26

 一人になったカイトは浴室でシャワーを浴びた。
 ひ弱な女の身では、こうして一人で家にいるときでないと安心してシャワーをつかえない。
 浴室にいくまえに玄関の戸締まりを確認したのも、男だったときなら考えられなかったことだ。
 ひとしきり熱いシャワーで全身を流した。
 脱衣場に戻ると、カイトは全裸の己の姿を鏡に映した。

「こんな……こんな体にしやがって。オレは絶対にムラタの野郎を許さねぇ」
 これが鏡でなくテレビの画面だったらカイトは喜んで少女のあられもない姿を鑑賞したことだろう。
 だが理性が機能して鏡の映像が自分だと強く意識するような状況では、女であることへの拒否感のほうが先に立ってしまう。
 カイトの顔はどことなく鋭利な角がとれ、伸びてきた髪もあいまってすっかり美少女のそれになっている。メイクのひとつでもすればそのままグラビアアイドルになれそうだった。
 さらに、耳にピアスで固定された大ぶりのイヤリングでいやがおうにも女性性を強調されている。
 肩の骨格はいかにも非力そうな、ほっそりとしたなで肩だ。
 かわりに胸で二つのふくよかな乳が誇らしげに存在を主張している。
 ブラによる押さえつけがないいま、Fカップのバストはカイトが身じろぎをするだけで、たゆたゆと揺れ、落ち着かない。
 乳首の位置が胸の上であちこち絶えず位置を変える感覚にはいまだに慣れない。
 桜色の可憐な乳首につけられたピアスが豊満なふくらみのいただきで光っている。こうして裸になるたびにこのこのピアスはカイトを辱める。
 胸のピアスとチェーンは、かつてムラタという男よって人格を否定され、性処理のための道具として心身を支配されてしまったことの証だった。
 ピアスとチェーンは常にこすれてチリチリと音を立てる。
(くそォ、うざってぇ……!)
 カイトは発作的にチェーンを引っ張ったが、乳首がキリリと痛んだだけで、それが外れることはない。
 チェーンにしろピアスにしろ、見た目より頑丈な素材で出来ていて、家の工具箱にあった小型のペンチでは表面に傷を付けるのがやっとだった。
 特にピアスは径が小さくて工具で乱暴に扱うと乳首まで傷つけてしまいそうだった。乳首がすぐに勃ってしまうのも作業を困難にさせる要因だった。
 屈辱の印であるそれらの装身具はいずれ時間をかけて、或いは人手を借りて対処するつもりだった。
 胸から下に目をやると、ほっそりとした平らな腹、はっきりとわかるくびれがあって、その下で女性的なカーブを描いて腰が丸くふくらんでいる。
 その下半身の体形のせいで歩き方まで自然、男のときとは少し違ってきている。
 尻は丸く弾力のある肉がついている。座ったりするとむっちりとした天然のクッションが自覚できるほどの豊満な肉付きだ。それでいてヒップの形がいいので太った印象はまったくない。
 自分自身の肉体でなければ、たまらないほどにそそられるスタイルだ。
 腿の肉付きもスマートでありながら男とは決定的に違う丸みを帯びたラインにかたどられている。
 すらりとした脚のつけねの逆三角の領域はふわっとした薄い恥毛に覆われていた。
 すっきりとした形の股間に、男としての不随物は影も形もない。
 代わりにふっくらとした肉の丘があってその割れ目から申し訳程度にピンクの可愛らしいラビアが顔を覗かせていた。
 カイトは股間から目を逸らした。
 女にされてから随分経つが、いまだに自分の体に付いた女性器を直視するのは苦痛だった。
 己の体の中心部に男性器を呑み込むための穴が穿たれてるということが、どうしても感覚的に受け入れられなかった。
 女性器への興味が掻き立てられる前に強い禁忌の感情が湧いてしまう。
 改めて鏡で全身を眺めてみて、カイトは寂しげに肩を落とした。
 試しに腕でバストを覆い隠してみても、鏡の中の少女が男に見えるということはなかった。むしろグラビアにでも出てきそうな扇情的な仕草に見えてしまう。
「……こうしてても仕方ないか」
 肩にバスタオルをかけると、カイトは自分の……かつての自分の部屋に向かった。
 家に誰もいないときまでメイドの格好をするつもりは毛頭なかった。
 部屋には昨日買いそろえた私服が置いてある。カイトはそれらを店の袋から取りだした。
 パンティの代わりに♂カイト用のトランクスを穿き、Tシャツとハーフパンツを身につけた。
「うっ……胸が、こんなに……」
 胸元を見下ろしてカイトは眉をひそめた。
 Tシャツがサイズぴったりなせいで、Fカップはあろうかというバストが生々しくシャツの布地を押し上げている。
 乳首の部分はピアスの形ごとくっきり浮き出ている。
 鏡で確認するまでもなく、どうしようもないほどエロティックな姿態だった。
 Tシャツがバストに密着してるぶん、体操着のときよりも歩くときの胸の揺れが強調されてしまう。
「うぅー!」
 鞠のように跳ね回る自分の胸にカイトは苛立った。
 誰も見てないとはいえ、まるで巨乳アイドルのような胸を晒して過ごすのはまっぴらである。
 かといってブラをつけるのも癪なので、結局また胸にサラシを巻くことにした。
 包帯を何重にもきつく巻いてからTシャツを着ると、さすがに中性的な胸になった。
 ただし、その代償としてギリギリと胸を圧迫される苦しさを味わうことになった。
「キツ……けど、これでいい」
 言葉を口に出すと声のトーンが気になった。
 カイトはなるたけ声を低く抑えて発声してみた。
「あ、あ、あ」
 色々努力を積み重ねて、奪われた男らしさを少しだけ取り戻せたような気がした。
 もちろん少し歩けば股間の感触が違うし、サラシで圧迫された胸の痛みもある。それでも女っぽさを振りまいてないだけ、いままでよりもマシだ。
 仕上げとして首輪を隠すためにスカーフを巻いて、それで我慢することにした。耳たぶで揺れるピアスだけは隠しようがない。
 いまのカイトの姿はボーイッシュというよりユニセックス系を意識した少女に見える。
 他人の目を誤魔化せるような扮装ではないので外出はあきらめざるを得ない。万が一、監視している人間がいれば一目でカイトだとばれてしまうだろう。
 だがカイトはそれなりに自己満足していた。
「体を女にされたくらいでオレがしおらしくなると思ったら大間違いだからな」
 カイトはムラタに改造された少女の身に甘んじるつもりはなかった。
 なんとかして男に戻る。そしてムラタに復讐する。
 その決意がカイトの自意識を根底から支えていた。
 それがなければカイトは今頃とっくに心が壊れてしまって、外見通りの奴隷女になっていたかもしれない。
「もう一人のオレにゃ悪いが、おとなしくメイドに甘んじてる気はないね。だけど……このままじゃ身動きがとれないな。悔しいがこの体じゃ喧嘩すらロクにできねぇ」
 この村の中で、ムラタの所属する研究所が隠然たる力を持った存在なのは確かだ。
 それに逆らうのにカイト一人ではいかにも心許ない。
 いまのカイトは少女としても特に非力な部類だ。その気になれば男数人で一瞬のうちにカイトの抵抗を封じて拉致してしまうことが可能だろう。
 それに♂カイトの話が本当だとすれば、県警にまで組織の手が回ってるということである。助けを呼ぶつもりで110番に電話でもしたら、逆に研究所に居場所を知らせることにもなりかねないわけだ。
「オレに友人と呼べるような奴は一人もいない……」
 カイトはつぶやいた。
「だけど……手を組める奴なら……」
 すがるような思いでカイトが思い浮かべたのは浩司だった。
 浩司と最後に分かれたのは、ムラタが沼作を撃ったあの混乱の中でだった。
 銃声は一度きりしか聞いてない。
 もし浩司が無事だったとしたら、なんとかして連絡を取りたいと思った。
 浩司はもともと女になったカイトを率先していたぶった一人だった。カイトを助けてくれたのも、女としてのカイトに惚れたというある意味許し難い侮辱的な理由からだった。
 それでも、いまのところ浩司だけがカイトにとっての頼みの綱だった。
 浩司はいまのカイトが欲してる「武力」を持っている。いざというときはナイフを振り回して強行突破も仕掛けられるような人種だ。
 そういった力がカイトはいま、喉から手が出るほどほしかった。……それほど女の身は、心細かった。
「あいつを利用するためなら、なんだったらもう一回ぐらい、お、犯されてやってもいい」
 口に出して言ってからカイトは顔を真っ赤にした。
 浩司に抱かれたときの記憶がフラッシュバックしてしまった。
 夢中で腰を使う浩司と、ペニスで貫かれてさんざんによがってしまった自分の姿が映画の一シーンのように甦る。
 相手が浩司だったというのに女として感じてしまったのは、いま思えばひどく屈辱的なことだった。
「……男に戻ったあとで、奴はきっちりブチのめしてやるけどな」
 自分に言い訳をするようにカイトはいった。
 部屋を探すとクラスの名簿はすぐ出てきた。
 浩司の家に電話すれば、浩司が無事かどうかはすぐ分かるだろう。
 電話を掛けようとしてはたとカイトは手を止めた。
 電話に浩司の母親が出たとして……自分はどう名乗るつもりなのか。
 怪しまれない方法が思いつかなかった。
 浩司の消息はあとで♂カイトに聞けばわかるだろう。♂カイトが家に帰るまでは大人しく待つことにした。
 葵とも連絡をとりたかったが、それこそ誰かの手助けがないと難しい。なにせ葵はあのムラタと一緒に暮らしてるに違いないのだから……。
「くそったれ、結局もう一人のオレ待ちかよっ!」
 もどかしさに苛立ってカイトは本棚を蹴った。
 棚が揺れて、不安定に立てかけてあった本が何冊か倒れて落ちてきた。
 その中に、コンビニで買ったエログラビア誌が混じっていた。
 男のズリネタのみのために作られたような雑誌を手にとって、カイトはなんだか懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。
 こんな、男として当たり前の世界から、いかに遠くまできてしまったかを実感する。
 女の体にされ、ピアスと首輪をつけられ、挙げ句の果てに男に抱かれてしまって……
「………………」
 グラビアのヌード写真を見ていると、サラシで平らになった胸とあいまって、男のときに近い感じを味わえる。耳でブラブラ揺れるピアスのことだけ無視していればいい。
 真剣な考え事をとりあえず脇に置いて、カイトはグラビアのページをめくった。
 監禁されてた一ヶ月間、娯楽のたぐいは一切与えられなかった。
 それだけにエログラビアを眺めていると、安全な自分の部屋に帰ってきたという実感が湧いてくる。
 カイトは勉強机の上にグラビアを広げると、椅子にあぐらをかくようにして座った。
 グラビアのページをパラパラとめくっていく。
 巨乳のグラビアモデルが沖縄かどこかの海辺でビキニ姿を晒している。
 ビキニの上をずらされ、たっぷりとした巨乳がこぼれ落ちて恥じらう彼女のショットが続く。
 さらに次のページでは、彼女は全裸に剥かれ、波打ち際で肉感的な姿態を波に洗われていた。
「この女、エロい体してやがるな。あー、こんな女抱きてぇ」
 すっかり男の気分になってカイトはいった。
 挑発的なポーズのグラビアモデルを眺めているとムラムラとした欲望が沸き起こってくる。その感覚が懐かしくてカイトはグラビアに釘付けになっていった。
 グラビアの後半は、より過激なショットが続いてた。
 縛られ、体中を粘液に汚された女がなおも物欲しそうな様子で腰を突き出している。
 それを目にしたとき、ジワリとあの懐かしいペニスが勃起する感触が生じた。
 実際の生理的反応としてはクリトリスが充血しただけなのだが、脳に伝えられた信号は男の勃起時のそれだった。
「ああ……この感じ……」
 カイトは目を閉じた。
 股間を触って確かめなければ、イメージの中でそこに固く張り詰めた男の象徴がそそり立つのを感じることができた。
 久しぶりに味わう男としての充実感にカイトはうっとりとした。
 と同時に下半身でムラムラと渦巻く欲望が行き場を求めて暴れ出していた。
 自分でも気付かないうちにカイトは腰をもじもじと振っていた。
 カイトは隠し場所からダビングしてあった裏物のビデオを取り出した。
 グラビアで気分がノッてくるとビデオで性欲処理をしたものである。

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