わたしの黒騎士様

人生の転機

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 あれは私が十八の冬。
 当時、私は国内有数の名門校、ロシュア王立学院の最高学年に在籍していた。

 国内最高峰の教育機関として有名な王立学院。
 文学、数学、歴史、政治、経済を中心に学び、卒業生はほとんどの者が政府、または民間の事業に携わったりと、どのような道に進んでも将来安泰と言われていた。
 私の進路は王宮の官僚とほぼ決まっていた。
 試験さえ受ければ必ず採用されると教授にも太鼓判を押されて一安心。
 試験前日も心には余裕があったが、念のため試験範囲を確認して復習をしていた。

「グレン兄さん、夕食の用意できたよ」

 妹のジュディに呼ばれて食堂へと向かう。
 両親は外出中で、祖父母と弟が席に着いていた。
 ちなみに兄と姉は結婚して家を出ている。

 十四才になるジュディは最近ボーイフレンドができたとかで、料理の腕を上げるべく張り切っていた。
 ゴシップ好きな私だが、可愛い妹の恋愛話だけは面白くなく複雑な心境だ。
 表面上は反対しないが、外泊など、危ない行動には十分注意しておかねば。

 そんなことを考えながら食堂に入り、食卓の上に置かれた籐のカゴに気づく。
 中には大量のキノコが入っていた。

「このキノコはどうしたんだ?」

 私の問いに、ジュディが笑顔で答えた。

「友達とキノコ狩りに行ってきたの。たくさん採れたから、今日はキノコシチューよ」

 ジュディが皿にシチューを入れて並べていく。
 祖父母と私と弟は、行儀よく座って給仕が終わるのを待った。
 最後に自分の分をテーブルに置いて、ジュディも座った。

「いただきます」

 五人同時に口に運ぶ。
 食べ初めてしばらくはおいしいと顔を綻ばせていた我々だったが、異変は突然やってきた。

「ぐほっ」

 突如、祖父が嘔吐して倒れた。

「じ、爺ちゃん、どうした!?」

 びっくりした弟が立ち上がったが、こちらも急激に顔色が悪くなり、膝をついて床に崩れ落ちた。

「うう……」
「苦しい……」

 祖母と妹も苦しみだし、私にも原因不明の吐き気と寒気と眩暈と頭痛が襲い掛かる。

「た、助け……」

 暗転する視界の中、ドアの開く音と、父母の悲鳴を聞いたような気がした。




 意識を取り戻したはいいが、私は数日高熱にうなされ、生死の境をさまよった。
 シチューに使われたキノコに毒キノコが混ざっていたらしい。
 普通のキノコに良く似たそれは、選別に長けた玄人にしかわからないほど紛らわしい代物で、劇薬の原料にもなる恐ろしいヤツであった。

 幸い発見が早かったために、シチューを食べた家族五人は奇跡的に助かった。
 我々兄弟は一週間程度、祖父母は半月ほど寝込んだが、後遺症もなく全快した。
 ……それは良かったのだが……。




「官僚採用試験のことだが、運が悪かったね」

 絶対合格の太鼓判を押してくれた教授が、私の肩を叩いて気の毒にと呟いた。
 寝込んでいる間に採用試験は終わり、受けられなかった私は当然不合格。
 王宮の官僚になる道は完全に閉ざされてしまった。

 来年受ければいいというものではない。
 狭き門である官僚採用試験は、志願者を減らすために、その年に然るべき教育機関を現役で卒業する者にしか試験を受けさせないのだ。
 仕方がないので他の職を探そうと思っても、有望な就職先はすでに内定者が決まり枠が埋まっていた。
 用意周到な者は進路の希望を二、三用意しており、同様に採用試験に落ちた同期はそちらで内定を得ていたりもした。

 これは私の慢心だった。
 落ちた時のことも少しは考えておけば良かった。




「兄さん、ごめんなさい!」

 国内最高教育を受けながら、無職の危機に瀕している私に対し、元凶の毒キノコを採ってきたジュディは激しい罪悪感を抱き、泣きながら謝罪した。

「いや、あれは事故だ、お前のせいじゃない。大丈夫さ、卒業までには就職先を見つけてくるよ」
「でも、そんなに良い所はもう残ってないでしょう? ああ、どうしよう。兄さんが将来を悲観して引きこもりになったり自殺したりしたら、私のせいだわ!」

 わあわあ泣いている妹を宥めつつも、途方に暮れる。
 暢気に職探しをしている場合じゃないな。
 一刻も早く良い就職先を見つけねば、ジュディの方が鬱病にでもなりそうだ。




 仕事を探しに街に出て、憂鬱な気持ちで通りを歩いている途中、目に付いたのは騎士団員募集の掲示。

『十六才以上の健康な若者よ! 共に体を鍛え、修練を積み、我らの祖国を守ろうぞ!』

 誰が書いたのか、そのような暑苦しい宣伝文句の下に、入団試験手続きの案内が書かれていた。

 騎士団か。
 経歴、身分は問わず、十六才以上なら誰でも試験を受けられる。
 一級騎士になれば爵位も得られると聞く。
 立身出世を目指す庶民の唯一の道でもあった。

 私は平民だ。
 官僚になれば生涯下っ端役人で終わるが、安定した高収入が得られた。
 別に貴族になりたいわけではないが、このまま無難な仕事に就けば、妹が延々と毒キノコを食べさせたことを後悔し、事あるごとに泣くことは容易に想像できる。

 よし、入ろう、騎士団に。
 そして一級騎士になってみせようではないか。




 入団への第一歩は書類選考。
 受理されると面接日が通知される。
 面接に受かれば、適正を判断する入団試験を受けることができた。

 私は黒騎士団を志望し、面接に臨んだ。
 面接官は三人の一級騎士と団長に就任されたばかりのウォーレス=マードック様だ。
 ウォーレス団長は私の履歴書を見ながら、質問を投げ掛けた。

「グレン=ロックハート。君の経歴には今春ロシュア王立学院を卒業予定とあるが、成績も申し分ない。なぜ、我が騎士団に入団しようと考えたのだ?」
「実は王宮の官僚採用試験を受けるはずだったのですが……」

 説明しようとして思い止まった。
 毒キノコを食べて生死の境を彷徨い、試験を受けそびれたことを正直に言うべきか?
 そんなことを言えば、己の口に入れる物の安全管理もできない注意力散漫な者は騎士団にはいらないと落とされてしまうかもしれん。

 どうするべきか迷っていると、沈黙をどうとらえたのか、団長の目に涙が浮かんだ。

「そうか、いや、何も言わずとも良い。将来安泰確実な官僚になる道をあえて諦め、茨の道を選んだか。それほどまでに騎士団入りを渇望した、その心意気やよし! このウォーレス=マードック、ほとほと感服したぞ! 面接は合格だ! 入団試験も頑張るのだぞ!」
「あ、ちょっと団長! 何してるんですか、合否は本人の前じゃなくて、後で会議で決め……ああーっ!」

 団長は周囲の一級騎士が上げた制止の声を振り切り、私の目の前で面接書類に合格の判を押した。

 勘違いされているようだが、いいのだろうか?
 いいことにしておこう。
 まだ入団試験があるんだ、ダメならそこで落とされるだろう。




 結局、入団試験にも無事受かり、私の騎士団生活はもうじき八年を越える。
 一級騎士、そして副団長の地位にまで上り詰めた今では、あの毒キノコ事件は家族の笑い話となっていた。

 さて、そろそろ仕事に戻るか。
 書類作成の雑務を終えてしばし休息をとっていたが、席を立って部屋を出た。

 副団長の職務の一つである従騎士の仕事を監督するべく食堂へと向かう。
 厨房には夕食の材料が運び込まれており、当番の従騎士が調理を始めていた。
 何気なく厨房を見回してカゴいっぱいのキノコを見つけた。

「このキノコは買ってきたのかい?」
「いいえ、休日の者がキノコ狩りに行ってきたんです」

 キノコ狩り。
 その言葉に不安を覚えて、カゴを覗き見る。
 例の事件がきっかけで、私は全種のキノコを覚えた。
 余談だが、キノコ選別の免許も持っているプロである。

 注意深く探してみると、案の定、ヤツが紛れ込んでいた。

「毒キノコが入っている。私が選別しておこう」
「え? 本当ですか?」
「ちゃんと危ないのは避けたつもりだったんですけど」

 不安顔の従騎士達に、普通のキノコとそれに酷似した毒キノコとの僅かな違いを説明しつつ選り分けていく。

「グレン様、すごい!」
「さすが副団長!」

 従騎士達が羨望の眼差しでわたしを見る。
 副団長の威厳が増したようだ。
 騎士の実力とキノコの選別は関係ないだろうが、人の上に立つ者として博識であるに越したことはないからな。

 災い転じて福となす。
 不幸のきっかけとなるかと思った毒キノコは、私を成功に導く鍵となったようだ。


 END

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