をはぎとられてるCGを指す。
「男のつもりでも、やっぱ女の子の体だもんね。ま、僕としてはポチ子が女らしくなるのは歓迎なんだけど」
「ち……ちがう……」
♂カイトの指摘をカイトはかすれた声で否定した。
画面に目がいかなかったのは単に偶然だ。男の心が薄れてるわけじゃない。
何度もカイトは自分に言い聞かせた。
カイトの苦悩など知らぬように♂カイトはマイペースに話題をかえた。
「ところでさ、巨乳って小さい乳より感度鈍いってホント? 一度リアル女の子に聞いてみたかったんだ」
「ハ、ハァ!?」
カイトが返答に窮してると♂カイトは重ねて同じ質問をしてきた。
仕方なくカイトは答えた。
「ほかの女と……比べたことないから、分からない」
「ちぇ。じゃあ、ペニスが子宮口を突くと女は感じるってのは? アレが長いのと太いのと、どっちがいいの?」
「そんなこと聞かれても……」
質問責めはさらに続いた。
「ポチはオシッコの後やっぱり紙で拭くの?」
「……拭く」
「やっぱり女の子は拭かないといられない?」
「……あそこが……濡れて気持ちわりぃから」
途中でカイトは理解した。
全て、ゲーム中のキャラの台詞が真実かどうかを確かめるための質問なのだ。
ひと通り質問に答えてやると、♂カイトはそれなりに満足したようだった。
(やれやれ……ん?)
足下の屑籠に何か本のようなものが放り込まれているのが気になって、カイトはそれを屑籠から取りだした。
(これ……小学校のときのアルバムじゃんか!)
アルバムをぱらぱらとめくると懐かしい思い出が次々と甦った。
何も悩みがなかった幸せな時代の記録だ。
両親が死んでこの家に引き取られるとき、随分と大量の持ち物を処分することになったが、このアルバムは捨てずに持ってきたのだ。
「ああ、それね」
横目でカイトのほうを見て♂カイトはいった。
「引き出しに入ってたけど邪魔だったんで捨てちゃったよ」
「これは大事なものなんだ」
「ダメダメ。いまは僕が『カイト』なんだよ? そのアルバムに写ってるのも君じゃなくて僕だからね。そいつをどう扱うかも僕の勝手さ」
そう言うと♂カイトはタバコの火をアルバムのページに押しつけた。
「ああっ!」
ページが黒く焦げたかと思うとそこから火が点いてアルバムがめらめらと燃えだした。
カイトの手からこぼれたアルバムは屑籠に落ちてそこで燃え続け、数分後に灰になった。
「なんてことすんだ!」
逆上したカイトは♂カイトの胸ぐらを掴んだ。
いまのカイトにとって唯一のよるべとなる過去の記憶が焼かれたのだ。逆上するなというほうが無理だった。
「うるさいなぁ、ポチのくせに。あんまりゲームの邪魔をするなよ」
♂カイトに手を掴まれると、いとも簡単に胸ぐらから手を離されてしまった。
「そうだ、いいこと考えた!」
「ひゃっ!?」
カイトは引きずり倒されるように床に座らされた。
♂カイトはかちゃかちゃとベルトを緩め、ズボンを引き下げた。
かすかに青臭い少年の体臭がする。
カイトの肉体はチャイムの音ばかりでなく、男の体臭にも反応してしまう。
カイトはとっさに鼻と口を手で覆った。
すでに股間がほんのりと潤う気配があった。
「ポチ子。罰として命令するよ。ゲームの展開に合わせて僕のアレをしゃぶるんだ」
「へ……???」
「へ、じゃない。つまり人間オナマシンだよ」
♂カイトのプレイするエロゲーが濡れ場にきたら、それに合わせて♂カイトのペニスをしゃぶれというのである。
しかも、ゲームのほうのエッチの激しさに合わせてしゃぶりかたを調節しろと♂カイトはいう。
(このっ……!)
ブン殴ってやろうかと思うカイトだったが、同時に叔父にレイプされたときの恐怖も甦ってきた。
性欲を溜めた♂カイトが叔父のように襲いかかってこない保証はない。
あのときの怖さ、惨めさは思い出すたびに体が小刻みに震えてしまうほどだった。
♂カイトにレイプされるのが嫌なら、口で奉仕してでもとにかく「抜いて」しまわないと身が危ない。
命令するだけすると、♂カイトはさっそくプレイに没頭しだした。
すぐにエロゲーは濡れ場へと突入する。
何もする前からペニスがぴくんと跳ねた。
カイトは覚悟を決めると、それを口に頬張った。
「うお……さすがに臨場感出るなぁ!」
画面に目を固定したまま♂カイトが気持ちよさにため息をもらした。
カチカチとマウスのクリック音が単調に響く。
マウスをクリックすると、画面の中で全裸の少女の腰がアニメーションで動く。
ますますクリック音が強くなる。
それを見てカイトも顔を前後に動かすようにしてより激しい刺激を与えた。
いつのまにかクリック音がしなくなっていた。代わりにちゅばちゅばと陰茎をしゃぶる音だけが卑猥に響いている。
次に起きることをカイトは知っていた。
♂カイトが呻いてカイトの頭を掴むと、ぐいと引き寄せた。
「んむっ……」
ディープスロートさせられる形になってカイトはえづいた。
構わず押すかいとが押さえつけるので逃げることもできない。
やがて♂カイトの腰がビクビク震えたかと思うと、射精が行われた。
「うううぅぅぅ……」
苦く絡みつくような精液を口中に放たれてカイトは情けない声で抗議した。
ぶちまけるだけぶちまけると♂カイトは満たされたため息をついて、カイトの頭を解放した。
「ぷはっ!」
口からペニスを引き抜いてカイトは喘ぐ。
口の奥に大量の精液が溜まっていた。
♂カイトは快感の余韻に浸った顔でゲームを先に進めていた。幸い、濡れ場のシーンはそれで終わりだった。
「トイレ、行ってくる!」
カイトはくぐもった声でそう告げると一目散にトイレへ向かった。
トイレの戸を閉めると、カイトは便器の上に顔を持っていった。
「うぇぇ……」
口を開けると溜め込んでいた精液が唾液と入り混じってねっとりとこぼれ落ちた。
カイトにとっては皮肉なことにトイレの中に鏡があってそこに自分の姿が映っていた。
口から精液をこぼすメイドの姿は、扇情的だった。
AVなどと違うのは、そのエロティックな光景の中心にいるのが自分自身だということだった。
カイトはふと、いま吐き出してるのが「自分」の精液だということに思い至った。
そう考えると、赤の他人のモノを口に出されたときより抵抗感が少ないような気がする。
ドロリとした液をカイトは手で受け止めてみた。
♂カイトが無駄に排泄した精液。いまのカイトの体では逆立ちしてもその白濁液を作り出すことはできない。
喪失感と嫉妬の入り混じった奇妙な感情を覚えた。
(これは本当はオレのものなんだ……!)
精液でぬらりとてかった指を見ていると、妙な気持ちになってくる。
パンティをずらすと秘所はもう充分に濡れている。
くちゅっ……
「ああっ……んっ」
精液にまみれた指をそうっと自分の中にさしこんだ。
(オレのセーエキだ……)
指を根もとまで挿れると、ぐいぐいと掻き回した。
本来カイトのものであった筈の男の精を胎内に取り戻そうとするように。
「ア……ア……あああンン……」
そこでカイトは現実に立ち返った。
短い白日夢のようなイメージの世界を見ていたのだ。
「くっ……」
パンティに冷たい湿り気を感じてカイトは舌打ちした。
最後の瞬間、カイトは実際に軽くイッてしまってたのだ。
ため息をつくとカイトは手に付いた精液を洗い流してトイレを後にした。