お嬢様のわんこ

第一章・お嬢様と可愛いわんこ

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 【7】

 お城で暮らし始めて三か月が過ぎた。
 王子の帰還と婚約が発表され、国中が喜びの声に満ち、慶事の特需で活気づいている。
 私とクロは、お勉強と社交で忙しい日々。
 不満はない。
 毎晩クロに愛されているし、それにこの国の人達のことも身近に感じられるようになった。

「リュミエール様、お召替えをさせて頂きます」

 私についてくれた侍女さん達が衣装や装身具を持ってやってきた。
 場面に合わせて、一日に何度も着替える必要があるからだ。
 おとなしく言われるままにドレスを着せてもらい、お化粧直しをしてもらう。

 彼女達を始め、お城で働く人達は、狼族はもちろん兎、猫、犬、狸族など様々な種族の獣人が大半を占めている。
 失礼かと思って誰にも言わないけど、獣耳と尻尾のついた人達を見ていると和んでしまう。
 だって可愛いのだもの。
 さらにお城には番犬がたくさんいて、本物の犬を触れるようになった。
 彼らは私に懐いてくれて、言うことも聞いてくれる。
 これはクロと魂を繋いでいる影響らしい。
 中庭で、犬達を整列させて撫でていると、いつの間にか黒い狼が紛れこんでいた。
 黒狼は神様の化身として崇められている。
 お城で保護されているのかしら?
 おとなしく順番を待っているみたいだったので、頭を撫でてみた。
 柔らかくて長い毛はクロの毛と手触りが似ていた。匂いも似ている気がする。
 抱きついても嫌がらない。
 頬をぺろりと舐めてきたりして、もう可愛いっ。
 気がつけば、犬達はいなくなっていたけど、黒狼の毛並みを堪能できたから良かった。
 自分の耳や尻尾を撫でてもいいけど、やっぱり触るのなら他の人のがいい。
 だけど、侍女さん達に耳と尻尾を触らせてなんて言ったら変態扱いされそうだから、クロと黒狼と番犬達で我慢している。
 そうそう、この前慰問で孤児院に行ったら、獣人の子供がいっぱいいて、思いっきり抱きしめてきたわ。どさくさ紛れに触っても嫌がられなかったので堪能した。懐いてくれたようで帰り際には泣き出す子もいた。施療院や養老院にも行ったけど、どこに行っても歓迎されて笑顔を向けてもらえれば愛着も湧く。
 私はこの国の人達が好きになっていた。

「そういえばご存じでしたか、ラファル殿下とリュミエール様の物語が城下で評判になっているのですよ」
「え? 物語?」
「ええ、吟遊詩人が歌にしたり、演劇や絵本などでも広まっているそうですわ」
「こちらがお城の書庫に納品された絵本です。かなりの人気で城下の図書館では予約待ちなんですよ、絵師達は嬉しい悲鳴を上げているそうです」

 本は基本全て手書きで、人気の作品は写本が出回っている。
 絵本などは複数の絵師が見本を見ながら描くので、同じ内容でも絵柄が違っていたりと個性がでる。
 紙は高価なので写本を作るにも限りがあり、貴族ですら人や図書館から借りて読むのが当たり前。
 この絵本も予約待ちの人が大勢いるのだけど、先にクロや私に見せるために持ってきてくれたらしい。
 ありがたく受け取り、渡された絵本を読んでみた。

 最初のページは悪者に誘拐される王子様のシーンで、我が子を失った王様と王妃様が泣いている。
 浚われて奴隷にされた王子様は、ボロボロの服を着て鉱山で働かされていた。

 あれ? クロはお父様に買われるまでは奴隷商人の家で下働きをしていたと言っていたような気がするのに……。

 やせ細り、日々の過酷な労働に耐えきれず、ついに倒れる王子様。
 そこへ人族の少女が現れる。
 少女は王子様を買い取り、献身的に看病をした。元気になった王子様と恋に落ちて、二人は幸せに暮らす。

 この少女が私なんだろう。
 さすがに私が王子様を飼い犬にしていたとは書けないものね……。
 クロが言わなければ、多分誰も知らないとは思うけど……。

 次のページをめくると、恐ろしい魔女が登場した。
 悪い魔女によって、私は家を焼かれ、王子様に庇われながら逃げていく。

 財産を失った話も詳しいことは誰にも言っていないはずなのに、どうしてこんな解釈になったのだろう……。
 お母様がこの絵本を見る機会があったとしても、魔女が自分で、少女と王子様が私とクロだなんて気がつかないでしょうね。

 王子様は剣を持ち、冒険者となり、私も一緒に冒険に出かけた。
 山に入った私達は強力な魔獣と出会い、戦いの最中、私が瀕死の重傷を負う。
 そこに登場する魔術師。

 あ、パトリスさんだ。
 黒いローブの魔術師は本人に似せられていた。
 この辺りの経緯も、国民には伏せておいた方がいいものね。

 魔術師の魔法の助けを借りて、王子様は私に命の半分を分け与え、私の姿は人族から黒狼族のものへと変わる。
 目覚めた私を抱きしめた王子様は、永遠の愛を誓い、お城に戻って祝福されるという所で物語は終わっていた。

「素敵なお話ですね、憧れてしまいます」
「あの、事実と少し……いえ、かなり違うのですけど……」
「殿下にご覧頂いた時には、大体あっているとおっしゃったそうですよ。物語は多少過剰な演出があった方が面白くなりますし、いいのではないでしょうか?」

 絵本はまだささやかな方で、演劇などでは私達の知らない登場人物が山のように創作されていた。
 私を巡って王子様と戦う白狼の戦士、魔女から逃げる時にアドバイスをしてくれる妖精さん、王子様に思いを寄せる旅の歌姫等、想像力を掻きたてる題材だとかでみんな競うように物語の脚色に励んでいるらしい。
 どこかで止めないと、お話のスケールが世界を救う規模にまで大きくなっていきそうな気配がした。




 クロのお父様、ロー王国国王ガニアン様にはお城に来て数日後にお会いした。
 王子様の似顔絵にそっくりの初老の男性は、初対面で緊張する私に温かい笑みを見せてくださった。

「リュミエール、あなたがおられねば、息子は無事に帰ってはこなかっただろう、本当に感謝している。一度は全て失ったかと思った家族が戻ってきた上に増えたのだ。歓迎しよう、ラファルの妻となるなら、私の娘でもある。これからは私を父と思い、頼ってほしい」
「はい、陛下。……いいえ、お義父様」

 お義父様と呼ぶと、本当に嬉しそうに笑ってくださった。
 また父と呼べる人ができて幸せだ。
 できることならお義母様にもお会いしたかった。

 十年前に亡くなられた王妃様は、奪われた息子のことを思い、心と体を弱らせて病にかかり、帰らぬ人となられた。
 後添えに迎えた人はいなくて、王様は息子が見つからなければこのまま独りで過ごすつもりだったらしい。
 後継者は黒狼族の同朋から養子を取ると言って、縁談を勧める貴族達を抑えてこられた。

 クロは覚えていないせいか、王様に会っても心を開けない様子だったけど、思い出の品を集めた子供部屋が残っていたことを知って少し気持ちに変化が出たようだ。
 王妃様のお墓に参り、王様とも少しずつ会話を増やしていっている。

 子供、たくさん欲しいな。
 この城が賑やかになるように、人々に笑顔が増えるように、私にできることをしていこう。


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