お嬢様のわんこ

第三章・苦労性魔術師の愚痴りたくなる日々

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 【2】

 王子を失って十七年の歳月が過ぎた。
 配属された当初は若手だった私も出世し、王子捜索班の責任者兼参謀役を務めながら、魔術師団の団長に就任していた。
 人材不足にもほどがある。
 前団長が高齢を理由に引退宣言した際に団長職の打診を受け、再三辞退を申し出たのだが、私が一番知識と実力があるとのことで、他に誰も引き受け手がおらず、無理やり押し付けられたようなものだ。
 団の業務は副団長と補佐二名の三人で主に処理しており、団長としての私の仕事は重要案件の承認とお偉方と行う会議への出席、非常時には旗頭となって戦うぐらいのもので、王子の捜索が最優先の任務なのは変わらない。
 騎士団の方も似たり寄ったりの現状で、将来性のある若者に経験を積ませることは急務となっていた。
 我ら狼族は武力を尊ぶ。
 力があることは素晴らしいことなのだが、脳筋ばかりでは組織は成り立たない。
 文官連中から魔法の才を持つ人材を横取りしようかと考えることもあったが、こちらの動きを察した宰相殿が牽制をかけてきたので諦めざるを得なかった。
 今年の魔術師団の団員募集要項には、読み書き計算を習得済みで事務仕事ができる者を優遇すると書き添えておこう。




 忙しく日々が巡る中、冒険者ギルドのギルドマスターを務める獣人から、王子と同じ年頃の黒狼族の青年が冒険者をしていると情報が入った。
 青年はクロと名乗り、幼少期には奴隷にされていたそうなので、自身の出自を知らないとのことだった。
 黒狼族は数が少なく、過去に国外に出た者はいない。
 青年が毛色を偽っている可能性もあるが、国外で冒険者をしている者にとって、黒狼族であることで得られるメリットなどないだろう。
 たまに先祖の血の影響で、父母とは異なる毛色の子が生まれることもあるが、この青年がラファル殿下ではないとは言い切れず、僅かでも希望があるのなら確かめるべきだ。
 青年は定住地を持たず、各地を旅しているらしい。
 まずは連絡を取って会わねば話にならない。
 我々はギルドに指名依頼を出すことにした。
 彼は我が国とは国交がない国にいるので、指名依頼によって友好国であるリオン王国内のギルドまで誘導してもらうことにする。
 リオン王は、陛下の親友であり、情報を得る際にもギルドの方へ口利きをしてもらえるからだ。
 折しも、レッドドラゴンの被害が発生したと聞き、指名依頼の内容をドラゴン討伐に指定した。
 クロ殿は討伐Sランクの冒険者だ。
 このぐらいの依頼でないと釣り合いが取れないだろう。
 仮に殿下ではなかった場合でも、万全を期すためにこちらも討伐には参加する。
 私とエドモン殿、配下の騎士と魔術師の中から三名を選び、準備を整えた。




 クロ殿が指名依頼に応えてくれた。
 連絡を受けた我々は、急いで待ち合わせに指定した街へと向かった。
 人違いであった場合のことも考えて、冷静になろうとはするのだが、なぜか今回だけはどうしても期待する気持ちが抑えきれない。
 エドモン殿もそうなのだろう、移動中も始終そわそわと落ち着きがなく、耳はぴくぴく動き、尻尾を常にゆらゆらと揺すっていた。
 私達の落ち着きのなさが伝わったのか、同行している部下たちも期待を大きくしているようだ。

 ついに待ち合わせ当日となり、時間より少し早めにギルドに着いて、クロ殿を待ち受ける。
 ノックの音がして、待ち人が現れると、皆一斉に彼を凝視した。
 クロ殿は、紛うことなき黒狼族の者だった。
 まず、保有する魔力の量が、一般の狼族と比べても桁違いであることが一目でわかり、我々は驚いた。
 獣人の王族は生まれ落ちた時から強靭な肉体と大いなる魔力を備えているが、それらは修練を積むことで強化され、民を導くに相応しい特別な力へと昇華される。
 奴隷に落とされ、冒険者という不安定な職業にしか就けぬ者に、それほどの修練を行う機会があったとは信じらない。
 これまでどのような人生を送ってきたのか外見だけでは想像することは難しかったが、エドモン殿の嗅覚が彼を王子だと証明した。
 エドモン殿は目を見開いたまま、ゆっくりとクロ殿に近づいていく。
 クロ殿は後ずさりして、顔を引きつらせている。ああ、尻尾も緊張して縮まっているではないか。
 怯えられているようだ、無理もない。
 見ている私も少し怖い。

「おお、おおっ! これは紛れもなく殿下の匂い! よくぞ生きていてくださいました! これほど立派になられて、爺は、爺は……」

 クロ殿の匂いを嗅いで、エドモン殿は泣き出した。
 両手を広げ、彼に抱きついていく。

「離せ! 誰だ、あんたはっ! 抱きつくんじゃねぇー!」

 クロ殿は混乱した様子で、エドモン殿を引き剥がそうとしている。
 泣きじゃくる知らない老人に、いきなり抱きつかれたら驚くのも仕方がないか。
 私はエドモン殿の肩を掴んで諌め、クロ殿――ラファル殿下にこれまでの経緯を説明したが、内容が内容だけにすぐには受け入れてもらえず、レッドドラゴンを討伐すると言って飛び出していった彼を呆然と見送ってしまった。

「で、殿下、殿下ぁー! 何をしている! 早く後を追うのだ!」

 エドモン殿が呆けている我々を叱咤する。
 我々はすぐさま外に出て、それぞれが持ち得る最速の移動方法を駆使して殿下に追いつくべく疾走した。




 結論を述べると、殿下には途中で追いつくことができ、レッドドラゴンも無事に討伐できた。
 弱らせたのは我々だが、とどめの一撃を放ったのはラファル殿下だ。
 さすが王族と言うべきか。
 武器も使わず、硬い鱗に覆われた竜種の頑強な体を破壊する身体能力には密かに戦慄した。
 王太子として迎えるのに、強さは申し分ない。

 ラファル殿下は未だ奴隷だ。
 闇の精霊が魂を縛っている痕跡を見つけたので間違いはない。
 だが、不思議なことに、殿下の瞳には強い意志の力が宿っている。
 今まで数え切れないほどの奴隷を見て来たが、物心ついた時からそうであった者とは思えぬほど、殿下は知性を持ち、自分の意志で動いておられた。

 エドモン殿はとにかく王子を連れ帰ることばかり考えておられるようだが、どのような形でお迎えすることが最善か、冷静に見極めるのが私の役目でもある。
 陛下はラファル殿下が幸せに過ごされることを望まれていた。
 子供のうちにお救いすることができればよかったのだが、殿下が成人を迎える御年が過ぎた頃、たとえ見つけることができたとしても王族として生きることが無理ならば、王位を継がせなくても構わないと告げられていた。
 奴隷として劣悪な環境で過ごしてきた者に、一から王族に相応しい教養を教え込み、義務を課すのは苦行のようなもの。それならば、奴隷身分から解放して、気楽に生きられるような職と身分を与え、たまに顔を合わせることができれば良いと願われた。
 私は殿下を王太子にするのは無理だろうと思っていたが、これはもしかすると考えを改める必要があるのかもしれない。

 討伐したドラゴンを回収する際、殿下は自身が返り血に塗れていることに気づいて慌てておられた。
 私が魔法を使い綺麗にして差し上げると、感心した様子で声を上げ、なぜかにんまりと口元を緩められた。服が綺麗になったことを喜んでいるわけではない、どこか別の場所に思いを馳せて笑んでおられるようだ。
 殿下はこちらの視線に気が付くと、すぐさま凛々しい表情に戻られた。

「服を綺麗にしてくれたことには礼を言う。だが、認めたわけじゃないからな。俺はお前らについていく気はない、証拠は匂いだけなんだろ? 後で偽者扱いされて処刑なんてオチは嫌だからな。それに今の俺には命より大事なものがあるんだよ、昔のことなんてどうでもいい」

 エドモン殿が追いすがろうとしたので、前に出て遮る。
 ここで無理に話を進めようとしても反発されるだけだ。
 一度出直して、こちらを受け入れてくださる方向に持っていく策を練らねば。

「わかりました、今日の所は引き下がります。いきなりこんな話を聞かされて、受け入れられないのも無理はないですからね。ですが、我々も諦めることはできません。殿下が受け入れてくださるまで、何度でも会いにきます」

 私の言葉に殿下は顔を顰められたものの、それ以上は何も言われず立ち去られた。




 殿下が去られてから時間を置いて、我々は冒険者ギルドに立ち寄った。
 殿下はすでに帰宅された後で、ギルドマスターからできる限りの情報開示をしてもらうことができた。

「情報開示とは言っても、出せる情報は大したものではありません。名前と実績、賞罰履歴にランク。ギルドに口座を持っていることぐらいですかね。後は最初に登録をした街の名前だけです」

 口座内の詳細な金額は教えてもらえなかったが、一財産に匹敵する額が納められているらしい。
 一度の討伐で金貨数十枚を稼ぐSランク冒険者であることから不思議なことではない。

「今日の報酬も、ほとんど口座に入れていかれましたからね。金貨一枚を銀貨と銅貨に両替して、あれが生活費だとすると、稼ぎにくらべれば随分堅実な生活をされていますな」

 殿下の主人は、このことを知らないのだろうか?
 口座の名義は殿下のもので、これでは幾ら主人といえど、ギルドの手続き上は好き勝手に使えない。

「そうそう、この方はパーティを組んでおられましてね。その件で注意事項がカードに刻まれていました」
「注意事項?」

 ギルドカードに注意事項とはよほどのことだ。
 些細な情報も逃すまいと、聞き返す。

「パーティメンバーは長期休業中だが、その件で解散を勧めたり、別のメンバーの斡旋を行うことを禁じる。本人から申し出があった場合にのみ対応せよとのことです。わざわざ記載されている所を見るとトラブルが起きたんでしょう」

 休業中だというメンバーはリュミエールという名で、活動実績は登録時の一度だけ。それも簡単な薬草摘みの依頼だ。
 この者が殿下の主人なのだろうか?
 性別や年齢の情報はないので、これだけでは人物像がわからない。

「他のメンバーが仕事をしている以上は籍を置くことに何の問題もありません。こちらの注意事項を読む限り、双方同意の上でのことかと思われます」

 二人が登録した街は、グラス王国という聞いたことのない国にあった。
 地図で確認した所、我がロー王国とは真逆の方角で、ここからでもかなり遠い小さな国だ。
 こんな所に連れ去られていたのなら、見つからないのも当然だ。
 こちらにも誰かを派遣して、冒険者を始める前の殿下について調べるとしよう。




 ギルドでの情報収集を終えて、宿に引き上げた。
 エドモン殿を始め、主要な配下を集め、今後の指針について相談をすることにした。
 借りた部屋は大部屋の六人部屋で、風の精霊に命じて空気の層を作り、遮音の結界を作成してから話し始める。

「クロ殿、いえ、ラファル殿下には闇の精霊の力が宿っていました。あの方は確かに奴隷契約で縛られておいでです」

 私の報告に、エドモン殿が殺気を放つ。
 他の者も、大なり小なり怒りの感情を覗かせた。

「ですが、おかしな点もあります。殿下には奴隷特有の無気力さはありませんでした。奴隷商人は奴隷から反抗心を消すために、最初に飢餓と徹底的な暴力で支配します。そのため、奴隷は自らの意志表示が曖昧になり、己で判断することをせずに主人の命令に従うようになります。殿下は自我をしっかりと保たれており、喜怒哀楽の感情も失われてはいませんでした。殿下の主人となってる者は、かなりの自由を殿下に許していると考えられます」
「冒険者として稼がせるために外に出しているのだ。仕事を終えて帰ってきた殿下に対し、その者が酷い仕打ちをしていないとどうして言える?」

 エドモン殿は怒りを納めることなく、早口でまくしたてた。

「奴隷は主人の命令ならどのようなことでも聞かねばならぬ。恐らく殿下は幼少の頃より魔獣狩りをさせられ、生死を賭けた戦いの中で生きてこられたのだ。レッドドラゴンの体を生身で破壊するほどの力を得るまでに、どれほど辛く痛ましい目に遭われたのか……。殿下を隷属させている輩は、鬼のような男に違いない。戻ってきた殿下を足蹴にし、稼ぎを奪い、食事は干し肉を一欠片だけ投げつけるように与え、奴隷には似合いだと馬小屋で寝ることを命じるのだ」

 エドモン殿は、殿下の辛い境遇をかなり具体的に想像し、憤っておられた。
 これまで得た情報を重ね合わせると、そこまで悪い環境にはいないと思うのだが……。
 殿下の肌は非常に血色が良く、十分筋肉のついた引き締まった体を見る限り、夕食が干し肉一欠片だけとは有りえない。
 それに一方的に搾取されている可能性は、ギルドの口座の件で否定できる。
 主人がどのような態度で接しているのかは実際に見てみなければわからないが、その気になれば殿下は自力で奴隷契約を破棄できるはずだ。

 私の推測を裏付けするのは、殿下の言動だ。
 仮に主人から虐げられていて逃走の機会を窺っているというのなら、我々の接触は渡りに船のはず。第三者の我々に主人を捕えさせ、奴隷契約を解除すればいいのだから。
 それをせず、現状を維持したがっている殿下の口ぶりから察すると、奴隷でいることで得られる大切なものがあるとのこと。
 それが人なのか、物なのかはわからない。
 とにかく確認が必要だ。

「このままでは何の進展も望めません。次回の接触時に、殿下を尾行させて頂き、どのような生活を送られているのか確かめるべきでしょう」
「そうだな、殿下の境遇を知らねば、うかつに動くことはできぬ」

 エドモン殿も頷かれたので、陛下への報告は保留にして次の機会を待つことになった。


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