すらっぷすてぃっくな俺とボク

 気がつくと俺は女になっていた。
 正確には"戻っていた"、なのだが。
「良かったわ、美樹ちゃん。やっぱり女の子の方がいいわよ」
「げっ、お袋! 何しに来やがった、てめえ。わ、くそ。声が細い。なんてこった。こんな声は嫌だ」
 ガバッと薄水色の病院服を開いて見ると、ああ、なんか懐かしーっつうか、めんどくさいものがぶら下がっている。そう、チ○○コ‥‥じゃなくて、おっぱいだ。しかも先っちょがピンク色だ。うげー、今時こんなわざとらしいおっぱいなんてマンガくらいしかないぞ。
 冗談じゃない。あれこれ苦労してやっと一本立ちできるようになったんだ。今さら女なんかに戻ってたまるか。と思ったが、この胸のぽやんぽやんした感触はもう確実に女だ。しかも前よりでかいじゃないか。Fカップは楽にあるぞ。こんなのつけてられるか。
 ああ、嫁さんの顔が頭に浮かぶ。
 あいつの胸に、このくらいのボリュームがあればなあとか一瞬思ったのは、嫁さんには内緒だ。
 元々が女だから、俺に子種なんかありっこない。だから子供はできない。嫁さんには包み隠さず話しているが、やっぱり子供ができないってのは悲しいことだ。だからそのうち養子を貰おうということになっている。まあ、竿はあっても勃たないからな(無いけどな)。その分手と口とかで攻めに攻めてというやつだ、わはは。と俺の性生活の話をしている場合じゃない。
「何しやがった、お袋」
「いやんいやん! ママって呼んで!」
「ぶっ殺すぞ、てめ! てめえみたいなオカマをお袋と呼んでやること自体ありがたいと思え。それ以上望んだら牛刀で脳天かっ開いて、ウジのわいた味噌をかき出してやる」
 畜生、このオカマ野郎。だから本当のお袋に逃げられるんだ。いくら年商ウン十億円だかのオカマバー・グループを経営していても、家庭が破綻したら意味ねえだろうが、ボケが、カスが。と心の中で一人でツッコミをしていても仕方ない。
 叫んだ拍子に頭がふらふらした。
 頭に血が昇っているのもあるが、手術後なのと、寝起きだというのもあるんだろう。自慢じゃないが俺は低血圧だ。だから薫‥‥あ、これ嫁さんの名前ね
‥‥に毎朝優しく起こしてもらわなければ起きられないのだ。それでもって、まだ眠たいふりをしながら嫁さんを布団の中に引きずり込んで朝から‥‥って、何を考えているんだ。
「なにしやがった、クソ婆あ。俺の体に何をした?」
「もちろん、こんなこともこんなこともあろうかと思って、女の子に戻してあげたの。やっぱり美樹ちゃんは女の子の方が似合うわよ」
「何がこんなこともあるかとだ。お前は真○さんか! だったら手足取り外してみやがれこん畜生!」
 思わずアニメの登場人物の名前が口から出ちまった。嫁さんと二人して宇○○艦○マトなんて見るんじゃなかった。なんかミョーに見たくてつい借りちまったんだよな、あのビデオ。って、こんなことはどうでもいい。
「どうして俺の居場所を知った。隠していたのに」
「あらあ、美樹ちゃんっておバカね。こう見えてもあたし、日本のオカマの顔なのよ? おなべの世界にだって顔が利くんだから」
「うっ、それはうかつだった」
 自分がバカだというのは自覚しているが、バカオカマに指摘されると腹が立つ。でもこいつ、男装(?)するとすげえハンサムなんだよ。俺もその血を引いているから、目鼻立ちはくっきり、背も175センチある。
 中学高校を通して、演劇部ではもてまくったなあ。もちろん女子からだけど。ベル○イユの花(著作権の問題で同じタイトルはまずかったらしい)でオ○カルを演じた時は、そりゃあもう失神者続出。お影で上演中止になっちまったくらいだ。その頃から俺は、女じゃなくて、本当は男なんじゃないかって思っていた。
 いちおう、男も何人か経験してみた。初体験は中学1年の時、演劇部の部長とだった。これがまたカセイホーケーの早漏で、さんざん苦労して入れたら、その瞬間にどぴゅ。それでおしまい。なさけないやら痛いやらで、思わず部長を蹴飛ばしちまった。
 その次は、家庭教師の大学生。こいつは、エッチはうまかった。でも、そのうち俺にチンポを舐めろなんていいだしたから、舐めてやる振りをして、がぶっと血がにじむほど噛んでやった。それからはそいつの顔は見ていない。親父のオカマバーで働いてるって噂もあるが、俺の知ったことじゃない。
 この後も両手の指で数えきれないくらいの男とエッチをしたが、やっぱり俺は女の子の方が良かった。演劇部だったってのはさっき説明したが、そりゃもう女の子食いまくり。演劇部は俺のハーレムだって陰口叩くやつもいたが、事実なんだから仕方ない。もちろん、そんな噂を流したやつは校舎裏に呼び込んでタコ殴りの上、全裸で校門に逆さ張り付けにしてやったがな。
 高校を卒業後、演劇の世界に行こうとも考えたが、俺にはそれほどの才能はないのはわかっていた。宝塚みたいなのには憧れるが、俺みたいなずぼらでがさつなやつにはできないことだ。俺が大嫌いな言葉の一番最初に「努力」というのがあるくらいだからな。
 俺は家を出たかった。
 なんのとりえもない高校を卒業したての女が金を稼ごうと思ったら、水商売くらいしかないのはわかっていた。でも、俺は男に身をまかせるのはイヤだった。その時、テレビを見ていた俺の目の前に、男装の女が画面に現れた。
 目を疑ったね。
 そして俺は、世の中にはおなべというものが存在し、そういう店があることを初めて知ったのだ。その日のうちに俺は、あらかじめ番号を調べてあった親父(もうお袋となんか呼んでやるもんか)の金庫から札束を引っつかむと、都会へ飛び出した。
 おなべを高校を出るまで知らなかったというところでも世間知らずがわかろうってもんだが、その時の俺は恐いもん知らずだった。無謀だったんだな。
 案の定、未成年の女が暮していくのは、ハンパじゃない苦労があった。親父のとこからギッてきた金も、生活費に使ったり人に騙されたりして、あっという間に消えてしまった。
 それで雨の日に身一つでアパートを追い出されて、マジで死ぬかもしれないと思った時に、今の店のママに出会ったってわけだ。
 俺は運が良かったんだと思う。それがおなべバーのママ(本当の女性だ)で、和服が似合うすっげえ美人だった。それからママの家の高級マンションに連れていかれて、今までの話を全部聞いてもらった。そして、俺はおなべ見習いとしてママの店で働くことになったんだ。
 今にして思えば、この時既にクソ親父に連絡が行っていた可能性が高い。どうやら俺はあのバカの手の中でぐるぐる回っていただけだったようだ。
 それでもママには感謝してもしきれない恩がある。もし親父に連絡していたとしても、怨むつもりは全くない。ママのおかげで、今の俺があるのは間違いないんだから。
 こうして先輩からいじめられたりとかはもちろんあったけど、俺が成人する頃には店でもナンバーワンのおなべになっていた。そして稼いだ金で、男性ホルモン投与と形成手術で男性に近い体にした(闇医者だったけど)。おかげであの鬱陶しい生理も止まったしな。穴を埋めて竿をつけるところまで行かなかったし、子宮と卵巣まで取らなかった。というより、それやっちゃうと後々が大変だって言うからな。
 手術してからは、俺は文句無しのナンバーワンホストになっていた。他の店からの引き抜きの誘いもひっきりなしだった。
 そんな時、俺の前に天使が舞い降りた。
 それが今の嫁さん、薫ってわけだ。
 俺と薫は、籍を入れているわけじゃない。要するに事実婚ってやつだな。
 ぶっちゃけた話、戸籍上では俺は女だ。だから女と結婚なんかできない。海外にでも移住すれば別なのかもしれないが、自慢じゃないが俺は日本語も不自由だ。特に女言葉がな。わはは。そんな俺が外国で暮していけるわけがねえ。店の慰安旅行でハワイに行った時も、俺は全部日本語で通した。ハワイはいいね。日本語がわかるところばっかりだし。グアムも結構日本語が通じるぞ。ホテルとか免税店とか日本語でオーケーだもんな。さすがに空港は英語じゃなきゃだめだけど。
 おっと、薫の話だったな。
 薫は料理も上手で、掃除洗濯と、がさつな俺なんかとは比べ物にならないくらいなんでもできた。
 俺の勤めている店には、大学の女友達と一緒に来たんだそうだ。
 そりゃあもう、俺は一目で惚れた。一瞬、仕事を忘れそうになったくらいだ。でもそこはプロ。徹底的に尽くしたぜ? もちろん薫の電話番号(今時ケータイも持っていない人がいたとは!)は、その日のうちにゲットしたけどな。
 それからはもう、俺はオフの時は仕事を忘れて薫にアタックをかけた。こんなことは初めてだった。俺に寄ってくる人とつきあったことは両手足の指じゃ数え切れないくらいあるが、自分からアタックをかけるのはこれが最初だった。
 なんつうかね。運命の赤い糸って言葉があんだろ? それを初めて信じそうになったよ。それくらい、薫は特別だった。
 決して美人ってわけじゃない。かわいい部類には入るけどな。
 姿顔形とか、そんなんじゃない。俺は自分でもわかんないくらい、薫に夢中になった。こんなのは初めてだった。初恋ってわけじゃないが、キューピッドの矢でハートを打ち抜かれたらこんな気持ちになるだろうなってくらいの衝撃だった。
 ちなみに俺の初恋は、同じ小学校の奈菜ちゃんで、もちろん女の子だ。
 口説いて口説いて、それで今、俺は薫と同棲してるってわけだ。
 おっと。親父がにやにや笑いながらこっちを見ていやがる。
「俺を女にして何をしようって気だ?」
「あら、決まってるじゃない。お婿さん貰って結婚して、子供を産むのよ」
「死んでも嫌だ、このクソ親父! 恥を知れ、恥を!」
 そう言うと親父は、よよよと泣き崩れやがった。ポーズが芝居臭いんだよ、おい。
「くすん。でも、いいわ。美樹ちゃんが断れっこない人を呼んであるんだから」
「へっ! アイドル歌手でも呼んでくる気か? 残念ながらそのくらいの奴じゃあ俺には通用しないぜ。俺をうんと言わせたけりゃ、地獄の閻魔様でも呼んでくるんだな」
 すると親父の奴、にやりと笑いやがった。嫌な笑い方だぜ。こういう表情は相手をハメたときによくやりやがるんだよな。どっちかというと親父はハメられる方だが(何の話だか)。
 でも病室に入って来た人を見て、俺は驚いた。
「わあ、薫!」
「‥‥美樹君?」
 驚いた。俺の嫁さんだ。
 これがかわいくてさ。俺より頭半分、背が小さいのよ。ま、俺が高すぎるだけなんだけど。ほわんとした髪質で、俺みたいな癖っ毛じゃない。何より保護欲をそそる顔なんだよ。なんか昔はいじめられっ子だったみたいだけどな。もし俺がその場にいたら、全員再起不能なまでに叩きのめしてやったんだがな。
 んで、驚くことに、これで俺と同い年。いや、薫の方がちょっとだけ先に産まれている。ちょっぴり姉さん女房ってやつか? 料理だってうまいし、掃除も洗濯も‥‥ってさっき説明したか。でも裁縫っつうか、簡単な服とかも作れちまうんだぞ? これは知らなかっただろ。
「んもう、薫ちゃんなんてかわいい子がいたなんて、ママ知らなかったわ」
「ぶっっっ殺すぞてめえ! 薫に何をした、おら、包み隠さず全部ゲロしやがれ!」
 ここまで叫んで俺はむせた。
 声がもうガラガラになっている。どうも喉の調子が良くないみたいだ。っつうより、無理矢理太い声を出そうとするからだな。
 薫が俺にととっと近寄ってきて、ポットから水をコップに汲んで差し出した。俺は一気に飲み干す。ぷはー! ウマイね。生き返るよ。
 薫が俺の背中をさすっている間、俺は親父をぎろりと睨んだ。あさっての方を見ていやがる。あの糞親父でも多少はリョウシンのカシャクとかに悩まされることがあるのかもしれねえな、とかは間違っても思わねえ。こいつは絶対ロクでもないことを考えている。だから俺のことを正面から見られないんだ。親父の性格はよーっく知っている。
 そんな俺の考えを知ってかどうかわからねえが、やっぱり俺の方を見ないで親父は言いやがった。「あら、別に何かしようなんて思ってもいないわよ。ほーほほほ」
 口元に手を当てて笑いやがる。なんかムカツクんだよな、あのポーズ。
「美樹君、ずっと眠ってたんだよ。心配しちゃった」
「大丈夫だって。俺は殺しても死なねえ体だから」
 と、薫が差し出した手をぎゅっと握って言った。
「こぉんな奥さん思いの旦那さんがいながら、どうして籍を入れないのかしら」
「人の家庭事情に口を出すな!」
 そう。俺の嫁さん、薫は男なのだ! 驚いたか。
 ‥‥驚かないか、やっぱ。
 女と男なんだから、じゃあなんで結婚して籍を入れないんだっていう突っ込みがあるだろうから説明しておくな。
 要するにだ。俺が「妻」になることが許せない。それだけなんだ。
 バカだと思うだろ? 俺もバカだと思うが、他人から言われると腹が立つ。だけど、これはもう理屈じゃ説明できない。形式の上だけでも俺が妻になるというのは、すげえ重荷なんだ。これまで散々、形式ってやつに苦しめられてきたからなのかもしれないな。いくら俺が男っぽい格好をしてハンサムでも、世の中は俺を男としてなんか見てくれない。俺は「変な女」でしかないんだ。それが悔しい。
「あらあら、どうもお邪魔だったみたいネ。それじゃあ、おジャマ者は退散するワ」
 変なシナを作りながら、糞親父は、ほほほと笑いながら個室を出ていった。ほっとしたぜ。あんな奴と同じ部屋の空気を吸っていると思うだけで、肺が腐りそうだからな。
「薫、もっとそばに寄れよ」
 俺は体を起こそうとして、薫に止められた。
「だめだよ、美樹君。まだ体が回復してないんだから」
 そういって薫がどこかのスイッチを押すと、ベッドの上半分の方がせり上がって、足下の方もひざの曲がる角度に合わせて盛り上がった。こりゃ楽だわ。俺の上半身がベッドに支えられて起き上がる。
 薫の方を見ると、どうも様子が変だ。
「なんか苦しそうだな、薫。どうしたんだ?」
「あの‥‥その、ね。えっと」
 要領を得ない。いつもはこんな風じゃないはずなんだが。顔もほんのりと赤いし、股間を擦り合わせるようにもじもじと‥‥ん?
「おい、薫。ちょっとこっち来いよ」
「え? ううっ、いいよぅ美樹君。恥ずかしいから‥‥」
 うわははは、照れる薫もかわいいぜ、なんていっている場合じゃない。嫌がる薫を半ば無理矢理ベッドに引きずり倒すようにして股間を触る。
「うっ、こいつは!」
「だから恥かしいっていったのに‥‥」
 がちんがちんだぞ、こいつ。臨戦状態ってやつだ。そのまま薫のズボンを剥いで、ブリーフも脱がしてやる。というか、脱がすのも一苦労なくらいビンビンだ。
 くそう、改めて見ると固くてデカい。さすがは本物だ。と、そんなことに感心してられるか。いくらなんでも薫がこんな風になっているのはおかしい。大体いつもこいつは、俺が口と手でしてやるまでなかなか‥‥って俺の性生活を話している場合じゃない。
「薫、お前どうしたんだ? 親父になんかされたのか。さあ、話せ!」
「あのね。美樹君のお父さんにお食事に誘われて、それからしばらくしてあそこが熱いんだ‥‥」
 さてはあのヤロ、なんか盛りやがったな? そうやってどれだけの美少年の道を誤らせてきたか。
「ダメだよ、美樹君。看護婦さんが入ってきちゃうよ」
「その時はその時だ」
 俺は薫の唇をむりやり奪う。薫も抵抗しない。
 ああ、なんかすっごく久し振りってカンジだ。ぞくぞくしてくる。忘れかけてた胸の熱い感覚が俺をヘンなキブンにさせる。たぶん、乳首もぴんぴんになっているんじゃないかな。
 しばらく口を吸いあって、顔を離す。薫がとろーんとした目つきで言った。
「美樹君、かわいいよ」
 一瞬にして俺の頭に血が昇った。だてに海原活火山と呼ばれているわけじゃない。あ、海原は俺の名字。これで"うみはら"と読む。どっかのマンガの登場人物じゃないぞ。
「俺をかわいいと言うな!」
「だって、美樹君、本当にかわいいんだもん」
 薫が小さな声で言う。こいつ、声が細くて電話越しだと女と間違われることがけっこうあるんだが、今の薫は本当に女の子みたいだった。
「私‥‥ううん、ボクはいつも女の子に憧れていたけど、あそこを切っちゃう勇気だってなかったんだ」
 こいつの部屋には古本屋で三冊百円で叩き売られている量産型よろめき小説やら、背がピンクだの白だの緑だのの少女小説が山ほどある。かといって女装趣味があるかというとそうでもなく、半端っちゃあ中途半端だ。線が細いから、女と見間違われることは多いけどな。
「でも、今ボクは男でよかったと思っている。そうでなきゃ、美樹君と逢えなかったかもしれないからね」
「俺はそうは思わないね」
 まだ喉がいがらっぽい。かすれた声しか出なかった。
 でもそれは、薫の中に意外な男の一面を見つけたからなのかもしれない。
「じゃあ、ボク、女になっちゃうよ?」
 薫が、いつもの薫になってにこりと笑った。
「うっ!」
 それは確かにいいかも‥‥じゃない! そんなことしたら、クソ親父の思うツボじゃねえか。いや、まてよ。薫が女になった方が俺としてもいいかな。いやいや、そうしたら親父になにされるかわからねえ。今だってこんな薬盛られたのに、女にでもなってみろ。たちまち親父の毒牙にかかっちまう。ちなみにあのクソ親父はおかまのクセして両刀使いだ。俺の本当のお袋もその魔の手に引っ掛かった口なんだろう。
「そんなの、ダメだ。そんなのは薫じゃない」
「じゃあ‥‥」
 薫が俺に顔を近づけてきた。
「キスして」
「そんなことでよければ」
 俺と薫は、熱〜いキスを交わした。
 ぐーっと薫が俺に覆い被さってくる。いつもとは逆だ。
 それからのことは‥‥思い出したくもない。
 くそう、不覚だ。
 俺は薫にイかされてしまった。こんなエッチは初めてだった。
 だから話したくないわけ。
 でも一瞬、女も悪くないかなとか思った。
 それが間違いの元だったと、俺は後で深く深〜く後悔したんだけどな。

・エピローグ

「ほーら、高い高い!」
 きゃらきゃらと喜ぶ赤ん坊。
 赤ん坊はいいね。飲んで出して眠って泣いて笑うだけが仕事なんだから。
「美樹君、あまり明日美ちゃんを乱暴に振り回さないでよ」
「大丈夫だって! 俺の子なんだから」
「ボクの赤ちゃんでもあるんだよ」
「なに生意気いってんだ。薫はタネだけじゃないか。俺は明日美を産んでやったんだからな」
 その通り! 俺はあの時のエッチで、薫の子供を妊娠してしまったのだ。あの時の親父の含み笑いを計算していなかった俺のミスだ。一生の不覚だった。
 でも悪阻もほとんどなかったし、生理なんてあるのを忘れていたから、4ヶ月目になるまで妊娠にも気づかず、産婦人科にも行っていなかなかったくらいだ。今でも医者の呆れ顔が目に浮かぶぜ。どうりで服がきついはずなわけだ。
 おまけに俺が産婦人科に行った時、お父様ですか? とか言われてな。男が産婦人科に診てもらいに来るわけないだろ、アホ、と罵りたいのをぐっとこらえて営業スマイルを返してやったら、ぼーっと顔を赤らめちゃってよ。あれには笑ったな。まあ、スーツ着て行った俺も俺なんだけど。
 しかも医者泣かせの超安産。あ、破水したと思って分娩室に運ばれてふんばったら、二十分もしないうちにすっぽんと産まれてきた。わはは。痛いと思う暇も無かったな。妊娠しているうちは鬱陶しい生理もないし、これなら何人でも産んでやるぜって思ったわけだ。
 しかしよくもまあ、何年も生理が無かったのに妊娠できたもんだ。医者にも奇跡みたいなもんですよ、だってさ。俺と明日美を調べさせてくれとか言われたけど、断った。本当は蹴飛ばしてやりたかったんだけど、薫が止めたからやめといた。
 あれからなんか変わったことがあるかというと、なーんにもありゃしない。
 いや、違うな。
 俺と薫は、病院から退院するまでに入籍をすませた。籍は俺の方に、つまり薫の名字は俺の名字になったわけだ。ま、世間からすれば入り婿ってことになるんだろうが、俺達の間では嫁入りという風に受け止めている。
 なにしろ家事一切は、薫がしているもんなあ。
 それから俺は、店を辞めた。その分どうしているかというと、俺は親父から月々の生活費を金をふんだくっていたりする。
 なんか薫の奴が親父の下で経営を習っているそうだけど、大丈夫かな? そういや薫の奴、国立大学の経済学部卒とかいってたな。2年ばかしアメリカに留学もしてたとか言っていたような‥‥ハンバーガーとか、ハンバーグとかいう大学だったかな。どうでもいいけど。
 その後どっかの商社にも二年ほど勤めていたみたいだけど、上司のセクハラで辞めちまったそうだ。ちなみに上司は男な。
 驚いたことに、薫のやつは俺を孕ませたエッチが初体験だったそうだ。うーむ、あんないい持ち物持っておいてそれはないだろうと思ったが、よく考えてみれば俺と一緒になってからはそういうことをする機会もなかったわけだし、入れさせなかった責任の半分くらいは俺にあるのかもしれない。
 というか、俺が全面的に悪いのか。
 今にして考えてみれば、薫には悪いことしていたよな。
 手コキだけで、舐めたり入れさせてやったりとかしなかったもんなあ。でも俺にしてみればそれさえもホモみたいなもんで、前は絶対に嫌だったし、かといってお尻に入れさせてやるのもなあ‥‥ってわけだったんだよな。
 でも今は前はもちろん、ナメナメもうしろも経験済みだったりして。いやー、ナメナメしてやっている時の薫の顔がまた絶品でさ。う‥‥そんなこと考えてたら、ものすごーくムラムラしてきちまった。
「なあ、薫。今日、どうする?」
 俺はすっかり重くなった、おネムの明日美をベビーベッドに戻して台所の方へ歩いていった。薫は振り返らずに答える。
「夜は茄子の煮びたしとほうれん草のおひたし、大根のきんぴら風にかぼちゃと金時豆のサラダ、豆腐の大豆そぼろ餡かけだけど?」
「おっ、今日は精進風か。‥‥じゃなくて、夕飯の後だよ」
 なんて鈍いやつだ。
 そして薫の背後に迫った。
 ちくしょう、エプロン姿がそそるじゃないか。
「なあ、しようぜ〜。明日美の世話ばっかで、色々たまっちゃってさあ」
「美樹君はほとんどなにもしてなかったと思うけど?」
 うっ、鋭い所をつきやがる。
 確かに俺は家事が苦手だ。
 まあ、あの糞親父よりはよっぽどできるけどな。
 というより、薫の方ができ過ぎなんだよ。
 おっぱいを背中に押し付けながら、俺は「なー、しようぜ〜」と囁き続ける。
 すりすりしているうちに、トレーナー越しに薫の股のアレが固くなってくるのがわかった。
「ほら、薫もエッチしたいんだろ? 明日美も寝たしさあ、しようよ〜」
「美樹がかわいい声でおねだりしてくれたら考えてもいいけどね」
 俺‥‥ううん、あたしの胸がきゅんと高鳴る。薫が「男」に変わる時、「俺」も「あたし」に変わる。あたしより背が低いはずなのに、彼の存在をとても大
きく感じる。
「ねえ、あ・な・た! あたし、もうエッチしたくて仕方がないの。ねえ、今晩は、一杯いっぱぁい愛して下さる?」
「‥‥20点」
「ええっ!? ‥‥結構考えたんだけどなあ。それとも、ご主人様、御奉仕しますにゃん! の方が良かった?」
「子供番組の見過ぎ!」
 薫は振り返るが早いか、あたしにキスをしてきた。
「結局、あなたもエッチしたかったんでしょ」
 彼は黙ったまま、あたしを軽く突き飛ばすように食卓の方に押しやる。あたしは彼の意図を察して、顔を真っ赤にさせてしまう。
「ねえ、ここでするのはやめようよ」
「美樹が悪い。ボクを誘惑するからだぞ?」
 そして電気をつけたまま、あたし達は猿になった。
 でも、興奮した。あんなに濡れるなんて初めてだった。
 それこそもう、ぐったりと疲れ果てるまで、リビングで、お風呂で、ビデオを見たり、撮ったり、寝室でも、エッチしてエッチして‥‥エッチしまくった。
 翌日、明日美の泣き声で、あたし達は裸のままで目がさめた。
 あたし達夫婦の間に、コウノトリが二人目の赤ん坊を運んできたと知ったのは、それから一月ほど後のことだった。
 あーあ。本当はもう少し間をあけようと思っていたんだけどなあ。
 でも、まあ、こんな生活も悪くないと思っているのは、薫にも親父にも、秘密だったりする。

 おしまい

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