願い
翠はるか
欲しかったものを、望んでいない形で手に入れた。
これは、私への罰なのだろうか。
「あ…、…ああ…っ!」
熱っぽい声が、あたりのシンとした空気を揺らす。
それは、愛する男に身体の深い部分を貫かれた女が出す、感極まった声だ。
「ん…、んあ、あ……」
「セリ……」
女にかぶさっていた男が、女の口唇をついばみながら、優しくその名を呼ぶ。
その瞳は自分の腕の中で泳ぐ女を、いっぱいの愛しさをこめて捉えていた。
二人がいるのは、セリとイノリが住む村の近くの森。その奥のほう。
大きな岩がえぐれて、小さな空間ができている。そこに干草と布を敷いて、簡単な寝間を作っていた。
何かの拍子でこの場所を見つけ、以来、そこは二人の秘密の家となっている。
「イクティ…ダール……」
セリがイクティダールの髪に指を差し入れ、その頭をかき抱きながら、髪を撫ぜる。
彼の髪は、日陰にあっても、わずかな陽光を反射して煌めいている。だが、その色は元の光よりくすんだ印象を与えた。男の瞳の奥に浮かぶかげりと同様に。
だが、それには気付かぬ気に、セリは飽くことなく彼の髪を愛撫し、時折引き寄せて、口唇を求めた。
「セリ……」
「あ、イクティダール……」
イクティダールが彼女の背に腕を回し、更に強く抱きしめた。
細い彼女の身体は、イクティダールの腕に簡単に収まる。
強く腕の中に引き止め、何度も自身を彼女の中に埋め込みながら、片手で柔らかな胸の膨らみを揉みしだいた。
二人は時々誰も知らないこの場所で、こうして熱を分け合う。
イクティダールは、少し彼女から身を離し、陶然としている彼女の表情を見つめた。
彼女に初めて触れた日から、数月が経った。
彼女はいつも優しく彼を受け止めてくれる。だが、最初に腕を伸ばすまでに、ずい分ためらった事を思い出す。
種の違いは、いつだって二人の間に影を落とす。
彼女を必要としている事も、彼女が必要としてくれている事も否定するつもりはなかったから、彼女と別れる事はできない。
だが、それとこれとは違う。
こうして二人逢っているだけならばいい。何かあっても、すぐに離れれば済む事だから。
だが、それ以上の線を越えて、もし子ができるような事があれば、彼女は鬼の一族という鎖に決定的に絡め取られる事になる。鬼の子を産めば、彼女はもう一族の一人だ。誰も認めはしないだろうが、血の鎖は誰にも断ち切れない。また、そんな彼女を京の者は二度と受け入れないだろう。
鬼にも人間にも受け入れられない、そんな孤独な立場に彼女を追いやってしまう。
けれど、彼女自身への愛しさと、癒しを求める心が彼を押し流した。
そして、そのぬくもりを知ってしまった後では、思い出だけでいいなど、到底思えなかった。
危険な事だと分かっていても。
思考に気を取られて、自然とイクティダールの動きが鈍る。
それに気づいたセリは、ぱんっと彼の両の頬を軽く叩いた。
驚いて視線を向ける彼を、セリは軽く睨む。
「イクティダール。いつも言っているでしょう? こうしている時は、私を愛する事だけ考えていて」
彼女の優しいわがままだった。イクティダールは悲しげな苦笑を漏らす。
「無茶を…言わないでくれ」
「…イクティダール?」
「セリ…、私は怖い。お前をみすみす不幸にするような事だけはしたくないと思っているのに…」
セリがふわりと微笑む。
「私はあなたといられて幸せよ、イクティダール」
私も幸せだ、セリ。お前は、私の望んだ未来そのものだから。
イクティダールは、深く瞳を閉じた。
あの日、アクラムの副官となった日に悟った通り、私は京の敵となった。争いは嫌だと言いつつも、彼女との時間を失わないために、京への侵攻に力を貸している。
―――神子、早く。
再び彼女の肌に口唇を埋めながら、イクティダールはその名を呼んだ。
早く、私を殺しに来てくれ、神子。手遅れになる前に。
<了>
最初は、セリさんとイクティダールの安らげる、ほのぼのとした話…
を目指したんですが、あっさり挫折(^^;。
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